第5話「輝石混合の町」
「見えてきましたよ。あそこです」
イリスの案内で森を歩くこと小一時間、ようやく着いたらしい。
思えば異世界に来て初めての町。
異世界初の邂逅がドM盗賊と拗らせサキュバス。忘れかけていたが、俺がしたかったのはハゲの性癖を暴露することでも、拗らせサキュバスの相手をすることでもない。あくまで魔王となることが目的だ。
からかうのは楽しかったが望んだ出会いではない。
……改めて考えると俺は今、剣と魔法のある異世界にいるのか。そう考えると少しワクワクしてきた。
「マスター嬉しそうですね」
「俺のいた世界じゃ魔法なんて憧れだからな。町に着いたらそうだな、まずは冒険者ギルドみたいな場所を探して、いやその前に宿か、でもお腹も空いたしな」
ワクワクと想像が止まらない。
どんな人がいるのか、どんな町なのか、どんな物があるのか。期待で胸が高まる。
「…………何だか私の時よりも楽しそうですね」
「そんな事はない、イリスと見つめ合った時はこれ以上にドキドキしていた」
「……それならいいですが」
何が不満なのか口を尖らすイリス。本心なのにここまで疑われるとは心外だ。
「あ、あれか? あの木の柵で囲われてる所か?」
「絶対私の時より興奮してますよね!」
焦る気持ちを抑えきれず、イリスを無視して駆け出してしまう。
酒を煽る柄の悪そうな、角や牙が生えた、そもそも人なのか怪しい人々。
酒の匂いのする大人の店に、胡散臭い露店が立ち並ぶ。
入り口には「注意! 異種族混ざり合う町、余程のことがなければ立ち寄らないでください」と書かれた看板。
なんとなく、どんな町なのか予想はつくが、念のために確認する。
「アイ、ここってどんな町?」
「治安の悪い町ですかね」
見た目通りか。
「イリス」
「多少物騒ですけど宿も居酒屋もありますよ? マオさんの言っていたギルドもありますよ、形だけですけど」
予想通りか。
正直、スムーズに行くとは思ってなかった。が、ここまで来ると笑えてくる。
「ほ、ほら、日も暮れてきましたから宿に行きましょう。だからそんなにいじけないでください」
いじけてない。
そう言い返す気力もないほど、やる気が出ない。
理想と現実のギャップにやられた俺は、町の入り口近くで座り込んでいた。
「そのままだと、風邪ひきますよ。アイさんも何か言ってくださいよ」
俺を揺すり続けるイリスはアイに助けを求めた。
しばらく様子を見守っていたアイは、少し考えて口を開く。
「マスター差し出がましいようですが一言聞いてください」
「…………」
「マスターなりに理想があったとは思います。ですがここは理想でも想像でも無い生きている現実。ならばその現実に即して生きるのが答えでは無いでしょうか。あなたは生きて世界に立っているのです。マオ」
……アイに言われた事を反芻する。勝手に来て、勝手に理想をもたれて、勝手に絶望する。そんな俺がひどく小さいやつに見えた。
「……迷惑かけて悪い」
ゆっくりと立ち上がると反省する。自分勝手すぎてこの世界に悪かった。
「大丈夫です。マスターのサポート、それこそが私の仕事です」
「マオで良いよ、いちいち敬語を使われるのも少し寂しい」
「敬語は私の個性なので外せません。ですが呼び方は了承します。これからもお願いします。マオ」
目しか見えないはずのアイが笑った気がした。少し照れ臭くてそっぽを向いたが別にバレないだろう。
「あのー、お二人の中が良いのは知ってるんですけど、私の事忘れてませんよね? 仲間外れの置いてけぼりが加速してるんですが」
……そもそも異世界に来て初めての出会った奴らが奴らだ。これくらいのこと慣れていかないとダメだな。
「忘れてないよ、町まで案内してくれてありがとうイリス」
存在を忘れていたイリスに言い忘れてたお礼をする。こんな細かい所も忘れない様にしないと。
「さて、町に行くか。荒くれ者の町の探索だって立派な冒険だ」
意気込む俺に、
「気をつけて行きましょう、マオ」
少した嬉しそうなアイ、
「お礼を言われたのに釈然としない……」
落ち込むイリス。
思い思いの言葉と共に、俺たちは町へ入った。
「ところでマオさん、なんでそんなにはしゃいでるんですか?」
あ、そういえば言ってなかったか。
「俺さ、異世界から来たんだよ。だから珍しくてな」
「……そうなんですか?」
少し考え込むイリス。
これ信じてる?
「半信半疑ってところですね」
だよなぁ、どうしたものか。
もし、こっちの世界のなんらかの宗教とかに怒られたら、
「世界を超えた恋愛……いいかもしれませんね」
……現状、特別困ることもないし、別にいいか。
入り口での自分を反省したい。
街並み、商品、通行人、目に飛び込んでくるもの全てが新鮮で心が躍る。
「手始めにそこにある布を纏った方が良いでしょう。マスターの服は目立ちますし」
アイの助言を聞き、入り口近くに放ってあった布を纏う。最近捨てたれたのか埃も少なく、それなりに丈夫だった。顔も隠すように纏って町に入る。
目立つかと思ったが、やはりそういった町なのか特に問題も起こらず、通行人の一人として馴染んだ。
「服ぐらいなら私が買いますのに……」
イリスが呟くが、流石に出会ってすぐの人にそこまでお世話になるわけにもいかない。
それが拗らせ乙女であっても。
町の真ん中辺りまで歩くと、周りの建物より一回り大きな建物に着いた。
「ここがこの町のギルドですね」
ギルド。漫画やゲームでお馴染みの、業者同士が連携を取るために作られた労働組合。
元の世界では商人ギルド、手工業ギルドなど職種によって別れるが、イリスに聞くと、この世界ではまとめられているらしい。
「職業ごとに分けるより、ギルドが町に合わせた方がまとめやすかったんですよ。山の町に漁業ギルドがあっても仕方ないでしょう?」
他にも理由はあるらしいが、魔法も存在する世界だ。勝手が違っても何も言えない。
「表向きには国が管理している事になってますけど、基本的にはギルドごとのオーナーが管理してます。国は一年に一回確認に来る程度で、それを管理と言い張ってますけどね。他にも飲食店を兼任していたりとオーナーの意思や町の特色に合わせてかなり自由です」
肩をすくめるイリス。どの世界でもお役所は変わらないものなのか。
実際にこのギルドにいる連中も殆どが酒を飲んでいる。奥にはバーのカウンターがあるあたり、居酒屋に近いのだろう。
「今日はもう遅いですし、ご飯を食べたら宿に泊まりましょう。注文してきますね」
そう言ったイリスを見送ると、一人で机に座るとふと疑問に思った。
「……何でイリスは一緒にいるんだっけ?」
よくよく考えると町の案内をして欲しいと頼んだが、その先は何も言っていなかった。
「マオがいじけて、言い出すきっかけを無くしたからですね」
そうか、自業自得か。
「とはいえ、慣れていない私たち二人ではこれからが心許ないです。イリスは実力も情報も持っていますので同行するのに問題はないですし、むしろ得しかありませんよ。最終的にはマオの判断ですが。イリスも強く言えば離れますよ、…………多分」
「そこは言い切れよ。最後に自信を無くすな」
悪い人物では無い、のは何となく分かっている。アイの言う通り知識も力も無い今、イリスがいるのといないのでは雲泥の差だ。外見は美人でスタイルも良い。
「最後は重要ですか?」
ノーコメント。
「これだから男は」
「薄々気付いてたけどアイは結構辛口だよな」
「マスターに似たようですね」
「目の癖に口の回る使い魔だな」
「フフ」
「ハハ」
お互いに笑いながらも睨みつける。
そんなやりとりをしていると向こうから声が聞こえた。
「えっと、そこ通してもらえませんかね」
「良いじゃねぇかヨォ、俺たちと一緒にそれ食おうゼ」
「ダゼダゼ」
飲み物と料理を持ったイリスが絡まれていた。
尖った耳と鼻のモヒカン、オコゼが人になった様な魚人? がイリスの道を塞いでいる。
「ほら良いじゃないノ、ちょっとくらいサ」
「クライサクライサ」
塞いでいる、のではなくナンパだ。イリスの外見は確かに良い、そこいらのモデルなんぞとは比べものにならないほど。なので声をかけたくなる気持ちは分かるが、あれはどうだろう。中身は理想の人を見つけるためにわざと捕まるちょっとあれな人物だ。
見る目が無い。いや、外見のせいで目が曇っているのか。
「連れの人がいるので、ちょっと」
「あーん? 連れってどいつだヨ」
「ダヨダヨ」
「俺だよ」
このまま眺めていてもこっちは飯にありつけない、向こうは変な奴を引っかける。
「お互いこのまま言い合っても時間がもったいないだろ、今日は諦めてくれないか?」
そう提案する。
魔王を目指す立場としては叩きのめすのが理想だが、生憎、俺には戦闘能力が無い。戦えば負けるのは当然。
というのが建前であり、ただお腹が空いているだけだ。
女神に呼び出され、盗賊と遊び、町に着くまで何も食べていない。
「は、女の前で格好つけようとしてるのカ? ニイちゃんカッコいいじゃネェカ」
「ネェカネェカ」
…………そろそろうざいな。空腹も相まってこの二人と状況にイライラしてきた。
「……イリス、行くぞ」
イリスの背中を押し、多少強引に連れ出そうとする。
「え、あ、ちょっと強引なのも悪くないですね、俺のものみたいな感じで」
何故か、にやけるイリス。
こいつ置いて行ってやろうか。
「まぁ、待ちなよニイちゃん。見た事ねえけど新顔ダナ?」
「ダナダナ」
歩く俺の肩をモヒカンが掴む。思っていたよりもしつこい。
「よそ者なら知らねぇだろうけどサ、この町じゃ規律もクソもあったもんじゃナイ。己の強さが全てなのさ。つまリ、何が言いたいか分かるだロ?」
腰につけていたナイフを取り出し、チラつかせるように構える。
「マオさん!」
ナイフを見て慌てたように前に出るイリス。
「アイ」
「終わっていますマスター」
焦る事なくアイと話している俺を見て気が付いたのだろう。苦い顔をしながらゆっくりと下がる。
相手は武器を取り出してきた以上、イリスに頼るのが良いのかもしれない。
だが。
「……いい加減腹が減ってイライラしてんだよ」
ゆっくりと近づく俺を警戒したのか、モヒカンはナイフを目の前に構える。
「ヘェ、女にオンブで抱っこなボッちゃんじゃねぇみたいだナ。良いゼ。かかってキナ!」
「キナキナ!」
いつの間にかオコゼもハンマーを構えている。
二対一だとか気にもならない程に。
深く深呼吸をする。
「自分でかっこいいと思ってるその口調、かなりダサいな。というか言葉の節々から三流以下の小悪党にもならない小物臭がすごい。魚臭いし、ハゲ臭い。全部が全部ダサさの塊なんだよ。何だその髪型に服装。逆にセンスの塊だな。服屋にでも行って来い。独自性あふれる素敵なファッションですね。とてもお似合いですよって引き笑いで褒めてもらえるぞ。お前らみたいなお調子者は金払ってチヤホヤしてもらうくらいが丁度いいんだよ。調子に乗ってナンパしてるけど金もセンスも魅力もない奴は誰にも迷惑かけないように引きこもって二度と外に出てくるな一発限りのモブ」
何も言わずに二人は倒れた。