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親子

令嬢の父、ロイ氏は豪快な人だった。個室に入るなり、喋らせてもらえず、一方的な歓迎を受けた。


「来たか! スミス君。待ちこがれたぞお。君のために年代もののワインを用意した。お酒はいけるよね? さ、座って。旬のエビ料理を食べなさい。貝もあるぞ」


 声が大きく肩幅広く、左頬に大きな傷はあったが威圧的ではない。髪に白いものは混じっているが、日焼けした顔はまだまだ現役を感じさせた。


「お父様、スミスさんにも喋らせてあげてください」


 令嬢が苦い顔で口を挟んだ。俺はしゃちこばった挨拶を始める。


「ジョン・スミスと申します。本日はお招き……」


「うん、アリシアから聞いてる。さあ、まずは一杯」


 せっかちなのか、酒を呑まされる。フルーティーなお味。うまい。


「堤防建設を手伝ってくれてるんだってね。貿易は安全第一だからさあ、ほんと助かるよ。この国の未来は明るいね、うん!」


 俺が来る前にかなり呑んでいるらしく、饒舌だ。令嬢が退屈そうな顔をしている。俺は指の間に挟んだ小さい花をぴょんと飛び上がらせた。令嬢はころころ笑う。


「そうだ、お父様。スミスさんはお花の先生なんですって。私、この方に習いたいですわ」


「そうなのか! 習い事どんどんやりなさい。スミス君、頼めるかね?」


「いや、俺、手慰み程度で全然そんなんじゃ」


「謙遜することはない。だからといって娘に何かあったら堤防の人柱にするから覚悟せえよ兄ちゃん」


 酔っぱらいから鋭利な視線を感じる。シャツの襟元から素敵な刺青がチラッ☆ 俺はとんでもない娘を助けたのかもしれない。


「もうお父様ったら、スミスさんが引いてますよ」


「ああすまん、昔の癖で。これでも帝国軍人の端くれだったんだよ。少佐までいった。でもなんで辞めたかわかる?」


 おっさんの武勇伝は、大抵肩透かしに終わる。前振りでわかる。


「アリシアに、パパのお顔こわいのやーなのって言われちゃった。責任ある立場って色々あるんだよね。いつ死ぬかわからんしさ。今も大変だけど、妻と娘もいて幸せだよほんと。君も早く身を固めなさい。うちの娘はやらんけどな!」


 ほらね。


 会食は二時間程で終わった。おみやげはロイ氏の自伝である。鈍器か、ってくらい分厚い。


「あの話、いろんな所でされて少し恥ずかしいんです」


 帰り際、令嬢が困ったように打ち明けた。


「愛されてるじゃないですか。羨ましいよ」


「私、父の本当の娘じゃないのに」


 重たい話を投げ込むな、令嬢。俺に抱えられるのはロイ氏の自伝くらいのものなのに。


「五歳くらいの時、海辺で倒れていた所を発見されたそうです。それ以前の記憶がなくて……」


「だったら尚更すごい。本当の愛情を感じますよ」


「そうですか? 私たち、本当の親子に見えるでしょうか」


 恵まれているのに何が不安なのだろう。俺に助けを求める目を向けてくる。


 秘書に呼ばれて、それ以上話は続けられなくなった。


「お花の件、考えておいてください。近いうちに伺いますから」


 ロイ氏の自伝は宿に帰る前に読み終わった。分厚い割に文字が大きく読みやすい。


 家族は大事に、仲間を助け、夢を持て。そんな内容だ。


 装丁が豪華なので、値もはりそう。しかもサイン入り。この本の収益は全額傷痍軍人の回復プログラムに当てられます。と、帯に書いてある。


 左手が痺れる。本を落としそうになるが、誰かに拾い上げてもらった。


「ありがとう。あれ……、お前は」


 本を持っていたのは、黒装束の忍だった。


「まだこんなところで油を売っていたのか、スミス」


「忍! お前こそどうした」


「拙者のことはいい。金の算段はできたのか」


 取り立てかよ。少し悲しくなった。


「もう少し待ってくれないか。落ち着いたら返すから」


 手ぶらで返すのも悪いので自伝を譲った。


「ふん、サイン入りか。売るバカがいれば買うバカもいる。今回は勘弁してやる」


 助かった。いくらなのか気になるが。


「ところでスミス。ハートネット商会の娘と懇意か」


「どこから見てんだよ、成り行きだ。あの娘の家業のこと知ってるのか」


「軍のコネを使って競合他社を出し抜く真っ当な会社でござる」


 言い方に棘があるでござる。


「フェイリスにゃんもいながら、逆玉を狙うとはお主も懲りんな」


「にゃんいうな。それより、お前がここにいるってことはジェシカは……」


 忍は背中を向ける。


「クランツ共々行方は知れぬ。責任問題に発展しそうだったからな。拙者も流浪の身だ」


「お前にも迷惑かけてるな。恨んでるだろ」


「どのみちあのパーティークラッシャー女とつるんでいてもろくなことにならなかったであろう。気にするな」


 忍が頭巾の奥で笑ったような気がした。こいつは金にうるさいが、信頼できる男だ。


「忍に頼みたいことがある。アリシアのこと調べてくれないか。気になるんだ」


「話が見えん。自分で聞けば良いではないか」


 俺だって気は進まない。だが、この直観が間違っているという客観的な証拠が欲しかった。


「まあいいだろう。拙者とお主の仲だ。詳細は追って知らせる」


 忍が去ってから、ドラ猫がまだ金縛りにあっていると気づいた。甘いものでも買っていってやろう。あいつの助けが必要になるかもしれないから。

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