第9話「目的の寄り道」
「へい旦那、お久しぶりで、ってほどでもねぇですね」
ギルドの掃除をした次の日、たまたま見つけたカフェらしき店で俺はバイケイと合っていた。町について調べようとしたが、イリスは他所から来ている、ノエルには……後で聞くか。
とりあえず、この町に住んで長そうなバイケイに話を聞こう。
「この町について、ですかい」
意外だとでも言うようにバイケイは首をかしげる。
なにかおかしいことでも聞いただろうか。
「へぇ、てっきりまた金を稼ぐ案でもできたのかと」
もしや金にがめついと思われてるのか?
「最初の出会いが出会いですからね」
言われてみれば確かに。
横からアイに言われて納得してしまった。
「お、これはこれは。初めまして、になりますかな」
アイを見ると、バイケイは律儀に挨拶をする。
……こいつ、見た目と言葉は胡散臭いのにかなり礼儀正しよな。
心の中で謝ると認識を改めた。
「で、お前は詳しいのか?」
そう聞くと顎に手を当て、少し悩むように首を傾ける。
「ここに来る前に一応この町については調べましたがね、そんなに情報はありませんでしたよ。魔族、獣人属、種族を問わず集まる町ぐらいで、まぁあっしとしてはそのほうが良かったんですがね」
そう言って肩を竦めるバイケイ。なんというかまぁ、真面目なやつだ。俺としてはありがたいが。
それはさておき、一つ確認しておくことがある。
「……お前の目的って」
「旦那は知ってますよね」
ニヤリと笑うバイケイに少し引き気味に応える。
「……喰える毒物料理専門店」
俺の言葉にギラリと目を輝かせると興奮し立ち上がった。
「そう! あっしは生まれた時から毒が大好物でさぁ! しかし世の中では忌み嫌われ、薬学では重宝される程度です。ですがあっしは諦めませんよ。大きな町では無理でしたが、まずはこの町を拠点として身近な毒といえば食物! 毒物料理専門店を開くことで世界に毒を広めます! 世界を毒で満たすのでさぁ!」
空を見上げ、高笑いをするバイケイ、それはもう見事なまでに悪役だった。
…………世界のためにも、こいつは今止めておくべきではないだろうか。
「魔王を目指すのならばこれくらいを目標としたほうが良いかもしれませんね」
「ホントに? 本気で言ってる?」
アドバイスの内容にアイが心配になる。こいつもバイケイやイリスに毒されてしまったのか……。
「冗談です」
「笑い辛いわ」
目だけのアイは表情が分かりづらいので、こういった冗談は勘弁してほしい。
そんな俺たちに我に帰ったバイケイが声をかけてきた。
「それはそうと旦那、少し思ったんですが」
「どうした? 何かアドバイスあるなら構わず言ってくれ」
バイケイは言ってもいいものかと少し、悩むそぶりをしている。俺が促すと、少し遠慮がちに口を開いた。
「旦那の能力で町そのものを対象として見れば、大抵のことは分かるんで無いですかね」
主人も知らない事実が他人から出てきた。
元々アイの能力を使い、町の情報を探ろうとは思っていた。だが盗賊の時より、数は多いため時間がかかるとは思っていたので簡単に聞ける相手から聞こうとしていた。
「ここが町の中心地でさぁ」
バイケイに案内され、少し開けた空き地に来た。
何も無い少し寂しくもある広場。
バイケイ曰く、アイほどの魔眼であるなら人などではなく、町といった名称だけの明確な形になっていないものも分かるらしい。
最初は流石にそこまではできないと思っていたのだが、
「ではこの町の中心に案内してください」
アイはあっさりと肯定した。
「え、アイほんとにできるの」
「もちろんです」
そっかぁ、そうだよなぁ。女神に貰ったし、それくらいできてもおかしくは無いよなぁ。
「町を対象に見透す眼、クリア=アイを発動」
アイを中心に透明な光が町を覆った。
初めて見る魔法に少しワクワクしながら、広場に来るまでにバイケイとアイに聞いた話を思い出す。
アイは普通の人程度なら数秒で全てが分かる。というかそれが魔力も使わないデフォルトの能力らしい。
だが、今回のように広く大きな対象ではそれなりに時間がかかり、それでいて対象の情報が多ければ多いほど、魔力と処理する時間がかかる。
他にも色々とできるらしいが、クリア=アイを含めそれらは俺から魔力を取るらしい。
知らないことだらけなので助かった、のだが。
「もうバイケイの方がふさわしいんじゃないか」
アイのマスターとしての自信がなくなってきて、少し落ち込むとバイケイが
「それは違いやすぜ。使い魔に求められるのは知識よりも相性、旦那がマスターになったのならそれだけ認められてるってことですから。自信を持ってくだせぇ、じゃなきゃアイの姐御も悲しみます」
……めっちゃ慰められた。え、こいつ本当に人格者だよな。毒が好きってこと以外は何も問題ないし、ゴブリンってこんな種族なの?
「アイって女性なの?」
混乱しすぎて関係ないことが口からでた。
「何となくそうじゃないかと思ってましたが、違うんですかい?」
「俺も知らない」
そもそも眼だけなのに性別があるのか?
こうして考えると、知らないではなく分からないことが多いな。
「それにしても旦那、魔法はどうなんですかい。詳しいことは知りませんが、あっしから見ても適正はありそうですが」
「お、まじか?」
それは嬉しい。こんな世界に来たのだから是非とも体験したい。ギルド登録したときの魔法道具もいいけど、やぱり火を出したりとかに憧れる。
「バイケイは魔法使えるのか?」
こいつなら使えてもおかしくないと思う。
「あっしは無理ですね、詳しいことなら一緒にいたサキュバスの嬢ちゃんの方が詳しいと思いますぜ」
「イリスが? あいつそんなこと言ってたっけ」
一度情報を見たが、数値化したステータスは高いことと、過去を少しさらっただけだ。盗賊に囲まれていた時は情報全てを見るには時間がなかったし、その後もギルドの掃除なんかで忙しかった。
「使えるかは知りませんがね、サキュバスは大体が魔法使えますぜ。性欲を食べるってのもサキュバス固有の魔法みたいなもんですし」
そうなのか。帰ったら聞いてみよう。
そんな話をバイケイとしているとアイが処理を終えたのか手元に戻ってきた。
「終わりました」
「お疲れ、早速共有してくれ」
目を瞑るとアイが手に入れた情報が頭に流れ込んでくる。
住人の数、人種、建物、歴史、流れ込んでくる情報をもとにどうするか考える。
それなりに数がいる、だが商人はそこまでこない、それでも住人は物資が足りていないわけでもない……?
「っておいこら」
思わず声が出た。いや本当になんだこの町。
なんとも言えない顔になった俺をバイケイは不思議そうに眺めていた。
「魔法ですか? 使えますよ」
町の情報を共有した後バイケイと別れ、そのままギルドにいたイリスと合流した。
「普通に使えますけど、マオさんもですよね?」
「いや使えないけど」
何言ってんだこいつ。
「え、だってアイさんがいますし」
純粋に疑問に思っているらしく、首を傾げるイリスに俺は魔法を使ったことはないし、使い方も分からないことを伝える。
「てっきり、隠してるのか事情があって使えないのかと思ってましたよ、魔法は適性そのものですけどアイさんがいる時点でマオさんにはありますよ」
イリス曰く、魔法は先天的な素質であり、既にアイという使い魔がいる俺は適性があるそうだ。
「適性なんて言っても魔力が少ないが魔法が使える程度はあるかですし、使い魔契約できるくらいなら普通に使えますよ。私も教えることできますし」
「イリスがいてくれてめっちゃ嬉しい」
魔法が使える……!
感動しすぎて一周回って冷静だけど、もうすごい嬉しい。女神に、後この世界にいる神様ありがとうございます。この感動は言葉にできませんが心から感謝申し上げます。
あ、涙出てきた。
「そこまで!? あの、喜んでもらえるのは嬉しいんですけど、少し落ち着きません? 」
いつも騒がしいはずのイリスが静かだ。感謝の気持ちが足りていないのか。
改めて向き合おうと、出会ったときのように両手を掴んで顔を覗き込む。
「イリス、ありがとう」
「」
イリスは顔がリンゴよりも赤く染まり、固まった。
まったく、これだから乙女サキュバスは。少しは耐性をつけろ。ろくに感謝も言えない。
「店でイチャつくな、宿でやれ宿で」
カウンターからノエルの叫び声が飛んできた。