第8話「荒れた町の看板娘」
やはりというか、予想通りというべきなのか、朝のギルドにはほとんど人がいなかった。
ゼロではない、が、所々の机に座っている程度。それも酒を飲んでいる。
「ギルドって仕事の交流所じゃなかったっけ?」
聞くとイリスは真顔で答えた。
「仕事があるのと仕事をするのは別ですよ?」
確かに。
この町の住人はどうやって生活してるんだろ。
「あー、いらっしゃい。新顔? こんなところに良く来るな」
ギルドのカウンターへ行くとメガネをかけた真面目そうな受付嬢がダルそうに朴杖をついていた。
言葉遣いは町の雰囲気とあっているが、外見と合わない。
いや、良く見ると目つきが悪いので外見も合ってる。
「マオと言います。ギルド登録? なんかも全部初めてなので教えてもらえると嬉しいです」
しかし、例えそんな言葉遣いだろうと、笑顔で丁寧に応える。隣にいるイリスが誰だこの人、みたいな顔をしているが失礼なやつだ。
どんな場所でも誰にだって第一印象は大事、当然のこと。
「ギルド登録? ほら、コレに名前かけ」
渡されたのは一枚の羊皮紙。言われたとおりに名前を書くと、その下に文字が浮かび上がってきた。
「ナニコレすごい!」
この世界で初めての魔法っぽい体験に思わず声が出る。映画なんかで良く見る炎が出たり、空を飛ぶみたいな派手さはないが、コレはすごい。
「はいはい」
「もう一枚書いてもいいですかね?」
面白かったのでもう一度見たい。
「ダメに決まってんだろ」
そっか。
冷静に返された。
「マオ、年齢は十七、身長体重は見た目通り、出身は……? 外国か、初めて見た文字だ」
浮き出たのは俺の情報らしい。書いただけで出身まで分かるとはさすが魔法。そうなると。
「それってあの、ステータスとか分かったりするんですか?」
ゲームみたいな体力、攻撃力とかが分かったり……!
「ねぇよ。分かる道具もあるけど、ギルド専用のコントラクト・ロールには本人の経歴情報だけ、……なんで落ち込んでんだよ」
ほっといてください、勝手に期待しただけなので。
言うまでもなく、俺を気にせず作業を進める受付嬢。一分ほど待つと。
「はい終わりっと」
「え?」
何というか、もっと時間がかかったり、何かすると思っていたので拍子抜けだ。
「ギルド登録つっても、このギルドにはこんな奴がいる程度にしないと管理できねぇんだよ。徹底的に管理をすると、今度は自由に動けず依頼の邪魔になる。いろいろと言ったが、ある程度は管理するけど自己責任で仕事しろ、が基本」
「雑か」
「雑だよ、じゃなきゃこんな仕事もできやしねぇ」
ため息をつきながら。
戸籍もあるか怪しい世界だ、この程度が十分なのかもしれない。
「あっちのクエストボードで依頼を選びな。ここで受理、依頼をこなすとここで報酬、簡単だろ」
そう言うと前に忘れていた。
「イリスは登録しないのか」
自分のことばかりで忘れていた。
「私はもうしてありますよ、元々この町でしばらく滞在するつもりでしたし」
そうだったのか。
「とは言ってもこの町でギルド登録しても微妙なんですよね。登録の恩恵は依頼書通りの報酬と依頼の発注、他のギルドメンバー、登録者と連携を取りやすいことですけど。他のちゃんとした町や商人ならともかく、この町だと」
確かに、周りを見渡しても人がいない。ギルドがあること自体が奇跡なのかもしれない。
だとしても仕事は仕事。何かできそうな仕事はないかと、クエストボードを見る。
見る、…………が、ろくな仕事がない。
「トイレ掃除、室内掃除、風呂掃除。掃除ばっか!」
子どものお手伝いか!
「おねぇーさん他に仕事無いの!」
「無いよ」
カウンターのお姉さんに聞くも言い切られる。
「しかも掃除の依頼主ギルドって」
思いっきり身内。
「あー、クエストボードが空だと見栄え悪いだろ」
これらの依頼主あんたか。
「なんかこのあたりのモンスターを倒すとか、そんな依頼は」
「無いよ、そもそもこの辺りはモンスター少ないし、依頼してくる奴もいないしね」
つまづいた。
始まりから綺麗につまづいた。
いっそ、他の町に移ってそこで旗揚げでもするか? そう考えてイリスに聞くと。
「他の町はそれなりにかかりますよ。今のマオさんでは実力的にちょっと心配です」
床に手をついて落ち込んでいると、カウンターから再び声が聞こえてきた。
「……そんなに欲しいなら一つあるよ」
その言葉を聞くと一息で起き上がり、食らいつく勢いでカウンターに組みつく。
「何がある?」
俺の勢いに気圧されたのか、若干引き気味でお姉さんは応えた。
「あ、あぁ。町周辺のグリーンウルフの掃討。一応たまに行商人は来るからその対策に」
「やる」
食い気味で応える。モンスター退治みたいな、いかにもなクエスト是非やってみたい。
「お、おうそれはいいが」
勢いに押されながらも俺の身体を、いや、服装を見る。
「その装備で受けても無理だろ。あっけなく死ぬぞ」
確かに。
今の俺は鎧どころか革装備でもない。そして武器もない。少し焦りすぎていた。
「まず、装備を最低限整えろ。クエストはそれからだ」
言い返すどころか至極真っ当な意見に、ぐうの音もでない。
「準備ができるまでは掃除してろ、掃除」
渡された箒と雑巾を持つと、言われたとおりに掃除を始めた。まずは掃き掃除からしよう。
「なんで掃除してるんだ俺」
ギルドホームの掃き掃除を終えてそのまま雑巾掛けしていると、正気に戻った。
「マオさん手を動かさないと終わりませんよー」
「イリス、右上に拭き残しがあります」
アイの指示通りに机を拭くイリス。
意外にもアイの能力は掃除にも使えることが分かった。
「マオ、そのペースだと今日中に終わりません」
「それはまずいな、モップ無いのかモップ」
それなりに広いホーム、一人ではまるで終わらない。
「ほらこれ使いな」
「助かる」
渡されたモップを受け取り、バケツの水につける。
まずは水拭、そのあと乾拭き。拭き掃除は手間がかかるが、そうしないと木は腐りやすくなるし、臭くなる。
「時間があれば厨房もやってくれ」
モップを持ってきた受付嬢はそう言ってカウンターに戻る。
「アイよー、っておい。ちょっと待て」
その肩を掴んで止める。
「何だよ、うちはお触り禁止だ」
「ごめんなさい、って違うわ」
反射的に謝ってしまったが言いたいのはそうじゃない。
「装備が無いからって掃除をするのはおかしいだろ! 止めだ、止め」
クエストを辞める旨を伝えるが。
「一度受けたクエストの破棄は料金がかかりまーす」
間延びした返事に黙り込む。
ギルドの仕組みを聞かないのは不味かったか。
「そういうわけでよろしく。厨房と倉庫もしてくれたら追加報酬あるから頑張れよー」
受付嬢はひらひらと手を振りながらカウンターに戻っていく。
「覚えてろよ!」
その後ろ姿に叫びながらモップ掛けをする。
「昨日は悪の魔王っぽかったのに今日は小物っぽいですね」
「アイがいなければ何もできませんので」
そこ、口より手を動かせ。
夕方。
ギルドのホームに始まり、トイレ、公衆風呂、全てを掃除した俺はいい汗かいたと酒を頼んで待っていた。
「ほらよ、お疲れ様」
労いながら酒を持ってきた受付嬢。その顔は嬉しそうだ。
「いやー、まさか全部やってくれるとは思ってなかったぜ。あれだな、モンスター討伐より清掃業者になれよ。向いてるぜ」
にこやかに話すがこっちはそれどころじゃない。
「おいこら、人を騙すとはどういうつもりだ受付嬢」
酒を受け取ると立ち上がって文句を言う。
「アタシの名前はノエルだ」
「ごめんなさい。どういうつもりだノエル」
名前で呼べと言わんばかりに睨まれた。そりゃ受付嬢とか怒るな、うん。
じゃなくて。
「こちとら今日一日が掃除で終わったわ!」
「いやー、厨房や倉庫もしてくれるとは思ってなかった」
助かった助かったと笑うノエル。
言葉を打てども、ぬらりくらりと交わされてしまう。やりづらい。
「マオさんを手玉にとるなんてすごいですね。私にもそのやり方を」
なにやらイリスが変なことを言い出すが相手にしないとばかりに無視するノエル。
「ほら追加も込みで報酬はちゃんと渡すし、装備も整ったらグリーンウルフ掃討も受理してやるよ。だから許せよ」
机に報酬の入った袋を置くと、俺を見ながらニヤリと笑う。
「ま、無理そうだったら掃除婦としてギルドで雇ってやるよ」
「生意気言うなよ、看板娘希望」
煽るノエルに間髪入れずに言い返す。
あっ、とすぐさまイリスが俺を見るが、ノエルの表情は変わらない。
それどころかフン、と鼻で笑う。
「アンタがそんなことをできるのは知ってるよ。昨日ここで散々やってたろ。サキュバスをナンパしていた二人に、カードでここにいたほぼ全員を相手取ってだろ。カウンターで見てたからね、今更驚きゃしないよ」
言い捨てるとカウンターへ消えるノエル。
「……マオさんの煽りも乗らないって、すごいですねノエルさん」
ノエルの後ろ姿を感心しながら見送ったイリスはいつの間に頼んだのか、料理をもしゃもしゃと食べていた。
「さすがにマオさんも敵なしってわけでも無いですもん。けど、とりあえず今はご飯食べましょうよ。一日中掃除して疲れましたけど、ギルドも綺麗になって気分スッキリ、お腹も空いてご飯も美味しいですよ。ほらほら、何ならアーンしますか、アーン」
シチューをすくったスプーンをこちらに差し出してくる。
無言で咥えると、スプーンごと飲みこむ勢いで啜る。
「あーーーー、ダメですって、スプーンはダメです飲みこめませんお客さまー!」
イリスは俺の口からスプーンを力づくで引っ張り出す。
「急にどうしたんですか? あ、もしやそんなに私のアーンが嬉しかったとか」
言い終わる前にシチューを手にとり、一息で飲み干す。
「ごちそうさま」
「あー、もぅ、せっかくのチャンスだったのに」
机にうなだれるイリス。怒りが込み上げたとはいえ、さすがに俺が悪いのでどうにかするか。
このままだと話もできない。
机に並んでいた適当な肉をフォークで刺すとイリスに向ける。
「イリス、これ食べるか」
「食べます」
一瞬で起き上がると、そのまま蛇のごとく首を伸ばして食らいつく。
「すっごい美味しいです」
「そりゃ良かった」
一口一口を大切に噛み締める様子を眺めながら、アイの力で見たノエルの情報を思い出す。
子どもの頃に見た憧れの綺麗なギルドの受付嬢。
必死に勉強し、試験に合格した日に着たギルドの制服。
真面目で優秀なために引き受けたこの町のギルド担当。
初めて見た町に驚きながらも、頑張ろうと決心する。
最低限の仕事、一日中カウンターで座るだけ。
来たときから変わらない居酒屋としての仕事が多い日々。
「なるほろ、そんな事情が」
「神妙な顔するなら飲み込んでからにしろよ」
キリッとした顔で向き直る。だが、口はもむもむと動いたままだ。
「ゴクッ、それで、どうするんですか」
俺に言われたように、ちゃんと飲み込む。
「ノエルさん、それともギルドをどうにかするんですか? それはさすがに」
「イリス」
イリスの言葉を途中で遮る。
「俺の目標は魔王になること」
それは絶対に変わらない。
「でしたら」
「町を出るのには金がいる。ギルドを立て直すことで金を稼ぐ、以上」
これが今の俺にできる最速最善の案。
というか、今日の目標であった町の探索ができてない。
それもしないと。
そんなことを考えていると、イリスがニヤニヤと笑っていた。
「マオさんってやっぱりツンデレですよね、ノエルさんのこと助けたいっておモゴぉ!?」
ふざけたことをいうサキュバスの口に無理やり肉を突っ込む。
「それでも食ってろ」
「マオ、絵面がヤバイです。年齢制限的な意味で」
知らん。
水を求めるイリス、絵面を気にするアイを横目に昨日は気がつかなかったカウンターのノエルを見る。
笑顔で客とやりとりをするノエル。
……過去の情報を手に入れた時、からかうことができないのは分かってた。
適当に、冷静に受け流すことも。
だからこそ、次は必ず。
そう密かに決意する。