05 神
宙を舞った四人の男が、ばくり、と何かに食われた。
バリリ、ボリリ、と嫌な音が響き、四人の姿がそのまま宙で消えていった。
「ぬっ?」
ぼたり、と食い残された手首が落ち、さすがの多々良も一歩引いた。
何かがいた。
歴戦の強者である多々良が総毛立つほど、禍々しい存在だ。下ろしかけた剣を構え直し、多々良は油断なくその気配の方を向いた。
「そなた、逃げよ」
すっ、と玲が多々良の隣に立ち、硬い声で告げた。
「逃げろ、だと?」
「あれは、剣でどうこうできる相手ではない」
咀嚼音がした辺りから、影がゆっくりと近づいてきた。
「む? 村長……殿か?」
「その皮をまとった、別物じゃよ」
「別物?」
目を凝らしよく見ると、村長は生気のない、虚ろな目をしていた。動きもおかしい。まるで糸で操られているような、カクリ、カクリ、とした動きだった。
「みぃ……つけ……たぁ……」
村長が、にぃっ、と笑みを浮かべた。
直後。
多々良の背に、ゾクリと悪寒が走った。
(下!)
多々良は反射的に玲の腰を抱きかかえ、渾身の力で地を蹴って後ろへ飛んだ。
「きゃっ!」
玲の短い悲鳴が響き、同時に、大地がえぐれた。
多々良が突き倒した戸板が音を立てて粉々になった。戸板の下敷きとなっていた三人の男は、何かに引きずられて村長の足元へと運ばれていき。
そこで、ばくり、と食われた。
「あ……あは……あは、あはは……」
ばりぼりと咀嚼音が響く中、村長は恍惚とした顔で笑った。だが咀嚼音が消えると、村長の表情が苦悶に歪み、全身を震わせてボロボロと涙を流し始めた。
「おゆ……おゆ、るし、を……もう、もう……おゆる、し、を……」
「ええい、よさんか! 壊れてしまうではないか!」
玲が正面の何かに向かって叫んだ。
りん、と鈴が鳴った。
「なんだっ!?」
ドンッ、と音がしたかと思うと、生暖かい風のようなものが叩きつけてきた。
多々良は素早く身を翻し、玲を守るように抱き締めた。
(なんだこれは!)
ねとり、と絡みつくような感触とともに、焼けるような痛みが背中に走った。逃れようと多々良は横へ飛んだが、べとりと背中に張り付いて剥がれない。
「しゃがめい!」
玲が瓢箪の口を開けた。
多々良が素早くしゃがむと、玲が多々良の背中に瓢箪の中身を注ぎかけた。
じゅっ、と音がして、背中にまとわりついていたものが溶けて剥がれ落ちた。
『#※@!!!』
憎々しげな呻きが聞こえた。人語として解せず、何を叫んでいるかはわからない。
だが、怒り狂っているのはひしひしと伝わってきた。
「大丈夫かの?」
「うむ。なんとか、な」
それは、一度は引いたものの、去りはしなかった。
ぼんやりとして形をなさず、姿は捉えられないが、その存在は濃密に感じられる。悪霊が祓われる前に山中で感じた、よくないものとは比較にならない禍々しさだ。
「巫女殿、あれは何なのだ?」
「神じゃ」
多々良が見上げながら問うと、玲が険しい顔で答えてくれた。
だが。
「のう……離してくれぬか?」
抱きついたままの多々良に気づき、すうっと目を細めた。
「おっと失礼した。とっさのことだったのでな。言っておくが、他意はないぞ?」
「……最後の一言は、余計じゃよ」
りん、と鈴が鳴った。
うそうぞとそれが二人の周りを這い出した。
立ち上がり、多々良は剣を構え直した。
「さて、どうやら逃げ損なったようだな。何とどう戦えばよいのだ?」
「言うたであろ。あれは剣でどうこうできぬ、と」
「神、と言ったな。『神憑き』とは別物か?」
神憑き。
その名の通り、神が取り憑いた人のことであり、その多くが人外の力を振るう。戦場では貴重な戦力として重宝されており、多々良も何度か剣を交えたことがあった。
「別物じゃな。仮にも巫女じゃ。憑いているのではなく、降りているのじゃよ」
「どう違う?」
「神が背後で力を貸しているか、神が前面に出てくるか、じゃな。もっとも、あれはもう巫女の体から溢れ出しておるがな」
「……壊れてしまう、と言っていたが?」
「巫女の力を超えて降りれば、心身ともに破綻する。その前になんとかせねば」
玲が胸に挿していた扇を手に取り、開こうとした。
「くっ……」
だが、痛みに顔を歪め、開くことができなかった。
「無理をするな。その右腕、まともに動かせんだろう」
「まいった、のう……」
りん、と鈴が鳴った。
苦しみ、もがいていた村長が急に静かになり、多々良と玲を見据えた。
「あ……は……はは、ははははっ……」
周囲を這う神の気配がぐっと濃くなり。
「……死んじゃえ」
村長の静かな言葉とともに、神が全方位から襲い掛かってきた。