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18   理不尽は気付かぬ間に襲い来る(中)

 「神に選ばれし者」の力は理不尽を実現する。それはまさしく人知を超えた力であり、魔法ですら再現不可能と思い知らされるほどの圧倒的な力である。

 一言に「理不尽を実現する」と言っても、そこにはいくつかの方法がある。

 一つは「数」だ。

 たとえば、ザインはソレイユとのいさかいにおいて、圧倒的な手数という理不尽をもって勝利した。圧倒的な数というのはそれだけで理不尽を実現する。相手が単体なら言わずもがな、たとえ複数であったとしても、十倍ともなれば抵抗する余地など余裕で潰せる。

 だが、少し考えてみてほしい。これが成り立つのはあくまで互いに少数だった場合のみだ。ザインは百人の軍団と戦ったとしても勝ちそうだが、では千人の軍団ではどうか? 万人ならばどうか?

 手数の差というものは、人数の差によって覆すことができる。これでは人知を超えた理不尽とは言い切れない。

 では、「異端の影」は大したことのない力なのか? ――もちろん、そんなはずはない。

 「神に選ばれし者」の力は発想力がものを言う。対少数戦における「異端の影」の理不尽は圧倒的な手数だった。ならば、当然のように対多数戦における理不尽も内包していてしかるべきである。

 限界を超えない限り、あらゆる発想を許容する柔軟さがなければ、「理不尽を実現する」などとはうたわれない。

 もちろん、「創製の光」も。




 カロンが案内した先――すなわちザインが寝ているという宿は、ケインの街で一番の宿だった。

(……C級冒険者のはずなのにお姉さんやソレイユより良い宿の部屋を取るってどういう金銭感覚をしてるのかしらね……?)

「……妬むだけ無駄だぞ、ヒバリ。あの男は、臨時収入があったと言って大金貨五十枚をポンッと手渡す金銭感覚の持ち主だ」

「何よ、それ……。どこぞの大富豪なの……?」

「さあな……。ラプラス皇国が調べてもさっぱりだそうだ」

「うわぁ……すっっっごくうさんくさいわね」

 皇国はコルピタゲム大陸の中心と言っても過言ではない。地理的にもそうだし、歴史的にもそうだ。何しろ、大陸で最も古くからある国の一つ――その情報網は、ボルト獣帝国は言わずもがな、北方小国家群やオベリスク都市国家連合、メビウス法国の一部にまで及ぶ。つまり、皇国が調べても何も出てこないということは、大陸の外から来た可能性が高いことを示唆している。

 南のロープレゲム大陸か、その先にあるというタルジゲム大陸か、もしくは遥か東のシムショゲム大陸か。

 いずれにしても、ヒバリやソレイユ程度では調べようがない。

 ちなみに、モンスターパレードの件を伝えるだけならば、カロンに伝言を頼めば事足りる。ソレイユがついてきたのはザインを逃がさないためであり、ヒバリまでついてきているのは「私だけでは確実にモメる!」とソレイユに泣きつかれたからだった。

「それで、カロンちゃん、部屋はどこだ?」

「二階ん奥ばい」

 カロンに導かれるままソレイユは階段を上がり、ヒバリもそれを追う。最奥の部屋の前に三人が集まった。

「カロンちゃん、頼む」

 コクリと頷くと、カロンは部屋の扉をノックした。

(孤児だってソレイユは言っていたけれど、その割には礼儀正しいわね)

 しばらくの間、廊下にノックの音が響き続け、

「――――誰だ?」

 ようやく部屋の中から反応が返ってきた。

「主様、カロンばい」

「待て、今開ける。……ずいぶんと早か――」

 扉を開けたザインは、カロンの後ろに立つソレイユに気付くと、言葉を途中で打ち切って眉間にしわを寄せた。

「ひ、久しいな、ザイ――」

「断る。帰れ」

 そしてカロンの腕をつかんで部屋の中に引き込むと、端的に吐き捨てて扉を閉め――

「待て待て待てっ、まだ何も言っていないのだが!?」

 ――ようとしたところで、ソレイユに半ばで阻止された。

「聞かずともわかる。面通しは断ったはずだ」

「そんなことはどうでも――よくはないが、用件はそれじゃない!」

「ならば髪の件か。あれは勝利の証だ、返さんぞ」

「それは今すぐ返せと言いたいところだが――ああ、凄まじく言いたいところだがっ! それでもないのだ!」

 かたや強引に扉を閉めようとし、かたや強引に扉を開けて中に入ろうとする。事情を知らなければ間違いなく事案である。

(……髪の件って何かしら……? お姉さんとっっっても興味があるわね)

 その後ろで全く関係のないことに反応するヒバリ。だが、今は一刻を争う事態だ。ひとまず脇に置いておき、ザインの勘違いを正すために声をかける。

「あの……ホントに大事なお話だから、ちゃんと聞いてもらえないかしら?」

「ん……? 誰だ、今の声は? 貴様の仲間……いや、それはないな。ああ、助っ人か。ということはリベンジマッチか。二人がかりとはずいぶんと必死だな?」

「そんなわけがあるか! リベンジするなら正々堂々とタイマンでやるに決まっているだろう! 彼女はその……あれ、人探しを手伝ってもらったわけだし、助っ人なのは間違いないのか?」

「お姉さんに訊かれても……」

「何でもいいが、とにかく要件が何であろうと断る。即刻帰れ」

「ええい、強情な奴め。こうなったら扉を斬って――」

(ウォール)

 ソレイユが強硬手段をほのめかした瞬間、扉が影に覆われる。

「お前、さすがにそれは卑怯じゃないか!? そこまでして寝たいか!?」

「くはは、扉を斬ろうとした奴には言われたくない。それに夜通し歩いてきたんでな、今日くらいゆっくり寝させろ。無論、明日もこの街にいるとは限らんが」

「いや、お前、モンスターパレードに襲われたらそもそも街など残――あふっ!」

 突然、扉を反対側から押す力が消え、部屋の中に倒れこむソレイユ。

「……それを早く言え……」

 そしてそれを見下ろしながら、ザインはため息交じりにそう言った。




 ザインを加えたヒバリ達は、街で一番の宿屋(重要)を後にし、東の街門へと駆け足で向かっていた。

 急がなければならない。「ミスリル・ヘキサグラム」が冒険者ギルド支部に飛び込んできた時間から考えると、そろそろ街からモンスターパレードが見えてもおかしくはない。

「全く……面倒な奴と再会した上にモンスターパレードとは……今日は厄日か」

「その『面倒な奴』とは、よもや私のことじゃないだろうな?」

「……それで? リベンジマッチの助っ人ではないが――」

「おい、答えろ」

「――助っ人ではあるというそちらの貴様は結局何者なんだ?」

「初めまして、S級冒険者のヒバリ・マニよ」

「……! ヒバリ・マニ……メビウス第一明王か」

「あら、お姉さんのことを知っているのね」

「多少はな」

 無視されたソレイユが「ぐぬぬ……!」と後ろで唸っているが、努めて無視する三人。いや、カロンだけはチラチラ見ている。

「すでに知っているとは思うが、ザインザード・ブラッドハイドだ。ザインでいい」

「弟子のカロンばい」

「ええ、よろしくね」

 ヒバリに自己紹介を終えたところでザインはわずかに目を細め、

「……さて、貴殿は俺のことをどこまで聞いている? そこのむくれているエルフに」

「むくれてなどいない!」

「ザイン君のことなら一通り聞いてるわよ。新たな十番目だそうね?」

「ザイン君……まあいい。ならば細かい話は省いていいな」

 どうやら警戒する必要もなさそうだ、とザインは警戒を解く。

 ザインがラプラスの使徒であることをヒバリが知らなかった場合、守らなければならない対象だと誤解されないようにするため、ザインはまずそこから説明しなければならなかった。そして、ヒバリはメビウスの明王である。ザインとしては、ソレイユがラプラスの使徒であることをヒバリが知っている可能性は非常に高いと考えていたが、同時に、ザイン自身もラプラスの使徒であることを明かせば、最悪戦闘になる可能性もあると考えていた。それほどまでにラプラス教とメビウス教の不仲は有名なのだ。

「で? 使徒と明王が揃って助けを求めに来るとは尋常ではないが、モンスターの数は何万だ?」

「万……!? い、いや、最大でも五千だが……」

「五千……?」

 拍子抜けして思わず足を止めるザイン。つられて三人も足を止める。

 そして呆れたようにため息をこぼすと、ヒバリ達に目線だけを向け、

「たかが五千程度、貴様らだけで充分だろう」

「「はい……???」」

 ヒバリとソレイユは目をしばたたかせ、

「いや……いやいやいや、五千だぞ? 二人でどうにかなるわけないだろう!?」

「そうよ、ザイン君。千ならまだしも、五千は無理よ」

 口々に反論するが、ザインはジトっとした目をやめない。

「…………そっちのエルフは後にするとして……おい、S級冒険者、パーティーメンバーはどうした?」

「……! え、えぇっとぉ……」

 結構痛いところを突かれて目を逸らすヒバリ。

 言いたくない、と態度で訴えたが、「さっさと言え」と言わんばかりに睨まれてしまった。

「……置いてきちゃった、てへっ☆」

 可愛く言って誤魔化そうとしたヒバリだったが、返ってきたのは深いため息だけだった。

 確かにS級冒険者パーティー「天輪」が全員揃っていれば、二千まではどうにかなる。モンスターパレードが起こることを予想できるはずがないとはいえ、ヒバリ、自分の危機管理の無さにガックリである。なお、他のメンバーは遠く離れた法都リスティングでヒバリの書置きを見て呆れていたりする。

「……そして第一使徒、貴様に関しては訊かずともわかる。まだ太陽を見て走っているのか」

「むぅ……何も言い返せない……」

 ぐぅの音も出ないソレイユ。ずいぶんと迷走していた自覚はある。

 ザインは再び深いため息をこぼし、

「……ちっ……まあいい。状況が状況だ、協力はしよう」

「本当か!」

「そうしなければ、うるさいのが増えそうだからな」

「うふふふふ」

 ヒバリの力は未知数だ。ソレイユには一度勝っているものの、ザインにとってはいつ化けるかわからない存在である。同格二人相手に勝つ自信はザインもない。

 それはそれとして、

(五千か……。ヒントを与えてしまうことになるが……致し方ないか……)

 「神に選ばれし者」が三人もいる以上、余裕なのは間違いない。だが、そこには「全員が十全に力を発揮すれば」という前提がつく。ザインも切り札の一つか二つは切らなければならない。ならば、街を守るためと割り切って、多少のヒントを与えてしまうことは許容すべきだろう。たとえ面倒な者をさらに厄介にしてしまうとしても。

「ところで、特――」

 ――カーンッ、カーンッ、カーンッ、カーンッ――……

 その時、街に鐘の音が響く。時を告げるための音ではない。脅威が接近しているという警告の音である。ついにモンスターパレードが目視圏内に入ったのだろう。

「……ヒバリ、貴殿は先に行け。翼人である以上は飛べるはずだな?」

「ええ、そうさせてもらうわね」

「ヒバリ、私達もすぐに行く。少しだけ抑えてくれ」

 任せて、とばかりに親指を立てると、ヒバリは翼をはためかせ、上空へと飛び上がり、そのまま東へと一直線に飛んでいった。こういう時、地形を無視できるのは強い。

 ザイン達も再び情報共有を進めながら、東の街門へと駆ける。

「それで、ソレイユ、特にパニックは起きておらんようだが、住人の避難はどうしている?」

「ケインの人口は約一万人だ。外に避難するのは時間がかかりすぎる。ならば街中にとどまった方が安全だと判断した。ギルド職員が街中を回ってできるだけ北側へ避難誘導しているはずだ」

「ふむ……まあ、妥当か。それと、軍人――兵団の姿がないが?」

 ザインの問いに、激怒が蘇り顔を歪めるソレイユ。

「兵団は…………逃げた……」

「逃げた?」

「正確には、代官が兵団を連れて逃げ出したらしい……」

「どちらにしろ同じこと、か……。まあいい、そちらは捨て置け。となると戦力は冒険者のみか? 何人残っている?」

「いや、非番だった兵団員も百人ほど残っている。冒険者は百五十人といったところだが……その、いいのか? 兵団を放っておいて」

「兵団と言うからには馬くらい持っているだろう。追いつけるとは思えん。時間の無駄だ。それに――代官がやりそうなことは推測がつく。冒険者だけで対処しきってしまえば、相応の罰が下るはずだ」

「罰……?」

「ん? 何だ、気付いていなかったのか? この街の名は『ケイン』だぞ? 砂糖の一大生産地ではないか」

「あ……」

 畑に生えていた見慣れない植物は砂糖の原料だったのか、とようやく気付くソレイユ。

 コーラ枢機卿は食文化を最重視している。そして豊かな食文化に砂糖は欠かせない。そもそも、甘酢を作るにはそれなりの量の砂糖が必要である。そんな大事な砂糖の生産地を放って自分達だけ逃げ出した――厳しい処罰が下されるのは確実だ。

 そうなると、「代官がやりそうなことは推測がつく」という言葉にも納得がいく。おそらく、代官は冒険者ギルドに全ての責任を押し付けるつもりだったのだろう。ところが、代官にとっては予想外なことに、偶然にも「神に選ばれし者」が三人もケインに滞在していた。これでモンスターパレードを乗り切れば、事実上、冒険者だけで乗り切ってしまった、となるわけだ。

 ちなみに、ヒバリはこのことに気付いていない。というか、ケインが砂糖の一大生産地であることも忘れている。興味がないことにはとことん無関心なのもヒバリの悪い癖だった。




 ヒバリが街門に着いた時、まだ戦闘は始まっていなかった。

 だが、東に目を向ければ、大量の砂煙が見える。相当数の脅威が接近していることは明白だ。

「お、来たか、天使様」

「とびっきりの追加戦力を連れてくるって話だったけど……一人かい?」

 後衛組の冒険者が集まる街壁の上に降り立つと、指揮を任されたB級冒険者の二人が早速、声をかけてきた。

 ヒバリと一緒に行ったはずのA級冒険者の姿が見えず、やや不安になる冒険者達。

「ええ、お姉さんだけ先に来たの。状況は?」

「柵や板はできるだけ用意したぜ。簡単なものだがな」

 街門の外には二重のバリケードを築くように木製の柵や大きな板がそれぞれ十数個ほど並べられていた。柵はモンスターの突撃を防ぎ、安全な距離から長槍や弓、魔法などで倒すためのもの。板は遠距離から毛や毒入りのつばを飛ばしてくる攻撃をある程度防ぐためのものだ。

 それを街壁の上から確認し――少な過ぎる、とヒバリは顔をしかめる。だが文句は言えない。時間がなかった上に、非番だった兵団員と残った冒険者を合わせてもたったの二百五十人ほどしかいないのだ。

 ヒバリは努めて無表情を作り、街壁の上の少し離れたところに集まった兵団員達を見る。

「……彼らの様子は?」

「いいとは言えねえな……。同僚に見捨てられたも同然だ、平気な方がおかしい」

「それでも戦ってくれるだけありがたいけどね」

「そう……」

 声をかけるべきか否か迷い、結局、ヒバリは兵団員達から視線を外した。何と声をかければいいかわからなかったからだ。

(やるべきことをやって鼓舞するしかないわね……)

 それがS級冒険者としての最低限の責任だろう。

 大地を蹂躙する砂煙がどんどん近づいてきている。もはや誰の目にも明らかなほどに。

 だが、真に注目すべきはそこではない。

 空だ。

「――来たぞぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 突然、B級冒険者の一人が大声で叫ぶ。

 街壁の下からはまだよく見えないだろうが、上からはそれがよく見えていた。

 モンスターパレードにおける最大の脅威は、当然、その圧倒的な数だが、その全てが同時に襲ってくるわけではない。

 ならば、最初に襲ってくるモンスターとはどのようなモンスターか?

「ごめんなさい、あとは任せるわね」

「当然さ。あなたの戦い方が指揮に向いてないのは法国の冒険者なら誰でも知ってる」

 笑顔で頷く戦友に微笑み返し、ヒバリは翼をはためかせる。

 その目には、すでに色までハッキリとわかるほどに近づいた空を飛ぶモンスターが無数に映っていた。

 これこそがモンスターパレードにおける最初の脅威。バリケードも街壁も無視して街中へと入ってしまい、防衛線を内側からかき乱す厄介な存在。

 通常ならば、街壁を越える前に弓や魔法で落とすしかない――のだが、幸いなことに、ここにはヒバリがいた。

 その頭上で鈍く輝く魔力の輪が大きさを増していき、次の瞬間、幾重にも分裂していく。

 一が二に、二が四に、四が八に、八が十六に――……

 鼠算式に増えていく魔力の輪――ヒバリの武器は魔力で形作ったチャクラムだった。

 ついに六十四まで分裂したところで、

「――メビウス・リンク・チャクラム」

 ヒバリは明王の力を発動させる。

 パチンッ、と指を鳴らすと同時に、全ての輪が消えた。一見、無駄なことをしているように思えるが、これは必要なことである。

 魔力によって武器をつくるという方法は、一見、便利そうに思えるが、その反面、維持するには常に魔力を供給し続けなければならない、という欠点もあった。

 だが、当然のことながら、魔力量には限界がある。ヒバリの場合はちょうど六十四に分裂させたところがそのラインだった。より多くのチャクラムをつくるには、必然的に魔力を回復しなければならない。

 ところが、魔力を回復するには、一度、魔力の消費をやめなければならないのだ。

 つまり、本来なら六十四より多くのチャクラムを同時に操ることは不可能。

 だが、ヒバリがメビウスから与えられた明王としての力――「天道」は、その不可能を可能に変える。その力は、輪状のもの限定で未来へ飛ばすことができるというものだった。

 先ほど、チャクラムが全て消えたのは、未来へ飛ばしたからである。

 ヒバリは上級魔力ポーションを飲み干して魔力を回復させると、再びチャクラムを分裂させ、

「――メビウス・リンク・チャクラム」

 また未来へ飛ばす。

 二本目、三本目と繰り返し――数舜後、過去から飛ばされたチャクラムが一斉に出現する。

 その総数、実に二百五十六――ヒバリが単独でもS級足りえる理由は、その全てに魔力の線をつなぎ、維持することができるからだ。そして、これら全てを成すのに、わずか数十秒しか経っていない。

 空を飛ぶ無数のモンスターは、ようやく地上で戦闘に備える冒険者達から視認できる程度の距離まで近づいたところだった。

 大量のチャクラムを同時に操るという戦い方をするため、最高ランクでありながら指揮はできず、他種族の冒険者と連携することは困難である。だが、そんなのは些細なことだ。

 翼人のみで構成されるS級冒険者パーティー「天輪」のリーダーにして、単独でS級の頂に立つ者、メビウス第一明王――「天道」のヒバリ・マニ。

 魔力の線を伸ばせる距離には限りがあるが、その代わり――彼女は、届く範囲なら確実に削り殺してみせる。

「さあ、ここから先は死地よ」

 二百五十六のチャクラムがヒバリの周囲を回るように動き始める。

 なるべく広く、だが隙間なく、すり抜ける余地などないように。

 回れ。

 高速で。

 強いモンスターほど、その体格は大きくなりがちだ。ただそこにヒバリがいるだけで、モンスター達は二の足を踏み、避けざるを得ない。

 そして今、球状の巨大チェーンソーが縦横無尽に天を駆ける。




 ザイン達がようやく街門にたどり着いたのは、ヒバリがその理不尽を発揮し始めた直後のことだった。

 もちろん、その視界には無数のチャクラムも入っている。

(なるほど、あれがヒバリ・マニの戦い方か……。チャクラム一つ一つに明王の力が宿っているとすれば、生半可な力では押し負けるな)

 万が一にもヒバリと戦うことになれば、敗北する可能性が非常に高そうだと判断するザイン。

 チラリとソレイユを見れば、大層自慢げに胸をそらしていた。カロンはポカンとしている。

 大きな歓声に目を向けると、そこには冒険者っぽい恰好の少年少女達と――なぜか、明らかに非戦闘員である年配の者達がいた。ヒバリへ向かって両手を合わせ拝んでいる。

「……何だ、あれは?」

「メビウス教徒の中でも、ヒバリを本物の天使だと信じている人達だ。特に年配者に多いらしい」

「何だ、それは……? メビウス教の教義に天使は存在せんはずだが……」

「私が知るわけないだろう。とにかく、そういう人達がいるのだ。…………一応、忠告しておくが、若い連中には気をつけろ。年配者は問題ないが、中にはヒバリに近づく男に嫌がらせしてくる奴もいる……らしい」

「……なるほど……? 『周りが厄介』とはそういうことか……」

 ソレイユの説明に首を傾げつつも、シトロンの言葉を思い出し、無理矢理納得するザイン。

 階段を駆け上り、街壁の上へと出る。

 そこはすでに戦場だった。

「とにかく街壁の中には入れるな! 耐えれば天使様が蹴散らしてくれる!」

「弓隊構え! 撃て!」

「下にいる連中には絶対に当てるなよ!」

「そこ、魔法は温存よ! 飛行型は前座だからね!」

 まだ地上を走るモンスターは一体たりとも襲来していないにもかかわらず、怒号が飛び交っている。街壁の上に来たものの、左右に集団がいてその場から動けそうにない。

 ザインとしては外に降りたいが、せっかく閉じた街門を開けとは言えない。ならば、直接街壁を降りるか――と考えたところで、ソレイユもいることに思い至り、思わずため息をつく。

「……俺とカロンは下に降りるが、貴様はどうする?」

「な……カロンちゃんも戦わせるのか……!?」

 だが、ソレイユが反応したのは、ザインの想定とは別のところだった。

 ガン無視しようか、と半ば本気で思うザイン。

「D級程度の実力はついている、問題ない。それより、貴様は自分のことに集中しろ」

「う、うむ……。上はヒバリがいるからな、できれば私も降りたいが……」

「では決まりだな。(バインド)

「っ!?」

 突然、聞き覚えのあるフレーズが聞こえ、ソレイユは思わずビクッと身構えた。だが、何も起こらない。

 よく確認すれば、影の縄は街壁の外へと続いている。

(そういうことか……)

 何も縄は縛るだけの道具ではない。

 ザイン達が黒い縄を伝って下へと降りても、話しかけてくる者は誰もいなかった。視線が集まったのも一瞬だけだった。

 すでにモンスターパレードの地響きがすぐそこまで近づいてきている。遅れてきた同業者を責めるためだけに、すでに完成している陣形を崩すわけにはいかない。戦力は多ければ多いほどいいし、邪魔さえしなければ何でもいい。

 言葉にせずとも、そんな考えが伝わってきていた。

「……さて……ソレイユ、左半分は任せる」

「な……!? お、おい!? 無茶を言うな!」

「無茶ではない。それを今から証明してやる。――領域(ゾーン)

 ザインの足下から、妙に黒い影が広がっていく。二メートル――三メートル――――五メートル――……それでもなお止まらない。

「おい、ザインザード、何をするつもりだ……!?」

「見ていればわかる。それよりも貴様は反対側へ行け」

「む……。むぅ……」

 やや不満そうにしながらも、ザインに言われた通り、反対側へと歩くソレイユ。

 ザインは足下の影を広げながら、街壁に沿って右へと進み――その足はついに二重のバリケードの外へ。

「カロンはバリケードの中で戦え」

「が、がまだす!」

 周囲の冒険者達も突然の出来事に困惑しているが、何がどうなっているかわからないため、顔を見合わせるしかない。

「光武創製――ソード・ツイン」

(一体、何をするつもりなのだ?)

 チラチラとザインを確認しながらも、ソレイユはモンスターに備えて光の剣を二振り創り出す。

(もしや「ハンドレッド」か……? モンスター相手には不向きな気もするが……)

 影が地上を覆っていく様子は、街壁の上の冒険者達や兵団員達、天を駆けるヒバリからも見えていた。

(あれって……たぶん、ソレイユが言ってたザイン君の力よね……? あんなに広範囲を覆って、いったい何を――)

 ――突如、全員が唐突に形容しがたい悪寒を感じた。周囲を確認すると、誰もが顔を青ざめている。

 ソレイユはこの感覚が何か知っていた。以前、ヒバリと切磋琢磨していた頃――とある討伐難易度A級のモンスターを倒すために、ヒバリが無数のチャクラムを未来に飛ばそうとした時に感じた悪寒と同じだった。

 これは――魔力とは違う何か別の力が過多に使われる予兆だ。

 ザインは額に手をかざして空を確認し、

「天候は良好――時間も良し――では、やるか」

 ボソッと呟く。

 次の瞬間――大地がその形を変えた。

 いや、ザイン以外にはそうとしか思えなかったのだ。

 だが目の錯覚ではない。

 正確に言えば――地面を覆った影が隆起している。

 それはザインを飲み込み、そのまま高く高く――街壁の高さを超え、なお高く。

 実に二十メートル弱――ザインがいたその場所には、巨大な影の柱ができていた。

 そしてその形は少しずつ変化していき――

巨人(タイタン)

 誰もがポカンとそれを見上げていた。

 形は(メイル)と同じだ。

 ただし――二十メートル弱あるが。

 影の巨人――それ以外に、表現のしようがない。

 ずいぶんと近くまで迫っていたモンスターパレードも、突然出現した巨大な存在に警戒を余儀なくされ、その進みを緩めていた。

 誰もが一点を見つめる静寂の中で、いっそ軽薄なほど軽々しく、ザインは一人高らかに告げる。

「よく見ていろ、ソレイユ――これが人を外れて戦うということだ!!」

 言い切ると同時に影の巨人が一歩踏み出す。

 その虚空に映るモンスターの体高は、どれもこれも膝にも満たない。

 ただただ巨大である――それだけのことが、世界に理不尽を実現する。

 巨大な拳が大地に振り下ろされる。

 グシャリ、という音がした。

 衝撃が駆け抜けていく。

 土煙が晴れた時、そこにモンスターの姿はなく、確かに生命がいたという痕跡だけがかろうじて残されていた。

 ――圧倒的。

 ただただ圧倒的である。

「――――っふ……ふふふ……ふはははははははは! 何だ……そうか……! そんな簡単なことだったのか!!」

 呆然と影の巨人を見ていたソレイユは、突然、哄笑を上げると、その両手に持つ光の剣を捨てた。もう用はないと言わんばかりに。

 一つの答えを見たのだ。もはや自身が十全に振るえるかどうかなどどうでもいい。

「光武創製――」

 キーワードが唱えられると同時に、ソレイユの手に光輝く鎖が創り出される。そしてそれを頭上に力強く投げた。

 天高く、光の鎖が伸びていく。

 と同時に、再びの悪寒。

「そうだ、それでいい――」

 ソレイユが何をしようとしているのか、悪寒だけでザインは理解していた。

 巨人の腕でモンスターパレードを薙ぎ払いながら、聞こえるはずのない言葉でその背中を押す。

「――有象無象など、圧殺してしまえ!!」

 もはや光の筋となった鎖の先――そこに膨大な量の光が集まっていく。

 今までなら形を創るだけで止めていたが、どうせ離れた場所に墜とすのだ、どれほどの高熱を放とうと構うものか。

 光を集めろ。

 超過してなお。

 過剰なまでに。

 光に重さなどない――だから鋭利さのみを追求し、ソレイユはそれでいいと思考を停止させていた。

 だが、「創製の光」の真価は陽の光を集束させることにこそある。もちろん、ただ集束させただけでは便利な飛び道具に過ぎない。だが、巨大な武具を形成することができれば――

 ――それは、太陽を手に入れたも同然である。

「――モーニングスター・ソレイユ!!」

 数メートルにも及ぶ巨大な棘付きの鉄球――強烈に光輝くそれにつながった鎖を、ソレイユは思い切り振り下ろす。

 一人のエルフが創り出した太陽が、モンスターパレードへ向かって墜ちていく。

 人が振るう大きさでは自身を傷つけかねない高熱でも、それが巨大であれば、ただ一振りで無数の敵を屠る力に変わる。

 高熱が命を焼く。

 木々を、草を、大地を、空気を――世界を焼く。

 爆音。

 耐えかねた世界が悲鳴を上げた。

 そこからは一方的な蹂躙だった。

「圧殺しろ――巨人(タイタン)!」

「光武創製――ソード・ギガント!」

 影の巨人が腕や足を振るうたびに、十数体ものモンスターが宙を舞い、大地に叩きつけられて動かなくなる。

 十メートル近い光輝く巨大な武具が振り下ろされるたびに、いくつもの命が焼け、モンスターが断末魔の悲鳴すら上げられず爆散する。

 そんな光景が次々と巻き起こされていた。

「俺達は一体……何を見てるんだ……?」

 とある冒険者が呆然とそんなことを呟くが、光と影の蹂躙劇としか形容しようがない。

 だが、彼らが二人に意識を奪われている間にも、戦場は動いている。ザインやソレイユを上手く避けた巨大な蛇のようなモンスターが、彼らのすぐそばまで密かに近づいてきていた。砂煙に紛れたそれに、彼らは気付けない。

 そしてついにそれが一人の冒険者の足に噛み付こうと――

「――ボーっとしてる暇はないわよ!」

 上から降ってきたその声で、彼らはようやくハッと気が付いた。

「うわぁ!?」

 生温かい感触に足下を見た一人の冒険者が尻もちをつく。彼女の足はべっとりと血で汚れていて、すぐそばには蛇の頭が転がっていた。首を切断されてなお、口がパクパクと動いている。

 彼女を救ったのはヒバリだった。

 空を飛ぶモンスターが全滅したことを確認したヒバリは、二人をすり抜けてきたモンスターを倒すため、地上に降りてきたのだ。目の前の獲物を狙っていた巨大な蛇のモンスターは、頭上のヒバリに気が付かなかった。

 ザインとソレイユがモンスターパレードの中まで突っ込んでいったため、バリケードまで迫るモンスターはほとんどいない。だが、上手く避けて回り込むモンスターがチラホラと見え始めている。

 ヒバリは一体も通すつもりはなかった。地上に降りれば、チャクラムを半球状にでき、密度が上がる。そのまま街門の付近にいるだけで、モンスターパレードは数という優位性を発揮できない。

 ヒバリを先に何とかしようとすれば、チャクラムの餌食に。

 ヒバリを避けて進もうとしても、冒険者達の餌食に。

 だが、諦めて逃げだそうとすれば、ザインとソレイユの餌食になる。

 特に二人がモンスターパレードの中へ突っ込んでいったのが効いていた。二人を避けて回り込んだモンスター達を、上手い具合に三角形の中に閉じ込められているのだ。

 その後も第二波、第三波とモンスターパレードは襲来したが、そのことごとくがザインとソレイユに蹂躙され、上手く避けたモンスターもヒバリのチャクラムによって削り殺された。

 それでも最大で五千に及ぼうかという数は尋常ではなく、ようやく最後の一体を倒したのは、陽がかなり傾いた頃だった。




 街門付近にはモンスターの死骸が山のように積み上げられた。ザインとソレイユが大部分を蹂躙してこれである。

 モンスターパレードは倒しただけで終わりではない。山のように積み上がった死骸を処分するという地獄の作業が待っている。

 とはいえ、そこは防衛戦に加われなかった冒険者やギルド職員、街の住民達も手伝うため、そんなに時間はかからないのだが。

 ザインもカロンに教えながら参加していた。最も暴れた片一方だというのに元気である。

 一方のソレイユはというと、

「……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

 完全にバテていた。

「……ま、まさか……ぜぇ……こ、こんなにしんどいとは……ぜぇ……お、思わなかった……」

「当然だ。今まで通常の大きさでしか創ってこなかったところに、突然、十倍以上の大きさ。消費するエネルギー量は千倍以上。言わば、散歩しかしてこなかった奴がいきなりフルマラソンを走るようなものだ」

「……お、お前は……ぜぇ……何で、平気なのだ……!?」

「くははっ、毎回創り直さなければならん貴様と違い、俺は壊されるまで使い続けられるんでな」

「……ぜぇ……ぜぇ……」

「あらあら……ソレイユ、ちゃんと考えて戦わないとダメよ?」

 もはや悪態をつくことすら面倒になったソレイユの代わりに、反省点を指摘するヒバリ。

 そこでヒバリはふと気付いた。

(……あら? これってもしかしてチャンスかしら?)

 ソレイユはバテすぎて何もできない。

 カロンはモンスターの解体を練習していて離れたところにいる。

 つまり、ザインにいろいろ訊くチャンスである。

「……ところで、ザイン君に訊きたいことがあるのだけれど――髪の件って何かしら?」

「むぐっ……! ……ま、待てザイ――」

「髪……? ああ、ソレイユに勝利した証のことか? さすがに首を斬るのはどうかと思ってな。代わりに頂戴することにしたんだ」

「ふぅん……そう、そうなのね……モンスターに食べられたっていうのは嘘だったのね……」

 ヒバリのジト目を受け、目を逸らすソレイユ。

 一方、ザインは全く躊躇することなく全ての経緯を話した。

 止める間もなく暴露されてしまったソレイユは、パクパクと口を動かすことしかできない。

「なるほどね……。ザイン君がどういう意図で切ったかはわかったわ。け・れ・ど、男性が女性の髪を持ってるっていうのは、好き合う恋人同士と誤解されかねないわよ。ザイン君はソレイユのことが好きなの?」

 女性が髪の一部を男性に送るというのは、会いたくても会えない恋人同士とかがたまにやる行為である。

 ヒバリの問いに、ザインはパチクリと目をしばたたかせ、

「……なるほど、その発想はなかった。……まあ、好きか嫌いかで言えば好きだが――」

「なっ……!」

「――俺が持っていては問題があるということならば、これはカロンにでも持たせるとしよう。それで問題ないだろう?」

「え、ええまあ問題ないと思うけれど……別の問題が今、発生したわね……」

 唐突な告白(?)に、ソレイユが別の意味で口をパクパクする。

「(……い、いやあれは人として好ましいとかそういう意味なのだそうだそうに違いないっ……)」

 そして現実逃避――いや、自己暗示だろうか。

「???」

(どういう意味で言ったのかはお姉さんが訊くことじゃないし、特に何も言わないでおきましょうか。そっちの方が面白そうだし)

 自己暗示を繰り返すソレイユと、不思議そうに首を傾げるザインを眺めて、ヒバリは一人ニヤニヤしていた。

 そんな混沌とした空気の中、臆することなく近づく男が一人。ギルドマスターのブラックである。

「――ちょっといいかね?」

「ん? 俺か?」

 ブラックが話しかけたのはザインだった。

 全く空気を読んでいない――いや、混沌とした空気を破壊した以上、ある意味では空気を読んだとも言えるか。

「お前さんが、飛び入りで参戦してくれたっていう黒の巨人使いかい?」

「黒い巨人を使ったという意味ならば、俺で間違いないが……貴殿は?」

「おっと、自己紹介がまだだったか。冒険者ギルド・ケイン支部のギルドマスター、ブラックだ。よろしくな」

 ギルドマスター――ブラックが差し出した手をザインは握り返し、

「ザインザード・ブラッドハイド。C級冒険者だ。こちらこそよろしく。それで?」

「いや、何、法輪の天使様が連れてきたって奴が大活躍したが、まだC級だって聞いてな。だったら手っ取り早く礼をしようと、これを渡しに来たのよ」

 ブラックがザインに手渡したのは、丸めた羊皮紙だった。

「ほう……これは?」

「あん? 登録時に聞かなかったか? B級への推薦状だよ。……ホントはA級への推薦状も書いてやりたいんだが、B級への推薦者は書けねえ規則でな。ま、お前さんならギルドマスター三人の推薦くらいすぐ集まるさ」

「なるほど……ん……? 領主の承認がいるのか?」

「ああ、そうだぜ。代官でもいいんだが……逃げちまったからなぁ……」

「領都リブレに行くしかない、ということか……。まあ、ありがたく頂戴しよう」

 羊皮紙を丸め直し、ザインはそれを懐にしまった。




 できるだけ死骸を解体した後、冒険者達は非番だった兵団員達を交えて互いを労い合い解散した。

 さすがにその日だけでは解体は終わらなかったが、残りは低ランク冒険者やギルド職員、住民達だけで何とかなる程度の量になっていた。

 報酬については翌日以降にギルドで受け取ることとなり、祝勝会が開かれた。

 だが、ザインは「さすがに眠い」と参加を固辞。疲れて眠ってしまったカロンを背負って宿へと帰ってしまう。

 ちなみに、カロンは討伐難易度D級のモンスターを何体か仕留めていたため、その場でE級への昇格が承認された。

 一方、ソレイユは当初こそ参加していたものの――その実は疲れ果てて動けなかっただけで、何とか歩けるまで回復したあと、「さすがに疲れた」と言い残して早々にいなくなってしまった。

 おかげで祝勝会の主役はヒバリだけとなり、ザインとソレイユを差し置いて称賛の声を一身に浴びることに。

(さすがに気恥ずかしいわね……。まあ、こうなったら美味しいご飯とお酒を思う存分楽しんで忘れましょ!!)

 と、夜遅くまで騒いだあと、気分よく宿に帰ったヒバリだったが、

「もう、何かしら……? こんな朝早くからそんなに張り切って……」

「ザインザードが同じ街にいるのだぞ? 以前の借りを返す好機じゃないか! しかも私はパワーアップを果たし! 昨日の疲れももう無い! というわけで手伝え!」

 明けて早朝――なぜかソレイユによって叩き起こされるハメに遭った。

「えぇー……同じ苦難を共に乗り越えたばかりじゃないの……」

「それはそれ! これはこれだ!」

 なぜわざわざそんな面倒くさそうなことに関わらせようとしてくるのか。ソレイユとザインの個人的な因縁なのだから、巻き込むのはやめてほしい。というか眠い。

 そんな鬱々とした気持ちで、ソレイユに腕を引かれ――だが、幸いなことに、ヒバリが面倒ごとに巻き込まれることはなかった。

「…………いない……? ザインザードがいないとはどういうことだ!?」

「B級昇格の承認をもらうとかで、領都リブレに行くって言ってたぞ」

「領都リブレへ向かった……!? し、しかし、まだ街門が開く時間じゃないだろう!?」

「……? ああ、だから、昨日のうちに街を出ってたが?」

「な……何だと……!?」

 愕然とするソレイユ。

 ザインは翌朝にソレイユが絡んでくることを見越していた。実は、ザインとカロンがケインについたのは前日の明け方で、街門が開くと同時に宿へ直行していた。ソレイユ達が押し掛けた時間から逆算すると、ザインは最低でも6時間は寝ている。カロンが疲れて眠ってしまったのは事実だが、祝勝会への参加を固辞したあの時、ザインは別に眠くなどなかった。

 わざわざ嘘をついてまで回避するあたり、実に徹底している。

「……ざ……ざ、ザインザードォォォオオオオオオ!!!!」

 いくら叫ぼうと、あとの祭り。ソレイユの叫びはケインの空に虚しく消えていった。

 細かい話は活動報告にて。

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