第7話「賭けの代償」
「うっはっはっは!」
「ヒェッヒェッヒェッ」
酒場ではしゃぐ二人。酒場なのでそんな客は珍しくもないが、問題はそのはしゃいでいる客。
「スゲェぜ旦那! 俺は分からなかったがイカサマを見抜くだけで無く、相手の秘密を暴いて動揺を誘う心理戦! 金を払って見るくらいに価値のあるゲームだったぜ!」
「当然よ! 俺たちに勝てる相手なんぞ、この町にいるわけがない!」
バイケイと肩を組みながら酒を飲む。
年齢? この世界の法律なんぞ知りません。
「飲酒を禁止する法律はありません。自主責任です」
ありがとうアイ。
「なんで先に会った私より楽しそうなんですか」
イリスがいじけているが気にしない。
そんなことより。
今は机の上にあるそれなりの大金にしか目がいかない。
「最初にいた連中だけでなく、酒場の連中ほとんどから金を巻き上げるとは、さすが旦那!」
カード勝負は勝った。
最初に宣言した通り全勝して持ち金全部巻き上げた。
そこで終わろうと思っていたが、
「景気良さそうだね、オレッチも入れてよ」
「よそ者にでかい顔させてたまるかよ」
「リベンジだ! もう一度勝てるものなら勝ってみろよ!」
俺にはカモがネギ背負って集まったようにしか見えなかった。
「悪い笑みですね、魔王というより悪魔ですね」
違いが分からん。
「これだけあればこの町でも一ヶ月は暮らせますぜ」
バイケイいわく、それだけのお金が集まった。
これを当分の生活資金、そして元手にするのだが。
「何をするかだな」
商売が一番だろうが、売る商品、売る場所、何よりも情報が無い。
「ならどうするんですか? 私はその辺はあまり詳しくないですけど」
簡単だ、無いのなら集める。
「明日、町の探索とギルドに行く」
とてもワクワクしながら俺は言った。
ひとしきりバイケイと飲んで山分けをしたあと、別れて宿に向かった。
「旦那、また何かあれば呼んでくだせぇ。力になりますぜ。もちろん、使い魔のことは誰にも言いませんぜ」
最後の部分は小声で言ってバイケイは消えた。
「結構簡単にバラすんですね。マオさんなら秘密にすると思ってました」
意外そうにするイリス。確かにアイの存在は秘密にするだけでメリットになる。
しかし、イリスの時みたいに公開するメリットもある。
バイケイの場合は秘密を打ち明けることで信頼があることを示した。
「絶対それだけじゃないですよね」
もちろん。
やはりというか、バイケイは魔眼の使い魔について知っていた。見えないこと、対象の情報を見抜くこと。
「つまり、お前の秘密も握っているからバラしたら覚悟しろよ、と」
やや引き気味のイリス。そういった脅しもあるがバイケイには多分いらない。
「あいつは頭が良かったからな、敵と仲間を選ぶようだしバラしたほうがいろいろと都合がいい」
何事にも言えることだが自分ひとりで考えるだけよりも、客観的に見ることで新しい工夫のアイデアが浮かぶこともある。
バラしたことで、バイケイには全部伝わっているだろう。
「へー、マオさんって結構考えてるというか、頭脳派ですね」
「悪知恵とも言います」
関心するイリスに褒めてるのか怪しいアイ。そんな雑談をしながら歩くと宿についた。お金を払い、部屋に行く。
「…………あの」
扉に手をかけたところでイリスが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「昼間は本当にすいませんでした。私のせいで、その、巻き込まれたみたいなものですし、アイさんのことをバラしてしまいました」
頭を下げるイリス。
…………あ、昼のことか。
そういえばイリスが忘れてた。今日一日でいろいろとありすぎたのと、疲れて眠くて頭が働かない。
少し考えたあと、頭をあげるように言った。
「気にしてない俺は寝る。おやすみ」
「あの? マオさん?」
ふらふらと怪しい足取りでベッドに向かう。
後ろでイリスが何か言っているが、もう目を開けることすらしんどい。
服もそのままにベッドに倒れ込むと、俺は意識を手放した。
目が覚めた俺はイリスに抱きしめられていた。窓から差し込む光が眩しい。
じゃなくてだ。
………………理解するのにだいぶ時間がかかった。
俺は今、異世界でサキュバスに抱きしめられている。
「アイ、いる?」
「おはようございますマオ。よく眠れましたか?」
「おはよう、ぐっすり眠れた。で、どうしてこうなった?」
寝起きの気怠さと、人に抱きしめられる安心感とで身体を動かす気が起きない。
もしや、寝ている間にサキュバスがナニか。
「いえ、イリスは疲れとお酒ですぐに寝たマオを心配しての行動です。そこは私が保証します」
それはなにも言えない。
確かに、お酒を飲んだのは人生で初めてだったけど、また借りをつくってしまったのか。
「そこにこだわりますね。過去に何かあったんですか」
別に借りをつくって問題があったわけじゃないが。
「昨日会ったばかりなのに悪いな、って。それくらい」
頼りっぱなしになるのは申し訳ない。
「イリスは幸せそうですし、良いんじゃないですか?」
言われて見ると、確かに幸せそうな寝顔だ。
「……昨日の夜なにかした?」
「性的なことはなにも」
気になって聞くと、アイは少し含みのある答えを返す。
「それ以外だと?」
「手を絡めたり、自分の頭を撫でさせたり、匂いを嗅いだり」
「起きろ」
「ふぎゃ!」
気怠さと安心感? そんなものは無かった。
「なにごと!? なにごとですか!?」
ベッドから床に落ちたイリスは所々跳ねた髪を振り回しながら慌てて当たりを見渡す。
「セクハラ事件だ」
「それはいけませんね! どこの……誰……でしょうね?」
俺のほうに振り向き、目が合うとイリスはゆっくりと逸らした。
「人が寝ている間にベッドに入り込んでいろいろしていたらしい」
「あれは……その、マオさんが倒れて……心配だったので」
顔を近づけると冷や汗を流すイリス。
「心配をかけてごめん、ありがとう」
「あはははは、それくらい……全然大丈夫ですよ」
肩に手を置き、振り向かす。
「で、そのあと何をした?」
「……」
「…………」
「………………」
しばらく無言が続くが、やがて観念したようにイリスがにこやかに笑った。
つられて俺も笑う。
「めっちゃ良かったです」
「ふざけんな」
制裁チョップを脳天に振り下ろす。
頭を抑えるイリスに身支度を始める俺をアイは黙って見ていた。