表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/86

20   得難き出会いに前触れはない

(――いったい、どこで何を間違えたのだ……)

 絶望と諦観の中、女は黙って自分の番が来るのを待っていた。

 目の前には人と馬の壁。横を向いても、後ろを見ても人と馬の壁。その誰もが馬にまたがり、その誰もが軽鎧に身を包み、その誰もが武器を構えたまま、ただ突っ立っている。

 彼らの長はとっくに死んだ。

 四肢は謎の魔法によって動かせず、馬も身じろぎすらできない。

 もはや喚くのも疲れた。泣くのも疲れた。

 ドサドサッ、という音が聞こえ、また一つ、女の番が近づく。

 相手はたったの二人だけだった。一方で、女の味方は四百人もいて、その全員が軍属だった。精強な兵士四百人を使って、たったの二人を殺すか捕らえるかすれば、女の首は皮一枚つながるはずだった。

 誰がどう考えても容易い仕事だ。

 ――ほう? なるほど、これは使えそうだな――

 だというのに、その声を聞いた直後、全ては絶望に染まった。

 一人ずつ一頭ずつ、まるで何かの処刑のように、兵士と軍馬の命があっけなく失われていく。

 助けなどあるはずもない。いや、そもそも、この光景を見て、何をどうすれば誰の助けになるのか、理解できる者はいない。

「くっ……! 天雷よ落ちろ!」

 今、また一人の兵士が無駄な努力をし、そしてすぐに何も言わなくなった。

(バカめ、まだ諦めていなかったのか……。どれだけの魔法を叩き込んだと思っている。今更、一つや二つの魔法であの鎧が砕けるものか)

 女はすでに理解していた。一方的に奪われることが確定している身にできることは、せいぜい苦しまずに死ねるよう祈ることだけだと。

 薄っぺらな脅迫は一瞬で殺された。命乞いの言葉はとうに尽きた。悪罵と憎悪は肯定という最強の剣で死んだ。

「――ふむ……貴様で最後か」

 兵士と軍馬が全滅した頃、ついに女の番がやってきた。

 女は何も言わずに死を待つ。夜に溶けそうな鎧を纏う悪魔にとっては、女の遺言など聞く必要はないし、聞く気があるとも思えなかったからだ。

「さて……推薦状に署名させて、手紙を書かせるのはいいとして、あとはどうするか……」

 だから、その言葉は女に向けたものではなく、あくまで独り言だった。

(署名……? 手紙……???)

「――(パイル)

 困惑の中、女の意識は闇に沈んだ。




 マックスの前にザインが現れたのは突然のことだった。

 深夜――数カ月前から当たり前となったクソみたいな一日が終わり、マックスはボロ小屋の中でようやく眠りにつこうとしていた。

 青い短髪に空色の瞳、その肉体は服の上からでもわかるほど無駄なく鍛え上げられていて、二メートルにも届こうかというほどに背が高い。壁に立て掛けてある大剣を握れば、それだけで敵はすくむことだろう。

 ボロ小屋の中には、ベッドなどと呼べる上等なものはない。あるのは申し訳程度に敷かれた麻布と薄っぺらな毛布だけ。それでも、奴隷という身分に落ちた者としては好待遇だ。ボロ小屋とはいえ個室が与えられており、薄っぺらとはいえ毛布があるのだから。

(いや、そもそも屋根があるだけマシか……)

 冒険者として幾度も経験した野宿を思い出し、マックスは自らを慰める。もはや何度目になるかわからないということには目をつむって。

 麻布の上に寝転がり、たたんだ毛布を枕に目を閉じる。

 メビウス法国は南国だ。夏は夜でもそれなりに気温が高い。薄っぺらでも毛布などかけたら暑くてたまらなくなる。逆に冬だと冷えるのだから、なるほど奴隷の待遇としてはよく考えられているのかもしれない。

 毛布を枕にできる分、夏の方がマシだな――なんて思い、フッと笑ったところで、マックスはパチリと目を開けた。その視線は自然とボロ小屋の入り口に向かう。

 不寝番以外は誰もが寝静まったはずだというのに、ボロ小屋のそばを誰かが通り過ぎたのだ。

 見回りではない。マックスの寝床であるボロ小屋は、見回りのルートから外れている。必要ないという理由で。

 だから、どうにも気になり、大剣を手にマックスは外へ出た。

 月明かりのない暗闇を見回せば、少し離れたところにランタンの灯りが見える。不寝番の誰かだ。

(見回りのルートを間違えただけか……?)

 そう首を傾げ、マックスはボロ小屋に戻ろうとした――その時、視界の端で、灯りがフッと消えた。

 まばたきを二度して、嫌な予感が導くままに、マックスは灯りが見えていた方へと近づく。何かが足に当たった感触に立ち止まり、目を凝らすと、灯りの消えたランタンと名前も知らない不寝番が倒れていた。

 異常事態だ。

 門へ行って他の不寝番を呼ぶか、それともこのまま屋敷へ向かうか迷い、結局、マックスは後者を選んだ。見回りがやられた以上、他も無事とは思えなかったからだ。

 どこかの窓が破られていないか、と確認しながら、マックスは屋敷の周りを走る。屋敷はコの字型をしていて、ボロ小屋は左側の棟の先端近くにある。一階はどうだ、二階はどうだ、三階は、まさか反対側か――と視線を走らせたところで、マックスはわずかに開いている箇所を見つけた。

 正面玄関の扉だった。

 賊は正面から堂々と侵入したらしい。どうやって破ったのかはわからないが、わずかに開いている以上、賊がここから侵入したのは間違いなかった。

 問題は賊の目的である。

 ここは一帯を治める大司教の屋敷だ、多額の金銭に換えられる高価な品には事欠かない。だが、単なる窃盗目的の可能性は低いと言わざるをえない。よほどの酔狂でもない限り、わざわざ警備の厳重な領主の屋敷から盗む必要性がないからだ。もしも窃盗目的だったとしても、盗まれれば大司教は怒るだろうが、困ることはほぼないだろう。

 大司教の弱みを握ろうという場合はどうか。マックスが感じた気配は一人だけだった。ある程度、目星をつけているだろうが、賊は複数箇所を順に回って盗むべき情報を探さなければならないはず。だが、そうなると不寝番を襲撃した理由がわからない。見回りから仲間が帰ってこなければ、他の不寝番が不審に思う。賊の侵入は早々に発覚してしまうだろう。その時に盗むべき情報が賊の手元にある保証はない。仮に、賊がマックスに気付いていたならば、とっくに逃げ出すなり襲うなりしているはず。気付いていないならば、屋敷の中で探し物をしている賊を背後から刺すことは容易い。

 最後に、大司教の命そのものが目的の場合――残念ながら、マックスには賊を捕らえる理由がなかった。主が死ねば、自動的に奴隷契約は解消されるからだ。そして、マックスの勘ではこれこそが賊の目的だった。

 自由になれるかもしれない――その思いが、マックスの口を閉ざさせていた。賊だ、と叫べば、不寝番や私兵が気付くはずだというのに。

 逆らったと認識されない程度の速度で、マックスは屋敷の主の部屋へと走る。階段を二つ登り、長い廊下の端を曲がると、その先に主の部屋へ続く扉が見えた。

 ――半ば開いている。

 それを認識した瞬間、マックスは走るのをやめた。

 大司教に戦う力はない。部屋の中から物音がしない以上、部屋の主が死んだのはほぼ確実だった。

 それでも万が一はある。この目で確かめるまでは、安心などできない。

 静かに歩みを進めるマックス。

 ある程度まで近づいたところで、マックスは隙間から見えているのが人の背中だと気付いた。

 賊はまだ部屋の中に残っていたのだ。

 同時に、賊もマックスに気付く。

「ん……? 気付かれるまでまだ時間はあったはずだが……」

 その男は、マックスが見ているというのに、堂々と顔を晒していた。

 そしてその足下に、クソみたいな日々にぶち込んだ張本人が倒れていた。

「コフィー大司教……」

 その時、マックスはただただホッとしていた。これでクソみたいな日々とおさらばできるからだ。

 だが、それも目の前の男がマックスを見逃してくれたらの話だ。得難い幸運を得るためにすべきことは――目の前の男を見なかったことにすること。

「……クソ野郎なご主人様が死んだショックで、これからオレは独り言を言う。今、オレの目には大司教の死体しか見えていない。オレが駆け付けた時には、賊はもう去ったあとだった。誰かに聞かれたら、何をされようと何を言われようとそう答える」

「ふむ……だから見逃せと。必要性を感じんな」

 想定内といえば想定内の返答に、マックスは大剣を構えることで答える。

「なら悪いが抗わせてもらおう。これでも元A級冒険者だ、そう易々と取れると思うなよ……!」

 だが、大剣を突きつけられているというのに、男は首を少し傾げただけで、身構えるそぶりすらしなかった。

「ん? 元A級……? それに大剣使い……。奴隷の首輪もあるな。もしや貴様、マックスか?」

「へえ、オレのことを知っているのか。最近は冒険者として活動できていなかったんだがな」

「どうやら間違いないようだな。ならばちょうどいい。貴殿のような冒険者が欲しかったんだ」

「はあ……?」

 思わず首を傾げるマックス。

 特定の冒険者が求められる場合、それは実力や技術の面を指すことが多い。だが、目の前の男のニュアンスはどうにも違うようにマックスは感じた。

 そしてそれはすぐに肯定される。

「貴殿が奴隷にされた理由は、モンスターの討伐報酬が低過ぎると抗議したからだろう? 実は俺も同じ思いを持っていてな」

「……!」

「この国の在り方を変える計画があるんだが――乗らんか?」

 マックスが大剣を降ろすのに、さほど時間はかからなかった。

 どうやら命の心配はしなくていいらしい、という思いが確信に変わった頃、マックスは男とともに地下室へと向かっていた。

 少し話して、マックスが男について知ったことは三つ。

 一つ、名はザインザード・ブラッドハイドである。本人が「ザインでいい」と言ったため、ザインと呼ぶことにした。

 一つ、B級冒険者である。冒険者が何で暗殺者の真似事をしていて、しかも本職顔負けのことまでできるのかは不思議だったが。

 一つ、死んだはずの人間を生前と同じように動き喋るようにできる。しかも命令には絶対服従だ。影に飲まれたコフィー大司教の死体がムクリと起き上がり、「おや、マックス君、奴隷ごときがなぜ吾輩の部屋にいるのかな?」と微笑んだ時は、心臓が止まるかと思ったが。

「――ちょっと待て……オレの奴隷契約まで復活していたりしないだろうな……?」

「それはない。一度は確かに死んだ以上、契約は切れて当然だ」

 マックスは半信半疑のまま、試しにと言われコフィー大司教を殴ったが、契約違反の紋章はどこにも浮かび上がらなかった。奴隷契約は確かに切れていた。

 マックスの目にはコフィー大司教が蘇ったようにしか見えなかったが、ザインに言わせればそれは違う。では死体を操っているのかというと、それも違う。厳密に言えば、本物の死体を使って限りなく本物に近い偽物をつくったのだ。それが本物とどう違うのか、マックスにはさっぱりだったが。

「少なくとも、本物には『本物に見せかけよう』という意志はないだろう?」

「…………やっぱり、オレにはさっぱりだな……」




 コフィー大司教を暗殺して傀儡にしたザインの目的は、表に出るとヤバい文書の確保というかなり大雑把なものだった。もっとも、ザインは「ある」と確信していたし、実際、コフィー大司教も「ある」と断言したが。

 マックスとの敵対を避けたザインは、コフィー大司教に命じて、その在処へと案内させていた。「新たなる友、ブラッドハイド卿が言うなら仕方ない」と、コフィー大司教はすでにザインの言いなりである。

 ――とはいえ、そのヤバい文書がマジでガチにヤバい人体実験の記録だったのは、ザインにとっても予想外過ぎるくらい予想外だったが。

 マックスは文書の内容を少し読んだだけで吐いた。その文書が保管されていた部屋のすぐ隣が実験室だとかで、明らかに最近使われたと思われるほど血の臭いが濃かったことも原因だろう。

 さすがのザインも顔色が悪くなっていた。マックスから言わせれば、吐かずに読み込んでいるだけでもすごいとしか言いようがないのだが。

「オレ、よく今まで生きていたなあ……」

「ふむん? マックス君はA級までいった逸材だからねえ。こんな実験に使うなどもったいないじゃあないか。一緒にいた有象無象共とはわけが違うのだよ。そういえば、アレらも良い実験体(モルモット)に――」

「黙れ。貴様は訊かれた時だけ喋ればいいんだ」

 端的にコフィー大司教の口を閉じさせるザイン。

 マックスは思わず心の内をこぼしただけだ。それに対して、コフィー大司教が選民思想じみた狂気を垂れ流すことも、マックスと一緒に抗議した冒険者達を侮辱することも、許した覚えはない。

「すまねえ……ありがとな」

 マックスの礼に対し、ザインは実験記録に目を通しながら軽く肩をすくめただけだった。

 全ての文書を袋に詰め、三人が地下室から地上に戻ると、屋敷内は大いに騒がしくなっていた。どうやらザインの侵入にようやく気付いたらしい。

 だが、すでに屋敷の主であるコフィー大司教はザインの手中だ。彼が賊は処分したと言えば、騒ぎはすぐに収まった。そばにいる見知らぬ男のことも、適当な言い訳だけで気にする者はいなくなる。

 賊の死体と称した服を纏っただけの肉塊は、すでに用意して大袋に入れてある。材料は余っていたモンスターの肉だ。マックスが燃やして処分することにすれば、わざわざ掘り返す者もいないだろう。

 こうして、ザインは堂々と表門から屋敷を去り、手練れの賊から主を守ったという功績で奴隷から解放されたことになったマックスも、これまた堂々と表門から屋敷を去ることになった。

 コフィー大司教の殺害は、文書の強奪(譲渡?)と屋敷からの脱出両方を円滑に行うためのものだったのだ。マックスが自然と奴隷から解放されたのは、あくまでついでである。

 ザインのあくどかった点は、さらに大司教の死体までほとんど持ち出したことだ。マックスには方法も理由もさっぱりだったが。

 翌日の朝には、大司教の寝室で彼の左腕だけが見つかることになる。ただ動かすだけならば片腕だけで事足りる――まるで熟練の傀儡師のようなことを言って、ザインは嗤った。

「それで、これからどうするんだ?」

「まずはカロン――弟子と合流する」

 カロンはコフィー大司教領の領都モカにある宿屋で休んでいた。警備の厳重な屋敷に連れていくわけにはいかないし、連れていく必要性もなかったからだ。

 目的を果たした以上、本当ならすぐにでも移動したいところだが、深夜に街門は開いていない。街壁を越えることも不可能ではないが、コフィー大司教の屋敷に侵入した賊がザインではないことになっている以上、堂々と出た方がいいだろう。

 もちろん、マックスも一緒にだ。

「――ああ、それから、取った部屋は一つだけだ。カロンはまだ成人しておらんが、女であることに変わりはない。……変な気は起こさんようにな」

「そんなことしねえって……。何だったらオレは外でもいいぜ?」

「いや、さすがに無下なことはせん。協力者だしな」

「そうかい」

(律儀だねえ……)

 マックスは肩をすくめた。

 実を言えば、マックスが協力者になる可能性は高かったため、ザインとしては宿屋の部屋をもう一つ確保しておきたかったのだが、単なる建前であってもカロンが一人部屋になるのを嫌がったのだ。さすがに来ないかもしれない同行者のために部屋を取るのは不自然なため、ザインは二人部屋を一つ取るしかなかった。

 明けて翌日――陽が高くなる頃には、三人はすでに旅の空の下にいた。

「か、かかか、カロンばい……」

「マックスだ。よろしくな、カロンの嬢ちゃん」

 問題といえば、カロンが人見知りを発動したことくらいだろうか。

 マックスの身長は類稀なほどに高い。カロンから見ると、人の形をしたモンスターのようなものだ。宿屋の部屋で起き抜けに自己紹介した時など、ザインの後ろに隠れて目すら合わせようとしなかった。

 今もザインの腕に抱きついて離れようとしない。

「……早速、嫌われたか、オレ?」

「いや、そういうわけではないと思うが……」

「あぅぅ……」

 こればかりは慣れるしかない、と結論付け、三人は街道を進む。

「――で、そろそろ何でラテ司祭領に向かっているか訊いてもいいか?」

「ふむ……そうだな、そろそろ説明すべきか」

 説明を求めるマックスにザインが最初に見せたのは、コーラ枢機卿領のケインを治めていた代官だった。驚くなかれ、この代官も限りなく本物に近い偽物だ。つまり、もうとっくに死んでいる。

「何でそんな奴の死体を持っているんだよ……」

「コーラ枢機卿領の領都リブレから逃げる時、命知らずにも追ってきた連中の指揮官だったからだ」

「はあ!?」

 いったい何をやらかしてそんなことになったのか、とマックスが問えば、返ってきたのは予想の斜め上を行くことばかりだった。

 モンスターパレードに襲われた街と、逃げた代官、そして二人の明王。

「いやいやいや……明王二人と戦って生き延びたとか、マジか……? お前さん、いったい何者なんだよ?」

「……『神に選ばれし者』――」

「っ!?」

「――と言って信じるか?」

「………………」

 マックスは沈黙し、チラリと偽物の代官を見る。

 限りなく本物に近い偽物をつくる力――確かに「神に選ばれし者」の力であっても不思議ではない。

 だが、問題は別にある。

(話を聞く限り、ザインは明王じゃねえな……。たとえ他の明王と敵対していたとしても、ここは法国だ、明王だったら明王と名乗らねえ理由はない)

 だとすれば、ラプラス皇国か、もっと遠い他の国か。

 法国で冒険者として生きてきたマックスが、他国の「神に選ばれし者」とともに行動していいのか?

 今からでも大剣を抜き、その首に刃を突き立てるべきではないのか?

 もしくは、油断させて寝首を――

「ああ……ちなみに、俺はラプラス教の信徒ではない。出身も皇国とは違う」

「……だから信じろって?」

「だから自分の目で見極めろ」

「…………」

 マックスが法国に不満を持っているのは事実だ。ザインの計画がマックスの思いと重なるのも。

 モンスターパレードから逃げた代官やケイン兵団が死んだところで、マックスには思うところは何もない。

 嘘でないなら、だが。

「……わかった、今は様子見してやるよ。ただし、ダメだと感じたら、その首、斬り落とすからな?」

「くはは、やれるものならな」

 静かに睨み合う二人の間で、カロンは一人震えていた。そのうち、ストレスで毛が抜けてしまうかもしれない。

 一つため息をつき、マックスは気持ちを切り替える。

「……それはそれとして、お前さん、領都リブレで騒ぎを起こして、ケイン兵団に追われたんだろ? お尋ね者になってんじゃね?」

「さて、どうだろうな? (メイル)を纏ったのは人気のない小道でのことだったし、解くときも人目がないことは確認した。あとは他者の肉体と記憶を奪うあの明王が何と証言したか、だが、他の目撃者の話と矛盾することは言えんだろう。おそらく、お尋ね者となっているのは黒い鎧を纏った男という曖昧な人相のはず」

 ザインの予想は当たっていた。新たな賞金首の情報が、すでにコーラ枢機卿領を中心として各地に広がりつつあったが、懸賞金を懸けられたのは「黒い全身鎧の男」だった。なお、コーラ枢機卿の屋敷の裏門で見つかった死体の特徴が、「魂喰らいの殺人鬼」の被害者と一致したため、「黒い全身鎧の男」は「魂喰らいの殺人鬼」と同一人物もしくはごく近しい者とされ、懸賞金の額がとんでもない額になっていたりする。ザインはこのことをまだ知らない。

「……だが、ケイン兵団は、黒い鎧の男ではなく、黒髪金眼の男を追ってきたという感じだったな。まあ、枢機卿と明王につながりがあっても不思議ではないが」

「コーラ枢機卿は、死ぬとわかっていて、その代官やケイン兵団に追わせたのかねえ……?」

「おそらくはな」

 法国では黒髪はさほど珍しいものではない。金色の瞳も少数だが確かにいる。黒髪に金眼となると数は激減するだろうが、それだけでザインザード・ブラッドハイドだと断定することはできないはずだ。

 となると、黒い鎧を纏っているかどうかが判断の基準になるだろう。

(しばらく(メイル)は使えんな……)

 ケインでは巨人(タイタン)しか使っていないため、あの時、ともに戦った者達がザインと「黒い全身鎧の男」を結び付けることはない。あとはどこぞの金髪金眼のエルフがどう判断するか、だが――それを思うと、ため息しか出ないザインだった。

「ケイン兵団を全滅させた以上、もう追手が来ることはほぼないってことだな。なら、まあ、オレもカロンの嬢ちゃんも安心か。……で? ケインの代官がラテ司祭領とどうつながるんだ?」

「いや、直接の関係はない」

「ねえのかよ」

「ラテ司祭領に行くのは、次の一手までに多少は情報を収集しておきたいからだ」

「あー……収集したい情報ってのは?」

「高難易度モンスター討伐依頼の消化状況だな。場所によっては、停滞しているとモンスターパレードが発生する恐れがある。計画を完遂する前に法国がめちゃくちゃになっては元も子もないんでな。警告くらいはしておくべきだろう」

「ラテ司祭領が、その場合によっては危険な場所ってことか?」

「そうだ。その一つだな」

(つまり、複数あるってことか……)

「んー……わかった。じゃあ、次の一手ってのは何だ?」

「ふむ……コフィー大司教の屋敷で得た人体実験の記録――」

 ザインの言葉に内容を思い出し、マックスの顔が歪む。

「――これを使って『心眼の聖女』を味方につけたい」

「……! ……確かに、聖女様ならあんなことを許しはしねえだろうが……そもそも会うのが難しいぜ? 聖女様は法王グランドラ・ココア猊下の実の孫だ。聖女様自身はともかく、周りの連中が会わせちゃくれねえよ。しかもコフィー大司教の姪でもある。会ったところで、信じてくれるかどうか……」

「だからこいつを使ったんだ」

 ザインは右手の親指でケインの代官を指す。

「あん……?」

「慰問要請だ。ケインがモンスターパレードに襲われたのは事実。ならば、慰問要請が通るとは思わんか?」

「……!! なるほどなあ……」

「故に、こいつの役割はすでに終わっているんだがな」

「…………」

 ケインの代官だった女は、もう必要ないと告げられたにもかかわらず、目を伏せたまま何も言わない。

 その心はとっくに折れているからだ。

「まあ、後々、何かに使えることもあるだろう」

 女は再び影の中の闇へと沈んだ。

「慰問要請の文書が法都リスティングに届き、『心眼の聖女』一行がケインに到着するまで一か月弱といったところだ。故に、二十日後くらいにはカリモーチョ村跡地にいたいところだな」

「あん? カリモーチョ村? 聖女様が来るのはケインだろ?」

 慰問を要請したのはケインの代官ということになっているにもかかわらず、ザインは聖女がカリモーチョ村に来ると予想していた。

 根拠は明白。カリモーチョ村がモンスターパレードで滅んだからだ。

「そもそも、ケインのような耳目の多い街で、この記録について話すわけにはいかんだろう?」

「た、確かに……」

 完全に偶然でしかない出来事を利用するザインの智謀に、マックスは心の内で舌を巻く。

 カリモーチョ村はコーラ枢機卿領とコフィー大司教領の間にある唯一の村だった。そこが滅んだ以上、両領を行き来する者は非常に少なくなる。

 盗賊も寄りつかないだろう。

 少なくとも、近隣の安全が確認されるまでは。

 しかも、新たに別の村をつくるにしても、それはカリモーチョ村跡地からは若干離れた位置につくられる。

「誰がモンスターパレードに滅ぼされた村跡に住もうと思うんだ? 同じことがまた起こるかもしれんという不安は、そうそう簡単に拭えるものではない」

 言われてみれば納得のいく話のはずだ。

 カリモーチョ村跡地は、秘密の会談をするには絶好の場所である。


 細かい話は活動報告にて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ