17 理不尽は気付かぬ間に襲い来る(前)
ソレイユと再会を果たしたヒバリは、監視対象を見失うという大ポカをやらかした友人のために、人探しを手伝うことにした。
法国で人探しをするなら、まずはここに行け――そう言われるほど、法国中から人が集まるコーラ枢機卿領が、ひとまずの目的地だった。
コーラ枢機卿は美食家として非常に有名で、法国中から食べ物を集めては、新たな美食を生み出すことを奨励している。法国中の料理人がコーラ枢機卿のお墨付きを求めて集まり、その料理を目的にまた人が集まる――まさしく食のスパイラル。その中心が領都リブレだった。
当然、街道も広く整備されている。「フードロード」と呼ばれる大街道も、コーラ枢機卿領の特徴である。まあ、いくら枢機卿領と言っても、領内に入って最初の人里は小さな村だが。それでも、他領の村よりは景気がいい。
ヒバリ達は、エスプレッソ大司祭領からカプチーノ司教領を抜け、コーラ枢機卿領のケインという比較的大きな街に辿り着いた。そして、なぜかソレイユは賑やかな街並みを見て首を傾げていた。
「うぅむ……それなりに大きな街のような気がするのだが、本当にここは領都じゃないのか?」
「違うわよ。確かにここケインも一万人くらい住んでる大きな街だけれど、枢機卿領の領都リブレはここの三倍くらいあるわ」
「三倍……想像できないな……」
「ボルト獣帝国にも同じくらい大きな街はあるでしょ?」
「うぅむ……マカロン公爵領の領都マカロニでも一万八千人くらいだったような……」
「帝都テスラは?」
「八万人だから、むしろ大きすぎるな。ラプラス皇国の皇都エミールは――」
「あそこは二十万人よ、別格すぎるわ」
「まあ、あれは街というか、ほぼ国だからな……」
実にバカな会話である。誰が何と言おうと、ここはケインという街だ。領都リブレではない。人を探しながらの旅の疲れが少し出たとでも言い訳しなければ、頭の出来を疑われかねない。
とはいえ、ソレイユが首を傾げるのにも五分くらいは理がある。モンスターという脅威が身近にあるこの世界では、時代的背景もあって、人口は密集しがちである。そのため、大抵の地域では、人口密集地は一つしかできない。つまり領都だ。逆に言えば、領都でもないのに人口が密集する場所というのは、人が集まるそれなりの理由があるものなのだ。
当然、ケインにも。
「しかし……領都じゃないとなると、今度は通行税が妙に高いことが気になるのだが。大銅貨三枚も取られたぞ」
「それくらい取らないと、逆に人が増えすぎて困るらしいわよ?」
「意図的に抑制しなければならないほど、食にこだわる人間は多いのか……!?」
「まあ、カプチーノ司教領の領都キアロスクーロでも大銅貨一枚だったから、高いのは否定しないけれどね」
「……ちなみに領都リブレじゃいくら取られるのだ?」
恐る恐る問うソレイユに、ヒバリは満面の笑みを浮かべて答えた。
「銀貨一枚よ♪」
「それでも訪れる人が絶えないのだよな? 人間が食に注ぐ情熱は底なしかっ!?」
などと言っていたもの、屋台が並ぶ区画に入った途端、ソレイユはあっちこっちへ目を奪われていた。左右から怒涛の如く押し寄せるいい匂いに抗える人類などいない。抗おうと必要のない努力をするエルフはいたが。
ヒバリもヒバリで目を奪われていたが、ヒバリはそこで堂々と買うタイプだった。
「ヒバリ……今、食べているそれは何だ……?」
「バロンチュラの甘酢あんかけ揚げよ」
「……美味しいのか?」
「くっっっそ不味いわね!」
「予想できただろうに、なぜ買ったのだ……」
「バロンチュラの珍しさに負けちゃったのよ……」
討伐難易度D級バロンチュラ。
密林の奥深くにしか生息していない珍しいモンスターだ。少なくとも法国内には生息していない。北西のオベリスク都市国家連合からの輸入品である。コーラ枢機卿領まで腐らせずに運んでくるには、魔法師が必要なため、実は相当に手間がかかっている。なお、バロンチュラの甘酢あんかけ揚げの値段は銀貨五枚であるが、この食べ方は間違っている。くっそ不味いのは当然だ。
ふんわりした雰囲気の女性がでっかい蜘蛛の足をもぐもぐしている光景は、その日、少しだけ話題になったとかならなかったとか。
「さて……もう日が沈むがどうする?」
「うぅん……さすがにもう冒険者ギルドに人はほとんどいないわよね?」
「いないだろうな」
「じゃあ、今日はもう宿で休んで、人探しは明日からにしましょ!」
人探しは人のいる間にやるものだ。それに、こういうことは焦れば焦るほど遠のく。
ヒバリ達は早々に宿を取ることにし、明けて翌日――陽が高くなり始めた頃、冒険者ギルド支部を訪ねた。
もちろん、そんな時間に冒険者は全くいない。冒険者ギルドが最も賑わうのは早朝と夕方だ。ならばどうしてその時間に訪ねたのかというと、早朝の冒険者は依頼の取り合いで殺気立っていて、人探しになど協力してくれないからである。かといって夕方まで待つのももったいない。だから、ヒバリ達は最も暇な時間帯のはずの受付嬢や酒場の店員から情報を得ようと考えていた。
まずは、暇すぎてあくびをしてしまっている受付嬢に近づく。
「……! ようこそ冒険者ギルドへ。何かご依頼ですか?」
「いいえ、少しお話したいだけよ? あ、お姉さんはこういう者ね」
「私はこういう者だ」
そして二人してギルドカードをチラッと見せる。
「……っ!! S級……A級……う、うちの支部に何か問題でも……!?」
「いえいえ、そういうわけじゃないの」
「ただの人探しだ」
冒険者ギルドの受付嬢は、仕事柄、最も多くの冒険者と接する。冒険者に関する情報収集先としては大本命だ。だが、ただ訊いただけでは受付嬢は何も答えない。しっかりと理由や目的を説明し、悪事に利用しないと宣誓しなければならない。
――という面倒くさいもろもろをすっ飛ばすのが「肩書き」である。S級冒険者とA級冒険者が情報の開示を求めている――ただそれだけで、ギルド職員は勝手に萎縮して忖度してしまう。まあ、あまり使うと職員達に徒党を組まれて拒否されるが、素行のいいヒバリやソレイユには無縁の話だろう。
「ひ、人探し、ですか……?」
「ああ。ザインサード・ブラッドハイドという者を探している。黒髪に金眼の若い男で、C級冒険者だ。最近、この支部に来ていないか?」
「しょ、少々お待ちください……!」
勢いよく頭を下げ、受付嬢は脱兎のごとく奥へ引っ込むと、いくつかの書類の束を抱えてすぐに戻ってきて、必死にめくり始めた。
受付記録を確認しているのだ。
「…………お待たせしました。ここ一か月の受付記録を確認しましたが、お探しのお名前はありません」
「じゃ、カロンはどうだ? 白髪に赤い瞳の獣人の少女だ。ランクは確か……F級だったはずだ」
「F級、ですか……?」
「ああ。もしも記録が残っているとすれば、E級への昇格試験だと思うが」
「でしたら確認するまでもなくお答えできます。ここ一か月の間にE級への昇格試験は行われておりません」
「そうか……」
結果は残念ながら、空振りだった。
ただ単にケインを通っていないだけかもしれない。まだ枢機卿領には領都リブレが残っている。諦めるには早過ぎる。
「……サイダー大司教領から真っ直ぐ法都リスティングへ向かうならば、ここを通るはずだよな?」
「まあ、最も早いルートじゃああるわね」
「となると、ザインザードは真っ直ぐ法都を目指したわけじゃないのかもしれないな」
「領都ノースレー以降の記録が出てこないのが不思議よね」
「獣帝国のザッハトルテ子爵領やサーターアンダーギー伯爵領でも、冒険者ギルドに立ち寄った記録はなかった。しかし、エッグボーロ辺境伯領じゃ、かなり目立つ記録を残している。旅費を得るためにも、どこかで必ず立ち寄るはずだ」
「あ、あのう……」
「む?」
「もうよろしいでしょうか……?」
「ああ、いや、すまない。受付の前で長々と」
「ごめんなさいね」
ヒバリとソレイユは受付嬢にそれぞれ礼を言い、今度は併設されている酒場へと向かった。受付を利用していなくても、酒場を利用している可能性がごくわずかにあるからだ。
だが、やはりこちらも空振りだった。
「うぅむ……ザインザードはサイダー大司教領からどこへ向かったのだ……?」
「隣領は、エスプレッソ大司祭領、モヒート司教領、マティーニ大司教領の三つね」
「……マティーニ大司教領はオベリスク都市国家連合へ向かうルートだな。ここはないだろう」
「エスプレッソ大司祭領じゃ、結局見つからなかったのよね?」
「となると、モヒート司教領だが……」
「ソレイユが見失ってからすでに三週間だし、とっくに移動してるわね」
「モヒート司教領の隣領は……ダイキリ大司祭領とレモネード司祭領か……」
「……これ以上は考えても仕方ないわね……」
人目につかない奥のテーブルに座り、焼き菓子を食べながら話し合うヒバリとソレイユ。
他の店に行かなかったのは、絡まれるのを避けるためだった。二人とも自身の見た目が良い自覚はある。
――バァンッ!!
その時、突進でもしたのかと思うほど大きな音とともに、冒険者ギルドの扉が乱暴に開けられた。
「――ど、どうされたんですか!?」
受付嬢の声に思わず二人が目を向けると、数人の冒険者が必死に息を整えている。
「あなた方は確か……C級冒険者パーティー『ミスリル・ヘキサグラム』ですよね? 今朝、討伐依頼を受けてカリモーチョ村へ向かっ――」
「……んきゅ……しゅ……を……」
「――はい? 何ですか?」
「……き……緊急召集をかけてくれ!!」
そして、その内の一人、ドワーフの冒険者が鬼気迫る表情でそう叫び、続いた言葉に、ヒバリとソレイユは同時に腰を浮かした。
「モンスターパレードだ!!」
一瞬、静寂に包まれた冒険者ギルドはすぐに大騒ぎとなった。
ギルドマスターとおぼしき年配の男性が奥から出てきて、職員に次々と指示を与えていく。
「……ヒバリ」
「わかってるわよ。人探しは一旦中止ね」
モンスターパレード――過剰に増えすぎたモンスターが餌を求めて大移動する災害のこと。
原因は主に二つである。
モンスターの異常な繁殖。
そして間引きの不徹底。
今回はおそらく――
「すまない、話が聞こえたのだが、ぜひ解決に協力させてもらえないか?」
「あん? お前さん、ら……は……」
ソレイユが声をかけると、ギルドマスターのブラックは振り返り、ソレイユを見、続いてヒバリを見て――目を見開き、口を半開きにしたまま動かなくなった。
その理由がわかっているヒバリは小さく手を振る。
「ほ――法輪の天使様ぁぁ!?」
一拍の後に復活したブラックが大声を上げた瞬間、ギルド内の全ての視線がヒバリに集中した。その前にいるソレイユを無視して。
「天使じゃないのだけれど……。まあ、それはともかく、S級冒険者のヒバリ・マニよ。ちなみにそっちで所在なさげにしてるのが、A級冒険者のソレイユね」
「……そうだよな……法国じゃ私など無名だよな……」
「ほらソレイユ、いつまでも凹んでないで、しゃんとして」
「う、む……」
若干、どんよりしたものの、一つ深呼吸をしただけで、ソレイユはいつものクールな顔に戻った。
「――改めて、A級冒険者ソレイユとS級冒険者ヒバリ・マニ、事態の解決に協力させてほしい」
「高ランク冒険者が二人も!」「しかも一人はあの法輪の天使様か!」「よかった……よかった……」「これで助かるぞ!」「ギルドを代表して感謝する!」
ソレイユの言葉にギルド内が歓声で満ちる。だが、ヒバリとソレイユの顔は曇ったままだった。自身の実力を正しく認識していたからだ。
それに気付き、ギルド内に少しずつ静寂が戻っていく。
「……さて……C級冒険者パーティー『ミスリル・ヘキサグラム』、だったな?」
「お、おう。リーダーのビスマスだ――です」
緊張を隠せないドワーフの冒険者ビスマス。突然現れた高ランク冒険者二人にどう接すればいいのかわからないのだ。
「モンスターパレードだと言っていたが、距離や方角はわかるか?」
「えっと……血相変えて走ってた村の若い奴から聞いただけだから距離はわかんねえ。ただ……村の向こうから真っ直ぐ来てるって話だったから、方角は東じゃねえかな……」
「規模はわかるかしら?」
「すまねえ、わかんねえ。けど、一番足の速え仲間を残してある」
ビスマス達が仲間を一人残したのは、ヒバリが問うたように規模を把握する必要があるからだった。
「そうか……。ところで、その村の若者はどうした? 一緒に来ているなら話を聞きたいのだが……」
「村の連中の避難を手伝うって戻っちまった」
「危険な真似を……!」
ソレイユはあえて言葉を濁したが、その若者が助かる見込みは無かった。カリモーチョ村の人々も。
モンスターの移動速度は人間のそれを凌駕する。飢えたものならなおさらだ。モンスターパレードに対して、ただの村は無力でしかない。だからこそ、モンスターパレードは起こさせないことが前提だった。
――バァンッ!
ギルドの扉がまたしても乱暴に開かれ、息も絶え絶えな細身の男性が飛び込むように入ってきた。
「マイケル!」
彼こそ、C級冒険者パーティー「ミスリル・ヘキサグラム」が残してきた仲間だった。
まずは水を渡し、息を整えるのを待つビスマス。
「……ビスマス、逃げよう」
だが、マイケルが開口一番告げたことは、危機的な状況を予想させる言葉だった。
「ま、マイケル何言って――」
「つまり、即断で逃走を選ぶほどの規模ということだな?」
戸惑うビスマスの言葉を遮り、ソレイユが割って入る。
「あんたは……?」
「ソレイユ。A級冒険者だ」
「A級……いや、それでも無理だ」
「お姉さんはS級冒険者だけれど、それでも足りないかしら?」
「S級……!? まさか、法輪の天使様か!?」
「天使じゃないけれどね」
マイケルは少しの間だけ考え込み、
「…………正直に言う。……俺にはわかんねえ。だからあんたらで判断してくれ」
「もちろんだ。それで、規模は?」
「……少なくとも――四千」
ざわり。
マイケルの報告にギルド内がざわつく。
同時に、ソレイユとヒバリの眉間にしわが寄る。
マイケルは「少なくとも四千」と言ったが、それはあくまで概算だ。実際の規模は当然のようにそれよりも多い。百か二百か、それとも五百か――あるいは、千か。
「つまり、最大で五千か……」
ソレイユが言葉にしたことで全員が現実を認識し、ギルド内に静寂が満ちた。
「討伐難易度は? どのランクが多かった?」
「……あくまでパッと見だが……CとかDが多いように見えた」
「C級とD級……ヒバリ、いくつならいける?」
「時間さえあれば千でも二千でもいけるわ。けれど……街を守りながら、ってなると……五百が限界ね……」
「私も同じくらいだな……」
ギルド内が重たい沈黙で満たされる。
「……五千か……」
その沈黙を破ったのはブラックだった。
「確かに、近年稀に見る数――いぃや、法国史上初の多さだろう……。だが、臆することはねえ!」
自信に満ちたその一言に、ギルド内の視線が集まる。
「職員を代官のとこに走らせてる! 兵団と冒険者が協力すりゃ、守りきれる!」
「兵団か……。この街にはどれくらいいるのだ?」
「ケイン兵団は常駐だけで四百人だ。非番の奴も合わせりゃもっといるぜ」
「四百……! 確かに、それだけの人数が後ろにいれば、私とヒバリは前に集中できるな……!」
「冒険者がどれくらい集まるかにもよるけれど、お姉さんとソレイユが少しの間離れても平気なら、三分の一は削って見せるわよ」
軍属が常駐だけで四百人いるというのは、人口一万人ほどの街にしてはやや多い。それだけケインが重視されているという証拠でもあるが、今回の場合はそれが良い方向に働いた。
モンスターパレードは確かに脅威だが、軍隊とは違って統率された動きはしない。同時に襲ってくるのは総数の三割といったところだ。つまり、今回の場合、千五百程度の波が三回襲ってくることになる。
ケイン近辺で働く冒険者は千人ほどいるが、D級以上のモンスターが想定される状況で使い物になる冒険者はそのうちの半数弱しかいない。つまり、約四百人。
千五百対八百~九百――ただぶつかり合えば勝敗は明らかだが、ケイン側は街門を閉ざし、街壁を城壁として籠城戦をすることになる。しかもソレイユやヒバリがいる。決して絶望的な戦いではない。
ヒバリやソレイユを中心に作戦が話し合われている間にも、防衛戦に参加する冒険者は増えていく。それに伴い、モンスターパレードの規模に絶望していたギルド内の空気は、少しずつ変わっていった。何とかなるかもしれない、という思いが湧いてきたからだ。
だから、その報せはより一層の落差をもって、冒険者達を絶望の淵へと叩き落とした。
ケイン兵団は――来なかった。
「…………来ない……? 兵団が来ないって――どういうことだおい!?」
「……奴ら……奴ら…………逃げやがった……っ!!」
代官の屋敷へ全力で走ったギルド職員は、血涙を流さんばかりの形相で絶望的な事実を告げる。
「……モンスターパレードが起きたのは……冒険者の責任だからって……、お前達だけで何とかしろって……、代官の奴、兵団引き連れて逃げやがりました……っ!」
「……逃げ、た……?」
呆然と呟いたブラックは膝から崩れ落ち、
「……バカな……バカなああああああぁぁぁぁ!!」
叫びながら、怒りに任せて両拳で床を強く叩いた。
ミシリ、という小さな異音にヒバリが目を向ければ、隣でソレイユが歯を食いしばって必死に怒りを堪えていた。
「……一万人もの人々を――街に住む人達を……見殺しにするというのか……っ!?」
それはソレイユにとって到底許すことのできない所業だった。かつてモンスターパレードに故郷を滅ぼされ、何もできなかったことを悔いて冒険者になったからだ。
「…………それでも、やるしかないわ」
「……そうだな。せめて私達だけでも、戦わなければ」
「それで……どうするの?」
「……言わないわけにはいかないだろう……」
ソレイユは長く重いため息をつき、不安そうにしている冒険者達の方へ向かった。
絶望的な事実を告げるために。
そして冒険者はその数を半分以下に減らした。
「……減ったな……」
「仕方ないわよ……。頼みの兵団が来ない以上、防衛戦は絶望的だもの……。むしろ、よく残った方だって思うわ」
ヒバリとソレイユは、暗い顔を突き合わせて、ギルドに併設された酒場で昼食を摂っていた。
(……これが最後の食事になるかもしれないわね……)
残った冒険者は、長い間この街を拠点にしているベテランばかり。
――街に友人がいるから――
彼らは一様にそう語って、残ることを決めた。
その数、およそ百五十人。間違いなく絶望的な戦いになる。
「…………守れると思うか……?」
「…………やれるだけやるしかないわよ……」
ソレイユの問いに、ヒバリがそう言葉を濁した時――にわかに、ギルドの入口の方が騒がしくなった。
「「……?」」
二人して首を傾げ、ギルドの入口に向かうと、
「だーかーらー、E級昇格試験は、今日はできねえの!」
「何でと?」
「何でって、こんな時にそんな暇あるわけねえだろ!?」
「……???」
獣人の少女と冒険者の一人が言い争いをしていた。
少女は髪も肌も真っ白で、瞳は鮮やかな赤だった。白を基調とした服が良く似合っている。まるで雪の妖精のよう――だが、半袖短パンである。メビウス法国が南国である以上、それは仕方がない。雪の妖精(夏)という意味不明な表現をヒバリは思い浮かべた。
赤い瞳を困惑の色に染めて首を傾げる少女――すなわち、カロン。
問答から推測するに、どうやらカロンはモンスターパレードが近づいていることを知らず、E級昇格試験を受けに冒険者ギルドへ来てしまったようだった。
「うぅん……F級じゃさすがに戦力にはならないわよね……。かわいそうだけれど、事情を説明して帰ってもらいましょ」
だが、ヒバリがそれを彼女に伝えることはできなかった。
なぜなら――
「カ……ロン……ちゃん……?」
――隣の金髪金眼エルフが目を見開き、口をポカンと開けたままニヤリと笑うという大変気持ちの悪い顔をしていたからである。
無二の友人にドン引きするなどそうそうない。
ヒバリがドン引きしてる間に、変質者はカロンへ一歩近づき、
「カロンちゃんっ……!」
「ふぇ……? し、師匠……!?」
次の瞬間、ヒバリが見たことのない驚異的な速さで抱きついた。
カロンは突然の出来事に目を白黒させたが、声でソレイユと気付いたため、特に嫌がることなく抱擁を受け入れた。
(師匠……? もしかして知り合いかしら……?)
「えーっと……ソレイユ……?」
「……ふふふ……ふふふふふふふ……」
ヒバリは恐る恐る声をかけるが、ソレイユはカロンを抱きしめたまま含み笑いをするだけで反応しない。
その姿は間違いなく変質者だった。
ヒバリが再びドン引きしたのは言うまでもない。もはや何と声をかければいいのかわからず立ち尽くす。
その間に、ソレイユはカロンを抱きしめるのをやめ、今度はその両肩をつかみ、
「久しいな、カロンちゃん! 二人きりで再会を祝したいところだが、残念ながらそれどころじゃない。実に忌々しいことだが、カロンちゃんがここにいるということは、あの男もこの街にいるのだな?」
「ふぇ……??? え、えっと……お久しぶりばい、師匠」
「うむ、久しいな、カロンちゃん! で、あの男は今どこに?」
喰いつかんばかりに迫るソレイユ。
「あぅ……あ、主様なら夜通し歩んで疲れたけん、まだ宿で寝とるはずたい」
「何……? カロンちゃんを冒険者ギルドに来させておいて、本人は寝てるのか……?」
「う、ウチは途中で寝てしもうて、主様がずっと背負ってくれとったけん……」
「ふふふ……そうか……そうか……! つまり、いるのだな――ザインザード・ブラッドハイドがこの街に!!」
再びの含み笑いに続いてソレイユの口から出た名前に、ようやくヒバリは、ソレイユがなぜ鬼気迫る表情だったのか、その理由に思い至った。
ザインザード・ブラッドハイド――それはソレイユが追っている人物の名前。彼女を完膚なきまでに打ちのめした、間違いなく彼女よりも強き者。
「やったぞ、ヒバリ。この戦い――勝てるかもしれない」
だから、ソレイユが先ほどまで暗かったはずの顔を希望に満ちた笑顔に変えて振り返ったのも、無理からぬことだった。
細かい話は活動報告にて。