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【読み物】時をかけるコンプライアンス

 市場での買い物を済ませた私は帰路についていた。

 主だった物は昼間のうちにちゃんと買ってあるのだが、乗組員の一部からリクエストのあった、この町の特産のダークエールとやらを買い忘れていたのである。

 空き瓶を持って買い物に行くのは面倒だし、帰りは中身を入れて栓をして持ち帰るので重い。


 そこへ。


「マリー君! そこに居るのはマリー・パスファインダー君ではないか!」


 街角をこちらに曲がって現れたのは……風紀兵団に復帰したトライダー!? 何故こんな所に!?

 トライダーはこちらに駆け寄って来る、だけど私はエールを詰めた1パイント瓶を6本入れた袋、それを両手に一つずつ持っていて……いつものように走って逃げられない! エール捨てたら逃げられるけど勿体無い!


「マリー君! 買い物の帰りかね!?」

「はっ、はい、だけど私は!」

「あと15分もすれば日没だ、急いで帰った方がいい! その荷物は私が持とう」

「へ? 今日はハワード王立養育院はいいんですか……?」

「これは番外編なので構わん。さあ、それを」

「あ……ありがとうございます、じゃあ片方だけ、片方は自分で持ちますから」


 何だ、怖がる事無かったわね。


「む……? マリー君、これは酒類ではないだろうか?」

「えっ?」


 トライダーが袋の中の瓶を見て言う。


 袋に入っているのは色々な姿の瓶だ。陶器の物もあれば硝子の物もあるが、木の栓をしてあるし中身はただの液体にしか見えないだろう。容量はどれも1パイント(0.56826125リットル笑)である。


 何か、嫌な予感がする。でも何で? 私別に悪い事何もしてないよ?


「まあ、酒類と言えば酒類ですけど……」


「何ィい!?」


 案の定、トライダーは瓶の中身が酒だと聞いた途端にわかに顔色を変える。


「未成年者への酒類の販売は禁止されているのだぞ!? 例えお母さんに頼まれたお使いでも駄目だ! ええい、君にこの酒を売った商店はどこだ! 乗り込んで行政指導してやらねばならん!」

「まっ、待って! 待って下さいトライダーさん、違います、これは料理酒、料理酒ですから!」

「何……料理酒?」

「はい! 高濃度の塩分などをぶっ混んで不可飲処置を施された醸造酒です、酒税法上の酒類に該当しません!」

「それはつまり……お母さんに頼まれて買って来てもいい品物という事か……」

「そうですそうです、醤油や味醂と一緒ですよ」


 私の口から次々と知らない言葉が出て来る。しょうゆ? みりん?


「ならば問題ない……騒ぎ立ててすまなかった」

「いえいえ……あの、トライダーさん、私もうすぐそこまでですから、後は自分で持てますから大丈夫です、ありがとうございました」


 トライダーに荷物を持って貰えるのは楽だが、トライダーと一緒に歩くのは苦痛である。そしてこの収支は赤字になっているような気がする。


「いや、遠慮は要らない、そちらの袋も私が持つ」

「遠慮じゃないです、大丈夫です、私は貧しい小作人の娘ですから! 重い荷物なんか運び慣れてますから!」


 しかしトライダーはしつこく、私のもう一方の荷物も取ろうとする……そのトライダーがふと、眉をひそめる。


「マリー君? そちらの荷物も全部1パイント瓶なのか?」

「え……ええ、こちらはビネガーです! ワインビネガーですよ!」


 私はそう言って誤魔化す……しかしトライダーは首を振る。


「マリー君。酢の原型となる物は古代より存在するが、17世紀初頭、高品位なビネガーを安定して量産出来るワインビネガーの製法はまだ確立していない」

「ええっ、そんな……いやそもそも加塩した料理酒の方が有り得ないから! あと醤油や味醂って何だよある訳ないじゃん!」

「その瓶を見せてみたまえ! 調味料をこんなに一度に買う訳が無い、これは飲料、それも酒税法上の酒類ではないのか!?」


 トライダーは私の荷物を取ろうとするふりをして……思わず逃げようとした私から離れ、私から預かっている方の荷物から瓶を一つ取り出す!


「あーっ! 待てっ、うちのですよそれ!」


 勝手に栓を開けたトライダーは、瓶ごと一口あおる!


「プハッ! やっぱりダークエールではないか、それもキンキンに冷えている!」

「そうだよダークエールだよ、だけどそれは私が私の金で買ったエールだちくしょう、何勝手に飲んでんの! アンタそれでもおまわりさんかよ!」

「君はこれを買ってどうするつもりだ、まさか飲むのか!? そんなにたくさん、一人で!?」

「んな訳無いでしょうち(・・)の水夫が飲む分だよ! いや待て、別に私が飲んだって構わないんでしょうが、アンタもさっき言ったじゃん! ここは! 17世紀初頭のヨーロッパっぽい異世界だよ!!」

「連載しているのは21世紀の地球だ! 歴史的、文化的に寛大と言われるフランスでさえ16歳未満の飲酒や同者への酒類の販売や提供を禁止しているのだぞ!」



 トライダーは荷物を置き地べたに座る。私もその横に少し間を空けて座る。


「この世界は17世紀の地球をモデルにした架空世界です。文化の発展や技術の進歩については、現実世界の資料を参考にしている部分が多々ございます。その為場面によっては、21世紀の現代の常識に照らし合わせると、はなはだ宜しくない表現が出て来る場面もございます」


「例えば15歳のマリー君が当たり前のように飲酒している場面もございますが、17世紀フランスの常識に於いてこれは別段不道徳な物、違法な物ではありませんでした。また当時、薄めた醸造酒は栄養や水分を補給出来て、かつ生水よりは安全な飲料として普通に用いられているものでした」


「しかし当作品は決して現実世界の法令や社会規範に逆らう意図を持つ物ではございません」


「21世紀現代において未成年者が飲酒をする事には何のメリットもございません。未成年者の飲酒は中毒、依存症に繋がりやすい危険行為です」


「未成年者飲酒、だめ、絶対。お酒は二十歳になってから」

「未成年者飲酒、だめ、絶対。お酒は二十歳になってから」


 私とトライダーは、深く御辞儀をした。



 私は荷物を担いで立ち上がり、トライダーが持っていた分も急ぎひったくる。


「待つのだマリー君! やっぱり君はハワード王立養育院へ行くべきだ!」

「養育院はお断りって言ってるでしょう! さよならッ!!」

「マリー君!!」



 煙草もこの時代ではまだ、新世界から伝わって来た薬という扱いである。私は勿論吸わないが、トライダーは腰に煙管を一つ下げているようだ。吸っている所は見た事無いが……まあトライダーは21歳らしいわね。


「王立養育院に行こう! そこは穢れなき君に相応しい清らかな場所なのだ!」

「ついて来ないでー!」


 だけどこの小説のコンプライアンスの何がダメって言われたら、15歳の小娘にバニーガールの衣装を着せて働かせてるのが一番ダメな気がする。

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