閑話 適材適所に私情がないと言い切れるのか
「――助けてひまわりちゃーん!!」
「うごふっ!?」
ザイン達が法都リスティングを去って数日後のことである。
夕刻、唐突に勢いよくドアを開けて飛び込んできたヒバリの頭が腹にクリティカルヒットし、ベッドの上でソレイユは悶絶していた。
「…………一応……言って、おくが……私はけが人なのだが……?」
「ぅ~……どうすればいいのよぉ……」
痛かったと抗議するも、親友は唸るばかり。
ため息しか出ない。
「全く……今度はいったいどうしたというのだ……」
呆れつつも話を聞けば、亡きハンス・コーラ枢機卿の後任をどうするかで、カビーア・ラッシー枢機卿とモメているのだと言う。
現在、枢機卿の椅子は二つが空席のままだ。
そのうちの一つは、クーデターもどきの騒動で失脚したココア枢機卿の椅子だったものである。時系列に従えば、ココア枢機卿は失脚するよりも前に死亡しているのだが、書類上は、実弟であるコフィー大司教の大罪を隠匿した罪を問われて失脚したことにされている。この椅子はクーデターもどきの騒動によって空席となったため、最もこれに協力的だったダフネ・サイダー大司教が座ることに異議は出なかった。
だが、もう一つのコーラ枢機卿の椅子だったものは違う。表向きには、コーラ枢機卿は賊――より正確に言えばラプラスの使徒――によって殺害されたことになっている。つまりは不慮の事態による空席状態だ。
ヒバリとしては、ここに鬼人か獣人を――もっと言えば、メビウス第二明王――人間道のカペラ・バートルを座らせたい。そうすれば、万が一ヒバリに何かあったとしても、翼人や鬼人、獣人が聖職者になる道が途絶えることはないからだ。
「ちょっと待て。まさか、いきなりカペラの名前を出したのか?」
「さすがのお姉さんもそんなことしないわよ。『第二明王を――』とか『あなた達も知る人物で――』とか、ちゃんと順を追って説明したわ。……まあ、それでもとても驚いていたけれど……」
「それはそうだろうな……」
ともかく、これに対し、サイダー新枢機卿は、冒険者マニアらしく、「元B級冒険者であるカペラなら」と肯定的だった。その上で、条件として「彼女が明王の一人であると周知すること」を提示した。
ここ十年で法国民の獣人に対する意識も変わってきているが、法国が獣帝国と敵対的なこともあり、カペラは自身が明王であると公言することに否定的だ。だが、翼人であるヒバリが法王となった今ならば、受け入れられる可能性は高い。まあ、カペラはヒバリをかなり慕っているため、ヒバリが説得すれば簡単に頷くような気もするが。
では早速、カペラに話を――というところで、「さすがにそれはいかがものかな」とラッシー枢機卿が難色を示したのだ。彼の主張はあくまで、「法王に続いて枢機卿にまで、今はまだ準国民扱いである者をいきなり座らせるのは時期尚早ではないかね?」というものだったが、その内に抱える懸念は保身的なものであった。
サイダー新枢機卿は強い冒険者に弱い。まして第一明王――天道のヒバリ・マニは英雄クラスだ、唯々諾々と言うことに従ってしまう可能性がある。そして、第二明王――人間道のカペラ・バートルはヒバリを慕っていると言うではないか。こちらも同様の可能性がある。この二人が枢機卿の椅子に座ればどうなるか? ラッシー枢機卿の意見は封殺されるかもしれない。それは到底看過できることではなかった。
ヒバリもヒバリで譲りがたいことではある。とはいえ、ラッシー枢機卿を無視してまでこの件を強行したくはない――とまあそんなわけで困ってしまい、こうしてソレイユに泣きついたというわけである。
「お願い、ラッシー枢機卿を説得するの手伝って!」
「えぇ~……」
なお、明らかに面倒くさそうなお願いに、ソレイユが不満げなため息を出したのは言うまでもない。
というか、そもそも人選ミスだ、とソレイユは声を大にして主張したい。
確かにソレイユは使徒の一人であり、A級冒険者としても貴族との付き合いを多少なりとも経験している。だが、基本的にはただの一冒険者に過ぎない。出身だってただの一般村エルフである。国家の運営に関わる重要なポストの人選について意見を出せるほどの知識も度胸もない。
「ぅ~……けれど、他に頼れる人が……」
「パーティーメンバーとかいるだろう……」
「セッカもマヒワもこういうことには役に立たないのよ……。ツグミとノスリはまだ帰ってきてないし……」
「だからといって私に相談されてもな……」
誰かこういうことに詳しそうな知り合いはいないだろうか――と脳裏に顔を並べ、
「…………」
そもそも法国にさほど知り合いがいないことに、ソレイユは閉口した。
「……ちなみに、サイダー大司教――いやもう枢機卿か。彼女は何と言っているのだ?」
「『ラッシー枢機卿から見れば、我もマニ法王側だ。実際、そうである以上、我の意見は聞き入れないだろう。仲裁役を求めるならば、完全な第三者、かつそれなりに地位の高い者を引っ張ってくるしかない』――って言ってたわ……」
「協力は見込めない、と……」
より正確に言えば、協力してもさほどプラスにならない、と言うべきか。
「……一応、訊くが、カペラにこの話は?」
「もちろん、話したわよ。最初は渋ってたけれど、領地経営は信頼できる代官を派遣するからって言ったら、何とか承諾してくれたわ」
「そうか……」
(彼女の立場を考えれば、あまり積極的じゃないのは仕方がない。だが、そうなると本人に説得させるのも無理か……)
となれば、サイダー枢機卿の言うようにするしかないわけだが、これがまた難しい。
というのも、完全な第三者という条件は容易に突破できるのだが、それなりに地位の高い者を探すと、そのほとんど全てが亡きココア枢機卿の派閥にいた者達になってしまうのである。
派閥としては死に体とはいえ、大寺院の中で生き残ってきた手練手管は健在だ。ラッシー枢機卿の説得も、成功させる可能性は充分にあるだろう。
だが、協力を求める以上、見返りは当然必要で、そうなれば彼ら彼女らが求めるものは一つしか思い浮かばない。すなわち、自身を頂点とした新たな派閥の形成である。
それは、これから元準国民派閥――翼人・鬼人・獣人派閥を形成しようというヒバリにとって、邪魔以外の何ものでもない。そもそも、元ココア枢機卿派閥自体が将来の禍根なのである。その選択は諦めるよりもなお悪い。最悪と言っても過言ではなかった。
「――なるほど、それは困りましたねえ」
「「!?」」
驚き二人が振り向けば、いつの間にか、灰髪緑眼褐色肌の獣人がドアそばの壁に寄りかかっていた。
「誰かと思えば……」
「あらあら、バートル筆頭軍師、救護室とはいえ、女性の部屋にノックなしで入ってはダメでしょう?」
「いえ、しましたよ? しましたが、返事はなく、しかし身内に関する話が漏れ聞こえてくるとなれば、これは失礼を承知で入るしかないと思った次第でして」
ヒバリ達にも非はあると言った上で、自分の非を素直に認めつつも悪びれない。
(こういう言い方をされると怒るに怒れなくなるのよね……)
まあ、その原因は呆れの方が強くなるからだが。
「それに、僕を呼んだのは猊下の方じゃないですか。『何よりも優先して早急かつ秘密裏に参上しろ』――なんて無茶振り、初めて聞きましたよ」
「う……確かにそうだったわね……」
さらにチクリと刺してくるアルデバラン。
(なるほど、これが法国のエリート軍団を引っ張ってきた片割れか……)
寺院兵団筆頭軍師アルデバラン・バートル。
ソレイユが彼に対して持つ印象は、先日のクーデターにおいて最も強固な壁として立ちはだかったであろうリスティング兵団を完全に抑え込んだ人物――というものしかない。あの日、この獣人が法国軍部の重要人物であると認識はしたものの、その人となりまでは知れなかったからだ。
だが、今日こうして改めて対面してみれば、油断のならない人物であると確信できる。おそらくは、今、ヒバリとの間で行われた会話のように、戦いにおいてもわずかな隙を突くのだろう。
「それで、猊下としては、どちらがより重要なんですか?」
「当然、カペラちゃんを枢機卿にする方よ」
ヒバリは迷いなく断言した。
(へえ……これは意外。案外、しっかり法王をやれてそうじゃないですか)
自分がなぜ新法王に(しかも秘密裏に)呼ばれたのか、アルデバランはその理由を完全に推測できているわけではない。もちろん、ある程度の予想はあるし、それなりに重要なことだろうと思ってもいるが、枢機卿の椅子に誰を座らせるかということに比べれば些事だ。
今、優先すべきは何なのか。
譲れない一線はどこなのか。
それらがわかっているのなら、ヒバリ・マニという英雄を法王と仰ぐことに否やはない。
「わかりました。それじゃあ、その件、僕に任せていただけませんか?」
「ほう?」
「? でも、あなたは――」
「ええ、はい。僕もクーデターに協力しましたから、派閥としては猊下の側だと思われるのはわかっていますよ」
「なら」
「ですが同時に、僕は総長の腹心という面が強いですから」
アルデバランの言葉に、ソレイユとヒバリはハッとする。
その鎮痛そうな表情を見て、これから自分はずいぶんと冷血なことを言うのだろうな、とアルデバランは心の内でため息をついた。
「死して英雄は美化されます。人である以上、功罪あるのは当然だというのに……。たとえ、内実を知る者だったとしても、この心理に陥った民衆を抑えることは難しいでしょう。ラッシー枢機卿は、その辺りの計算ができない方じゃありませんよ」
「…………あなたはそれでいいの?」
「もちろんです。総長が――スコッチ・チャンクが選んだ道ですから、そう易々と途絶えさせはしませんよ」
ザインに対して、アルデバランはあまり良い心象を抱いていない。だが、それは、ある意味では、同族嫌悪のようなものでもある。
両者ともに、利用できるものは何でも利用するという点においては共通しているからだ。
ザインの場合は、それが民衆であり、法律であり、善人であり、悪人であり、英雄であり、敵であり、味方であった。
アルデバランの場合は、そこに相棒のようだった戦友の死も加わったというだけのこと。
結局のところ、彼にとっては利益を引き出すための駆け引きでしかなかったのか。
ヒバリの予想よりもあっさりと、ラッシー枢機卿はカペラ・バートルの枢機卿着任を承諾した。クーデターで得たコフィー大司教の椅子に彼が選んだ者を座らせる、という条件と交換でだが。
枢機卿になるには、大司教であることは半ば必須である。事実上、翼人・鬼人・獣人派閥はカペラの後任となるはずだった枢機卿の椅子を放棄した形になる。とはいえ、カペラはまだまだ若い。不測の事態でも起こらない限り、長期にわたって枢機卿であり続けるだろう。その間に後任となり得る者が台頭してくる可能性は充分にある。
一方で、ラッシー枢機卿から見ると、これは派閥内から次期枢機卿を選出できることが確定した形になる。当然悪い気はしないだろう、というアルデバランの予想が見事に的中したわけだ。
かくしてヒバリの頭を悩ませていた問題が解決したわけだが、彼女にとっては問題と呼べるものがもう一つあった。
「で? ザイン君に何を吹き込まれたの?」
「はい?」
「渡されてるのよね? 連絡手段」
そう、去り際のザインの言葉だ。
だが、何が問題なのか、と問われれば、ヒバリは答えに窮すだろう。
事が終わったあとで冷静になってみれば、焚きつけられたと感じたのは確かだ。だからといって、ザインの功績がなかったことになるわけではない。無条件で信用することはできないが、根拠なく疑うこともできない。
故に、ヒバリにとって何が問題なのかと言えば――それは単に、なぜ自分ではないのか、という一点に尽きるだろう。
「ああ、なるほど、その件でしたか……。特に何もありませんよ」
「何も……?」
「ええ、何も」
「ホントに?」
「はい。『非常用の連絡手段だ。貴殿なら上手く使えるだろう』とだけ」
「…………」
ジトっと疑わしそうな目がアルデバランを見つめる。
(それってつまり、お姉さんじゃ上手く使えないってこと……?)
妙な邪推が首をもたげ、若干の自己嫌悪に陥るヒバリ。
「……それがホントなら、ラッシー枢機卿との件もあなたの自発的な行為なのよね?」
「そこを疑われるのはさすがに心外ですねえ……」
「っ……そうよね……、今のは失言だったわ。ごめんなさい」
少なくともアルデバランがスコッチを裏切ることはない。ならば、スコッチが協力したことに対してアルデバランが協力的であることは当然の帰結。
つまり、ラッシー枢機卿との件でアルデバランを疑うことは、すなわちスコッチを疑うことと同義なのである。それはヒバリとしても望むところではなかった。
だというのに口をついて出てしまったのはなぜなのか?
「……あまり、他人からの評価を気にされない方がいいと思いますよ。どれだけ実績を積み上げても、法国史上初の翼人の法王ですから、差別的な人間は必ず出ます」
「ええ、そうよね……」
「それに……かの御仁は、他人のこととか全く気にされない方ですし」
「……ホントに、そうよね」
その後、秘密裏に行われた二人の会談は、終始とある人物に関する愚痴一色だったという。
正直なところを言えば、アルデバランがラッシー枢機卿の説得を引き受けた時、ソレイユは助かったと思ったのだ。
それは単に、荷が重いとか、人選ミスだとか、そういうことだけではなく、胸の内を占めるとある思いがあまりにも大き過ぎて、他のことに時間を割く暇も思考を割く余裕もなかったからだった。
悩みは一つ。
自身に与えられた力はいったい何なのか?
もちろん、創製の光――光を集束し、光の速度で武具を創り出す力――であることは確実だ。与えられた力に対する理解にも間違いはない。あのザインが保証したのだ、そこに疑いの余地はない。
だが、同時に、ふと思い出したことがあった。解釈によってはその意味するところが大きく変わるのではないか、とソレイユは一人懊悩しているわけだ。
思い出したのは、ラプラスに力を与えられた時、彼女がソレイユに言ったこと。
――望む力を与えましょう――
故にソレイユは――あの日、全てを見捨てて独り逃げることを選んだ少女は、「どんな敵とも戦える力」を望み――あらゆる武器を使いこなす自分を夢想した。
そしてその願いは叶えられた。身を削るような研鑽を経てだったが、確かに叶えられたのだ。
ソレイユには自覚がある。故郷の村において、自身は最も弱く最も才能がなかったという自覚が。
ならば、創製の光があらゆる武器を使いこなす理想を実現した以上、ラプラスの権能には本当に人を生まれ変わらせるに等しい力があることになる。少なくともソレイユ自身はそう確信している。おそらくは、あらゆる武具を使いこなす才能までが与えられた力の範囲なのだ――と。
そこへ、ザインによって、巨大な武具を創るという選択肢が示された。
矮小な人間にすぎない身では、巨大な武具を使いこなすことなどできるはずもない。せいぜいが重さに任せて振り下ろすだけである。
だが、「どんな敵とも戦える力」として見れば、そこに違和感はない。「どんな敵とも戦える力」を願っておきながら、幼い自身にとってそれは「あらゆる武器を使いこなす万能の英雄」程度の認識でしかなかったのだな、と自嘲した記憶がソレイユにはある。
――だが。
地獄道との死闘を経て、ソレイユは自身の力に確信を抱けなくなっている。
想像できなかったのだ。
絶鬼神マガツと戦う自分を。
ザインと戦う自分すら、もはや想像できなくなっている。
与えられた力が本当に「どんな敵とも戦える力」ならば、そんなことはあり得ないはずだというのに。
――望む力を与えましょう――
――貴様の光、理不尽すぎんか?――
ラプラスの言葉にも、ザインの言葉にも嘘はない。
ソレイユは確かに望む力を与えられたはずだ。
あのマガツやザインとだって戦える力を得たはずだ。
ならばなぜ、マガツやザインと戦う自分を想像できない?
あるいは、記憶がトラウマとなって自身を縛り付けているのか? ……いいや、そうではない気がする。根拠など何一つない単なる直感に過ぎないが、そうではないとソレイユの心が断言していた。
だから立ち止まって考えなければならない。
与えられた力は――創製の光は――何を望んで得た力なのか、を。
自分はなぜ、どんな敵とも戦える力を望んだのか?
そして、その答えを得られたのなら、彼女はきっと――
細かい話は活動報告にもないです。




