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壊れた人形

 私はお人形遊びが大好きな女の子。自分で言うのもなんだけど、ピンクのひらひらした物が似合うとっても可愛くて大人しい子なの。

 大きなお屋敷に住んでてね。私の為だけに沢山の可愛いお人形が用意されてるの。それでね、お部屋を出ると必ず黒い服の大人の人が声を掛けてくれるの。

 私がお腹空いたって言えば、すぐに甘いデセールを用意してくれるし、お風呂に入りたいって言えば、一階の大きなバスルームに連れていってくれて皆で私の髪や身体を綺麗にしてくれる。欲しい物だっておねだりすれば、何だって用意してくれるわ。この前おねだりしたのは異国の綺麗なピンクの花を咲かせる……確か“桜”とか言ったかしら? とにかくそれをお庭に植えてくれたの。でもね、ちょっとここは寒冷地域でね。上手く育たなかったのよ。凄く残念だったけど、大丈夫。また何か別の物を植えてもらうわ。


 私の言う事を聞いてくれる彼らはまるでお人形さんね。私の……私だけのお人形。今両腕に抱えてるうさぎさんのお人形よりも、もっと特別なお人形。だからね、そんな彼らが私は大好きなの。





 大好きなお人形に囲まれて数年が経ったある日、殆ど人の寄り付かないこの場所に一人の男の人が訪ねて来たの。

 私が玄関の前を通りすがった時に、数人のお人形さん達に止められてる彼を見たわ。彼は何処を歩いて来たのかしら? 服は泥だらけで、整った顔にも泥が付いてて所々擦り傷があった。彼に別に興味はなかったけれど、必死な姿が面白くてそのまま黙って見ていたの。


「僕は訳あって身寄りがありません。ですから、ここで働かせて下さいませんか? どんな仕事でもします!」

「お断りします。何処の馬の骨かも知らぬ輩をこのお屋敷に入れる訳にはいけません」


 銀の前髪が少しかかった青い瞳が一瞬私を映し、私は何故かドキッとしてしまった。

 何? よく分からないけど、私とってもあの人の事が気になる。

 無意識に私の足は彼に向かって歩み出していた。


「ちょっと! その人を中に入れて頂戴」


 私が来た事で、お人形さん達は皆これまでに見せた事のない驚き顔。私の発言にも、大層驚いたみたいね。口が開いたままになっているわ。


「で、ですが……お嬢様」


 ようやく喉の奥から絞り出されたお人形さんの声はカスカスで、震えていた。一応下手に出ているつもりかもしれないけど、納得いっていないのが丸分かりよ。ここは主人マスターの威厳を見せつけてやらなければ。


「いいの! 私がいいって言ったらいいの! これは命令よ? 私に逆らうつもり?」

「え? いえ、そんなつもりは……。はい……仰せのままに」


 私にギラギラとした目の奥を見せつけていたお人形さんも、ほらこの通り。すっかり頭を下げているわ。そうよ。私に逆らえるお人形さんなんて、ここにはいない。絶対服従こそが、私達を繋ぐ唯一のモノなの。

 私は笑顔の仮面をかぶり、大切な客人にご挨拶をした。


「ようこそ。あなたのお望み通り、ここで働かせてあげるわ」

「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」


 客人は目を細め、頬をほんのり赤く染めて喜びを懸命に表現する……私の予想していた通りの反応だった。だから、私も台本を読み上げる様に、用意していた台詞を言うわ。


「礼には及ばないわ。さあ、上がって頂戴。まずはあなたを美味しいデセールでもてなしましょう」





 あの日の客人はもうすっかりここの住人。名前をコリウスって言ったかしらね。彼はよく働いてくれたわ。掃除に洗濯、食事、この屋敷の事を全部彼が一人でやっていると言っても過言じゃない。

 だけどね、一つだけ私は気に入らない事があるわ。

 彼はね、私の言う事をちっとも聞いてくれないの。最初のうちは聞いてくれたんだけど、日が経って慣れて来る頃には上手く躱す様になったわ。それだけじゃないの。彼はいつもの優しい顔を一変させて、ちょっと恐い顔をして私に言うの。


「私は貴女の召使いでございますが、人形ではございません」って。


 私はコリウスの言葉が理解出来なかった。だって、このお屋敷に住んでいる人達は皆、私のお人形さんでしょう?

 それなのに、何で彼だけ私のお人形になってくれないのかしら?

 あとね、コリウスは私のやる事にいちいち口を挟むの。

 朝なんか、私は好きな時間に起きるのが今まで当たり前だったのに、彼は早朝の決まった時間に起こしに来て大嫌いな朝日を存分に浴びせて来るの。それについて私が文句を言うと、彼は「朝日をしっかり浴びないと骨が丈夫になりませんし、夜寝つきが悪くなりますよ」って、ちょっと恐い顔で返した。

 ご飯の時間、私は決まって甘いデセールと香り高いフレーバーティーを用意してもらうのに、彼が勝手にサラダとお肉を運んできて「召し上がって下さい」と笑顔で勧めて来たの。それも納得がいかなかったから文句を言ったんだけど、やっぱり彼はちょっと恐い顔して私に言うの。


「きちんと食事を摂らなければ、すぐに病気になってしまいますよ」って。


 私、野菜もお肉も大嫌いなのに。それに、グラスに入っているのは何かしら? 透明な液体? え? これ、お水じゃない。味がないし、そのまま飲むものじゃないわよ。

 夜もね、私はお庭を散策するのが好きだったのに、危険だからとコリウスに禁止されたわ。その上、早く寝ろと。直ぐ様大広間から追い出された……ここ、私のお屋敷なのに!



 本当、コリウスにはうんざりだわ。見た目はそうね……優しい目元にスッと高い鼻、よく微笑みを浮かべる唇、絹の様に透明感があって綺麗な髪、雪の様に白くて血色の良いきめ細かい肌で、私がこれまで見た人間の中でずば抜けて整っている。私が初めて彼と目を合わせた時にドキッとしたのは、これが要因だと言う事は定かではないけど。とにかく、容姿端麗なのに、絵本で見た継母みたいに口がうるさくて何か残念。

 今まで私の命令を聞いてくれたお人形さん達も、コリウスに邪魔されて最後まで私の命令に従う事はなくなった。

 私は、朝日がうざったらしく降り注ぐベッドの片隅でうさぎさんのお人形を抱えて蹲った。


「コリウスの馬鹿馬鹿! 早く私のお人形さんになっちゃえばいいのに」


 その嘆きが後に叶う事となるとは、この時の私は思ってもみなかった――――。





 ある満月の夜。激しい物音と悲鳴が扉の向こうから聞こえて来て、私は眠れずに目を覚ました。

 うさぎさんのお人形を抱えたまま、私は上半身を起こして目を擦る。

 視力と聴力がまだ夢の中で、ぼんやりとしか戻って来ない。

 今さっき聞こえて来たのはもしかして夢かと思ったけれど、また聞こえて来る尋常じゃない物音と悲鳴。

 一体お人形さん達はこんな時間に何をやっているのかしら? 大事な主が寝ていると言うのに、本当迷惑ね。

 私はお人形さん達を一喝しようと部屋を出たわ。

 すると、廊下から光が溢れて来て、眩しかったからちょっと目を細めたの。それで、半分になった視界にね、映っていたのはね……


 赤い液体に塗れたお人形さんだったの。


 私は下りた瞼を上げて、そこ一面を見回した。

 廊下の至る所に、同じ状態のお人形さんが横たわっていたわ。

 私は全く状況が理解出来なくて、近くで横たわっているお人形さんにそっと触れてみたの。そうしたらね、私の白い手に赤く生温い液体がべっとりと付いて、とっても気持ち悪かった。よく見ると、お人形さんの顔は目が見開かれたままで乾いていて、いつも上下に動いているお腹は停止していたの。声を掛けても、返事はない。

 益々私は状況が分からなくなった。


 これは一体何? 何なの?


 私はその答えを探す為に、お屋敷内を歩き回ったわ。

 何処を歩いても、赤い液体と不快な臭いが充満していて、決まってそこにお人形さん達が転がっていた。

 そう言えば、コリウスは何処に行ったのかしら?

 彼はムカつくけど、彼ならきっとこの状況を説明してくれるに違いないわ。

 私はコリウスを捜す事にした。

 



「コリウス! コリウス?」


 これまで一度も彼をこんな大声で呼んだ事はなかったくせに、今は自然と呼んでいる。

 私は何処か必死で、何処か期待を寄せていた。

 バスルーム、大広間、図書室、お人形さん達の部屋、お屋敷の隅々まで捜し回ったけれど、結局彼の姿は見当たらなかった。

 ううん。違うわ。まだ行ってない所がある。それは私と彼が初めて会った場所――――玄関よ。

 私は踝まであるピンクのドレスの裾をたくし上げながら、彼のもとまで急いだ。




 思っていた通り、コリウスは玄関の前に居た。


「コリウス!」

「お嬢様…………」


 コリウスは横たわったまま、ゆっくりと私に顔を向けた。体中赤い液体に塗れていて、それを抑える為なのか、彼は自分のお腹を腕でギュッと抱えている。

 コリウスも何だか苦しそうだけど、まずはこの状況をきっちり説明してもらわないと。その為に、私はわざわざここまで走って来たんだもの。


「何してるの。捜したじゃない。ねえ、これは何? お人形さん達が揃って、一体何をしているの?」


 コリウスは口を開くなり激しく咳き込み、少し落ち着いた後に静かに答えた。


「お嬢様……申し訳ありません…………私は国を裏切った元騎士。大罪人です……。ここなら追手は来ないと思っておりましたが、どうやらバレてしまったようで……私を匿ったお屋敷の使用人諸共、彼らは斬殺していきました…………ああ、私のせいだ……」

「何を……言っているの? 意味が分からないわよ。あなたは大罪人じゃないわ。私のお人形さんよ?」

「いいえ、お嬢様……」


 コリウスが私の手を取る。また赤く生温い液体がべっとりとしたけど、何故か不快にはならなかったわ。


「私達は人形ではありません……命に限りのある人間です。そして……私の命は……今」

「人間……? 命? どう言う事?」

「お嬢様は何もご存知ないのですね……。人間はいつか必ず死にます。それは寿命であれば幸福ですが、時として病や怪我で死んでしまう事もあるのです……私の場合は後者、致命傷を負わされた為……もう…………」

「死ぬって……もう会えなくなるって事?」

「…………」


 コリウスにはもう声が出せないみたいで、微かに頷いた。

 私はコリウスの手をギュッと握り返した。


「そんなの嫌! もう私を独りにしないで……」


 コリウスの体温がどんどんなくなっていく。

 私は咄嗟にドレスの裾を引っ張り、目一杯の力でちぎった。

 一枚の歪な布切れとなったそれを、コリウスの傷口に当てる。赤い液体が一瞬で布切れを赤く染めた。

 これじゃあ、きっと足りないわ。

 私は立ち上がって、自分の部屋へと急いだ。

 そして、持って来たのは沢山の布切れとソーイングセット。


「待ってて、コリウス。私が助けるから!」


 私は布切れを沢山重ね、傷口を覆い隠す。赤い液体に今引っ付いてるけど、多分それだけじゃ剥がれてしまうかもしれないわ。ちゃんと、くっつけてあげなくちゃ。

 私は慣れない手付きで針に糸を通し、彼の血の気のなくなった皮膚に刺した。そこから、上へ向かって針を出して、布切れとしっかり縫い合わせる。一回一回丁寧に。ぐるりと周りを一周縫い付ければ完成。

 その作業が終わる頃……いえ、始まった時にはもう彼のお腹は上下には動いてなかった。

 ツギハギがプラスされたコリウスはとても素敵。思わず、見とれてしまうわ。私は完成品に満足。

 あ、でも待って。私、重要な事を忘れていたわ。


 ナマモノは放置すると腐ってしまうからね……ちゃあんと中身を抜いて置かなくちゃ。


 私は彼の足下に落ちていた長剣を拾い、彼のツギハギの隣に一本の線を付けた。深い深い傷。そこに両手を入れて、傷口を広げたらね……骨に大事に守られている赤黒い物体をね……取り出すの。

 空っぽになってスッキリとした身体。だけど、これじゃあちょっと寂しいわね。

 私は今度は自分のお腹に一本の線を付けて、さっきと同様に傷口に両手を入れて中身を取り出した。

 私は両手一杯の真っ白い綿をコリウスに詰めてあげた。

 あとは傷口を閉じるだけ。針と糸を使って、コリウスと自分の傷口を解れない様にしっかりと塞いだ。

 私は立ち上がり、コリウスを見下ろして微笑を浮かべた。


「これで、あなた()お人形さんよ」

コリウスの花言葉は全てを捧げる。

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