自己紹介
「よし、じゃあちょっとここで待っててね〜」
そう言われて部屋に1人残された。現在僕がいるのは『やかましいシルフ亭』の二階の一室。あの女騎士さんが泊まってる部屋らしい。
室内には、部屋の中央から少し上に離れたとこにあるベッド、その横に置いてある机、ベッドの反対側にある衣装棚以外、特にめぼしいものはないようで、少し簡素である気がした。
(それにしても、急に街のど真ん中だったり裸足だったり、予想が尽く外れるなぁ)
(……ごめんなさい?)
と、何となく思ってたら謝られた。疑問形で。別に避難するつもりはなかったのだと説明すれば、こくんと頷いてくれた気がする。彼女が創ってくれたらしいから仕方ないけど思考も簡単に見られるとは。ま、いいけど。
でもやっぱり、名前がないっていうのはアレだな。彼女のこと呼び辛いし。
(あ、そうそう。この世界って魔法みたいなのってあるのかな?女騎士さんが使い魔がどうのって言ってたけど)
(そっちにはなかったの?……なら、後で色々試すといいよ。その体は、私自身を参考にして人間らしさを追求したから。大体の魔法は、使えると思う。)
大分興味深い言葉が聞こえたんだが?大体の魔法は使えるってそれ、ラノベでよくあるチート能力みたいなものなんですよ。もしかして彼女、結構凄いんじゃ…
(…えっへん)
ドヤってる彼女を思い浮かべつつ、他愛ない話を続けていたら、コンコンと扉を叩く音がした。
「入るわね〜」
という言葉と同時に木製の扉がゆっくり開かれた。その先にいたのは相変わらず美人さんな赤髪ゆるふわショートの糸目お姉さんと……もう1人、灰色の髪の、元気っ娘を絵に描いたような少女。僕と身長はほぼ変わらないだろうか。
類は友を呼ぶ。顔面偏差値の高い美人さんには、これまた顔面偏差値の高い美少女さんが一緒になってるらしい。……自分の容姿がどうかは、あまり考えないようにしておく。
「ごめんなさいね。みんな揃ってからお話したかったから。……て、ずっと立ってたの?ベッド使ってくれて大丈夫だったのよ〜。」
頭の中でお喋りに夢中でした。とか言える訳ないのでとりあえず笑って誤魔化しておく。
「えぇ、まだしてなかったんですか!」
灰色の髪の少女は、女騎士さんに驚愕の眼差しを送っている。意外と女騎士さんはドジなのかもしれない。暫く2人のやり取りを眺めていたら僕の方を見て真面目な表情に戻った。
顔が少し赤い気がしたのは黙っておこう。
「…だから、今自己紹介しようとしてるでしょ、もう。ンッンン!それじゃあ、私はローゼ。見ての通り冒険者をしているわ〜。お姉さんって呼んでもいいのよ?」
「おねえ…さん?」
「…………」
ゆるふわショート糸目女騎士さんの名前はローゼというらしい。早速お姉さん呼びが許可された。(その前の大変興味を唆るラノベの定番のような職業も気にはなるが)しかし、お姉さん呼びだと名前を覚えられなそうだなと思いつつ、とりあえず1度復唱してみる。
バッ、という擬音が着きそうな勢いで顔を背けられた。髪の隙間から覗く耳が赤くなってるところを見ると冗談のつもりだったのかもしれない。
「はいはい!私はセニサっていいます!ローゼと同じく、冒険者をしています。私、こんな見た目ですけどきっとあなたより年上なので!お姉ちゃんって!呼んでもいいですよ!!」
「お、おねえちゃん…です?」
「……すばらしいです」
セニサさんの名前を聞いた後のこのやり取り、ついさっきやった気がするんだけど。顔背けるならなぜ言ったんですか?
というか、セニサさんがこの身体より年上とな。1歳とか2歳とかって誤差ではないだろうし……もしかして、魔法的な何かで見た目と年齢が比例しないこともあるのかな?
(…あるよ。1番身近なのは、私。)
(へ?)
(……言ってなかった?私、神様だから。この世界の最初から、いる。)
全然言われてないですけど!?ウッソだろお前。なんで僕に世界を見てなんて頼んだんですかねぇ。
(あぁ、ごめんね。言いたくないならいいから)
彼女が答えられないようだったのでそう言っておく。今無理に聞きたいとは思わない。彼女の意思で話してくれる方がいい気がするし。
というか、この状況で何か言われて理解できると思う?少なくとも僕はできない。
「それで、あなたの名前はなんていうんですか?」
あっ…スゥッー……
これはどうしたらいいんだろうね!
「な、名前…ですか…」
ここは素直に言った方がいい、かなぁ…?
「その…僕、名前が無いんですよね。あっ!名前を教えたくないんじゃあないんです。本当に知らなくて…その…!」
とにかく事実を伝えようと話してたら、ある可能性に思い至った。
そう、自分たちに名前を教えたくないんじゃないか、と思われることである。そうなればイメージダウンは必死。最悪直ぐに追い出されてしまうかもしれない。また衛兵に詰問されるかもしれないと考えると、ひとまず今日だけでも宿に泊まらせてもらいたい。
そう思ってしどろもどろ蛇足を続けていたら───
───唐突に抱きつかれた。二人に。
「わっ…ぷ…!どうしたんですか。ローゼさん、セニサさん?」
「無理に言わなくてもいいわ!」
「これからは私たちが一緒にいます!」
な、なんか2人が目配せしてるんですけど?頷き合ってるんですけど!?
(一体全体どういう状況で!?)
(……良いんじゃないかな、いい人そうだし)
そんな適当な!?と訴えかけてみるが現実は非常。この体の創造主様はもう反応してくれなくなってしまった。
「え、えぇっと、何か勘違いがある気が…」
「いいのよ、何も言わなくっていいの。これからは私たちがついてるわ!」
Hey!こっちは見た目と精神年齢が釣り合ってないんだぞ!そんなことってある?
「とにかく、今日はもう遅いし、一緒に寝ましょ。」
「そうです、こんな時間に1人で外に出るなんてダメです!とりあえず今日は休みましょう!」
「…わ、わかりました。」
この世界について何も知らない身の上としては、この誘い自体、冷静に考えれば願ったり叶ったりではあるのだ。彼女らの発言に、少々自分の誇りとかプライドってものがボロボロにされてく感じはしたけれども。
それに、ちらと窓に目を向けてみれば日が沈んでいく様子が見受けられる。直ぐに暗くなる、という訳じゃあないが、今からの外出は出来れば避けた方が良い時間帯だろう。所謂、逢魔が時というやつである。
「………ぅ」
(…ねぇ、これもしかして、睡眠だとかも体相応に調整されてます?)
(完璧を意識した、から…)
2人に受け入れて貰えると分かって緊張が解けたのだろうか?猛烈に眠気が襲ってくる。しかし、それだけではなく幼児の睡眠時間に合わせて、早めに睡魔が訪れるようになっているのもあるだろうか。
「…すい…ません…、少し眠らせてもらいま…」
とにかく、ベッドで横にならなきゃ、いけないから……
(この子…寝ちゃってる。……この子も、衛兵も、ローゼも、セニサも、名前を聞いてた。そんなに大事なもの、なのかな…?)
このベッド…あったかぁ…それに、なんか包まれてるみたいな…安心する……
─────────
「あらあら、寝ちゃったみたいね。」
「ローゼ、本当にやってくれますね。GJです!」
「この寝顔はダメよねぇ〜。可愛いすぎるわぁ。」
2人の腕の中で眠っている少女。そのあどけない、純粋さしか感じられない顔を見て、2人は頬を緩める。
兎にも角にも横にしたあげよう、ということで少女をベッドへと運ぶ。さっ、と優しく置けば少女の腰まである黒髪はふわりとたわみ、体の力はより抜けたように思える。(その反面、温もりを失って少し寒そうでもあるが。)
その様はまるで御伽噺の妖精のようで、容姿端麗と言われる森人族にも引けを取らない顔立ちは精巧に造られた人形を思い起こさせる。
しかし、少女の汚れた素足がその印象を覆す。この足でここまで歩いて来ていたのだと明確にローゼとセニサに教え込む。
「あいつら、この娘を詰問する前にやることがあるはずです…」
「どうせ第二か、姿に反応するなら第三騎士団辺りですよ。どちらでも、思慮っていうのが足りない人達です…!」
ローゼが自分の部屋を一旦出て、自己紹介のためセニサを連れて戻る前に、ローゼはセニサに事のあらましを説明していた。故にセニサは、あそこまで少女を気遣ったのである。
余談だが、ローゼが少女をおぶるなりすればよかったのではないかという事については、使い魔の目が合って下手な行動ができなかったのだと弁明しておく。
さて、と2人は思う。これからどうしようか、と。少女を1日で見捨てる気はさらさらないが、2人から3人になれば当然生活費は多くなる。面倒だってみてあげないと、とも思う。然して、まぁ1番の問題は…
「名無し、ね……」
そこである。名前すら無いというのがそもそも問題だし、そこから帰依する問題(名前すら付けられない環境で育ったのなら一般常識も危ういのでは、などその他様々)も多々あるが、それ以前に呼びにくいのだ。
「気に入ってくれるかは分かりませんが、ひとまず名前を付けてみませんか?」
「えぇ、この娘に似合うものをね!」
…何だかテンションが高いような気もするが。2人は意気揚々と名前を考え始めた。
「リィヤ、とか?私の故郷に良くあった名前だけれど」
「ありきたりな名前でいいと思う「思わないわ。次を考えましょう。」」
食い気味に否定してまた考え始める。
───あれから数時間経過。こいつら盛り上がりすぎである。
「なかなか決まらないです…」
「私たちが考えると決まらないわね〜。彼女と会った時のイメージから考えてみるのはどうかしら。」
「あんまり人懐っこい感じじゃなかったです。けどちょっとでも安心したら…」
「すぐこんなになっちゃうのね…」
ぐっすり眠る少女を見つめる2人の目に心配の色が浮かぶ。
「まるで黒猫みたいです。」
「っ!それだわ!」
何かを思いついたのであろうローゼと、セニサが語り合うこと数分。2人は満足気な顔をして眠りに就こうとしていた。
余談だが、この後誰が少女の隣で寝るのかで、第2回戦が開催された模様。
2話の後書きで門弟が色々言ってましたが、そもそも門弟のアイデア無しでは生まれなかった作品ですし、文に行き詰まったときには門弟のお陰で筆が進む事が大半です。by大佐