しずく
前回の続き。
警察本部の若い刑事は、「現場」をもう一度確認すべきと考え、
上司の許可をえて戦没者墓地へ行った。
大統領が献花したところからある程度の範囲に、
何か手がかりが残されていないかと考えた。
ただし、その場所は「現場検証」で入念に捜査されており、
不審物は見つからなかった。
その刑事は、献花された墓から半径約10メートル以内に、
スズメが落とした小枝がないか探した。
「約10メートル」は、彼の歩幅から見当をつけた。
墓地の奥には森林があり、
スズメ以外にもいろいろな鳥が生息している。
墓地で鳥を見るのは、いつものことだった。
さて、半径約10メートル以内。
小枝は無数にあった。
墓地の地面は芝生で、風が吹くと飛ばされた小枝が引っかかることも多い。
奥の森林に巣を作るために、小枝をくわえて飛ぶ鳥はかなり多い。
無数の小枝はすべて乾いていた。
式典の前日から晴天が続き、日中の気温は20℃超。
追悼式の2日前は雨だったが、それで小枝が濡れたとしても、
翌日の日中には乾いてしまう。
乾いた小枝を無数に集めたところで、
どれが手がかりになるかわからなかった。
「スズメが落とした小枝がどれかを特定するのは無理か。
落ちた小枝をほかの鳥がくわえて、森林のほうに飛んで行ったこともありえる」
その頃、国営テレビ局のビデオ編集室。
戦没者追悼式の録画を、2人の男がまだ見ていた。
「スズメが飛んで来たところで一時停止してくれ」
画面が静止した。
「スズメをめいっぱい拡大してくれ」
「小枝をそうしてほしい」
枝の端に、何やらしずくが。
「しずくのところをめいっぱい拡大」
「式典の2日前は雨だったな。墓地の小枝はすべて濡れたはず。
その後で、式典の時間まで濡れている小枝って・・
そんなに長い時間濡れてるか?
あんなちっぽけな物だから、次の日の昼間までには乾くんじゃないか?」
「雨の日は墓地の奥の森林のあちこちに水たまりができますよね。そこに浮かんでたのを、あのスズメがたまたまくわえたんじゃないですか?」
「鳥は森林に巣を作るんじゃないか?水たまりから墓地へだと、方向が逆だと思わないか?
小枝が落とされたときの大統領の頭から顔を一時停止して、
めいっぱい拡大してくれ」
そのときに、ビデオ編集室の電話が鳴った。