【落書】反省し改変した場合の第一作第二話
「ずいぶん若い子連れてるな。衛兵に見つかったらうるさいぞ、最近」
港を見下ろす低い丘の上にある、レンガ造りの建物に入った瞬間、中に居た役人っぽい男の人が不精ひげにそう言った。
理由はよく解らないけれど何か腹が立つ。
「いや、船長の娘さんだよ」
「ああ、そうなのか……マリーちゃんだっけ?」
またですか? この人は一目では解らなかったみたいだけど。
「とにかく、こうなった以上何とかしないと、今に港湾使用料も払えなくなるから……頼むわ」
「まあ、一歩前進だな……問題はまだあるが」
この人達が何の話をしているのかよく解らない。
「マリーちゃん、具合でも悪いのかい? 顔色が悪いけど」
「本人は船酔いだと言ってる。さっき船長室を見てもらったんだが」
「じゃあ港の中でそれかい。ずいぶん極端な船酔い体質だねぇ」
男達がそんな話をしていると、横から別の……小太りの中年男が声を掛けて来た。私に?
「船酔いなら、とても良い物がありますよ! ああ失礼、私、レッドポーチ水運組合で航海用品の販売をさせていただいております、グリックと申します! なんと! 着るだけで! 一切船酔いにならなくなる! そんな衣装、いえ服があるのです!」
私の困惑をよそに、不精ひげはさっきの役人さんと何か話し込んでいる。グリックと名乗った人は勝手に話し続けながら、傍らの棚から薄い木箱を持って来る。
「……そんな便利な物があるんですか?」
別に興味はなかったけれど、不精ひげの話はまだ終わらないようなので、私はそう聞いてみた。
そのおじさんはカウンターに箱を置き、中身を取り出した。
「御覧下さい、白金魔法商会謹製、魔法の船乗りの服です」
最初に出て来たのは……どうという事も無いシャツのようだ。
「随分、大きな襟がついてますね……?」
「海の上では、波がうるさくて声が聞こえ難い時もありますから。そういう時にこの襟を手で持つと、声が聞こえ易くなるんですよ」
おじさんはさらにズボンも取り出す……これは随分、丈が短いように見える。貴族やお金持ちが着るキュロットより短いような。
「この上下の魔法の服を着ると船の上でも陸上と同じように歩けますし、船酔いもしなくなるんです。私も試しに着てみた事があるんですが、本当に揺れないんですよ……如何ですか? 本当は上下で金貨15枚なんですが、お嬢さんなら12枚におまけしますよ」
私は短いズボンを手に取り、裏返してみたり引っ張ってみたりする……縫製もしっかりしてるし悪くはないけれど……いくら魔法の服だと言われても金貨12枚は高いよ。そもそも私、そんなお金持ってない。
私は溜息をつき、ズボンを箱に戻す。
「せっかく見せて下さったのにごめんなさい、私金貨12枚なんて持ってないです」
「あの、二回分割払いでもいいですよ?」
おじさんは優しくそう言ってくれた。だめだ。はっきり言わなきゃ。
「すみません……父は船乗りだったけど、私は海も船もあんまり好きじゃないんです。いくら船酔いが無くなっても、乗りたいとは思わなくて」
「ああ、ああその……そうでしたか……すみません……」
グリックさんはそう言って、箱に蓋をして元の場所へ持って行く。
不精ひげの水夫と役人さんも、顔を見合わせて小さく首を振った。
「あの、もういいですか? 私の家はヴィタリス村ですから、暗くなる前に帰りたいんですけど」
私がそう言うと、不精ひげの水夫が慌てて駆け寄って来る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、船の事で色々な手続きがあって、まだ三、四日かかりそうなんだ。何とかその間この港に居てくれないか? 勿論、宿代は出すから……」
「あの船の事なら皆さんにお任せします、私は何もいりません」
「そういう訳にも行かなくて……その、例の国王令のせいで……」
不精ひげはそう言ってわざとらしく両手を合わせる。何だと言うのだろう。私は船なんていらないって言ってるのに。
「それに私、遊んでる暇なんてないんです。村に戻って裁縫の仕事をしないといけないんです」
「じゃあせめて明後日……いや、明日の夕方、いや午後まででいい、この港のどこかに居てくれ、この通りだ」
不精ひげは無表情で、ペコペコと頭を下げる。
◇◇◇
結局私は押しきられてしまった。本当は旅籠なんかに泊まってる場合ではない。
仕送りは半年前から無くなってたし祖母も同じ頃に亡くなった。
正直、お金が無い。
それでもあの水夫から滞在費を受け取るのは嫌だった。もうどんな話も断る事に決めている私は、あの人達に借りを作りたくない。