白黒迷宮
迷い込んだらもう抜け出せない……白黒迷宮。
長い眠りから目を覚ますと、僕は見知らぬ場所に立っていた。
「ここは……何処なんだろう」
見渡せば、日本ではない……何処かファンタジーの景色が広がっていた。背の高い建物に、時計台、至る所に階段があり、それらは全て白。空や階段の下に広がる空洞は黒だ。
白と黒だけが創り出す空間に、僕は一人佇んでいたんだ。
何気なく自分の手を見てみると、白一色だった。一本抜いてみた髪は黒……まあ、元々黒かったけど。赤チェックのシャツもいつの間にか黒に、紺色だったジーンズは白に、赤のスニーカーは黒に染まっていて、僕からは白と黒以外の色が消えていた。
白黒の世界……
無駄な色のない世界……
何だか落ち着く。これ以上、何も考えなくてもいい気がした。
僕は黒い空を流れる白い雲を見上げ、ゆっくりと歩き出した。
階段を下っていく。黒の空間に落ちてしまわぬ様、いつもよりも慎重に。一段、一段と足を進める。そして、最後の一段に片足を下ろした時、僕は空が近い事に気が付いた。そう、下っていた筈の階段を上がっていたんだ。
それでも、僕は別に驚かないし恐怖心も抱かない。そのままこの世界が導くままに、僕は歩いていくんだ。
両足を着いた場所は何処かの建物のバルコニー。そこから街が一望出来、さっきまで見えなかった空へと伸びる白の塔が見えた。
きっと……あそこには、囚われの姫君が王子様の助けを待っているのだろう。だけど、僕はその王子様にはなれない。僕には関係ない。興味ない。どうでもいいんだ。
僕は塔から視線を外し、後ろに突然と現れた白の扉を開いて中へと進んでいった。
そこは、また階段ばかりが連なる街の中。空を見上げれば、流れていった筈の雲がまた流れていった。
僕はぼんやりと階段を下り、階段を踏み外す。
「あ。落ちる」
恐怖も、絶望も、後悔も、何もかも感じなかった。
僕の身体は黒の空間に取り込まれ、そしてまた白の空間へと吐き出された。うつ伏せになった身体を起こし、平然と街道を歩いていく。狭い路地裏を通過し、階段を上り、下がる。目の前の扉を開き、そこに広がる階段を下がっては上がる。グルグルと、僕は街を彷徨い続けた。
もう時間にして数時間、僕はそれを繰り返している筈なのに、一向に疲れも飽きも来ないんだ。逆に、足を止めてしまう事が僕にとってはいけない様な気がする。
何も変化のない白黒の世界。僕が動く度に、その形を変えているだけ。
路地裏を歩いていると、見慣れぬ人影が見えた。僕は夢中で追い掛けた。何でか分からないけど、そうしなくてはいけない様な気がしたから。
階段を上った先に、彼女はいた。綺麗な笑顔で微笑んでいた。そして、彼女には色があった。透き通る様な綺麗な肌に、栗色の少しウェーブのかかった長髪。髪と同色の瞳は大きくてクリクリしていて、まるで小動物の様に愛らしい。フリルとレースとリボンが装飾された膝丈の薄いピンクのワンピースが、彼女の愛らしさを更に惹き立てていた。長袖の僕とは違い、彼女の格好は涼しげで夏らしかった。
あの娘は……誰だっけ?
知っている筈なのに、どうしても思い出せない。
ああ、あの笑顔を見ると胸が締め付けられる。後悔に苛まれる。
思い出したい。でも、思い出したくない。思い出さなくては。でも、思い出せない。彼女は、彼女は……一体誰なんだっけ?
「ねえ」
僕は彼女に呼び掛けながら階段を上がった。その瞬間、彼女の姿が空間に溶けていき、気が付けば僕の後ろにいた。
僕が近付くと、彼女は楽しそうに笑いながら走っていった。
僕は、また彼女を追い掛ける。追い付けない事を知っていながら。
階段を上がっては下がり、下がっては上がり。黒の空間に飲み込まれては白の空間に吐き出され、彼女を見掛けては追い掛ける。
ここに出口なんてない。終わりだってない。
だってここは――――
迷い込んだらもう抜け出せない……白黒迷宮だから――――
後悔、悲嘆、痛みなどの感情を表現した作品で、文章のテンポを大切にしました。
ボーカロイドに歌ってもらう為に書いた歌詞が元になっています。