揺れる遊具
「子どもが足を踏み外して亡くなった」
そんなニュースがテレビから流れて、公園からジャングルジムが撤去された。
「子どもが頭を打って亡くなった」
そんなニュースがテレビから流れて、公園からブランコが撤去された。
「子どもが転落して亡くなった」
そんなニュースがテレビから流れて、公園からシーソーが撤去された。
時代が移り変わる度に世間では悲しいニュースが飛び交って、より安全なものを求める様になった。
そうして、いつしか公園は砂場と草花を残して全ての遊具が撤去された。
仕事が長引いてすっかり暗くなってしまった町を、私は一人足早に歩く。
近道をしようと思って大通りから少し逸れ、街灯の少ない小道へと抜ける。
ここは人通りも少なくて犯罪にうってつけだけど、数年間大きな事件は起きていないし、私自身よく通るので怖くはない。
唯、今夜は早く帰りたい。今日は娘の十一歳の誕生日なの。
もう三十分もしたら閉店の、駅前のケーキ屋さんにも寄らなきゃね。今日この日の為に、とびっきり可愛いケーキを予約したから。
角を曲がった時、すぐ最初に目にする街灯がチカチカと慌ただしく点滅していた。
そんな事はよくある事。別に気にならない。
けれど、どこか嫌な風がそっと吹いて頬を掠め、真冬ではないのに全身に鳥肌が立った。
「何?」
思わず口から零れた一言。
ギィ……ギィ……ガタン……
ビルの隙間から、突如聞こえてきた錆び付いた金属音。
耳障りなその音はどこかで聞いた事があって、不気味だけど懐かしく思えた。
私は音のする方へ、自然と足を運んだ。
そして、辿り着いたのはスーパーの前。
いつもは営業している時間だけど、今日は休業日で真っ暗で誰もいない。駐車場にロープが張られている。
音はもう止んでいたけど、私はすぐに引き返そうとはしなかった。
この場所に来て、音の正体が分かったからだ。
どうして忘れてしまったのだろう?
ここには、私の幼い頃の大切な思い出が沢山詰まっているのに。
ああ……そうだ。
とても悲しい出来事があったせいで、きっと無意識に記憶から消してしまったんだわ。
十数年かけてすっかりこの辺りの景色も変わってしまったけれど、私の記憶の中のこの場所はずっと変わらない。
ここはかつて、公園だった。
ギィ……ギィ……ガタン……
再び鳴り始めた遊具の音。時折、子ども達のはしゃぎ声も聞こえてきた。
私の身体がまた寒さに反応する。
頭の中では警鐘が鳴り響いて私に逃げる様に告げるけど、どうしてか足が重りを付けたみたいに重たくて動かない。
音はだんだんと大きくなる。まるで、こちらへ近付いて来ている様で、私は怖くて耳を塞いだ。
すると、音がピタリと止んだ。
辺りは何事もなかったかの様に静寂が降りて来て、私は恐る恐る両手を耳から離した――――その時、
「遊ぼうよ」
幼い子どもの声が耳元に囁かれ、私は凍りついた。
ギィ……ギィ……ガタン……
三度目の遊具の音。
そして……「遊ぼうよ」と、今度は複数の子どもの声が前方から聞こえた。
気が付くと、いつの間にか誰もいなかったはずの駐車場に、三人の子どもが立っていた。
青白い顔の彼らは頭や手足から生々しい血を流し、笑顔で私の方へと歩み寄る。
未だに逃げる事の出来ない私は、その場に蹲る。
「遊ぼうよ」と繰り返される子ども達の声は、もう耳元でしていた。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
私が必死に謝っても、声は止まない。
それでも、私は謝り続けた。
「ごめんなさい! わ、私だけ大人になってしまって……ごめん……ね」
ギィ……ギィ……ガタン……
ギィ……ギィ……ガタン……
ギィ……ギィ……ガタン……
ギィ……ギィ……ガタン……
ギィ……ギィ……ガタン……
ギィ……ギィ……ガタン……
ギィ……ギィ……ガタン……
ギィ……ギィ……ガタン……
「遊ぼうよ。れいなちゃん」