表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/86

34   「人は神の玩具に非ず」

「――で、オレは何をすればいいのかねえ……?」

 荒地と化した林道と、そこに転がる死屍累々という惨状を前に、マックスはまず困惑をこぼした。

「ん……さあ?」

 返答はあったものの、それは答えには程遠く。

 相づちを打ったのはカペラだった。マックスが見た限り、現状で彼女の他はまともに会話できそうな者がいない。

 ザインは土まみれになるのもいとわず地べたに寝っ転がっていたし、ソレイユはすでに土まみれで地べたに寝っ転がっていたし、ヒバリはこれから埋葬されるかのように胸の前で指を組んで寝かされていた。一見、まるでヒバリが死んでしまったかのようだが、その目はしっかりと開いている。

 松明で照らせば、少し離れたところからぐちゃぐちゃになった人型の死体が点々と続き、ところどころで大きくなったりまだ原型をとどめていたりしていて、崩れた門らしきもののそばに一際多く転がっていた。

(鬼、か……)

 勘違いでなければ、それらの半数近くは鬼の死体だった。ちなみに、鬼と鬼人を見分けるコツは角の大きさを見ることである。

 残りの半数は角がなく、ところどころ骨が見えていた。敵の誰かがネクロマンシーでも使ったのか、それとも偶然、アンデッドの群れが襲ってきただけか。いずれにしても、真っ当な戦場ではなかったのだろう。

 マックスがこの場に来たのは、「陽が沈んだら追ってこい」と事前にザインから言われていたからだった。だが、そのザインは寝っ転がったまま何も言わない。

 仕方なく、マックスはカペラに現状の説明を求めることにした。

「ん……カペラが来た時、ここはもう焼け野原だった――」

 カペラの口から語られたのは、まさに激戦と呼ぶにふさわしい戦いだった。だが、それはあくまでカペラがこの場に到着したあとの出来事のみであり、その前にも激しい戦いがあったことは確実らしい。

「――なるほどねえ……」

(とんでもねえことになっちまったな……)

 何よりマックスが愕然としたのは、スコッチ・チャンク寺院兵団総長が死んだらしきことだった。カペラは敵からそう聞いただけと言ったが、この場に姿がない以上、それは事実なのだろう。ボルト獣帝国の皇帝を止められるのはスコッチ・チャンクしかいない、とうたわれるほど、その武勇は有名だ。間違いなく法国の精神的支柱の一人である。

 それが死んだ。

 この影響は計り知れない。法国のみならず、隣国オベリスク都市国家連合、獣帝国、果てはラプラス皇国や北方小国家群まで波及していくだろう。

 この先、法国の中枢を担う者達が苦労するのは確実だ。

 とはいえ、元A級冒険者の現無職にできることはほとんどない。新たな法王になるだろうヒバリは、冒険者からも民からも支持が厚く、マックスが人柄を保証して回る必要などない。一戦力として役に立つという手もあるが、マックスは宮仕えなどクソ喰らえと思っていた。それを捨て切れない以上、結局は、冒険者に戻るのが誰にとっても最善なのかもしれない。

「…………すまん、待たせたな」

 ザインがようやく起き上がったのは、カペラがあらかたの説明をし終わったあとのことだった。

「フラフラじゃねえか……大丈夫か?」

 肩を貸そうとしたマックスだったが、「問題ない」と手で制された。

「ソレイユは……右足が酷いな。しっかりとした治療が必要か……。カペラ、頼めるか?」

「ん、元々、ここまでのつもり。マニ姉とチャンクおじさんを助けたかっただけ。だから――あとで話がある」

「そうか……。ではソレイユを頼む」

「ん」

「それから――スコッチとコーラ枢機卿、ココア枢機卿の死体がどこかにある。それも運んでやってくれ」

「ん」

「……つまり、スコッチ・チャンクが死んだのは確実なんだな?」

「そうだ。スコッチは死んだ――俺を庇って死んだんだ」

 ザインは語るべきことを語った。「神に選ばれし者」同士の戦いを。その結末と、犠牲になった者の話を。

 ザインの横顔は、後悔でもなく罪悪感でもなく、何かを決意したわけでもなく――ただ、斧を振り下ろす処刑人のようだな、とマックスはそう感じたのだった。

「そちらはどうなった?」

「ああ……クラインは殺したよ」

 クーデターの顛末など、今更語るまでもない。マックスが語るべきことは、メビウス第四明王――畜生道のクラインが死んだことだけだ。

「そうか」

 徹底的に行動を予測して警戒していた相手のことだったが、ザインは少しも喜ぶことはなく、その反応は淡白なものだった。

「さて、マックス」

「おう」

「ヒバリを背負ってくれ。奥院へ行く」

「……そんな状態でか?」

 ザインは今、それはもう見事にボロボロだ。ソレイユに比べればまだマシだが、休息が必要なのは明らかだろう。

「ヒバリが起きるのを待ってからでもいいんじゃねえか?」

 マックスはそう提案したのだが、ザインは頑なだった。

(焦ってる感じはしねえが……何をそんなに急いでるのかねえ?)

 腑に落ちないことはある。だが、一人でも行ってしまいそうなザインを放っておくわけにもいかず、マックスは黙って大剣を預け、ヒバリを背負う。

「ん、マニ姉をよろしく。何かあったら――」

「そう睨まなくてもわかってるよ。これでも元A級なんだ、ある程度は信頼してほしいもんだな」

「二人が逃げる時間を稼ぐくらいの余力は残してある」

「ん、ザインザードが言うなら安心」

「おい、オレは!?」

「「…………」」

 二人はサッと目を逸らした。




「……………………」

「(めっちゃ凹んでるんだが、声かけた方がいいと思うか?)」

「(そっとしておけ)」

 奥院へ向かう道中で回復したものの、ヒバリはただ一言「自分で歩くわ」と言ったきり、一言も発さずにいた。

 理由はわかっている。戦闘中に中途半端な形で脱落したからだ。どうしようもない理由とはいえ、自分を責めずにはいられないだろう。

 だが、その場にいなかったマックスには何も言いようがなく、ザインはあえて何も言わない。

 もちろん、ヒバリに責はない。ポーションの過剰摂取など、そうそうあることではない。故に、ザインが「仕方がなかったことだ」と言って慰めるのも、「気にするな」と言って許すのも違うだろう。かといって謝罪はヒバリに対する侮辱である。

 結局、ヒバリが自分で自分を許せるかどうかが全てであり、ザインはそれを黙って待つことを選んだ。それはそれとして、やっぱりこの気まずい沈黙は何とかしてほしいマックスだったが。

 しばらくの間、沈黙の行程は続き、

「――――よーし! もうくよくよするのはやめるわ! 勝ったんだからそれでいいのよ!」

 ヒバリが復活したのは、おぼろげながら奥院の威容が見えてきた頃のことだった。あるいは、目的地を目前にして吹っ切れたのか、鼻息荒く気合いを入れている。

「だからザイン君、ありがとうね」

「ああ」

「……んじゃまあ、オレはここらまでかねえ? あとは二人で――」

「いや、マックスも来い」

「――何で!?」

「必要だからだ」

「お、おう……」

 助けを求めてヒバリを見るが、いい笑顔で頷かれるだけ。

(……普通の人間が行っていいもんなのか……?)

 奥院とは神の処である。どれほどの金を積もうと跳ね除けられ、どれだけの名声があっても拒絶され、法国最高の権力者ですら――呼ばれない限り――年に一度しか入ることを許されない。もちろん、一介の冒険者など、考えることすらおこがましい。

 つまりは、マックスにとって、奥院に行くというのは、違和感以上に忌避感のあることだった。

 ところが、ザインは当たり前のように同行を求め、ヒバリもそれを否定しない。マックスの抱える忌避感に気付いていない、とそういうわけではなさそうで、ザインもヒバリもマックスがそれを超克すると信じて疑っていないだけのように思えた。

(…………誰かに話した覚えはないんだがな……)

 いや、もしかしたら深酒をしたあの時とかあの時とかにポロっとこぼしてしまったことはあるかもしれない。そのあたり、マックスは自身の記憶に確信が持てない。

 だが、少なくともこの二人に話したことはない、とは断言できる。もちろん、一方は一言二言から百を暴きそうな人物で、もう一方は百人が一言二言こぼしてそうな人物だが。

 二人をチラリと見れば、緊張感はありつつも、臆しているような気配は微塵もない。これが目的意識の差か、とマックスはため息をつくしかなかった。

 端的に言えば、あるのだ。マックスにも、奥院へ向かい果たしたい目的が。ただそれは非常に個人的なことであり、法国のために向かう二人にはどうにも言いづらく、

「……――――」

「ん?」

 結局、マックスは口を開きかけてやめ、何でもないと言うように手を振った。




 全体的な様式は、やはり大寺院や各地の寺院に似ている。いいや、正確にはこの奥院を参考にして他が造られたのだから当然か。

 だが、どこまでも厳かで権威と権力を誇示する大寺院や、神聖さと純朴さが同居する寺院とは裏腹に、どことなく要塞のような印象を受ける。それは奥院が山林の奥深くに建っているからか、それとも囲うように高い石壁が続いているからか。

 念のためと警戒しつつ慎重に奥へと進んだザイン達だったが、道中に罠や伏兵の類は一切なかった。好きに入れと言わんばかりの無警戒ぶりである。

(ふむ…………。なるほど……)

 途中、ザインは何度か立ち止まり、奥院を囲う石壁や奥院を構成する柱、扉、壁をつぶさに観察していた。その結果、一つの結論に至る。

(奥院の方が後から造られたのか……)

 一つ、外の石壁と奥院に使われている石材が全く違う。

 一つ、石壁と奥院で建築技術の精度に差がある。

 一つ、経過年数に若干の差があるように思える。

 だとすれば、ここには本来、高い石壁に見合う何かが建っていたはず。そしてそれが仮に要塞だったとすれば――と、そこまで考え、ザインはメビウスがここに奥院を造らせた理由を何となく察した。

 奥院に入って二つ目の扉を開けると、そこは広い空間だった。年に一度、高位聖職者達が祈りを捧げる場所だろう。天井も高い。

 中央付近に置かれた四つのかがり火が、中を淡く照らしている。

 最奥には、捻じれた輪を掲げた巨大な像があり、その周りを様々な武器を持った一回り小さな像が囲んでいる。

「――来たか」

 その手前、祭壇の上にて、メビウスが閉じていた目を開いた。

「っ……」

 ただそれだけだ。ただそれだけだというのに、マックスは半歩退いていた。そしてそのことに本人は気付いていない。

 無意識下で、圧倒された。

(これが――神か……!!)

 つややかな褐色の肌。短く切り揃えられた輝く銀髪。エルフのように尖った耳。声の太さからして間違いなく男であるはずだが、その顔立ちは女と見まがうほど美しい。

 奇妙な重圧を感じ、その紫の瞳をマックスは直視できない。

 立っているのがつらい。ひざまずくべきだと心のどこかが叫んでいる。

 ここにいていいのか? ――頭が疑問で埋め尽くされそうになる。

 その時、

「ふむ……」

 スッ――と、ザインの左手がマックスの視界を遮った。

 息苦しさを感じ、肺に溜まったものを一気に吐き出す。いつの間にか呼吸することを忘れていたのか。

 同時に、全身から嫌な汗が噴き出した。

「少し休め」

「…………ぁぁ……」

 首肯すらつらいほど、マックスはこの一瞬で消耗していた。言われたままに、壁にもたれかかるように腰を下ろす。

 そんな只人に、神は一瞥すらくれない。

「まずは試練突破おめでとう、我が第一明王――天道のヒバリ・マニよ」

「……ありがとうございます、メビウス様」

「うん、うん、実に心躍る素晴らしき戦いだったとも。……ただ、惜しむらくは、それが『表三道』の手ではなく、ラプラスの犬によって引き起こされたことだな」

 ヒバリに対しては柔らかかった声色が、一転、硬くなる。

「…………」

「……ふん……。とはいえ、朕の下まで辿りついたのは事実。条件も達成している。――故に許す。訊きたいことがあるのだろう? 何なりと訊くがいい。全て偽りなく答えようではないか」

 傲岸不遜。

 だが、忘れてはならない。

 この男は間違いなく「神」である。人間など見下して当然。神の前では、たとえ明王であろうと同じ扱いだ。

「……じゃあ、訊くけれど。メビウス様――さっき言った『試練』って何かしら?」

「ふむ……答えずともある程度は察しているのではないかね? まあ、問われた以上は答えるが」

 そう言っておもむろに立ち上がり、メビウスは静かに歩き出す。

 一方、ザインもヒバリも動かない。

「『試練』とは『表参道』――すなわち、『天道』『人間道』『修羅道』に課した『神の試練』のことだ。意図的に創り出した法国崩壊の危機を察し、これを意図的に用意した手段、もしくはその他の手段で阻止することができるか。そして、それが意図的に創り出されたことを察し、『悪三道』――すなわち、『畜生道』『餓鬼道』『地獄道』の妨害を乗り越えて我が下まで辿りつけるか」

 おそらくは癖なのだろう。喋りながら、メビウスはグルグルと同じ場所を歩き続けている。

「叛逆の宿命神として、我が明王に叛逆の余地を創らぬわけにもいくまい?」

「……レモネード司祭は、法国内のモンスター討伐依頼料が他国より低くなったのは、十年ほど前からだって言ってたわ。メビウス様が言う法国崩壊の危機がモンスターパレードの頻発のことなら、『試練』を用意し始めたのも同じ頃からのはず。けれど、明王はもっとずっと昔――それこそ法国ができた頃からいるのよ。そして歴史上、法国が崩壊の危機に直面したことはないわ。一度も。……だから『試練』は明王のためのものじゃない。答えて、メビウス様――『試練』を用意しようと思ったのは、なぜ?」

「…………暇潰しだな。神とは存外、暇なのだ」

 少しの沈黙のあと、返ってきた答えは、ヒバリを激怒させるのに充分だった。

「ふ――ふざけないで!! 暇潰しでモンスターパレードを頻発させようなんて――人の命を何だと――!」

「……? 無論、大切に思っているからこそ、阻止できるように組み上げたのではないか」

「――っ!!」

 何かが空を裂く音が聞こえ、数瞬ののち、今度は石が削れる音が響いた。

「ふむ……チャクラムを当て損ねるなど君らしくもない。魔力のコントロールの喪失……魔力回復ポーションの過剰摂取による副作用かな?」

「――はあ……はあ……はあ……」

「うん、うん、実によろしくない。体が動くようになったとしても、二時間は安静にしていなければな。そんな状態で魔力を使えば、全身に激痛が走ってしまうぞ? まあ、今まさにその痛みを感じているところだろうがね」

 みしり、と歯を噛み締める音。

 だが結局、ヒバリは何も言わなかった。

「ふん……。さて……ラプラスの犬とはいえ、せっかく来たのだ、何か言いたいことがあれば言うがいい。許す」

「……『人は神の玩具に非ず』」

 その口調は、思ったことを言ったというよりも、どこかで聞いた言葉、何かに書いてあった言葉を繰り返したようなものだった。

「……? その言葉……どこかで聞いたような……。まあ、いい。つまり、君の言いたいことは、我が第一明王と同じということかね?」

「いや、全く違う」

「ほう……? 許す。説明せよ」

「――『人は根源的に自由である。不服があれば、いかなる者に対しても異を唱えてよいし、いかなる権力にも、いかなる権威にも叛逆してよい。それはたとえ神であっても同じである。人よ、隷従を拒絶せよ。その身に背負う背信などない。断ち切れ。鎖も烙印も――全ては幻想なのだと』――。すなわち、『人は神の玩具に非ず』とは、神への服従を否定し、神への叛逆を肯定とする、ということだ」

「ふん……実に不遜。不敬極まりない驕った考えだな。……とはいえ、朕も『叛逆の宿命神』と呼ばれる身。否定はすまいよ」

 メビウス教の教義の基本は「努力する者は報われる」である。これは、かつてメビウスが言ったという言葉――「人よ、己が宿命に叛逆せよ」が基になった考えで、メビウスは宿命――すなわち、己が境遇、環境、立場――に叛逆することを奨励しており、それを変えんと努力した者に幸福を与えてくれる、とこういう理屈なわけだ。

 宿命の中に神の意思も含まれているのなら――なるほど、否定するような考えでもないのだろう。

「――それで? 君らに何ができるというのかね?」

 その上で、メビウスは断言する。

「この身に刃を突き立ててみるか? それで気が済むというならやるがいい。全ては無駄だがね」

 己が正真正銘の神である、という自覚を以って、

「理不尽だ、などと言ってくれるなよ? 別に朕の意思ではないのだ――何しろ神とは不死なものでね」

「「不死……!?」」

 人に理不尽なまでの力を与えるような存在だ、どれほどの力を持っていても不思議ではないだろう? ――と。

 実際、その言葉には次の一手を迷わせる真実の響きがあった。

「――問題ないな。貴様は殺す」

「は……?」「え……?」

 だが、ザインの結論は最初から決まっていた。

「――んっふっふっふっふ……いや失敬。君は話をちゃんと聞いていたのかね? 神は不死だと言ったはずだが?」

「無論、聞いていたとも。そもそも、神が不死であることなど、百も承知だ」

「ふむ……わからんな。ならばなぜそんな無駄なことをしようとする?」

「無駄ではないからに決まっているだろう」

「……? けじめ、というやつか? 理解はできんが……まあ、否定するようなことでもあるまい」

 殺害を宣言されてなお、メビウスの態度は変わらない。

「しかし、まさか無抵抗にやられてくれるなどと思っていないだろうな? そのボロボロの体で戦う気か? 使徒の力を使うのも限界なようだが。それとも、我が第一明王が相手か? 未だ魔力のコントロールは回復していないが、まあ、運頼みというのも時には悪くない。痛みに耐えられるかが問題だが」

「いや――俺もヒバリも戦わん」

 首を横に振るザイン。

「では、誰が朕を殺すというのかね?」

「いるではないか、貴様の目の前に」

 この場にいるのはメビウス、ザイン、ヒバリを除けば一人しかいない。つまり――

「……? ……。――まさか、その男が? ――ふははははっ! 只人に神が殺せると? 朕の視線だけでその体たらくではないか」

「……そうだぜ、ザイン……。オレには――」

「確かに不可能だ」

「――だろ?」

「あくまで一人の力だけではな」

 二人が逃げる時間を稼ぐ程度の余力は残してある――とザインがカペラにそう言ったのは、わずか十数分前のこと。だが、それを言った通りの目的に使うとは一言も言っていない。

「――(メイル)

「うおっ!?」

 ザインの足下から影が伸び、マックスの体に纏わりついていく。

 最初は驚愕し、何をされるのかと体を強張らせたマックスだったが、

(まあ、ザインのすることだしな……)

 不思議と嫌な感じはしないことに気付き、力を抜いて流れに身を任せた。

「ふぅ…………」

「よっ、と」

 フラリと倒れるように座り込んだザインに対し、マックスは跳ねるように立ち上がると、メビウスを見ないように気をつけながら調子を確かめる。

 影の鎧は非常に軽かった。全身くまなく覆われているのに、全く重さを感じないほど。

「あー……何か体まで軽いような……?」

「まあ、ラプラスの力に覆われているようなものだしな。メビウスの力をそれなりに阻害しているんだろう」

「マジで!? くそぅ……この鎧欲しいな……」

「くはは、残念ながら貸与は無理だ。それより構えろ。長時間は維持できん」

「へいへい……。ってことは、もう見ても大丈夫な感じか?」

「あとは気の持ちようだ。強い思いがあれば問題ない」

「強い思いねえ……」

(なら問題ねえか)

「――んふふふふ……それで? 使徒の力を身に纏ったくらいで、只人が神を殺せると本気で思っているのか? ならばずいぶんと舐められたものだな!」

 確かにその通りだ、とマックスは心の内で首肯する。

 まともに動けるようにはなった。だが、殺せるかどうかはまた別の話だろう。

「気にするな、マックス。ハッタリだ」

「へ……?」

「メビウス教の教義や逸話において、メビウスは人々を助け、力を与えることしかしておらん。つまり、アレに神として戦う力などない」

「……っ!!」

 ザインが断言した途端、メビウスの表情が歪んだ。

「へえ……」

「故に、存分にやれ」

 ザインの激励を背に、マックスは大剣を構えた。

「――認めよう。確かに、朕に神として戦う力はない。――しかし! 武芸の心得の一つもないと思われるのは心外だな!」

 メビウスはくるりと身をひるがえし、像の一体が持っていた槍をつかむと、マックスに穂を向け構えた。

「――ま、待って!」

 割り込むように叫んだのは当然のようにヒバリだった。

「ザイン君はどうしてメビウス様を殺そうとするの!? マックス君も、どうしてザイン君に言われるがまま武器を構えてるの!? だって、メビウス様が死んだら――」

「いや、ヒバリが恐れるような事態には決してならん」

「――……どういうこと?」

 メビウスを牽制しつつ、マックスは二人の対話に耳を澄ませる。

「……確かに神は不死だ。だがそれは、その男が死なんという意味ではない」

 矛盾したようなことを言って、ザインはヒバリの方を向いた。

「神としての死と、肉体としての死は別ものだ。その男の肉体が完全消滅したとしても、メビウス神が死ぬことはない」

「???」

「何を、言っている……!? 朕こそが宿命の叛逆神メビウスだ!」

「そうだな。貴様が宿命の叛逆神メビウスなのは間違いない。――今は、だがな」

「何……!?」

「逆に、その男を生かしたままにしておけば、また同じようなことを繰り返しかねん」

「……とにかく、何も問題はないのね?」

「ああ、保証する」

 ザインの断言に、ヒバリは数舜、黙考し、

「――ヤっちゃって、マックス君」

 マックスは無言で頷き、一歩、また一歩と踏み出す。

 互いの間合いが重なる寸前で止まり、対峙する。

(堂に入った構えだな……。何年も鍛錬したのがよくわかる)

 だが、だからこそ残念でならなかった。

「…………お前さん――いったい、何年振ってない?」

「っ。何を言って――」

「いやわかる。わかるんだよ。殺意はある。気合いも入ってる。だがな――その槍に貫かれるイメージがとんと湧かねえ」

 端的に言えば、鈍い。

 最適化された、命を奪うための挙動を、必死になぞろうとしているようにしか感じられない。

「――このメビウスを――愚弄するかっ!!」

 激怒の発露とともにメビウスが一歩踏み出す。

 速い。そして上手い。特にタイミングの外し方がいい――とマックスは心の内で称賛した。

 普通なら「か」で踏み込みたくなるところを、「ろ」の時点で踏み込んでいる。だから、マックスが対処しようと動き始めた時には二歩目に入っているし、間合いの中にも充分に入れている。

「――だが、想定が甘い」

「っ――!?」

 半歩退いて下からすくい上げるように大剣を振れば、槍は呆気なくメビウスの手を離れ、宙を舞い、落ちた。

「今、首か胸かで迷っただろ?」

「っ!」

「んな暇与えるほど、A級冒険者は甘くねえんだよ。まあ、元だがな」

 大剣を構え直し、にじり寄る。

「クッ……!」

「……そういや、オレもお前さんに訊きたいことがあったんだがよ」

「ふ、ふん……許す。言いたまえ」

「いや、オベリスク都市国家連合の併合って、もしかしてお前さんの指示だったのかなってさ」

「ふむ……答える代わりに朕を見のが――」

「まあ、それ以外あり得ねえし答えなくていいぜ」

「――す、ことを……」

 熱い息を吐き出し、深く息を吸う。

「おかげでてめえを殺す理由が一つ増えたがな!!」

 吠え、大剣を振りかぶる。

 必死の形相で飛び退くメビウス。

 石造りの床が砕ける。

 叩き斬るつもりで再び大剣を振るう。

 とはいえ相手にも武芸の心得がある、易々とはいかない。

「クソッ――このっ――やめろっ! 朕は神だぞ!? 朕がいなくなれば、この国がどうなるかわかっているのか!?」

 必死、というようなメビウスの言葉に耳を貸さず、マックスは大剣を振るい続ける。

「どうもならん。貴様のように、人から神になった者は忘れがちだが、信仰より先に神がいることはあり得ん。神が信仰を創るのではない――信仰が神を創るんだ」

「――待て。そうだ、思い出したぞ……!! 先ほどの言葉! そしてその傲慢な考え! まさか――キサマ、あの島の生き残りか!?」

「くはは、故に貴様を殺し、その身を滅すれば、貴様とは別のメビウス神が誕生するわけだ。人々が祈りを捧げる通りの――努力する者に幸福を与える神が、な」

「――――!!!! クソッ! クラインめ! 一人残らず殺せと命じたというのに……!!」

 怒りをむき出しに、メビウスは地団駄を踏んだ。

「オレと戦ってる最中に――」

 その無防備な首を狙い、大剣が振るわれる。

「――余所見してんじゃねえ、よっ!」

「っ――!?」

 一瞬の後、メビウスの首はあるべき場所からなくなっていた。

 トンットンッコロコロ――と、女と見まがう美しい顔立ちの首がザインの足下へ転がっていく。

「――さて、首だけになった気分はどうだ? メビウス」

「グッ……!! ――っ! ――。わかった……認めよう。朕の負けだ」

「あん? ずいぶんと潔いな……」

「そこで提案なのだが、影使いの使徒よ。朕の側につかないか?」

「…………」

 スッと目を細めるザイン。

「め、メビウスの名の下に、いかなるものでも差し出させると約束しようではないか! そら、言ってみるがいい! 地位か? 名誉か? 金か? 女か? 全てでも構わんぞ!」

「………………」

 ザインの目つきが見下すものに変わる。

「わ、わかった! の、望む者に明王の力を与えよう。もちろん! ――もちろん、君が望むなら、君自身にも与えるとも。試したことはないが……まあ、君ほどの器ならば、使徒の力と明王の力、両方を受け入れ、操ることも可能であろう。だから――な? なっ?」

「……………………」

 長い沈黙のあと、ザインはため息を一つつき、黙ってメビウスの頭を蹴り飛ばした。

「――マックス、首から下が逃げ出そうとしているぞ」

「は、マジで!? ――マジじゃん!」

 マックスが振り返れば、這ったまま動く首のないメビウスの体が視界に入った。逃亡を阻止しようとするものの、抵抗激しく、結局、大剣で体を床に縫い付けるしかなかった。

「――。――キ、サマ……!」

 そこでようやく、文字通り足蹴にされた怒りのあまり、惚けていた首が怒声を発する。

「キサッ、キッ、キッ、キサマァッ! このっ、この、この朕の! 朕の頭を蹴るとは! 万死に値するぞっ!!」

「だから何だ。貴様に何ができる? ――おい、マックス。ちょうどいい、そのままその体を焼いてしまえ」

「へっ? え?」

 マックスが呆けた声を出したのは、決して何を言われたか理解できなかったからではない。もちろん、その内容があまりにも無慈悲なものだったこともあるが、メビウスの豹変ぶりに一瞬、思考が止まっていたからだった。

 この時に至るまで、マックスの中のメビウスはそれでも神だった。それがどうしたことか、メビウスの怒声に神々しさは微塵もなかったのだ。

 あまりにもありふれた言葉。

 あまりにも陳腐な言葉。

 もはや権力を笠に着たそこらの人間と何も変わらない。

 だから、大剣に縫い付けられた体と、次いでかがり火を指されて、マックスはようやく自分が何をすべきかを思い出せた。

「ああ……お、おう」

「手伝うわ」

 メビウスの体を逃がさないよう、慎重に床から大剣を引き抜き、ヒバリの協力も得て、マックスはくるりと切っ先を天井に向ける。

 そしてそのまま、ジタバタと暴れる首から下を、かがり火の中に突っ込んだ。

「やめっ――やめろおおおおぉぉぉぉ!!」

 メビウスの悲鳴に合わせて、首から下もさらに激しく暴れ出す。

 だが、どうにもならないのは火を見るより明らかだ。

 メビウスの体はすぐに大人しくなり、全身が炭のように黒く染まる頃にはピクリとも動かなくなっていた。

「――ああ……ああ……朕の、体が……!」

「ザイン君……その……もう一度、確認するけれど……、信じて、いいのよね……?」

「無論だ。新たなメビウス神は必ず誕生するし、その者はメビウス教徒が願う通りの神になる」

「………………」

 ヒバリはしばらく黙ってザインを見つめると、静かに頷き、他の三つのかがり火を動かして集め始めた。

 全身を乗せたまま焼くことが可能になった段階で、マックスはメビウスの体から大剣を引き抜いた。

(おえっ……何かこびりついてる……。あとで洗わねえと……。ってか呪われたりしないだろうな……)

 まあ、今更か――とマックスは大剣を振って血を払う。

「――おのれ――おのれおのれおのれ!! 許さん! 許さんぞ! 貴様も! 貴様のような者に力を与えたあの女も! 必ず殺してやる! 塵も残さずこの世から滅してやる――――っ!!」

(首だけになったってのに、まだ喋れるのか……。不死ってのも嘘じゃねえんだろうな……)

「ちっ……喚くな、見苦しい。マックス、黙らせろ」

「はいよ」

 メビウスの首の上で大剣が逆手に構えられる。

 紫の瞳がマックスを睨んだ。

 だが、最初のような圧力は感じない。

「――クソッ、クソッ――やめろ!!」

(――今、仇を取るぞ、親父……)

「おのれ――! この異端者めがああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っっ!!!!」

 最後の足掻きとばかりに絶叫するメビウスの顔面を大剣が刺し潰す。

 その断末魔を鼻で嗤い、ザインは肩をすくめた。

細かい話は活動報告にて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ