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女王個体フェイリス


「お目覚めですか?」


 目を開けると美女が顔をのぞき込んでいた。


 青みがかった銀髪に、凪いだ海のような深く澄んだ瞳、怖いくらい通った鼻筋と、それらに劣らぬまばゆく光る口元の白い歯列。


 そうか俺は死んだのだな。


 これが俺のごほうびか。悪くない。悪くないぞ親父。膝枕が幸せだ。


「起きたのならお話したいのですが、主」


 女が催促するので名残惜しく体を起こす。辺りには木枠のような家の残骸や土台がある。遠くの空が茜色だ。火事か。煙い。


「誰だか知らんが助けてくれてありがと……、いてて」


 頭が痛い。女王個体はどこへ消えた。


「なあ、あのデカいのはどこ行った?」


 なんの冗談か女は自分の鼻を指さした。


「遊んでる場合じゃないんだよ。教えてくれないならもういい」


「ここにおります、主」


 落ち着いていて嘘をついているようには見えない。


 女の格好は妙だった。デカい胸を押しつぶすように巻かれた黒いサラシと、小ぶりな尻を覆う短めのデニムパンツ。美脚を包む白と紺の虎柄刺繍ニーソックス。靴は履いていない。そして頭には動物のような白色の三角の耳と、臀部から生える地面に届く耳と同じ色の尻尾のようなもの。


「お前一体……、それに主って俺か」


「はい。主の持つ獣王の証により顕現しました。人間の姿は動きづらい」


「証? なんだそれは」


「手首に巻いているではないですか。それは我々より高次の存在が作りたもうたもの。それを持つ主にわたしは従うまで」


 女が言うにはこのブレスレットが女王個体を無力化したらしい。あの二人は神様? まさかな。


「それが本当なら話は早い。争いを止めろ。こっちは早いところ休みたいんだ」


「できません」


 できないと来た。やっぱり嘘か。


「わたしは確かに女王ですが、今は群れの制御が奪われて無力です。このような襲撃は不本意なのに。体を張って止めようとしましたが、どう防いで良いものか」


「奪われた? 誰に?」


「姉です。わたしのことを良く思っていないようです」


「骨肉の争いか。ご苦労なこった」


 期待を込めて女は俺を見上げる。尻から伸びる尻尾も大きく左右に揺れていた。


「助けないぞ、俺は」


 突き放された女は小首を傾げた。


「争いを止めるためにわたしを呼んだのではないのですか?」


「不可抗力だ。そんな姿にしちまったのは謝るが、お前等の事情に首を突っ込む気はないよ」


 自然は自然に任せておくべきだ。俺が噛んでもこじれるだけだろう。


「主の死生観は他の人間とは違うのですね。我が同胞を殺した時も一人謝っておられた」


「聞いてたのかお前。さぞかし俺が憎いだろう。そんな俺に期待するな。主なんて呼ぶな」


 泣きそうな顔で肩を縮めないでくれ。責められてる気分になる。


 俺に力なんてない。親父だったらどうするかな。喜んで力を貸したかな。女に弱かったから。


 女王は俺の手を握り、頭を下げた。繊細な手つきに驚く。


「それでも、わたしは主が主で良かった! 命に敬意を払っている気がする。あなたの行動は正しかった。だから」


 私たちを助けてください、か。


 獣に認められて嬉しくなんかないが、こいつは今どんな気分なんだ。同胞を殺す人間の助けを借りてまで守りたいものがあるんだろうか。俺にはない。


「女王、じゃ呼びづらい。名前はあるのか」


「フェイリスです」


 俺はがれきに埋まっていた銃を引っ張り出す。銃身に歪みはないし、故障はなさそうだ。


「俺は降り懸かる火の粉を払うだけだからな。街を出るまで付き合うよ。ジョン・スミスだ」


「はいっ!」


 笑顔が可愛いから助けるわけじゃない。俺は生かされてるから生きるんだ。

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