【RTA】30分以内に少女マリーと父の形見の帆船
RTAとは、リアルタイムアタック(Real Time Attack)の略で、ゲームのプレイスタイルの一種である。(ニコニコ大百科より)
父の訃報が届いたのが三日前。
私は港を見下ろせる高台の上に居た。
大きな船、小さな船、豪華な船、みすぼらしい船……
たぶん、あの小さくてみすぼらしい船がリトルマリー号だろう。港の奥の出入りが面倒そうな所の、古くて壊れそうな桟橋に追いやられている。
気が滅入る……
空が真っ青なのが救いだ。突き抜けて青い空、水平線には真っ白な雲、眩しい太陽、心地よい風……たぶん、今私の味方は天気だけだと思う。
よーい……ドン☆(計測開始)
「わあああああああ!」
やっと操作可能か! 正規ルートでは港に停泊しているリトルマリー号に向かうんだけど今回は後回しですよ!
三歩以上の移動はダッシュ! 私は港を見下ろす丘を離れ、波止場を避けて山手エリアから水運組合へ向かう! 港湾エリアは風紀兵団の出現率が他の地域の三倍ですからね、念の為。
山の手の住宅地は人も少ないし風紀兵団も滅多に出ないはず……あ、オーガンの家だ。オーガンは……あれ、玄関先に居るわ? オーガンの他にも数人の男が……あれは荷物持ちよね。まさかあの人ずっと待機だったのかしら。
あ、オーガンがこっち見た。こっちも会釈くらいはしておこうか。そう言えばあの人は何で私の父の訃報を知ってたんだろう? それで私がレッドポーチに来てるって事も何で知ってたの? 未回収の伏線か? はたまた作者の手抜きか。
水運組合の建物が近づいて来る。ここまで10分、まずは順調。
さて、山の手住宅地から水運組合へは……ええっ!? 道が無いじゃん! 正規ルートではオーガンに止められたから知らなかった! 私、あのまま山の手から行こうとしても無駄だったのか……
そういえば七変化の序盤でも言ってた、水運組合の周りは下からのみ入れる袋小路になってたよ……だけどこの柵を乗り越えて、この崖を駆け下りたらどうかしら?
崖と言ってもそこまで急じゃないし、水運組合はほんの20m先に見えている。ええい、行っちゃえ!
あっ。足が滑っ……
ぎゃ
ぎゃああ
ああ
ああああ
ああああ!
◇◇◇
タイムロスは!? タイムロス! 良かった、2分も経ってない。
崖から落ちた私は、服の泥を叩き落としながら水運組合の入り口に突撃する!
「役人さん! 結局名前つけて貰えなかった始まりの町のモブ役人さん!」
水運組合に飛び込んだ私は開口一番そう叫んだ。ところが……あの役人さんが居ない!? うそ! どうして??
ていうかこの水運組合、そもそも職員少な過ぎない? レッドポーチってどんだけ田舎なんですか。あ……でもあの人は居る!
「グリックさん! いつもここに居る役人さんは何処に居ますか!?」
「へ? あの、お嬢さん、以前どこかで御会いした事がありましたか?」
しまった。向こうが名乗る前に名前を呼んでしまった。まあいいや、とにかく先にバニースーツを買っておこう。
「嫌だなあ、以前にも御会いしてますよ! 貴方はレッドポーチ水運組合で航海用品の販売をなさっておられるグリックさんですよね?」
あれ別に黒じゃなくても良かったんだよね? 何色が正解だったんだろう。でもなー黒じゃないと後で悪の女幹部の役をやる時に雰囲気出なかっただろうし。
「は、はいおっしゃる通りです……申し訳ありません、こんな美しいお嬢さんの顔をお忘れしていたとは」
「そういうのいいから! ほら、あれですよあれ! 早くあれを勧めて下さい!」
こうして無駄話をしてる間にも時間は過ぎて行く。急いでるんだけどなあ。
「はてその……あれ、とは……?」
ああっ!? もしかしてフラグが立っていないのか……そうだ! 私が船酔いをしてるって話をしたからこの人が出て来たんだった!
どうしよう、ここまで来て手ぶらで帰ったら本編より遅くなってしまう……
「ああああ、私少し気持ちが悪くなってしまいましたっ、私、船酔いが、船酔いが酷いのです、ああ何か船酔いにいい物、船酔いにいい物はないかしら、よよよよ」
芝居が臭いとかどうでもいい。本編でもこの人にはあれ以来会っていないし変な娘だと思われた所で実害はあるまい。
「それは大変ですねえ。どうしても船に乗らなくてはならない時は前の日からしっかり睡眠を摂って、食事も消化の良い柔らかいものだけを、いつもより控え目に食べるといいですよ」
グリックさんはそう言った……ってちょっと! あんた本編と性格違わない!? え? 本来はそういう人? あの時私がバニースーツを勧められたのは、水夫が連れて来るような女だから大丈夫と、そう思ったからなのか!?
「ちょっと! あたしゃねえ、これから船の上で生きて行かなきゃならないんだよ、そういう覚悟でここに来てるんだから! 御願いしますよ、出して下さいよ船酔い知らずのバニースーツを!! ベルベットブラックにローズレッドにインディゴブルーだっけ、揃いのアクセサリーもああああ早く、もう12分も経ってるじゃん!」
「ひえっ!? あ、あのですね、あれは確かにあるにはありますけど、あれは貴女のような街のお嬢さんが着る服じゃないんです、どうしても着たいと言うのならせめてあと5年、いや10年経ってからまた来て……」
「聞いてなかったんですか私今から船乗りになるんですよ! だけど船酔いが酷くてこのままだと仕事が出来ないんです!」
「どど、どこの世界にあんな恰好の水夫を雇う船長が居るんです、無茶を言わないで下さい」
「水夫じゃない! 船長! 私あれを着て船長になるんです!」
ああああ面倒臭い、ええと有り金有り金……金貨8枚と銀貨5枚! 宿に泊まってない分本編より少し多いよ!
「有り得ない、船長は有り得ないバニーガールが船長は」
「黒歴史タイトルはいいから! その黒いバニースーツをこれで売って!」
「金貨8枚とか無理ィィ! 値切り過ぎ! この服は金貨15枚ですよ!!」
「後の7枚は一儲けしたらすぐ持って来るから! 御願いおじさん早くそれを売って! ああああ、どんどん時間が過ぎる、今回の目標は30分なんですよ!!」
「御願いしますよ、私にだって生活があるんです、このスーツ委託販売だから、売ったら私が白金魔法商会に代金を払わないといけないんですよ! 無理ですぅ! 申し訳ないですが見ず知らずの人に分割払いで物を売るのは……」
あっ……本編でグリックさんが分割払いを承諾してくれたのは、私がその前に不精ひげと一緒に一度来ていたからなのか。
「残金は絶対働いて払いますから! その黒のバニースーツを金貨8枚で売って下さい! この銀貨5枚は分割手数料! それでいいでしょ!? 売って!!」
「勘弁して下さい!! 商売人としても無理です、それ以前に人として無理です! あなたみたいな小さな女の子にこれを売ったと街の人に知られたらわたしゃ社会的に抹殺されます!!」
まずいよ、ここからリトルマリー号までは走れば5分くらいだけど途中でトライダーが出る可能性もある。
出来れば着替えてから乗りたいし……スタート時の私は港に停泊中の船の上でもリバースしてしまう程、船酔いに弱かったのだ。
時間は? 15分を過ぎてる、あと半分しか無いじゃん! ていうかモブ役人さんにもまだ会ってないから出港許可証が無いよ、どうするのこれ……いや。出港許可証ならここにあるじゃないか。
「お嬢さん……? 今度は何をなさってるんですか?」
私はカウンターの上にあったインク瓶と羽根ペンを取り、カウンターの裏側に身を乗り出してそこにある白紙の出港許可証を二枚取る。
そしてその一枚を持って別のカウンターテーブルに移り、記述を始める。
「お嬢さん!! 何をしてらっしゃるんですか、駄目ですよ!」
「時間が無いんです! 仕方無いでしょ」
グリックさんはカウンターの向こうを周り慌ててやって来て、私が書いている出港許可証をもぎとる……
計 画 通 り
私はその瞬間に元のカウンターに戻り白紙の方の出港許可証と黒いバニースーツの箱を奪取する。許可証なんか後で書いたっていいのだ。
「ああああ!? あんまりですお嬢さん!!」
「ちゃんと後で全部辻褄が合いますから! このバニースーツの後金は船で働いてからちゃんと払います! 白紙の出港許可証を持ち去った事は内緒にして下さい! それじゃ!」
出来れば着替えたかったが仕方ない、今回のRTAの成功条件は孤児となったマリーがレッドポーチ港を訪れる所から、リトルマリー号がマリーを乗せて抜錨する所まで30分で終わらせる事なのだ。
私は水運組合を飛び出し階段を駆け下りる。後はリトルマリー号に乗り込むだけだよ! 時間はまだ十分ある!
「待ちなさーい! 待って下さい、お嬢さーん! だめです、せめてその出港許可証を返しなさーい!」
グリックさんが後ろから追い掛けて来るが、私の脚は一般的な小太りの成人男性よりは十分速い。楽勝、楽勝。
何度か折り返しながら階段を降り、長屋地区の道を駆け抜け……うう、本編ではここを真昼間にバニーガールの恰好で走ったんですよ、あれは恥ずかしかった。
だけどあの時は水運組合の窓から、真っ赤なジャケットを着たオーガンが手下達を連れてリトルマリー号が停泊しているボロ桟橋の方に歩いて行くのが見えたのだ。
―― ドンッ!
ぎゃっ!? 考え事をしながら走っていたら人にぶつかってしまった!
ちょっと待て。このパターンは……
「申し訳ないお嬢さん御怪我は……君は……マリー・パスファインダー君!」
出、出たああ!? 揃いの緑のサーコート、戦争でもないのに鉄の甲冑を着て大兜まで被ったその姿は、アイビスの風紀を守る国王直属の迷惑集団、風紀兵団!?
しかもその声は、トライダー……
余所見をしながら走っていた私はトライダーにぶつかって転倒していた。あれ……箱は? バニースーツの入った箱は……ああっ!? 地面に落ちて中身がぶちまけられてる!?
私は慌ててそれに飛びついてかき集める……あっ、出港許可証も落ちてた。
「お嬢さぁぁん! そのバニースーツを返しなさぁぁい! それから白紙の出港許可証も!」
坂の上の方からも声がする……ぎゃぎゃっ!? 小太りのグリックさん実は見た目よりかなり足が速い!? もう殆ど追いついて来ちゃってるよ、はわわわ、とにかくバニースーツを箱にしまって……
「マリー君……それは……一体……」
ん? トライダーの声ってこんなにビブラートかかってたかしら? まあトライダーはどうでもいいや。
リトルマリーはすぐそこだよ! 私は再び箱と出港許可証を抱えて走り出す!
「お待ちなさぁぁいお嬢さん! そのバニースーツは金貨8枚では売れません! 返して下さぁぁい!」
ぎゃぎゃ!? 凄いはっきり言われてしまった! じゃあこういうのはどうか!
「解りました! じゃあ残りのお金は船に着いたら払いますからついて来て下さい!」
そうだそうだ、あの時の不精ひげお金は出すからと言ってたじゃん、残り金貨7枚は不精ひげに出して貰えばいいんだ。つーか本編でもそうすれば良かったわね。
ん? 誰かが私の袖を掴んでますよ? ちょっと、離して……
「止まるんだ、マリー君……」
ぎゃぎゃっ!? トライダーですよ!?
「あの、私急ぐんです、離して下さい……」
「そうは行かん!! そのッ……その箱の中身は何だッ!? 有り得ぬ、マ、マ、マリー君がそそそのような破廉恥な恰好を」
あっ、これ面倒臭いやつだ。私は構わず、トライダーの指の力が弱まった瞬間を見計らい袖を振り払う。
「マリー君!?」
「私海で生きますんで! さよならーッ!」
私は再び走り出す。
「トライダーさん! こんなのは駄目ですよ!」「そうですよ! マリーさんを止めないと!」
トライダーと一緒に居た二人の風紀兵団が何か言っている。
「ふ……ふうっ……ふうきへいだあああああん!! 命に代えてもッ!! マリー君を止めろォォォ!!」
ぎゃああああ!? 風紀兵団がついて来るゥゥ!?
私は倉庫街から港へ、そしてボロ桟橋へと走る!! だけど思った程風紀兵団を引き離せない、どうして……ああっ!? 私も箱を抱えて走っているからか!
「待って下さいお嬢さぁぁん!」
「待つんだマリー君!! そんな物を持って君はどこへ行くんだ!? 本当の君は、本当の君はそんな人じゃない!!」
「お待ちなさいマリーさぁぁん!」「風紀ある市井! 風紀ある市井!」
時間は!? 時間はあと8分……時間は結構あるけどまずいよ! 私は風紀兵団をあまり引き離せていない! 急いで、急いでフォルコン号……いやリトルマリー号のボートに乗らないと!
ボロ桟橋の向こうにリトルマリー号が見えて来た……ああ……久しぶりだなあ、あの時のままのリトルマリー号だ、不精ひげは!? 居る、あの時と同じようにボロ桟橋に座ってぼんやりしてる!
「不精ひげー!!」
私は遠くから叫ぶ。だけど不精ひげは振り向きもしない。何で!? 聞こえてるでしょお?
「不精ひげ! ボート! ボートの用意して!」
私は走りながら尚も叫ぶ。とにかく先にボートに飛び乗って、桟橋を離れてしまえばいいのだ!
時間はあと6分! 風紀兵団は100mくらい後ろ!
「聞いてるの不精ひげ!?」
あっ……そうだ、私達まだ面識が無いんだった。どうしよう。ニックと呼ぶべきか、或いはジャックと呼んでやろうか。
「フォルコンの部下でタコが食べれなくて抜錨の時はゲンを担いでダラッと叫ぶ昔レイヴン海軍に居たそこの不精ひげの男! さっさとボートを出しなさーい!」
私がそこまで言うと、不精ひげも細い目を限界まで見開いてこっちを見た。
「えっ……えええ? お嬢さん、あんた一体誰……?」
私は不精ひげの所に辿り着き呼吸を荒らげながら叫ぶ。
「見たら解るんでしょう!? 追われてるのよ早くボート出して!」
「み、見ても解らないよ」
「はあああ!? 本編では遠くから私を見てすぐマリーちゃん? とか言ったじゃん! 何で解んないんだよッ!」
「え……えええ!? 君がマリーだって、そんな、聞いていたのと全然違う」
お父さん。私の事を乗組員にどう説明していたんですか……?
「待つんだー!! マリー君!!」
ああっ!? 風紀兵団がもうそこまで!!
「なんとかしてよ不精ひげ! 早くボートを! 捕まるからッ!」
「だ、だから誰だよその不精ひげって!」
「風紀ある市井!」「マリー君!! 君は今日こそ養育院に行かなくてはならない!!」「風紀ある市井!」
「お嬢さぁぁん、待って! 代金を! バニースーツの代金を!」
ああああ、もう駄目だ……ん? トライダーが足を止め振り返った。
「お前もさっきから何を言っているのだ! あ、あのマリー君がそ、そんな破廉恥な服を求める訳が……」
「ハァ、ハァ、貴方こそ何を言ってるんです見てなかったんですか! あの服はあのお嬢さんがほとんど強奪するように水運組合から持ち出して行って……」
「嘘だ……嘘だと言ってくれマリー君!?」
「ああああもう面倒くさい、とにかく出港! 出港しよう、ニックでもジャックでもいいからこれ! 白紙の出港許可証!」
「げっ……こんな物どこから取って来たんだ!?」
面倒になった私は浮かんでいたボートに飛び乗る……って思ったけど船酔い知らずでも無いのにこんなの出来ないぎゃあああボート揺れる落ちる、落ちるー!?
落ち……落ちなかった! 良かった、後はリトルマリー号に逃げるだけですよ!
「風紀ある市井!」「風紀ある市井!」
あ……ボートに向かって……風紀兵団の二人が飛んで来た……
「マリー君ー!! 私と共にハワード王立養育院へ行くのだー!!」
ああ……トライダーも飛んで来る……
終わったな……
―― ドドド ド ボォォォォォン!!
私が飛び乗った時点でめちゃくちゃ揺れていたボートは、三人の風紀兵団が飛び乗った事で完全に転覆し、私達四人はレッドポーチの港湾の海の中へ放り出された。
不精ひげは私をマリーだと認識出来なかったらしい。お父さんに聞いていたのと全然違うと。リトルマリー号の他の三人もである。
敗因は……私がフラグ管理をナメていた事ですかね……機会があればまた再挑戦してみたいとは思う。
Mission incomplete.