【読み物】赤ずきんソフィ
私は風邪をひき、ヴィタリスの自分の小屋で筵にくるまっていた。寒い……竈の火はとっくに消えているのだが、薪はもうない。何とか回復して、山へ柴刈りに行かないと。
―― とん、とん、とん。
誰かが小屋の入り口の引き戸をノックする。良かった、私が家から出て来ない事に近所の人が気づいてくれたのだろうか。だけど風紀兵団だったらどうしよう。
「お姉ちゃん、居ますか?」
な……なんですってぇぇえ!? 忘れもしないあの声はソフィちゃんですよ、ウインダムで初めて会った(※第五作)私の妹! ソフィちゃんの声ですよ!! ソフィちゃんが何故ここに!?
「あ゛ぁー、ソぅィーちゃん、よぐ来たね」
風邪で喉を痛めている私はしわがれ声で答える……そして建て付けの悪い引き戸をガタガタと開けて入って来たのは、赤い頭巾を被ったソフィちゃんだ! 何これ可愛い過ぎる、だめだめ鼻血出る、やばい! 私は筵を被ったまま、一旦ソフィに背を向ける!
「私、お母さんからの届け物を持って来たの……だけどお姉ちゃんの声は、どうしてそんなに震えてるの?」
「ゴホ、ゴホ……聞ぎ取り辛くでごベンね、風邪をひいレいるからラよ゛」
ソフィちゃんは恐る恐る近づいて来る。私は身をひねり、それを視界の隅で覗き見る……ああああ……可愛い……可愛い……だけどお母さんからの届け物だって? あの女は今さら何を送って来てくれたのかしら。
「あの……お姉ちゃん」
「なあ゛に、ソひィちゃん」
「お姉ちゃんはどうして、世界中の人と喋れるの?」
うーん。
第一作の第二話目でバニースーツが出て来て雰囲気をぶち壊してはいるものの、この小説は一応海洋小説なのである。海洋小説と言えば見知らぬ異国への航海ですよ、そして異国では言葉が通じない、それもまた旅情の一つじゃないですか。
実際私も初めて内海を縦断しマトバフとやらに着いた時には、競り人達が何を言っているのか解らなくて不精ひげに質問していたはずだ。しかしその後、私はニスル語をすぐに克服し二作目ではもうニスル語で仁義を切っている。
もっと酷いのはストーク語だ。第三作ではストーク語しゃべれないのにストーク人を名乗りだしちゃったジレンマがギミックになっているのに、第四作では母国語のように使いこなしている。
いい加減だよなあー、と思う反面、じゃあ現実世界はどうだったのだとも思うのよね。近代国家が誕生する前の言語って、もっとふわふわした、繋がり合った物だったんじゃない?
国家のくくりが厳密になり、国境がはっきりさせられて、人間にも一人一人国籍が割り当てられ、教育を受ける事が義務化された。アイビス人ならアイビス語、フェザント人ならフェザント語、国語という、全国一律で人工的に調整された言語を叩きこまれる……それが分断を生んだんじゃないかと。
「お゛姉ちゃんは、ふな゛のりだからだよ」
「船乗りさんだから?」
「ぞうだよ、ぶなの゛りは色んな国の人としゃへれるん゛たよ」
この小説の話に戻れば、ぶっちゃけ面倒だからよね。毎回通訳役の人を出してたら展開が遅くなるし、私が喋れる事にした方が早いもの。
ただし海洋小説という体裁も崩したくないし、各地の言語もバラバラであって欲しい。
結論としては、きっと私はあらゆる言語を驚異的な速さで習得出来る大天才なのである。以上。
ソフィちゃんが、一歩だけ近づいて来た。
「あのね、お姉ちゃん」
「な゛あに、ほフィーぢゃん」
「どうしてお姉ちゃんは、おじさん達を手玉に取るのが上手なの?」
や……やだね、アタシを何だと思ってるの、そんな、妖しい魅力を持つ悪い女みたいに言わないでよぅ、ほほ、ほ、ほ(ちびまる子ちゃん風)。
中近世における村という生活共同体では、おばあさんと子供しかいない世帯はお荷物扱いされてしまう事だってある。少女マリーは祖母コンスタンスからそう習い、そうならないように積極的に村の生産活動に携わり、他所の大人達の顔色を伺って生きて来ました。
涙を流した事もございます。ヴィタリス村の針仕事の元締めのオクタヴィアンさんは私が仕事をした後で仕事の単価を下げる事を通告して来たんです。私にゃ同意する以外の道はありませんでした。
そして私は悟りました。単価を維持したい、むしろ上げたいと言うなら、相手がそうせざるを得ない状況を、自分で頑張って作って行かないといけないのだと。
「ほれはね゛、ソフィちゃんのような大切な゛人を守る為だよ゛」
祖母と私の小さな家を守る為、小荷駄を積んだリトルマリーを、フォルコン号を守る為、私は腹黒く立ち回って来た。息をするように嘘をつき、自分を大きく見せようと見栄を張る。何らかの形で私に騙された人って、たくさん居るよなあ。
恥の多い生涯を送って来ました。
ソフィちゃんが、もう一歩近づいて来る……
「あのねお姉ちゃん」
「なァ゛におフィーちゃん゛」
「お姉ちゃんはなんでバニーガールになったの?」
ぎぃやああ゛ああ゛ああああ何でそんな事ソフィーちゃんが知ってるの!? どうして、誰がバラしたの!?
駄目でしょう6歳の女の子にそんな事吹き込んだら、いや15歳なら着せてもいいのかっていうと駄目な気がするけど、とにかくあれは仕方なかったんだよ!
……何が仕方なかったの?
さっきも思ったけど第一作第二話から雰囲気ぶち壊しじゃん? 海洋小説を謳っておきながら海洋小説を読みに来てくれた人を入り口で追い返す暴挙だよ。
じゃあこれはお色気たっぷりのファンタジーラノベかというと、そっちのサービスは全くない、サルが暴れるだけの冒険ダン吉もどきである。
あれ、バニーガールじゃなくて良かったよねー? 普通に船酔い知らずの水夫の服でいいじゃん、つーか結局色んな服が船酔い知らずになってるし。
バニーガールが出て来る事の問題は風紀的にけしからんというだけではない、何だこの世界真面目に設定する気ないのかという所である。文化的発明、宗教と寛容、技術レベルに素材、流通、色んな物が組み合わせられないとバニーコートは誕生しないだろう。それを何故やった。
「ごめんね゛そしぃヒャん、それはお姉ぢゃんにもよぐわがらないの」
これは作者がそうしたかったんだろうとしか言いようがない。歴史オタクが書いたガチガチの17世紀小説にしたくなかったのか。
バニーガールと例の魔法を除くと、まあまあシビアに書かれてんのよね、この世界……そうでもないか。
とにかく、最初にバニーガールが出て来たせいで、リトルマリー号に操舵輪があろうが船長の好き勝手で行先を変えようが知らない町で商売をしようが、誰にも文句を言われない。心の中では思われている方も居るとは思うが、バニーガールの前でそんな事を言うのはバカバカしいというものだ。
黙ってブラバした人もいっぱい居るんだろうなぁ。こんな所まで読んで下さっている貴方には、本当にいくら感謝してもしきれません、ありがとうございます、いつも本当にありがとうございます。
ソフィちゃんがまた近づいて来る。もう手を伸ばせば届きそうな所に……
「お姉ちゃんのお口、こんなに大きかったかしら?」
……へ? 口? 私は自分の口に手を触れてみる。あれ……なんかいつもと顔の感じが違うような……絶対違う! 何これ何なの、私は壁に掛けてある手鏡を取って自分の顔を見、
「ぎゃあああぁぁああ!?」
なんじゃこりゃああ!? 私、私マカーティになってる!! 嘘でしょ何これ、
「それはソフィちゃん、お前を一口で食べるためだよ!!」
私の口から勝手にマカーティの声が漏れ、体が勝手にソフィに襲い掛かる、やめろぉぉぉ!? 逃げて、逃げてソフィ!!1!
(※夢オチ)




