オーガ「俺のセリフは…どこ……?」
「レッツゴー!ね。」
あれから数日後、僕達は町にほど近い草原に来ていた。
「ホントに危ないんですからね。気をつけて下さいっ。」
経緯はこうである。
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ローゼさんが快くOKしてくれてそのまま出発、という訳ではなく。
買い物から帰ってきたセニサさんは「そんなのダメに決まってるじゃないですか!」と拒否してきた。常識的な言葉に少しホッとしたのは内緒だ。
そこをどうにかと説得を続けて、やっと渋々こう言われたのだ。
「…わかりました。ではテストをします。私たちと一緒にクエストに行ってもらって私が実力が十分だと判断すれば、これから冒険者となることを許可します。」
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「…ひっろーい…」
見渡す限りの草原。陳腐な表現ではあるが、実際に見てみると感動を覚える。
綺麗な青空、頬を擽る風。それになびく黒髪に鬱陶しさより先に気持ちよさとくすぐったさを覚えた時点で、僕はかなり楽しみにしていたのだなと思う。
自身に関する前世の記憶はやはり無いが、不思議なことに街並みや常識といったものは覚えている。
土でできた街道以外、まともな人工物(これも厳密には違うかもしれないが)のない平原はひどく新鮮に思えた。
「それで受けたクエストってなんですか?」
「ああ、ウルフ五頭の討伐ですね。基本群れで生活しているので、1度見つければ終わります」
道を歩きながら話を聞く。2人は宿のときと違って、しっかり装備を着けている。(当然だけれど。)
ローゼは出会った時と同じ、白を基調とした騎士風の鎧。セニサは様々な紋様が幾何学的に折り重なった藍色のローブを着ている。手に持った杖にも様々な文様が描かれてるけれど、何か意味があるんだろうか?
……え?僕は何を着ているのかって?…特に何も変わってないけど。
あーそうです!何も変わってないですー!白ワンピ着てセニサさんが買ってくれたサンダル履いただけだよ!
「確か、ウルフの生息地はこの先の森だから…ここから少し時間がかかるけど、フェレスちゃんは大丈───」
「ローゼ!フェレスちゃん!」
(後ろ、来る!)
瞬間、ローゼさんの顔つきが変わり、気付いたときには僕を脇に抱えて横に飛んでいた。
「GRRRAAa!」
結論から言えば、僕達はウルフの群れにいつの間にか囲まれていたのだ。その内の1匹が僕とローゼさんの後ろから急襲して来た訳だ。
セニサさんだけでなく僕の中の人も気づいてたみたいだし。僕の探知能力無さすぎじゃない?
なんて。言っている場合じゃない。今から活躍して、テストに合格するのだ!
「ごめんなさいねぇフェレスちゃん。少し待っててくれる?」
…あれ、僕の出番なし?
(彼女…ローゼは森にウルフがいると言った。こんな草原にはいないはず。なら、なにか問題が発生したんだと思う。)
抱えていた僕をおろして、セニサさんとローゼさんは僕から1mくらい離れて、僕を中心に背中合わせのように位置している。
ローゼさんは背中の剣に手をかけ、セニサさんは杖を構え直していた。
「すいませんフェレスちゃん。テストは中止です。このウルフ達は私とローゼで終わらせるので、待っててください…!」
今日に至るまでの数日、彼女に夢の中で特訓してもらっている。この世界の魔素にも少しは慣れてきた。だから視える。セニサさんの魔力の流れが。
「召還、レイブンクロー」
空中を漂っていた数個の魔力の泡がセニサさんの言葉によって、形を変える。
知性宿し黒翼へと。獰猛たる爪、くちばしへと。
現れたのは、十五羽のカラスだった。
三羽一組で周囲のウルフを見やっている。ウルフは五頭。カラスの群れも五つ。
「ローゼならこれで大丈夫ですかねッ。」
「セニサさん、でも…」
「侮ってはいけませんよフェレスちゃん。召還魔法で呼び出したものが通常種と同じでは敵いませんし、ローゼは強いですから。」
ウルフがカラスから逃れようと、僕達の周囲を旋回し始める。そして、不自然に作られた隙から、一頭のウルフが突進してきた。
「普段のあなたたちは、もう少し賢かったと思うのだけれど。」
ローゼさんがそう言い放つと同時にウルフがその凶暴な牙をギラつかせ真正面から飛びかかってくる。次の瞬間、一頭のウルフが斬り伏せられていた。
「!?」
ローゼさんが飛び込みに合わせて一気に体を落とし、その勢いを使って剣を抜いた瞬間に飛びかかるウルフに刃を合わせたのだ。ウルフは勢いを殺せず、剣へと突進することとなった。
(まるで獣みたいな動き…)
その行動だけで驚きは隠せないのだが、ローゼさんの持ってる剣を見て、更に驚いた。片手剣というには刃渡りが長く、しかし大剣というには短く、細い。いわゆる両手剣。
見るだけで分かるその重厚感は、ローゼさんの細身な体とのアンバランスさが際立っていた。どれだけの重さなのかは知る由もないが、その剣であれだけの動きをするのは常識外れのことだといくらこの世界初心者の俺でも分かる。
その後は一瞬だった。
一頭のウルフが飛び出したのは、セニサさんのカラスが意図的にその一頭を誘い込んだからだ。五頭のウルフに、三羽一組の五組。それが、四頭と十五羽になった。
呆気なく死んだ仲間に、一旦足を止めてしまったウルフの内一頭へ、全てのカラスが殺到する。セニサさんの右手側、ローゼさんの左手側にいるウルフである。
「KakkAAa!!!」
「GraaAa!?」
残り三頭は慌てたか、混乱したか、数で押せば行けると踏んだのかは分からないが、一勢に突っ込んできた。
一頭はセニサさんへ左脇腹あたりから。二頭はローゼさんを挟み撃ちにしようと前方斜めから同時に突っ込んできた。
セニサさんが
「ウィンドスピア」
言うと同時、姿勢を変えずに石突をウルフに向ける。
ローゼさんが
「暴発」
右斜め前から迫るウルフへ一瞥をくれてそう言うと、もう一頭へ剣を向ける。
セニサさんの石突から魔力が伸び、風で象った槍のようなものがウルフを刺し貫く。
ローゼさんへ飛びかかろうとしたウルフの一頭は進路上で膨らんでいた魔力の塊が破裂すると同時、中空に出現した無数の氷棘に内側から食い破られる。
ウルフが氷棘に刺される前に疾走したローゼさんは、隣の仲間が死んだことに怯みウルフが硬直するのと同時、剣を振り上げ切りつけた。
これで、周囲に残る敵性存在はいなくなったわけである。
(なにがなんだか……)
ずっと驚きっぱなしでボッーと立っていることしかできなかった。僕から行きたいと言ったのに。その事実に、悔しさに、ギュッと手を握りしめた。
「大丈夫でしたか?フェレスちゃん。」
「…あ、はい。大丈夫、です…」
「なんで、ウルフはここに居たのかしら。生息地はもっと奥。動きだって、連携こそしていたけれど、普段のような狡猾さはどこへ行ったのかしら──?……けれど、いや、まさか……」
ローゼさんは一人、ウルフの死骸の前に立って険しい顔をしている。死骸を直に見て平気なことに少し異世界味を感じながら、声を掛けようとしたときだった。
ズウゥゥゥン、と、遠く地響きの様な音が聞こえてきた。僕の視線の先には、4~5メートルくらいの巨体がゆっくりとこちらへ近づいてくるという光景があった。遠く、と言っても肉眼で視認できる程度、あの歩き方でも、五分としない内にこちらへ着くだろう。
「あれは…オーガ……、ッどうしてこう生息域がくい違った奴らが来るんですッ…!」
「町に知らせるのは無理ね。距離が近すぎる。」
───なら、ここで迎え撃つしかない。
セニサさんもローゼさんも、同じことを思っているだろう。
僕でも分かるけれど、あれはさっき戦ったウルフ達の比じゃない。どうしてこう、初戦闘で異常事態が起こるのか。
「僕もやります。」
今までの失態を取り戻すように、一歩、足を踏み出す。
「フェレスちゃん、それは…」
しかし、セニサとローゼは止める。当たり前のことだが、戦闘経験があるとは思えない小柄な少女を意気込みだけで参加させられる訳がない。
二人が悪いとは思わない。けれど、僕だって止められない。僕だって、やれる───!
(負けないから、頑張れ。)
「風魔法、縮地」
轟、とした音とともに駆け出す。ここに来るまでの数日、夢の中でどれだけ魔法を練習したか。寝てる時間全てを費やしたのだ。
「火・風複合魔法、エクスプロージョンッ!」
数瞬でデカブツとの距離が数メートルまで近くなった。すぐに終わらせる。顔も見る必要なしとぶっぱなす。
エクスプロージョン
炎の塊を瞬時に発生、そして風魔法で一時的に炎を抑え、更に酸素を取り込ませる。臨界点に達した瞬間。逆に拡散させるよう魔力を操ることで大爆発を起こす技である。
一声も発することもなく、オーガは火に焼かれることとなった。
「ふう…」
さっさと吹き飛ばせて良かった、と一仕事ついた様に汗を拭うマネをしたとき
「何をしてるんですか!」
すっ飛んできたセニサさんとローゼさんが僕へキツイ目線をくれていた。
「なんで一人で先行しているんですか!とっても危険なんですよ!?」
「これでテスト合格かなって…」
テストは中止だって言ったでしょう!!と更にヒートアップするセニサさんをローゼさんが諌めた。
「まぁまぁ、今回は大事に至らなかったんだしいいじゃない。これから協会に報告もしなきゃいけないんだからひとまず帰りましょ?お説教は宿に帰ってから、ね?」
ね?のときにこっちを向いたローゼさんの顔がすっごく怖い。これ、僕やらかしちゃったなぁ…!?
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怒る二人と、その間に挟まれる少女。彼女たちが帰るのを眺めていた男性は、光魔法により屈折を利用することで望遠鏡の役割を果たす魔法───スコープを停止させた。
「おやおや、これは…中々面白いものが見れましたねぇ…。彼女たちには注意、注意を払いませんと……」
ゆっくりと森の中へ消える人影に、終ぞ彼女たちが気づくことはなかった。
主人公になろうテンプレやらせられて満足してます