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【読み物】水兵さんのひまつぶし

 海の上に楽しみなどない。あるのは仕事だけだ。

 景色だって海の上ではどこに行っても変わりはない……多少水の色が違うくらいか。

 しかし時には仕事すらなくなる事もある。風は安定していて操帆の必要はなく、甲板はとっくにピカピカ、古い帆を縫うのもテークルに油を差すのも全部終わっていて、視界は水平線までクリア、もう見張りでさえやる事がない、船の上。

 私、マリー船長は横帆が影を落とす艦尾楼の上に引っくり返っていた。


 ファウストの本に一般常識として書いてあった事だが、艦尾楼の高さから見える水平線までの距離はだいたい8kmくらいだそうだ。

 それがフォルコン号のマストの途中、水面から20m程の高さにある檣楼から見ると、15kmくらい先の水平線まで見えるようになる。

 船酔い知らずを着た私ならさらにマストの天辺まで登る事が出来る。水面からの高さは30m、そこからだと理論的には最大20kmくらい先まで見る事が出来る。私は数分前にそこまで行ってみた。

 帆船というのは鳥やドラゴンとは違いそこまで速くは動けないので、その辺りまで見て何も居なければ当分は安泰なのだ。


 雲一つない真昼間、船影一つない水平線。

 退屈だなあ。見張りをしなきゃならないのは解ってるけど、何も起こらない事が解ってるのに、何を見張れと言うんですか。


―― ミャア、ミャア、ミャッ……


 ああ。カモメが一羽飛んで来て、ヤードの上にとまった。

 広い海の上を行き来する奴らは、船を見つけるとこうして寄って来て一休みをする。群れを離れたはぐれカモメかしら? 一羽きりで飛ぶのは気楽でいいが、寂しい時もあるのだろう。

 よかろう、よかろう。この私のフォルコン号で、その翼を休めるがいい。


―― プリッ


 ……


―― ポト


 私の額の上に、何かが落ちた……柔らかく生暖かい……



「ぎゃああ゛あ゛あああ゛!?」


 私は雄叫びを上げて跳ね起きる。この時たまたま昇降口を昇り掛けていたアイリさんは、この惨劇の一部始終を見ていた。


「やられたわねマリーちゃん、手拭いを取って来るわ」

「結構ですよ! 何してくれんのこのクソ鳥がぁぁ!」


 私は艦尾楼を飛び降り静索に飛びつきそれを駆け上がる、カモメの野郎はのんきに羽根繕いなどしている、愚かな鳥類め、私を普通の船乗りだと思っているな? 私はマリー・パスファインダー、船酔い知らずの魔法を自在に操るヒーローだ!

 檣楼のあたりでわざともたつく振りをしつつ、私は十分にばねを溜め、トプスルのヤードでくつろいでいるカモメへの最後の一歩を一気に詰める、超・神速!!


「どりゃああああああ!」


―― フワッ


 しかし……鳥類は……私が飛びついたその瞬間だけ、ほんの30cmほど……艦尾からの追い風を翼に受け垂直に上昇して私の手をすり抜け……また、ヤードの上に戻る……


「ぎゃ」


 そしてカモメに手を伸ばしていた私はヤードを掴み損ね、風を受け膨らんでいたトプスルの帆布に突っ込んでいた。いくら船酔い知らずでもバランスを崩したままこの高さから落下したら死ぬかもしれない。


「あ」


 帆布をも掴み損ねた私は跳ね返され宙に飛びそうになる……


「あ゛、あ」


 手を伸ばした私はどうにかロープを掴んだ、だけどそれは意味もなく触ってはいけない動索……


「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

「船長!?」


 サルになった私は落下を防ぐべく必死に動索を手繰る、手でも足でも、だけどテークルに繋がった動索は引けば引く程繰り出され体を支える役には立ちにくく、そして、


―― グラァ……ギシギシ……バンッ、バン


 大きく向きの変わった帆から風が逃げ、船が、大きく揺れる……


「あああ!」


―― ボテッ! ゴロゴロン!


 そこでようやく静索(シュラウド)の上に転げ落ちた私はそのまま回転して舷外へ放り出されそうになる! ひいっ、ひいい!? 命からがら。私は足をネットに引っ掛け、止まっていた。

 カモメは……あのクソ鳥は、元のマストの上で涼しい顔をしている!


「何やってんだよ姉ちゃん!」


 艦首側から飛んで来たカイヴァーンが、私が引いてしまった動索を取って叫ぶ。船と乗組員には申し訳ない事をしたとは思うが、私はこれで引き下がれなかった。


「アタシの銃出してウラド!」

「よすんだ船長、カモメを傷つけるのは縁起が良くない」

「こんな事されて黙ってろっての!? 脅して追っ払うだけだよ!」


 静索から降りた私は駆け寄って来たウラドに自分の額を指し示す。アイリさんも手拭を手に駆け寄って来る。


「とにかく拭いたらいいでしょう……」

「拭くのはあんにゃろうを追っ払ってからですよ! あっち行けクソかもめー!」


―― カァン! カァン!


 船鐘(シップベル)に飛びついた私はすりこぎ棒でそれをぶっ叩く。しかしカモメはびくともしない。人類をなめやがって……


「うおりゃああああ」


 私は再び静索を、マストを駆け上がり、今度は奴より上に立ってから飛び掛かろうとする。すると奴はバウスプリットの方へ飛んで行きそこにとまってしまった。


「あっち行けええええ」


 私は支索(ステイ)の上を走ってカモメに迫る、どうだ鳥類、こんな事が出来る人間を見た事があるか! ハハハッ! 私の接近を恐れたカモメはバウスプリットに居るのを諦めて飛び立った! が……ヒラリと舷側の外を回って……艦尾楼の上に降りた……そこはさっきまで、私が寝転んでいた場所……


「なーめーんーなー!!」

「無理よマリーちゃん相手は鳥よ」

「いいよアイリさん、好きにさせてあげて」

「しかしカイヴァーン、先程のように動索をいじられては」


 バウスプリットから艦尾楼へ、私は甲板を縦断して走る、冷静に考えればこんな事をしたってまた飛び立たれれば終わりなのだが……そして案の定奴は私が艦尾楼にたどり着く寸前に飛び立ち……最初に居た……マストの上にとまる……! お前ほんとにただのカモメかよ!? 何で同じとことまるのわざとなの知能あるの人の事最大級におちょくってんの!?


「キャーッ!? キャキャキャキャ、キーッ! キーッ!」


 奇声を発した私は再び静索を蹴って駆け上がる、そしてバウスプリットへ飛び移る奴を追い、艦尾楼に翻った奴を追う。

 お前が! フォルコン号を離れたらアタシの勝ちだ! 結局の所お前はここで一休みしているだけだろう、しつこい人間に追われてこれでは休みにならんと悟ればどこかへ飛んで行くはず、つまり、私の勝利は最初から約束されているのだ!


「おやつよマリーちゃん、パンケーキ、早く降りて来ないと太っちょが全部食べちゃうわ」

「こんなひまつぶし、すぐに終わりますよ! パンケーキが! 冷める、前に! やいクソかもめー! 人類の叡智を知れー!」



   ◇◇◇



「船長? 何でこんな所で寝てるんだ?」


 私は不精ひげの声で目を覚ます。ここは……艦首楼の手前? 私は甲板に突っ伏したまま眠っていたのか。

 辺りの景色がオレンジ色に染まっている。

 何だろう。私は何か悪い夢を見ていたような気がするんだけど、それが何だったのか思い出せない。


「おでこに何かついてるぞ、はは」


 半身を起こした私を見た不精ひげが、そう行って軽く笑う。私はそれに触れてみる……私の額に張り付いていた、半分乾燥した土くれのような何か(・・)には、魚の小骨のようなものが数本刺さっていた。


「あ……ああああ……」


 見上げれば夕焼け空に焦がれたフォルコン号のマストの上に、ヤードの上に、支索の上に、舷側の波除板の上に艦尾楼の柵の上に……大勢のカモメ共が、悪魔共がとまってくつろいでいる……!


「ぎゃああああああ!?」

「うん? 今日は嫌にカモメが多いな……船長?」


 立ち上がった私はそのまま、大の字になって後ろに倒れる。


―― バターン!


 私が音高く甲板に倒れると、カモメ達は一斉に飛び立った。


―― ミャウミャウミャウ、ミャッミャッミャッ!


 そして賑やかに鳴き交わしながら、フォルコン号の周囲を、群れを成して、回る、回る、回る……


「あはっ、あはっ、あははは……ひーっひっひっひ! ひーっひっひっひ!」

「だ、大丈夫か、船長?」


 夕焼け空に照らされて、回る、回る、カモメが回る。

 おかしかった。おかしくておかしくて、笑いが止まらなかった。

かもめの水兵さん

並んだ水兵さん

白い帽子 白いシャツ 白い服

波にチャップチャップ 浮かんでる


(歌詞の著作権保護期間は満了済)

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