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異端のザイン―血みどろの影使い―  作者: 喜多院那由他
オベリスク都市国家連合編
44/86

42   利があるなら嫌いな者にも頭を下げろ

 学術都市トトにて入学式が行われていた頃、パンドラとカロンは諜報部隊「黒点」の一人とともに芸術都市ベスを訪れていた。

 目的は、芸術都市ベスの雰囲気や他の都市からの人の流れを調べること。

 そして可能であればベスの王に謁見すること。

 パンドラには、恩師に会うという個人的な目的もあるにはあるが、それはあくまでついでに過ぎない。

「ようこそ、芸術都市ベスへ。歓迎いたしますよ、麗しいお嬢様方」

「ありがとうございます」

 パンドラには見えていないが、軟派な言葉を吐いたのはいかにも生真面目そうな青年門番であった。そのことにカロンは首を傾げ、「黒点」のオリビンというドワーフの女性はクスクスと笑っている。

 結論だけ言えば、芸術都市ベスでは、これが風習であり若い女性に対する礼儀なのである。オリビンからすれば「いつものこと」でしかない。

「それで、少しお尋ねしたいことがあるのですが」

「はい、何でしょうか?」

「ダンテ・モンテヴェルディという方がどちらにお住まいか、ご存じありませんか?」

「ダンテ・モンテヴェルディ……ああ! 『嘆き』のダンテ様ですか! ……失礼ですが、どのようなご用件で?」

「恩師なのです。久々にお会いしたくて」

「お弟子さん!? これは失礼しました!」

 門番は「まさかあの方に弟子がいたとは……」と驚きつつも、快くダンテの住まいを教えた。一瞬、警戒心をあらわにしたものの、弟子だと言われれば引き下がるしかない。

 目的地を得た馬車が再び走り始めた。御者はオリビンが務めている。

 しかし、「嘆き」とは恩師の異名か何かだろうか? とパンドラは内心で首を傾げる。(あまり良い響きではないのですが……)

 ダンテ・モンテヴェルディはパンドラにとって呪法の師である。つまりは、音楽の師でもある。彼はパンドラが師事した頃にはすでに高名な音楽呪法の使い手であった。当時のパンドラは知らなかったが、ダンテは弟子を取らないことでも有名で、曰く、「優れた音楽に触れることが重要なのであって、どう演奏するかは自由であるべきだからね」。そんな彼がココア家の無理難題に頷いたのは、当然、金を積まれたからではない。教示してほしい人物が盲目であると知ったからだった。

 ――だって、そんなことは並大抵の者には無理だ。私にだってできるかわからない。でも、できるとしたら私しかいなかった。私が首を縦に振らなかったことで、この世に生まれるはずだった音楽を愛する者が一人消えるというのなら、それは愛する音楽への裏切りに他ならないだろう? ――

 後にダンテがパンドラの問いに返した答えがこれだ。

 街中を馬車で走れば、風に乗ってかすかに絵の具の匂いがする。様々な楽器の音もわずかに聞こえる。さすがは芸術都市ベス、そこかしこに芸術が溢れている。

 学術都市トトが魔法師を起源とする都市国家であるように、芸術都市ベスは呪法師を起源とする都市国家である。

 とはいえ、歴史の長さで言えば比べるべくもない。そもそも、呪法師とは魔法師から派生して別れた存在であり、魔法と呪法を区別し始めたのも比較的最近のことだ(歴史が浅いという意味ではない)。

 この概念は南方の大陸から入ってきたもので、その影響を強く受けているコルピタゲム大陸の南側では一般的な認識として広まっているが、北側の地方などに行くと、今でも両者を区別せずに「魔法師」と呼んでいる。

 まあ、それはともかくとして、芸術都市ベスの風景は、カロンにとって非常に目新しいものであった。

「ふおぉぉぉぉ……!」

 馬車の窓から外を覗き、あちらで彫刻を制作している者がいれば見入り、こちらで風景画を描いている者がいれば見入り、そちらで吟遊詩人が歌っていれば聞き耳を立て、そのたびに感嘆の声を上げている。

 今回、非常に稀なことに、カロンがザインと別行動をしているのは、教育の一環である。「そろそろ、自らの頭で考え、行動することに慣れなければな」というのが、ザインの言葉なのだが――まあ、要するに「初めてのおつかい」のようなものだ。

 当初、二人は乗合馬車で行くつもりだった。それが大層立派な馬車に変わったのは、ゼオライトが待ったをかけたからだ。「メビウス教の聖女として行くなら、それなりの方法で行くべきだ」と。カロンとパンドラ二人だけというのには不安もあったザインも、これは渡りに船と交渉を始め、結果、御者兼護衛付きで馬車を借りることとなった。

 その代わりと言うべきか否か、カロンもそれなりの格好とやらをしなければならなくなってしまい、試着という名の着せ替え人形にさせられて目を白黒させていた。まあ、それもザインが「ずいぶんと可愛らしい格好になったな」と言うまでだったが。なお、パンドラは魔力を目に流しても形しかわからない己の盲目を嘆くしかない。

 とはいえ、盲目でなければ聖女に祀り上げられることはなかったかもしれず、その場合、ザインやカロンとともに旅をすることもなかったはずであるため、パンドラは非常に複雑な気持ちであった。そうだ、音楽にしよう――などと思い立って、楽譜を書いたのも良い思い出である。

(タイトルは、そう――「天啓と悲嘆」)

 忙しなく左右の窓から身を乗り出すカロンの気配と、何か開いてはいけない悟りを開きそうなパンドラの鼻歌。

「自由ですわね、この方達……」

 苦笑しながらも、それはそれ、これはこれ、と御者に徹するオリビンだった。




 ダンテの住まいは街門からさほど離れていないところにあった。

 呼び鈴を鳴らし、玄関の前で待つ二人。

「――……はいはい、どちら様かな?」

 数年ぶりに聞く懐かしい声に、訪ねた先は間違いなく恩師の住まいだとパンドラは確信する。

「ご無沙汰しております、ダンテ先生」

「おやおや、これはまた懐かしい顔だね」

 数年ぶりの師弟の再会。しかし、ダンテがそのあとに続けた言葉は、パンドラが言いようのない不安を覚えるのに充分なものだった。

「あの子の言う通り本当に来るとは」

「あの子……?」

 パンドラがダンテを訪ねようと思い立ったのは、ザインがゼオライトの依頼を引き受けたあとのことだ。その場にいた誰にもパンドラ達を追う理由はないし、まして先回りする必要性などどこにもない。

 となれば、パンドラがダンテを訪ねると予測した誰かということになるが――パンドラの恩師がダンテ・モンテヴェルディという名だと知っているのは、パンドラの家族や親戚、あとは親しかった者達に限られる。

 その中でダンテが「あの子」と呼びそうなのは――と、そこまで思考を進めたところで、

「――おやー、ようやく来たんですねー、聖女様。思ったより遅かったですけど、どこかで観光でもしてたんですかー?」

 語尾が妙に間延びした独特な口調の声がパンドラの耳を突いた。

(この口調は――この声は――まさか)

「ルイ、ザ…………?」

「はいー、いつもニコニコ、あなたの友人Aだった美少女、ルイザ・エスプレッソですよー?」

 瞬間、とっさに魔力を目に流した判断は正しかった。背後から影が飛び出し、ルイザ(と思われる人型)に襲いかかったからだ。

(獣耳――)

「カロン様!」

 パンドラの呼びかけにカロンは答えない。グルルルッ、と威嚇するように唸りながら、片腕に出現させた魔力の大爪を目の前の敵に容赦なく振るう。

「――アナベル!」

 だが、それはルイザのロングスカートの中から現れた不気味な人形の手前で不自然に止まった。

「!? っ!!」

 驚愕は一瞬だった。そんなことはどうでもいいと瞬時に切り捨て、カロンはもう一方の腕にも大爪を出現させ振るう。

 しかし、それも人形の手前で止まる。今度こそ、カロンは驚きで動けなくなった。

「どうなっとっと!?」

「おやおやー、誰かと思えば白狐ちゃんじゃないですかー。お元気でしたかー?」

 余裕たっぷりに話しかけられても、カロンは悔し気に睨むことしかできない。

「――魔力の過剰放出による防御です! 長くは保ちませんが魔力による攻撃ではまず突破できません!」

 もちろん、パンドラの目には見えていた。凄まじい勢いで人形の全身から噴出する煙のようなものが。カロンの攻撃を防ぐほどの魔力を放出しているにもかかわらず、ルイザの両袖から伸びる糸を通して魔力がどんどん人形に溜め込まれていく。

(間に合ってください――!!)

 懐から横笛を取り出し、口につけて大急ぎで魔力を込める。

「――人形呪法:アナベル・メッセージですよー」

(――音楽呪法:小さな眠りの精……!)

 ルイザが操る人形から「タすけテ! たスケて!」と奇妙な声が響き、魔力のこもった静かな音色がそれを打ち消すように広がった。

(あとはカロン様が呪法に囚われる前にルイザを眠らせられれば……!)

「――はいはい、そこまでね」

「ぎゃんっ!」「あぅっ!」「いたっ!」

 直後、三人は頭をしたたかに叩かれて悶絶した。

「~~~~……痛いです、ダンテ先生」

「多少暴れる程度ならまだしも、街中で呪法を使う愚か者には良い薬になっただろう?」

「なら何でウチまで……」

「君はちょっと殺意が高すぎたからね」

「被害者を真っ先に叩くなんて酷いですよー、ぶーぶー」

「一番危険なことをしたのは君なんだけどね?」

 ダンテの言う通り、ルイザが使おうとした呪法は危険なものだ。端的に言えば「身代わりカウンター」である。成立後、最も近くにいた者の術者への攻撃は、自身への攻撃に強制的に変更される。そして、その時の負傷の度合いは完全なランダムとなる。つまり、一度で絶命する可能性もあるのだ。1対1であれば、これほど凶悪な呪法はない。

 一方、パンドラが使った呪法には眠らせる効力しかない。近ければ近いほど早く眠りに落ちるが、呪法の特性上、魔力による防御が可能である。魔力を具現化させた装甲で身を覆っていたカロンよりも、人形に全ての魔力を集中させていたルイザの方が早く眠っていただろう。

「全く……最近の若者は語り合いではなく、殺し合いで交流を深めるのかな……?」

 明後日の方向に勘違いした疑問を呟きながら、ダンテは細長い棒状のもの――弦楽器を弾くための弦でルイザの人形を押さえていた。過剰な魔力放出や呪法のために溜め込まれた魔力を安全に逃がすためだ。なお、ダンテはバイオリンを好んで使う。もちろん、武器としても。

「――さあさあ、外じゃなんだから家に入りなさい。話し合いの席くらいなら貸してあげるから。ドワーフのお嬢さんは馬車を裏にね」

 やるべきことを終えたダンテはさっさと中に戻ってしまい、それを追ってルイザも当然のようにさっさと入っていく。まるで親友の家のような気軽さだ。何度もダンテの住まいを訪ねたことがあるというのか。

「どぎゃんすっと?」

「行くしかありませんね……」

 カロンの問いに、パンドラは苦虫を噛み潰したように答えた。

 その真意がどんなものであろうと、かつて親友であった彼女を目の前に、放っておくという選択肢はない。




 だが、パンドラが真っ先にしたことは、誠心誠意謝罪することだった。

「本当に申し訳ありません……!」

「あらあら、もういいのよ、この人がちゃんと止めてくれたから」

 パンドラが深々と下げた頭の先には中年の女性が座っている。彼女はダンテの妻で、つい先ほどまで洗濯をしていた――裏庭の井戸のそばで。

 そう、もしも万が一、運悪く彼女が井戸で水汲みをしている時に、パンドラの呪法で眠ってしまっていたら――……。

 街中で不特定多数を眠らせかねない呪法を使ったパンドラは確かに愚か者だった。

「反省してくださいねー、聖女様」

「あなたも同じようなことをしていたでしょう……!」

「ルイザの呪法は一番近い人にしか効力が及ばないんですー」

「そうだね、一番近い敵に取り憑いて殺す呪法だったね」

 ダンテの言葉にカロンがビクリガタガタと震える。

「ダンテさん、あまり怖がらせるようなことを言わないの」

「事実を述べただけだよ」

「ダンテさん?」

「ぅ……あー……大丈夫、効力を発揮する前に止めたからね。魔力も霧散させたし、何の心配もないとも」

 彼女の言葉に圧があったわけではない。ただ、言葉足らずを自覚しているダンテにとって、妻の咎めるような表情はその指標であるというだけだ。

 しっかりと自分の言葉を自分でフォローした夫を見届け、

「それじゃあ、洗濯の途中だから」

 と、ダンテの妻はリビングを離れていった。

「……それで、あなたはなぜわたしを待ち構えていたのですか?」

「『あなた』なんて他人行儀ですねー。前みたいに『ルイザ』って呼んでくださいよー」

「今更なことを言わないでください」

「昔みたいに『ルーちゃん』って呼んでもいいんですよー?」

「そんな風に呼んだ記憶はありません」

「つれないですねー」

 以前は心地良く感じていたこの軽口も、今となってはただただ煩わしいだけだ。

「――特に理由はないんですよねー。聖女様が言ってた恩師のとこにいたら、また会えるかなって、それだけでー。……強いて言えば未練ですかねー?」

「……未練、ですか……」

 当然、パンドラは警戒しているが、今の言葉に嘘はない。

 問題はどのような未練かだ。少なくとも、友を裏切ったことに対する未練ではないだろう。

 ルイザはティピカ・コフィーとの衝突を間近で見ていたにもかかわらず、クーデター決行の当日の朝まで――いや、コフィー大司教がエスプレッソ大司祭の名を出すまで、何ら変わらずパンドラの付き人兼友人として振舞っていた。

 ザインすら騙すほど、完璧に。

 だからこそ友情が一方通行であったことが確信できるのだが。

 ならば彼女の言う「未練」とは何か?

「……………………」

「おやー、何で何も言わないんですかー?」

「…………迷っています」

「何をですかー?」

「寂しがりやの天邪鬼(あまのじゃく)

 それを告げられた瞬間、ただでさえ光の乏しいルイザの目に黒々とした何かが映った。

「――――…………その先は言わないのが賢明ですねー。それ以上は殺し合いになりますー」

「ええ、ですから、今すぐ殺し合うか、利用し尽くしたあとで殺し合うか迷っています」

「……どっちにしろ、殺し合うことに変わりがないとは、悲しいことだね。君達にいったい何があったのさ?」

 ダンテの問いに答える声はない。




 遺跡都市アメンへと向かう道中のことだ。

 都市国家連合に長く留まることになれば、法国の誰かが復讐に来るかもしれないという話になり、その流れでパンドラはルイザのことも話したのだ。

 それを聞いたザインが出した結論が「寂しがりやの天邪鬼」である。

 ザインが注目したのは、やはりティピカとの衝突を経てもルイザの挙動に何ら変化がなかったことだった。

 ルイザは領地持ちの大司祭の孫娘だ。家庭環境がどのようなものだったかはパンドラにもわからないが、クーデター決行のあの日、ザインが遠目で見た限りでは、エスプレッソ大司祭は普通だった。普通に開き直ったクズだった。

 だからこそ、ルイザが何も変わらなかったのは、家庭環境による歪みではなく、生来の気質によるものだろうと予想した。そしてその予想は当たっている。

 ルイザの中では、パンドラの優秀な付き人として振舞う自分と、おぞましい人体実験に賛同した自分とが矛盾していないのだ。もちろん、パンドラがあんなものを絶対に認めないこともわかっている。

 両方とも「真実」であり、かつ「反転」した姿なのだ。ルイザ・エスプレッソという少女は、本心とは真逆のことをしようとする天邪鬼だった。

 聖女と呼ばれる者の付き人なんてしたくない――だから優秀な付き人として振舞う。

 おぞましい人体実験なんてしないでほしい――だから喜々として賛同する。

 ルイザは「したくないことをすること」に快楽を感じている。

 だから、パンドラを待ち構えていた。

 嫌いな者に再び会うという快楽をむさぼるために。

 あわよくば嫌いな者に付き従うという快楽を再び得るために。

 彼女の言葉は全て反転している。

 彼女は、本当はパンドラになど名前を呼ばれたくなかったし、本当はパンドラになど二度と会いたくなかったし、強いて言うほどの未練など欠片もなかったのだ。

 まさしく「寂しがりやの天邪鬼」である。

 仮に、パンドラがルイザを許した場合、ルイザは嬉々としてパンドラに付き纏うだろうし、パンドラがザインとともにある限り、ザインに協力し続けるだろう。

 もちろん、パンドラがルイザを許すことはない。だが――なんだかんだ言ってもルイザの優秀さはパンドラも認めるところだ。仲間とまではいかずとも、協力関係に引き込めれば何かしら使えるかもしれない――そういう打算はあった。

「……せっかく再会したことですしー、これも何かの縁ということで、また付き人にしてくれませんかー?」

「お断りします」

 とはいえ、いくら何でもこの図々しい提案には頷けない。

「えー、即答ですかー……。じゃあ、仲間にしてくださいよー。カロンちゃんと二人だけで、しかも知らないドワーフの女の人が御者を務める馬車で来たってことは、あの悪魔がまた何か企んでるんでしょー?」

 想定通りの質問であった。

 となれば、問題はルイザを仲間に引き込むとどんな利があるか、だ。

「……きさんば仲間に入れたらどぎゃん利があっと?」

 そしてそういう交渉事ならば、隣に適任者がいた。パンドラとしては正直に言えば少々悔しいところだが、やはり弟子という立場は強い。ザインから教えられたこと、その傍らで聞いてきたこと、そこから学んできたことに明確な差がある。

「ずいぶんといきなりな質問ですけどー、それに答えるには、まず都市国家連合で何をしようとしてるか教えてほしいものですねー」

「戦争ん回避」

「……! へえー、そんなこと考えてる王様がいるんですかー。ってことは……なるほど、芸術都市ベスの王に会いたいわけですねー」

「待ってくれ待ってくれ。『戦争』とは不穏な言葉だけど、いったい何のことだい?」

 当然、話についてこられないダンテは説明を求めた。

「これはあくまで『噂』なのですが――」

 暗に他言無用と強調した上で、さすがに今度ばかりはパンドラも問いに答えた。それを聞きながら、ルイザもふんふんと頷きを繰り返している(もちろん、本心は「どうでもいい」なのだろう)。

「――ふむふむ……武力による旧造船都市ハピの奪還か……。まあ、一時的には可能だろうけど、法国を敵に回すほどの価値はないね」

 ダンテの結論はザインやゼオライトと似たようなものだった。

「だけど、このままじゃそれが現実になる……かもしれないわけか……。残念だけど、できることはないね。私はまだ一曲しか認められていない身だ。陛下に会えるほどの権威はないよ」

 そう言って、ダンテは申し訳なさそうに肩を落とした。

 ちなみに、ダンテは音楽呪法を専門とする呪法師だが、芸術都市ベスに相応しく作曲家でもある。作曲家にとって最大の栄誉は作曲した曲が呪法になることであり、門番が口にした「嘆き」という異名は、ダンテが作曲し呪法となった「嘆きのアリア」という曲が由来である。

(ダンテ先生でもベスの王に会えないとは……。前法王が連れてきた呪法師とはいえ、そう簡単にはいきませんか……)

「会えますよー? ベス王」

「「「…………」」」

 唐突に、ルイザは至極当然と言わんばかりに言い放った。疑いの目が集中する。

「……本当でしょうね……?」

「さすがに確約はできないですけどー、九割方はいけるはずですー」

「そん根拠は?」

「そもそもですねー、ルイザが何で芸術都市ベスに来たと思ってるんですかー? 聖女様に会いたいがためだけに来れるほど、ルイザに余裕はないんですよー」

 そこから始まったルイザの説明には余計な情報も多かった。というか、国外追放の刑に処されたあとの出来事という「ついでの部分」の方が七割を占めていた。

 要約すると、ルイザの亡くなった祖父の兄(つまり大伯父)は非常に高名な人形技師で、その大伯父とは親戚付き合いで時折会ってもおり、人形呪法の基礎を教授してくれたくらいには可愛がられていた。そして、その人形技師はまだ存命で、ルイザが芸術都市ベスまで来たのは、その者に正式に弟子入りするためでもあった。

「まあー、結局、その息子に弟子入りすることになったんですけどねー」

「それよりもエスプレッソ元大司祭とあなたの両親が無理心中していたことの方が衝撃的なのですが……」

「お父さんったら人体実験の件が相当にショックだったみたいでー、ルイザも殺されそうになりましたけどー、逆にぶち殺してやりましたよー。おばあちゃんもお母さんも聖職者としての生き方以外知らないですしー、結果的には良かったんじゃないですかー?」

「教え子の友人だって言うから結構気軽に接してたけど、この子の心の闇が深すぎて怖くなってきちゃったよ……」

 家族の死をケラケラと笑うルイザに、全員がドン引きしていた。

 闇が深すぎる。

 とはいえ、それとこれとは話が別だ。軽く居住まいを正し、パンドラはルイザに向かって頭を下げた。

「大伯父様へのご紹介、ぜひよろしくお願いします」

「…………意外ですねー、ルイザのこと嫌いだったんじゃないんですかー?」

「もちろん、嫌いです。しかし、『利があるなら嫌いな者にも頭を下げろ』とザイン様はおっしゃいました。ならばわたしはあなたにも頭を下げてお願いします」

「そうですかー……」

 拍子抜けしたようにルイザは呟いた。

 なお、ザインは続けて『その頭に水をかけた奴には刃を突き立ててやれ』とも言っている。パンドラが法国にいた頃と同じだと思っているのなら、ルイザはそのツケを払うことになるだろう。




 芸術都市ベスの王、グラーヴェ・ベス・スカーレットとの謁見はあっさりと実現した。

 ルイザの大伯父は「いいよ!」と王との橋渡しを軽く引き受け、グラーヴェも「いいよ!」とそれを軽く許諾した。

 さらにグラーヴェは、パンドラ達が謁見を求めた目的も全て承知の上で、戦争を回避するために尽力するつもりだと自ら宣言までした。

 いくら何でもトントン拍子に都合よく話が進みすぎだ、と疑心を抱くパンドラ達に対し、

「いやだってさ、戦争なんて起きたら芸術家が自由に探究できなくなるじゃん。軍人って連中はさ、いつだって芸術を自分達の主張を宣伝するための道具としか考えてないのさ。だから拙は、一人の芸術家として断固として戦争に反対するよ。拙は芸術家を守る芸術家だからね」

と、グラーヴェはその考えを明かした。

 もちろん、その直後に、パンドラに対して「六番目の妻にならないかい?」とのたまいやがる軽薄さもあったが、

「文化というか、そういう風習だからね。言わないのもそれはそれでとやかく言われるのさ。ちなみに、その気がない場合は『一晩だけ恋人にならないかい?』みたいに言うよ」

 芸術に対してだけは真摯であるという点は全員の見解が一致していた。もちろん、誘いは断固として断ったが。

「それで、聖女様はこのあとどちらに行かれるんですかー?」

「学術都市トトでザイン様と合流します」

「げー……、あの悪魔、今はトトにいるんですかー……。じゃあ、ルイザはベスでお留守番しつつ、ネイトやプタハの近況でも探っておきますー」

「弟子入りしている以上は、芸術都市ベスから動けないはずですが……?」

「まー、その辺はやりようですよー」

 意味深な笑みを浮かべながら、都市の雑踏へ消えていくルイザ。

 彼女が離れていく気配にパンドラは背を向け、一歩目を踏み出し、ふと、

(そういえば、ザイン様の推測によれば、ルイザは本心とは真逆のことをするのですよね……?)

 違和感を覚えた。

 ザインが現在居留している場所を知った時、ルイザは彼には会いたくないかのような反応を見せた。だが、あの言い方をそのまま真逆にとらえると、本心ではザインに会いたがっているということになる。自身の内面に土足で踏み入ってきた忌むべき相手のはずだというのに。

 あまりにも自然であったために、パンドラは気にせず聞き流していたが、ルイザはザインのことを「あの悪魔」と呼んだ。これも反転しているとすると――

(いや、まさか……あり得ません)

 振り返って探っても、彼女の気配はとうにない。脳裏によぎった気色の悪い想像を振り払うように、パンドラは軽く頭を振った。

 細かい話は活動報告にて。

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