お礼と名付け
真白い空間に、いつの間にかいた。
上下左右全部、白一色。ともすれば前後不覚になってしまいそうな空間に彼女がいた。
「えっと、昨日ぶりですかね?」
目の前の少女は、きっと今の僕の姿とほとんど変わらないだろう。(強いて違いを上げるなら、彼女のワンピースは黒色だということだろうか。)
「…ん。夢に干渉してこっちに繋がせてもらった。」
どうやらまたここに来たのは、死んで魂だけになってたから。ではないらしい。
取り敢えずは一息つきつつ、では何故僕はここに呼ばれたのかという新たな疑問を告げた。
「…お礼がしたかったの。」
「お礼?」
「私は久しくこの世界を見てなかった。あなたの目を通してだけど、また見れて嬉しかった。だから、お礼。
説明するから手、だして。魔力を認識してもらう。」
───・・・
この世界は魔力の素と言われる魔素が世界に満ちている。この世界に生まれ、育ったものは自然と知覚できてる訳なんだけど、僕は違うらしい。魂は地球にいたから魔素を感じるなんて無理だし、体だって僕がこの世界に来る時に魂の器になったから当然使えない。
だから、このままだと魔法は使えないらしい。
そこで!彼女(やはり名前がないと呼び辛い)が言うには、彼女の魔力を僕に流し込んで魔力を使えるようにするとのこと。
イメージ的には挿し枝だろうか。他所からもらった枝を元にして樹に育てる感じ。
「不思議な光景です…。」
今の状況を簡単に説明しよう。
僕と彼女の胸、腕が光ってる!青色に!
…この青く光ってるのが魔力らしい。人の性質に影響されて、魔力の色は千差万別だけれど、その原色は青色。深海のような星の輝く夜空のような、濃い青色が人の性質の影響を受けてない魔力だという。(それを操ってる彼女はなんなのだろう?)
「これ、どういう状態なんですか?」
「魔力を循環させてる。体を、魂を魔力に慣らす必要があるから。…………よし、これで終わり。」
「…じゃ、帰す」
「唐突ですね!?」
スっと彼女は僕から手を離す。それから僕から2mほど離れると、手をこちらにかざした。
途端、僕の足元には空間と真反対な純黒の魔法陣が表れる。よく見る幾何学模様のものとは違い、触れば、とぷん、と音をたてそうな真円の何も描かれていない、けれど魔法陣だと分かるそれ。
「次来る時!僕もお礼します!」
咄嗟に口をついて出た言葉に彼女は微笑んだ。
「お礼のお礼?フフッ変なの。それより起きたら大変だよ。2人共、なかなか起きないだろうから。」
魔法陣が強く輝く直前の彼女の言葉に疑問と、それ以上の嫌な予感がした。
───・・・
「あぁ…んん?」
知らない天井だ。そりゃそうか、宿屋、なんだっけ。ボッーとしている内に違和感に気付いた。体が重い。寝起きのダルさとかそんなチャチなもんじゃあない。とにかく状況判断をしよう。そう思って唯一動かせる顔を動かすと
「な、なんで2人に挟まれてるの!?」
右にローゼさん、左にセニサさん。うん、顔がいい。じゃなくて!
「セ、セニサさん、ローゼさん。朝ですよ。起きて下さい!」
呼び掛けてみるが、2人とも起きる気配がない。
(彼女が言ってたのはこういうことか…!)
めっちゃパニック。考えてみて欲しい。美女美少女2人に狭いベッドの上で挟まれてるんですよ。誰だって混乱する。僕は混乱した。
「と、とととりあえず避難を…!」
体をもぞもぞとどうにか動かして、体を下へ潜らせる。
「…よいしょっと。」
どうにかベッドから抜け出して一息つく。
(お疲れ様。)
一部始終を見ていたようで、彼女は声を掛けてきた。
(な、なんであんなことになってんの??)
(昨日の夜、どっちがあなたの隣で寝るかずっと話してた。結局、2人とも来たみたいだけど。)
疑問に対してすぐに帰ってきた返答は少し呆れたもので、2人の寝顔を見ながら自然とため息が漏れ出てくる。
ようやく冷静になれたからか、急にお腹が空腹を訴えはじめた。今ばかりは2人が寝てて良かったと思う。
とにかく起きてもらおう。僕一人じゃ、ご飯なんか作れないから。窓を開け、布団を剥いで(大分苦戦した。)、ひたすら呼びかけながら揺する事数分。
「ふぁ、おはようございます。」
「あらあら、ごめんなさいねぇ〜。」
まだ寝ぼけ眼ではあるものの、赤髪の女騎士(今は騎士だと想像できないが)ローゼと、灰色髪の少女セニサを起こすことに成功した。達成感やばい。
ローゼさん達に連れられ、宿屋一階に連れてこられた。ここは宿のカウンターだけでなく、食堂も兼ねてるらしい。朝ご飯ということで、パンを主食にサラダ、スープを出して貰えた。調味料はあまり発達してないらしく、だいたい大味ではあるのだが空きっ腹には最高級の食事と同等である。ただ、異世界の定番のように米がないのが少し悲しい。
「ふふ、よく食べるわね。」
「うぇっ、ご、ごめんなさい?」
「あぁ、違うのよ!食べてる姿が可愛いかったからつい…」
「?そ、そうなんですね…?」
僕の外見は彼女のものだし、客観的に見れば可愛らしいんだろうけど、いかんせん実感がないからな…。
「そうだ、あなたにお話があるんです。」
3人で机を囲んでご飯に舌鼓を打っているとそんなふうにセニサさんに言われた。少し緊張してるような気がする。
「あなたに名前がないのは分かっていますが、呼び名がないとコミュニケーションに支障を来すと思うので、私たちで名前を考えたんです。」
どうやら、僕の名前を考えてくれたらしかった。正直言えばとても嬉しい。僕自身名前がないのは(僕の中の彼女も含めて)不便だと思っていたし。
(……?)
「心底分からない」みたいな雰囲気出さないでくださいねぇ〜。
「フェレスって名前なんですけど、どう、ですかっ…!」
一生懸命考えてくれたんだなと思う。なら僕にできる1番の笑顔で返さないと。
「ありがとうございます。僕は、フェレス。今日からフェレスです。改めてよろしくお願いします!」
名前、名前かぁ。とっさに呼ばれたとき、返事できるようにしとかないとな…!
(…………。)
「ふふ、フェレス、フェレスかぁ…。」
「喜んでもらえて嬉しいです。それでフェレスちゃん。今日はお買い物に出掛けませんか!」
「は、はい!買い物…ですか?」
セニサさんの目線が僕の足元に向かう。あ、さては靴か。いつまでも裸足でいるつもりじゃなかったし、ありがたくついて行こう。
「迷惑かけちゃってごめんなさい。」
「いいのよ、私たちが養うって決めたんだし。」
「そうと決まれば善は急げです。いまから行きましょうっ!」
「あ、私とフェレスちゃんはお留守番だけどね?」
「「えっ」」
そう、にこやかにローゼさんは言った。
「当たり前でしょう。靴もないのに連れ立って歩くとか一人のときより怪しいわよ。」
「「そ、そんなぁ…」」
───・・・・・・
セニサさんが買い物に行ってからしばらくの間、ローゼさんと2人っきりで待っていることになった。街、見て回りたかった。
(同意。残念…)
そりゃ世界を見れたとはしゃいでたんだし、そうだよねぇ。
けど、待っているのも退屈ではなかった。ローゼさんのお仕事の話。つまり、冒険者の冒険譚を聞かせてもらっていたのである。ファンタジー世界に胸がドキドキですよ全く。
夢物語のような、本当の話。全然聞いた事ない植物、動物。そして魔物。聞いていたときの自分は、まるでヒーローに憧れる少年のように見えていたのではないだろうか。…なんでヒーローとかの俗物的なものは覚えているのかとは思うが。それは置いといて。
「僕、冒険者になりたいです。もっとずっと
2人と一緒にいたいんです!」
きっと困惑されるだろう。しかし、守られて養われるだけでは駄目だと思うのだ。なんだか愛玩動物のようではないか。幸い僕は魔法を使えるようだし、足でまといにはならないと思う。それでも、普通断られるだろうが。でも断られてもめげずにお願いすればきっと……
「いいわよぉ〜!ずっと一緒にいましょうねぇ〜!!」
あ、あれ…???
やっと出せましたよ主人公の名前。もう時間かかりすぎだろと。4話目でやっとですよ。
そしてフェレスちゃんの無自覚必殺ワードが恐ろしいですね。リアルで言われたら卒倒もんですよ。by大佐