シスコンじゃないよ? ほんとだよ?
「はあ、やっぱ憂鬱だ」
いま、俺は学校から家に帰ってすぐに制服を着替え、とある場所へ向かっている。
ちなみに、朝から俺がテンション最悪な理由はこれだ。と言っても、行くのはただの本屋なのだが、問題は買うものの方にある。
ことの始まりは高校に入学してすぐの頃まで遡る。
俺には二つ下の妹、皐さつきがいる。皐は、身内の贔屓目を抜きにしても結構可愛いほうだと思う。明るい茶色の長い髪はいつも頭の後ろでポニーテールに結んでいる。俺が高校1年生だったから皐は中学2年生だ。その時にも告白された回数は2桁に達していたはずだ。
そんなさつきの様子がその少し前くらいからおかしかったんだ。小学校から活発に外を出て、家にいる時間なんてほとんどない元気っ子だった皐が近頃部屋に篭ることが増えていたから。ただ、別にいじめられているという感じではなかった。だけど、まさかその理由があんなことだとは思ってなかった。
ある時、自分のシャーペンの芯がなくなってしまい、確か皐がこの前多めに買っていたなと思い、いくつかもらおうと皐の部屋へ行った。もちろん、ノックはしたんだ。ただ、返事がなかったから寝ているのかと思い、そっと部屋へ入り、シャーペンの芯を拝借しようと思っただけだったんだ。それだけだったのに。
「ムフ、ムフフフ」
そこには、ベッドの上でうつ伏せになり、頬が緩みきっただらしない顔をしながら男2人が裸で抱き合っている絵が表紙の本、いわゆるBL本という奴を読んでいる皐の姿があった。そして、俺に気づき、顔面蒼白状態となった皐と目が合い、お互いに硬直状態となる。
そっと、俺はドアを閉めた。
「待ったああああ!!」
皐は素早く立ち上がり、俺が閉めようとしたドアに足を入れる。
「やめてええええ!!今見たことは忘れる!!忘れるから!!許して!!」
可愛い妹のあんな痴態は忘れるに限る。
「そういうわけにはいかないよ!!今ここでお兄ちゃんを消さないといけないんだ!!さもないと私の人生が終わる!!」
「そんな物騒なこと言うもんじゃありません!!」
この後なんやかんやあってこの事は絶対誰にも(両親には特に)言わない、ということでなんとか落ち着いた。
のだが、その衝撃的な日から少し経ったある日、
「お願い、お兄ちゃん!! どうしても今すぐリ・ン・リ・ン・を買ってきて欲しいの!!」
突然皐が訳のわかないことを言い出した。
「何言ってんだお前。なんだよリンリンって? お友達のニックネームですか?」
「ダサいよそんなニックネーム」
「お前世のリンリンさんと呼ばれてる人に謝った方がいいよ?」
「そうだとしても、買ってこいなんて言う訳ないでしょ。バカなの?」
「おま、兄にバカとは何事ぞよ!?」
「もういいからそう言うの。チャッチャと買ってきてよ」
「だからなんなんだよ? リンリンってのは」
「リンリンはリンリンだよ。リンスーアンドリンボー」
はい? リンが多すぎて交通渋滞起こしてるんですけど?
「いやすまんびっくりするほど全く聞いたことない言葉なんだが」
「は!? それでもあんた日本人?」
「おまえさっきから口悪くない!? そんな風に育てた覚えはありませんよお兄ちゃんは!!」
「お兄ちゃんに育てられた覚えはありませーん」
「もう買ってこねーぞ」
「冗談ですわお兄様。わたくしはお兄様に手塩をかけて育てられましたわ。オホホ」
「お前、ほんと調子いいのな」
「お兄様の妹ですもの。オホホ」
「なんかうぜえなそれ」
「まあとにかく買ってきてよ。本屋のBLコーナーってとこに売ってるはずだからさ」
「全く人使いの荒い。......は? 今なんつった?」
「オホホ」
「ほんとそのキャラ気に入ったのな。てかそうじゃなくて今なんか不穏なワードが聞こえた気がしたんだが」
「BLコーナーのこと?」
「そうそれ!! お前実の兄様になんてとこ行かせようとしてやがんだ!?」
「何もおかしいことなんてないよ。世の中には腐男子と呼ばれる人たちだっているんだよ?」
「そうだとしても俺は違うんだよ!! 何が悲しくて男同士のイチャイチャをみなきゃならんのだ!!」
「ああ、全くわかってないね。仕方ない、私がBLの魅力について語ってあげよう」
結局それから小1時間ほど皐のBL講座が行われ、結局買いに行かされることになった。
そしてその時から何度も何度も流されるようにBL本を買わされてきた。
自分で買いに行けよと思うのだが、皐は中学生女子にしては身長が小さい。小学4年生くらいでもおかしくないほど、そんな身長の女の子がBL本を買いになどいけるわけがないとのこと。じゃあ読むなよ、とも思わなくはないのだが、腐っても俺にとっては可愛い妹。その妹の頼みとなってはなかなか断れないのが兄というものなのだ。ああ、世知辛い。
というわけで今日もBL本を買いに行く日というわけだ。はあ、憂鬱だ。