【読み物】マリー・パスファインダーの言い訳 メートル法
朝、艦長室を出ると、操舵輪の前で不精ひげとロイ爺が海図を広げて眉間に皺を寄せ、何事か話し合っていた。
「どうしたの? もうすぐロングストーンだよね?」
「それがのう、夜間のうちに少し進路がズレておったようなんじゃ」
「惑星でも見間違えたかな……俺とした事が」
「それで? ロングストーンまでもう少しかかりそうなの?」
私がそう尋ねると、不精ひげは腕組みをして首をひねる。
「うーん……南に13マルレはずれたかもしれん」
あれ? 私、今……何か聞き間違えたかしら?
「あ、あの、それで大丈夫なの? ちょっと時間かかるだけだよね?」
「うむ、先程から測量をやり直しているんじゃが」
ロイ爺は艦首で象限儀を覗いている太っちょを指差す……
「やっぱり3.5リーグル南に流れてる! まずいよ、この辺りは暗礁海域だ!」
ええっ!? あ、暗礁海域!? 暗礁って、海面にギリギリ出てない岩とかがあって、下手するとどんな大きな船でも沈没するという、あの恐ろしい……いや見た訳じゃないけど!
「船長、指示してくれ」
不精ひげが……真顔で言う!
「ちょ、ちょっと待って!? リーグル? マルレ!? あの、何の話、それに私に指示って、何を指示したらいいの!?」
「落ち着くんじゃ船長、進路を指示してくれればええ」
アレクもこちらに戻って来る……
「だから船長、南に3.5リーグルだから、ほら、その地図で」
「太っちょ、この地図はジニアの工房のじゃからマルレで描いてあるんじゃ」
「いやいや、船長ならそんなの覚えてよ……僕何度も説明したよね? 1リーグルはだいたい3.75マルレだって」
「ちょちょ、ちょっと待って!? リーグル!? マルレ!? それ、距離の単位なの!? 何で距離の単位が二つあるの!?」
「二つじゃないぞ船長。レイヴンではキールを使うからな」
「ターミガンの方がややこしかろう。同じ1リーグルでもターミガンではおおよそ4.5マルレじゃからのう」
「ほら早く計算して船長」
「ちょ、ちょっとそんな!? 3.75を掛けるって、あの、私算数あんまり得意じゃ……」
「もう! 教えたでしょ! 15掛けて4で割るって!」
すっかり憔悴してしまった私は算数も出来なくなっていた。よ、よんでかけるってどういうこと!? ああああ、助けて、誰か……
ああっ!? アイリさんとウラドがこっちに来る!
「アイリさん! アイリさん御願いします、私起きたばかりで計算出来ないんです、あの、読みかけの本を銃で割って下さい!」
「え……? 読みかけの本? なあにそれ」
「どうした船長……顔色が悪いようだが。ところで前にコンテナを開封した分の決済がまだなのだが。バトラ積みの2クァレルのパーム油とジェンツィアーナ積みの3デロンのオリーブ油だ」
「船長、早く計算を済ませてくれないと暗礁にぶつかるぞ」
「船長! 早く計算して進路を指示して!」「船長、そういえば備品の2グロンス重ロープが切れたんじゃ、30ファイート分買い足してくれぬか」「姉ちゃん! 暗礁だ! 早く!」「船長……」「船長」「船長!!」「せんちょう!!」
「ぎゃああああああああー!! いーやー!! ぎゃあああああああ!!」
「船長! マリーちゃん! しっかりして、マリー!!」
私は汗だくで跳ね起きる。
ここは……フォルコン号の艦長室……?
目の前には心配そうな顔のアイリさんが居る……
「ア……アイリさん……ああ……夢ですか……」
私は再び、バッタリとベッドに倒れる。酷い。六時間くらい寝たはずなのにクタクタである。
「勝手に入ってごめんなさい。だけど外まで聞こえる声でうなされてるから、皆心配して私に見て来いって」
艦長室に居るのはアイリさんだけではなかった。ぶち君も部屋の真ん中で目を真ん丸に見開いて私を見ている。
「す……すみません……ああ……夢だあ……夢で良かった……」
「……一体どんな夢を見たらあんなにうなされるのよ?」
「ええと……あれ? あれれ……あんなに酷い夢だったのに、全然内容を思い出せない」
「ああ……そういうのあるわよね、酷い夢だった事は覚えてるのに、内容は思い出せないって。とにかくもう起きちゃえば? 朝食までもう少しかかるけど」
「そうします……」
私はベッドから起き上がる……ぶち君はまだ私の様子を気掛かりそうに目で追っている。
「アイリさん……ロングストーンまで、あとどのくらいですか?」
私は尋ねた。
「あと50マルレくらいらしいわよ」
「ぎゃああああああああああああああああー!!」
自分のした事が信じられない。私はいきなり耳を塞ぎながら叫んでいた。
「ええっ!? マ、マリーちゃん!? どうしたのマリーちゃん!?」
「ひっ、す、すみません、私今何で? 何で叫んだんだか解らないんです、ひっ……ああ……すみませんアイリさん、何で!? あ、あの、私今何て、いや、アイリさん今何て言いました!?」
「えっ、あ、あの、ロングストーンまででしょ? さっき不精ひげがあと80kmくらいだって言ってたわよ」
私は床に蹲っていた。
「あと……80km?」
「そ、そうよ……あと80kmくらいって」
「そうですか……80km……すみませんアイリさん、私やっぱりもう少し寝てます、何か……疲れが溜まってるみたいです」
「そうね……それがいいわね。ゆっくりしてらつしゃい……」
寝床に這い戻った私は頭から毛布を被り直す。きっとこれも夢なんだ。起きたらいつも通りの世界に戻ってるんだ……私は呟きながら目を閉じる。
この世界は17世紀の地球に良く似た世界です。距離(長さ)や重さ(質量、体積)の単位はまだ統一されておらず、実際には各国、各文化でまちまちなんだと思いますが、文中では作者が善意で、皆様に馴染みのあるメートル法に翻訳して御送りしております。悪しからずご了承下さい(震え声)。




