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【読み物】因習村

 祖母が用事でバロワに行き、私が一人で留守番をしていた時の事。


―― ガラッ


 ヴィタリスの、狭いながらも楽しい我が家の扉を開け、村の大人の男、ゴーチェさんとベルナールさんが現れた。


「マリーは居るか? 居るようだな」

「……俺達と一緒に、ついて来い」


 薄暗い小屋の中で針仕事をしていた私は、入り口から差し込む光に目を細める……一体何だろう?


「あの……コンスタンス婆ちゃんなら明日まで戻りませんけど」

「俺達の用があるのはお前だ、いいから来るんだ」


 ゴーチェさんは大工、ベルナールさんは鍛冶屋……技能を持つ立派な大人の男である。どちらもヴィタリス村にとって、必要で欠かせない人材だ。


「どこへ行くんですか?」

「……マリー。お前も14歳になったんだろう? これから、村の皆の為にやって貰わなくてはならない仕事がある」


 一方、私は力のない年少の女だ、梁を上げる事も鉄を打つ事も出来ない。そんな私が村の一員で居させてもらう為に、やらなくてはいけない事があるというのは解るのだが。


「あの……私、何をすればいいんですか?」

「大した事はない。にこにこ笑って、愛想よくしていればいいだけだ」


 ゴーチェさんにこちらも見ないままぶっきらぼうにそう言われた私は、急に不安に駆られる。ゴーチェさん、普段はこんな風に物をを言う人ではないのに。


「私、そういうの苦手なんです、サロモンにもよく、への字口のマリーってからかわれるし、可愛げがないから」


 思わず立ちすくんだ私に、ベルナールさんが振り向いて、無表情で言う。


「お前なら問題ない。村の皆の為だ、出来るだろう? それとも……嫌なのか?」


 どうしよう。コンスタンス婆ちゃんに相談したい。どうして婆ちゃんが居ない時に……それとも。婆ちゃんが居ない時を見計らって来たのかしら?

 実際婆ちゃんが居ればきっと断ると思う。よく解らないけど、そんな仕事マリーには無理だって言ってくれると思う。

 だけどそうなったらきっと婆ちゃんはまた仕事を増やす。マリーが出来ない代わりにと言って、また村の仕事を引き受けて来る。だめだ。これ以上婆ちゃんの仕事を増やすわけには行かない。

 私は意を決して、立ち止まらずに進むゴーチェさんとベルナールさんを追い掛ける。二人は無言で、村の広場の方に歩いて行く。


 村の大人たちが、連れられて行く私を見てひそ、ひそと何か話している……気まずそうにそそくさと家の中に入り、扉を閉めてしまう人も居る。

 ジスカール神父はこの事を知っているのかしら? 私がこれからするという仕事は、信仰や道徳に反するものではないの?

 村の目抜き通りを歩いて行く私達……そこへ、川の方から角を曲がって、村の文筆家のジェルマンさんが現れる……


「ベルナール、どうかしたのかい?」

「……仕事をさせるんだ、アルベイラの代わりにな」

「マリーちゃんにか!? ちょっと待て、そんな……」

「決まった事なんだジェルマン、神父も承知している」


 ジェルマンさんが抗議しようとすると、ゴーチェさんも間に入って来て、ベルナールさんと共にそれを遮る。

 他の大人の男と比べると、本より重い物を持たないジェルマンさんは線が細く肩幅も狭い……私の勉強の先生でもあるジェルマンさんだが、とても大工と鍛冶屋を押しのけて私を連れ去ってくれるような豪傑ではない。

 私はゴーチェさんに軽く背中を押され、素直に歩いて行く。これ以上ジェルマン先生の気持ちに負担を掛けないように。

 涙が出そうになる……私は一体、どんな仕事をさせられるのだろう?


 二人は、街道へと続く道の入り口、すなわちヴィタリス村の入り口まで私を連れて来た。


「お前の仕事場はここだ。野草でも摘んでいるふりをしながら夕方までここに居るんだ」

「アルベイラがやっているのを見た事があるだろう? 彼女は結婚してバロワに行ってしまったからな、今日からお前がこの役だ」


 急に全てを理解した私は、そそくさと立ち去ろうとしている二人の男の手を慌てて捕まえる。


「ちょっと待って下さいよ! あれ、村の仕事だったんですか!?」

「そうだ。お前アルベイラが趣味でやってるとでも思っていたのか」


 事も無げに答えるベルナールさん。私は手を離さず抗議する。


「こんなのが仕事って何で!? イヤです私、やりたくありません!」

「そうか……やっぱりお前も、あのニーナってお姫様の娘なんだな……」


 ゴーチェさんはそう言ってため息をつく。家の仕事は勿論、村の仕事も何一つしなかった()()()の事を引き合いに出されたのでは、私は凍りつくしかなかった。


「母の事は言わないで下さい……やります……やればいいんでしょう……!」



   ◇◇◇



 私は引きつった笑みを浮かべ、村の入り口で意味もなく雑草をつついていた。こんな所を探したって食える草などもうない。


―― ザッ……ザッ……


 うう……背後から足音が近づいて来る……誰かが村にやって来たのだ。

 私は意を決し、必死の愛想笑いを浮かべ作って振り向く。


「旅の人? ここはヴィタリスの村よ」


 しかし。わざわざ物陰に隠れて近づいて来て最後に背後で足音を立てたのは旅の人ではなく、村のガキ大将のサロモンだった。


「プーッ! 言ったぞ、本当に言った! 旅の人ー? だって! あっひゃひゃひゃひゃ、ここはヴィタリスの村よ、だって、ひーっ、ひーっ!」


 腹を抱えて転倒し呼吸困難に苦しむサロモン。ちくしょう。そのまま死んでしまえ。


「邪魔しないでサロモン、私、仕事でやってるんだから!」

「ヒャー! 仕事、仕事だってひゃひゃ、ひゃひゃひゃ、」


 こんな姿は誰にも見られとうなかった。

 何だよこれが仕事って!? アタシやっぱ家に帰る、家に帰りゃちゃんとした仕事があるんだよ、オクタヴィアンさんから貰った下請けの針仕事が、安いけどちゃんと手間賃を貰える立派な仕事が!


「……おいマリー、大変だ、向こうから本物の旅人が来るぞ」


 サロモンは立ち上がって街道から続く道を指差す。確かに、荷駄を担いだ行商人がこちらに歩いて来る。サロモンは……近くの木の幹に隠れる……!


「そんな所に居ないで帰ってよサロモン!」

「どこに居ようと俺の勝手だ、いいから大人達に言われた通りにやれよ」


 行商人はどんどんこっちに歩いて来る……気が変わって向こうに歩いて行ったりしないかなあ。駄目だ、完全にこっちに来る。

 私はサロモンの視線を背中に感じながら、屈託のない乙女のふりをして雑草をつっつき、行商人が近づいて来るのを待つ。そして。


「旅の人? ここはヴィタリスの村よ」


 歪んだ作り笑いを浮かべ、私はそう言う。


 行商人は、名前は知らないけど顔は知ってる人だった。村の人間ではないが村で何度も見掛けた事がある。彼は少し怪訝そうな顔をこちらに向けただけで、そのまま村の目抜き通りの方へ歩いて行く。


―― ドサッ


 振り向けば木陰にサロモンが倒れ、また腹を抱えてうずくまっている。


「ひーっ、ひーっ……マリーが働いてる、『村の入り口で村の名前を言うだけの女』だって、ヒーッヒッヒッヒ、ヒーッ」

「お願いサロモン……どう言ったら消えてくれるの?」

「俺に指図すんな、ヒッヒッ……ほら、ちゃんと仕事を続けろよ、マリーが怠けないように俺が見張っててやるからな」


 昔のRPGかよ……!

 こんな仕事があるものか。こんな田舎の村に来るのは顔見知りの人間だけだ、ここがヴィタリスと知らずに来る奴なんか居る訳がない。何でこんな事しなきゃならないの!?

 ちょっと待ってよ。私これから毎日これをやるの? 朝から晩まで村の入り口に居て、ここがヴィタリスだと解って来ている旅人に「旅の人? ここはヴィタリスの村よ」って言い続けるの? 結婚するまで? 結婚出来なかったら一生!?



   ◇◇◇



 その夕方。隣町バロワにお母さんと一緒に芝居見物に行っていたオクタヴィアンさんの娘アドリーヌちゃんが、私のしている事を見るなり「自分がやりたい」と言い出して、私はあっさりお役御免となった。

 腕組みをして眉間に皺を寄せながら家に帰る私の頭の中を巡っていたのは「解せぬ」という言葉だけだった。あんなにやりたくなかった仕事でも、こうも簡単に奪われるというのは納得が行かない。私の何がいけなかったの。


 そのアドリーヌちゃんは二日で仕事に飽きてしまい、三日目からは行かなくなった。以来、ヴィタリス村の入り口には特に誰も立っていない。

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