04 襲撃
右腕の治療と食事を終えると、玲は早々に眠ってしまった。
気丈にしていたが、かなり疲れていたのだろう。横になったと思ったらあっという間に寝息を立て始めた。
(さて、信頼してくれたということかな?)
背を向けて眠る玲を見て、多々良は小さく笑った。どんな寝顔なのか気になるが、のぞき込んでなけなしの信頼を失うわけにはいかない。
(できれば、朝までゆっくり眠らせてやりたいが……)
多々良は横にはならず、壁に背を預け、剣を抱えたまま目を閉じた。
うつらうつらと、浅い眠りをいくらか取ったところで。
忍び寄る複数の足音と、秘めた殺気を感じた。
多々良はすぐさま目を開け、物音もたてずに土間に飛び降りた。もちろん草鞋を脱いで寝るようなヘマはしていない。
それは玲も同じだった。
多々良が土間に飛び降りたのを見て、玲も枕元に置いていた瓢箪を手に取り、そろりと多々良の背後に立った。
(やはり勘付いていたか)
村に戻り、多々良が玲とともに村長を訪れたときのことだ。
玲を見て、村長がほんの一瞬、その場で八つ裂きにせんばかりの凄まじい殺気を見せた。それは瞬きの間に消え、以後おくびにも出していなかったが、歴戦の多々良をごまかせはしない。
それに、玲も気づいていたのだろう。
たいしたものだ、と多々良は思う。やはり玲はそれなりの修羅場をくぐっているらしい。
「巫女殿、これは真剣な質問だが」
多々良は玲にだけ聞こえる声を出した。
「何じゃ?」
「房事の最中のような声、出せるか?」
ひくっ、と玲がひるんだ気配がした。だが多々良とて、玲をからかっているわけではない。それは玲も理解してくれたようだ。
「……まあ、出せぬことはないが」
「ではよろしく。なあに、少々拙い方が、聞く者の妄想をかき立るというものだ」
「お、おぬしな……」
玲の、何か言いたげな様子をあえて無視し、多々良は扉の前に移動した。
(ひとつ、ふたつ……)
扉向こうの人の気配は、全部で七つ。この村にいた、枯れ木のような男の数と同じだ。
「こ、これ……やめぬか……だ、だめ……」
少々硬いが、玲の甘い声が響き始めた。
(なかなかに可愛らしい声ではないか)
これならば、と多々良は全神経を研ぎ澄ました。
扉の向こうで、こちらの様子を探っていた気配が揺れ動くのを感じた。
この緊迫した状況で女の甘い声が聞こえてくれば、意識はそちらに取られる。悲しいかな、男とはそういうものだ。さらに、この場で最大の障害となる多々良が女に夢中になっていると思えば、油断もするだろう。
(さて巫女殿への詫びは……生き残ってから考えるとするか)
するり、と多々良は音もなく剣を抜き、下段に構えた。
扉の向こうの動きが止まり、殺気が膨れ上がっていくのを感じる。
(ほう。あの枯れ木が、これほどの殺気を出せるか)
それとも、新手か?
多々良はその可能性に思い至り、腰を落として呼吸を整えた。
(ならば、初手が勝負)
扉の向こうの殺気が、臨界点まで膨れ上がる。
緊迫した空気が満ち、多々良の呼吸が深く静かに繰り返され。
りん、と小さな鈴の音が鳴った。
「せいやあぁぁぁぁぁっ!」
扉の向こうで殺気が爆発するほんの一瞬前、先手を打って多々良が雄叫びをあげた。
業物の剣が、扉ごと殺気を貫いた。
それと同時に多々良が体当たりし、扉を押し倒して三人の村人が下敷きとなった。
容赦はしない。
多々良は素早く剣を引き抜くと、下敷きとなった他の二人を渾身の力で突いた。
「残り四人だな」
凄絶な笑みを浮かべ、多々良は顔を上げた。
「……ほう、俺は夢でも見ているのかな?」
多々良の目の前に立っているのは、槍を持った四人の若者。
だが、彼らが着ているのは、あの枯れ木のような老人たちと同じ着物だった。この若者が老人たちの衣服を剥ぎ取った、と考えられなくもないが。
誰が好き好んで、そんなボロを剥ぎ取って着るというのか。
「なるほど。新手ではなく、若返ったということか」
驚きはあったが動揺はしなかった。目の前の事実を事実として受け入れる、それが戦場で生き残るコツだと、多々良は骨身にしみている。
「世話になった恩を仇で返すようで、心苦しいがな」
戸板を踏み、絶命した男から剣を抜くと、多々良は槍を構えた四人に剣を向けた。
「槍を向けるというのであれば、容赦はせん」
「こ、この……」
「四対一だから勝てる、などと考えぬことだ。自慢にはならんが、負け戦には慣れていてな。多対一の戦いは得意だ」
多々良のねめつけるような目に、四人は怯み、一歩下がった。
ずいっ、と一歩前に出ると悲鳴をあげ、さらに一歩進んだところで槍を手放し、背中を向けて逃げ出した。
「ふん」
逃げるのであれば、まあよい。
そう考え、多々良が剣を下ろそうとしたそのとき。
りん、と鈴の音が響き。
逃げた四人の男が、「ぎゃっ!」と悲鳴をあげて宙を舞った。