プロローグ 世界征服
創造主である主神は太陽の神と月の女神を生み国を授けた。
太陽神は猛々しく照らし生きる者に活力を与え、月の女神は闇夜に優しい明かりと休息を。美しい二神を眺め創造主は気まぐれで神を生み出し世界に変化を与える。
長い時が過ぎ、神々は気まぐれに人に加護を与える遊びを始める。
神々の遊びで世界は争いが生まれ、欲望が渦巻き入り乱れる。
月の女神は荒んだ世界に悲しみ神に巻き込まれ悲しい宿命を持つ者のために拠り所の国を作り特別な加護を与える。月の女神が唯一加護を与えた忘れじの国と一族を知るものはほとんどいない。
太陽神を信仰する帝国。
帝国の皇子は14歳になると神降ろしの儀により神の加護を授かる。
神の数は数多あり、酒豪、剣、飼育、狩猟、鍛冶、乗馬、採集と皇帝の求める加護を授かる者はなかなか生まれない。帝国では太陽神の加護を受けるものが帝位につく決まりがあるが初代皇帝以外は存在せず、今代皇帝が持つ加護は弓。そして皇帝が望む加護は戦神の加護。
戦神はどんな敵も薙ぎ払い、鍛冶の加護を持つ皇子の剣を授ければ世界を血に染めると伝えられている。
皇帝は妃が優秀という赤毛の第八皇子が漁猟の加護を受けたと聞き落胆する
「陛下、見つかりました!!第十皇子殿下!!」
行方不明になっていた息子の帰りの報せに第十皇子にも神降ろしの儀を受けさせるように命じる。そして期待していなかった第十皇子の加護を聞き、皇帝は初めて息子の顔を見に行く。大臣に皇子の名前を聞いてから。
「エリク!!よう戻った。探しておった」
「皇帝陛下」
「何を言う。父上じゃろう。どこにおった?」
「え、起きたら国に」
「よい。無事なら申すまい。エリクや。そなたに皇太子位を授けよう。宮も移すがよい。妃も好きなものを選べ」
「は?か、かしこまりました」
皇帝は有能な加護持ちの皇子にしか関心はなく子の管理は皇后と弟と宰相に任せ。
妾を母に持つ皇子が集められている棟の一室に住んでいたエリクは家臣を与えられ豪勢な部屋に流されるまま引っ越し、攫われても捜索されないエリクは戦神の加護を受けた日から全てが変わった。
そして皇帝は念願の野望である世界征服への一歩を踏み出す用意を始める。統一ではなく、全てを屈服させ支配下におく征服への。
「皆の者よ!!心せよ!!時はきた。とうとうわが皇子が戦神に選ばれた」
盛大な宴が行われ、皇族達は後ろ盾もない冴えないエリクの加護に驚きながらも表面上は祝福する。この加護と色狂いの皇帝のため後宮には妃や妾が数多入れられたくさんの皇子が産み落とされた。
エリクに教育が施されると同時に世界征服の準備を進められ、16歳の時に初陣を迎える。
「やめてくれ!!」
「いやぁあああああ」
「降伏を」
皇太子エリクは誰の言葉も聞かずに、剣を握ると女子供も容赦なく斬り捨て血の海を作る。味方でさえも顔を青くして声も出せず、エリクの殺気に震えあがり、倒れる者も。
皇太子は剣を持ち目の前に立つすべてを血に染めると剣を投げ捨て無言で立ち去る。
第五皇子は投げ捨てられた剣の血を綺麗に拭い鞘にしまい帯刀する。開戦時に皇太子エリクに剣を渡し、軍の指揮をとるのが第五皇子の役目。
帝国の残酷な血も涙もない皇太子エリク。皇太子と目が合えば殺されると囁かれ殺戮兵器のような息子を使い皇帝は落ちた国の報告を聞き笑みを浮かべる。
数多の国を滅ぼし皇帝念願の世界征服の終わりが見えると、大量殺戮をする危険な皇太子を廃せよと声が囁かれる。皇太子の座を狙う皇族達の謀略のもと殺戮皇子エリクの処刑を望む声が大きくなった時、一度も皇太子宮から出ないヴェールで顔を覆う皇太子妃が謁見を申し出た。
滅ぼした国の美姫は戦利品として、皇族や騎士の慰めものに。エリクが連れ帰り唯一傍に置く、宮から出さない名もない小さな国の姫。殺戮皇子のたった一人の籠妃。
皇帝は興味を引かれて謁見を受け入れた。
「頭をあげよ」
「恐れながらお願いがございます。どうか処刑はお考え直しを」
「そなたは祖国を滅ぼしたあれを許せると」
「我が子のために申し上げます。帝国の未来を願うならどうか命は」
「あやつは戦意なき者も殺した。その報いを受けねば」
「神の加護を、いえ、申しませぬ。ですが英断をくだしていただけるように願います。失礼します」
皇太子妃は美しい所作で礼をして皇太子宮に帰り、夫に似た我が子を抱き上げる。
帝国には皇太子の処刑に反対するものはほとんどいなかった。
最後の国が帝国の手に落ちたと知らせが巡り、国中が盛り上がるなか皇太子妃は息子を抱いたまま涙を流した。
殺戮皇子エリクは大衆の前で皇帝自ら首を撥ねた。
「これで終わりだ―――。幸せに」
夫の最期の音に鳴らない言葉を聞いた皇太子妃は無情な帝国にポタリと涙を流す。
帝国民は五年前に英雄皇子と呼んだ殺戮皇子の死を喜び、戦争の終わりと念願の世界征服に盛り上がる。国中が帝国の栄華の時代の始まりに浮かれる中ヴェールで顔を覆う一人の少女だけが浮かない顔を。殺戮皇子の晒された首を酒の肴に盛り上がり、幾夜の夜が更け殺戮皇子と呼ばれた元皇太子の曝された首はいつの間にか消え、闇夜に切ない歌声が響いていた。