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鉄扇使いは成り上がる  作者: マルクゥ
2章 武闘会編
11/14

武闘会 予選


 新魔6代年8月30日 時刻 11時30分


 ノルウェストの中央広場はこの世界にきて一度も見た事が無い程に盛り上がっていた。

 広場の中央には高さ50cm、縦横100cm程のブロックが1列25枚で25列ある正方形のステージが存在していた。


「縦横25m位か? 結構大きいな。こんな大きい必要はあるのか?」

「これでもまだ小さいほうじゃない? 近接戦のみならもっと小さくてもいいと思うけど、多分魔法戦込みの戦いならもう倍は欲しいと思うけど……」


 あー……。

 確かにあんなとんでもない魔法を打つのだったらこの程度では足りないかもしれない……。

 

 オウセンが上級以下の魔法を全て無効化出来ると聞いていた為、サクラとの魔法を取り入れた組手は楽なものだと思っていたが……。

 

 ――――まさに地獄絵図だった。


 炎が吹き荒れ、大量の水が押し荒れ、風の塊が飛んでくる。なんとか対処したと思えば弾丸の様な速度で殴り掛かってくるサクラ……。

 …………どないしろと言うんだ。

 触れれば全てが消し飛ぶとの事だったが3日間は触れる言すら出来ず、何度死にかけたか……。

 

 なんとかこの十日間を生き延び、待ちに待った武闘会の日。

 あの化け物以上の敵はいないと祈り、受付を行いに行く。

 

 武闘会の仕組みは最初に30人8組でバトルロワイヤル方式の予選を行う。

 そこから勝ち上がった8名と前年度の優勝、準優勝のシード2名を含めた10人で決勝トーナメントを行う形式だ。

 一回戦敗退者が約1000セント、二回戦敗退者が3000セント、3回戦敗退者が5000セント、準優勝者が10000セントで優勝者が30000セントの賞金が出るとの事。

 普通に考えて参加料金が10セントな為、元締めが間違いなく赤字なのだが武闘会参加者や見学者が、街の露店やらで金を落とすらしいのでなんやかんやで元は取ってるとかなんとか。

 ……元が取れなくとも領主的に面白い見世物が見れるだけで賞金を出すだけの価値があるとも聞くが。

 まあそんな事は俺としてはハッキリ言ってどうでもいいことだ。

 

 ――――まずは30人をぶっ飛ばし決勝トーナメントへ進出しなければならない。

 

 受付では抽選箱が用意されており、A~Hでバトルロワイヤルのブロック分けを行っており、自分のブロックを決める為に俺は抽選箱の中に手を入れ、円形の球を取り出す。

 これだっっっ! と意気込む参加者もいたが流石にそこまでするのは恥ずかしかったので黙々と球を取り出す。


 Cと書かれた球を取り出し、受付の係員に自分のブロックを伝え球を抽選箱の中に戻す。

 ……実際問題AだろうがHだろうが何だろうがあまり関係がないんだよな。

 そう考えると釈然としなかったが、ふとこの武闘会に参加すると言っていたフィルの事を思い出す。

 

 ――――――どうやら抽選列には並んでおらず、辺りを見渡すがどこにもいない。

 参加登録のお礼と、フィルのブロックがどこのブロックか気になったのだがいないものは仕方がないか……。


 抽選を引き12時丁度にAブロックから順に試合を行っていく為、少々時間が余ってしまったのでサクラがいる観客席の方へ向かう。


「おかえりー。抽選どうだったの?」


 観客席の椅子に座り足をプラプラさせながらあたかも暇だと言わんばかりの態度を見せるサクラ。


「Cブロックだってさ。試合開始までもうちょいあるな」 

「ふ~ん、なら始まるまで横にいてよ。暇で仕方がないんだけど」

「だろうな。機嫌が悪そうだ」  

「そりゃそうだよ! せっかくあんだけいじめ抜いたのにさぁ……。この大会のレベルの低さったらないよ!」 

「――――そんなにレベル低くないだろ。ぱっと抽選の列に並んでる見たけど結構ゴツいお兄さんがチラホラいるぞ?」

 

 あの肉体から思い出されるパン屋の店主達……。

 またあの様な大立ち回りをしなければならないのかと思うと少し憂鬱だ。


「見た目に騙されすぎ。確かに膂力は少しはあるかもしれないけど、それでもそこ等辺にいるゴロツキ程度だよ。魔力もぱっとする様なのもいないしお兄ちゃんがあれ達に負ける要素は一切ないよ」

「そうか、サクラは俺の事をそんなに評価していたのか。――――これは色々な意味を込めて期待に応えないといけないな」


 親しい人間からの期待は素直に嬉しいからな。


「逆にあんなんに負けてバトルロワイヤルで敗退なんかしたら許さないからね。もしそんなことになったら私の攻撃魔法、生身で受けてもらうから」


 期待が重すぎる…………。

 いつかヤンデレになるんじゃないかと心配だ。主に俺の身が。


「そんなにしょぼいやつばかりなのか?」

「中級魔法を放てれば御の字位のが数人いて他は多分それすら無理な雑魚ばっかりだね。残念だったね、多分これじゃまともな戦闘経験は積めないかも」


 だがまあサクラはサクラなりに俺の事を考えてくれているという事なのか……。

 うん、そう思っていよう。


「とりあえず最初は数をこなさないとだろ。ほら、Aグループがそろそろ始まるっぽいぞ」 


 参加者全員の抽選が終わったらしく係員がAグループの出場者をステージの方へ集め始めた。

 全員集まった所で、試合開始の号令がかけられ試合が始まった。

 殺害厳禁の武闘会な為、殺傷力の高い刃の付いた武器は不可なので当然剣や槍は使用不可だ。

 ――――だが、こん棒やらナックルダスターは何故か使用可能らしい為なんというか……。


「チンピラの喧嘩だな……」

「だからいったじゃん。低レベルだって」


 リングから落下した場合と倒れて立ち上がれない、または戦闘不能とみなされた場合はそのまま敗退となるルールでこの武闘会は進行されている。

 その為風魔法を使い、リングから外へ追いやるのが一番簡単な勝ち方だと思うのだが何故かリングの中央で乱戦が行われている。

 こん棒や拳を振り回し、相手の意識を一撃で刈り取るのが狙いなのだろうが、外から見るとただの学生の喧嘩だ……。


『頼むからこのレベル程度の敵に負けてくれるなよ。もし負けようものなら今以上にキツい鍛錬のメニューを考えないと行けなくなる』


 勘弁してください……。

 今のメニューでさえ限界なんだから………………。


『まあ安心しろ。一ヶ月前の君なら負けているだろうが、この一ヶ月間で言語能力以外にも肉体や技の面でもアキは鍛えられている。そうだな、この勝ち残り戦では壱の型でも試しに使ってみるといい。ここで使える様ならその後のトーナメントでもなんとか使えるだろう』


 人に向けて使うのか……。

 死なないよな?


『それはやってみない事には何とも言えないな。私がアキの低魔力でも自分の身体を守れる様、急遽考えた技なのでそこまでは考慮していない』


 ……死なないことを祈るよ。



 

 その後約20分ほど時間が過ぎ、AとBのブロックの試合が終わった。

 係員によりCブロックに出場する選手が呼び出しが始まる。


「遅れたら参加出来なくなったりしそうな気がするからそろそろ行ってくるよ」

「……………………」 

 

 まさかの無視ですか……。

 俺何かしたっけ?


「あの……サクラさん?」

「どうかした?」


 この娘、悪びれた顔もせずに普通に聞き返してくるのだった。


「俺が言うのもなんだが、何かないの?」

「え――――なにかってその、例えば?」


 自分で言って、俺はこの娘にそれを言わせなければならないのか!?

 ちょっと恥ずかしいんですが!?


「あー…………例えば頑張ってきてねとか、応援してるよ的な?」

「…………言って欲しいの?」

「まあ、その。言って欲しいかどうかと言われたら、言って欲しいだろそりゃ」

「――――――」

 

 驚いた顔で、迷った顔をしているサクラを見てふと思った。

 きっと今までそんな事を言ったことがなかったのだろうと。

 ちょっとだけ、いや大分変っている女の子だから今までに友達などもいなかったのかもしれないし、家族にもその様な事を言われてこなかったのかもしれない。

 俺が知っているサクラは戦いが強くて、この世界の事を色々知っているいてそれ以外も何でも出来るが、ちょっと一般常識が抜けている女の子だ。

 ――――俺はまた、自分の常識をこの娘に押し付けていたのかもしれない。

 

 まあそれでも言って欲しいものは言って欲しいものだがね!?


「その、頑張っ――――――」

「Cブロックに出場予定のアキ様!! いらっしゃいませんかーー!?」


 やばい! そんなに時間食っていたか!?

 急がないと10セントが無駄になってしまう!


「ごめん、サクラ! そういう言葉もあるんだよってだけだから、気にしないでくれ! じゃあ行ってくる!」

 

 そう言い残し、観客席から急いでステージへ向かう。

 もちろん、急いでいた為観客席のサクラの方へ振り向く事なんてしなかった。


『ふむ、君はあれなのだろうな。人の気持ちに疎いのかもしれんな』


 いきなりなんだよ!? 

 人を唐変木の様な言い方をしないでくれ!

 

『いや、すまない。アキが心の中で考えてる事が分かるように私の考えてる事もアキに伝わってしまうのだったな。気にしないでくれ』


 …………緊張感のない奴だな。

 今から戦いに行くんだぞ?

 

『あの程度に君が負けるとは欠片も思ってはいないからな。君の身体の具合から見ても程良い緊張感で硬さもあまりない。負ける要素はほぼないさ』


 サクラといいオウセンといい、期待しすぎな気がするんだよな……。


『やってみれば分かるさ。だが、集中だけは切るなよ』


 ――――とりあえずやってみるか。

 

 ステージまで辿り着き、集合するのが遅いと係員に注意され使用する武器を確認される。

 オウセンに刃など付いていない為、ただの鈍器と認識されステージへ上がる。

 他の29人はすでに集まっており、俺に視線が集まる。

 笑っている者が半分。睨みつけてくる者半分より少ない位。ただただ無表情で見てくる者がごく少数。

 うん、待たされた事による怒りで睨むのは分かる。

 でも、半数が笑っているのはなんなんだ?


『おおよそアキの細い身体を見て笑っている者とこの私、鉄扇を見て笑っているのだろう。この世界で鉄扇を武器にしている人間など私は見た事もないからな』


 なるほど。分かりやすい解説ありがとう。

 

『君の考えている事は分かっている。笑っている奴の顔は私が覚えていてやるから戦いに集中しておけ。都度君に教えるからその時に存分に理解させてやれ』


 本当にいい相棒を持ったもんだ。

 ステージの端から10m近辺に等間隔で参加者が並ぶ。

 試合開始の合図がなれば、その瞬間から好きに動き、好きな相手を倒していい。

 

『君が一番最初に狙われるだろうから、開始と同時に右横の敵を倒したほうがいい』

 

 弱そうに見えるという事はそうだろうな。そして右を倒すのは俺も同意見だ。

 何故かって?


「それでは試合を開始してください!!」


 待ちに待った試合開始の合図。

 フライング気味だったかもしれないが関係なしに右横にいた相手に詰め寄る


「てめぇ!! なに笑ってんだよこらぁぁぁぁ!!」


 自分が狙われてるとは考えていなかったのだろう。

 いきなり走って接近してくる俺に反応が遅れたそいつは、逃げて距離を置けば良かったものを持っていたこん棒を振り上げる。


「――――遅いんだよ! 扇技 壱ノ型 扇撃!」


 手を振り上げている為、隙がある顎に飛び上がりながら振り上げ一撃。


 ――――ゴシャッ!


 跳ね上がる顔と身体。顎に強烈な一撃を食らった為、意識と視界も揺れているだろうが扇撃はこれでは終わらない。

 1mほど飛び上がっている身体を横へ捻り、体を回転させる。回転の勢いと重力による、落下の力を合わせ顔面へ振り上がっていた腕を振り下ろす。


 ――――グシャッ!


 嫌な音を奏でながら、相手が地面へドサッと床に倒れると共に、地面へ着地する。

 顎→頭への2連撃、扇技 壱ノ型 扇撃。

 剣で斬る、槍で刺すみたいな殺傷力はハッキリ言ってない技だが人一人を戦闘不能にするだけの威力はある技だろう。


『甘い! もっと着地を意識しろ! 相手に情けをかけずに2撃目をしっかり振り抜け! もし、すぐ近くに敵がいれば着地時にやられている! 振り抜かぬ事により、意識を残していたならば反撃を食らっているだろう! もっと技の速度と精度を上げろ! 敵を殺す気で挑むんだ!』 


 ぐぬぬっ!

 俺的には完璧な完成度だと思っていたが、本当に手厳しい。


『集中するんだ! まだ一人を倒しただけだ! 敵右方向から3、左方向5、正面から4だ! 狙われているぞ!』


 分かっている! 右側に移動しながら右側から攻めるぞ!


『よし、それでいい! だが、後ろと横への注意は怠るなよ!』


 右方向の敵と正面を向くように走り接近する。

 先ほどの技を見ていたのか、持っている武器を正面に構え顎を守っている。

 

『あいつはさっき笑っていた奴だ! 遠慮なしにぶちのめせ!』


 任せておけっ!

 持っている武器が当たる距離まで接近し、横への薙ぎ払いをされる。

 だが、サクラとの組手の効果か、動きがスローに見え余裕を持ってしゃがんで避ける。

 そのまま足払いし、正面へ倒れてくる敵へ飛び膝蹴り。

 飛び上がった状態で周りを確認する。

 飛び膝蹴りを食らった相手は倒れこみ、その少し後ろに2名が顔を見上げこちらを向いている。

 

『横と後ろはまだ追い着いてきていない! そのまま扇撃で倒すんだ!』


「うぉぉぉぉ! 扇技 壱ノ型 扇撃!」 


 飛んでいる身体を捻り、見上げている一人の頭上へオウセンを振り下ろす。

 

 ――――ゴシャッッ!

 

 着地と同時に膝のバネを最大限まで酷使し、背中の力と膝の力、腕の力を全力で使用しもう一人の方へ向きを変え顎を振り抜く。

 

 ――――!


 顎の骨が砕ける様な、音としては不完全な鈍い音が響く。

 …………恐ろしい技だ。

 顎から頭が基本だが、状況によって今の様に頭から顎という風に応用も効く扇撃。

 間違いなく骨が砕けただろう音に恐怖し、二人が倒れたのを確認する。

 

『よし、倒れている3人はとりあえず問題ないだろう。だが、すぐ近くにまだ9人ほどこちらに向かってきている! 気を抜くなよ!』


 言われなくても分かっている!

 後ろへ振り向き迫ってきていた敵を確認する。

 が、先ほどの3人のやられかたを見てか、距離を少し取って、近づいてこない。

 正面5人、右方向3人か……。

 お互いにやりあってくれないかな……。


『あまり他人任せにするな。自分で全部倒す位の意気込みでいろ。経験を積むんだろ? ならまずは自分で言っていたように数を――――――! 右奥から魔力の反応だ! これは…………風魔法か! よし、ステージ中央へ走って踏ん張って耐えろ! 無効化はするなよ!』


 耐えれるか!? 無効化したほうがいいんじゃないか!?


『いいから走れ! 魔法無効化はトーナメントまで取っておけ! 対策を取られたら勝ち目がなくなってしまう! 大丈夫だ、今のアキの足腰なら中級風魔法なら耐えられるはずだ!』


 言われるがままにステージ中央へ走り抜く。

 俺が走った事により、周りにいた取り巻き達も俺を追う様に走ってくるが、すぐその足は止まった。


「吹き飛ばせ! エアリアル!!」


 ステージの反対側に3人で固まっている1人がこちらに手を向けながら中級風魔法の魔法名が告げられる。

 それと同時にその方向から突風が巻き起こる。

 台風の様な風速で俺の近くにいた人達をステージ外まで吹き飛ばす。

 俺自身も両足で踏ん張り切れなくなり四つん這いの様な格好になりながら、なんとかステージ外へ飛ばされない様に耐え続ける。


『あと少しで魔法は切れる! 踏ん張るんだ!』


 そうは言われるがじりじりとステージ外の方へ引きずられる。

 オウセンを地面に突き立て、軸にして踏ん張りたいのだがそんな事をすれば魔法がオウセンに触れ、かき消されてしまう為オウセンは服の中に入れ風に触れないようにしてある。

 手の皮も引きずられる度にずる向けになり、ステージの淵の方へと追いやられる。

 あと少しってどれくらいだよっ!? もうすぐ落っこちるぞ!!


『後2秒だ! 耐えろ! ここまで吹き飛ばされてしまったなら私を使う事すら出来ないだろうから、なんとか踏ん張るんだ!!』


 精神論かよ、無茶苦茶だろ!!

 こんな事になる位ならオウセンで無効化しておいた方が良かった!!

 くそっー!!

 この予選すら超えられないのかよ!!

 淵から足がはみ出かけ、もう落ちると思ったその時、


「お兄ちゃん!! 頑張って!!」


 ――――後ろから誰かを応援する言葉が聞こえた。

 誰か、じゃ言ってくれた人に対して失礼だな。

 俺を応援してくれるサクラの声が耳元でビュンビュンと風切り音がうるさい中ハッキリと聞こえた。

 

「――――くそっ、可愛い所もあるじゃねえか」


 限界の力で踏ん張っていたはずなのに、何故か力が湧いてきてまだ強い力で踏ん張れる気がした。

 淵から落ちそうだった足はギリギリの所でしっかり地面を掴み、皮がずる剥けた手は血で滑るはずなのにしっかりと床と接地し身体が滑っていかない位の摩擦を生じさせた。

 おかしい。さっきまで限界だったのにサクラに応援されただけでなぜここまで……。


 いや、まて。昔にも、何かこんな事があったような………………。


『集中しろアキ!! 火事場の馬鹿力だろうが、今の君は普段以上の力が出ているんだ! 後1秒だ! いつその状態が解けるかも分からん、頑張るんだ!』


 くそっ! なにか思い出しそうな所で邪魔しやがって!

 それよりも1秒2秒ってこんなに長くないだろうが!

 あーもう! こうなれば意地でも落ちてやるものかよ!!


「――――おおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 カッコ良さなど見栄などを捨て、みっともなく声を出し床にしがみつく。

 どれくらいたっただろうか? いや、時間に表すと1~2秒なのだろうが体感的には1分は経った気がした。

 風が一気に弱くなりそよ風の様な爽やかな風になる。


『よし、魔力切れだ! 身体はキツいだろうが一気に距離を詰めろ! 奥にいる3人以外は全てステージ外へ落ちているから周りは気にしなくてもいい!』


 休憩時間は!?


『そんなものあるわけがないだろう! 敵は多分だが徒党を組んでいる! 3人で襲い掛かってくるか、1人が詠唱し2人で時間を稼ぐかのどちらかだ! 注意して攻めろ!』


 そんなのありかよ!?

 こっちは今ので体力的に限界だってのに…………。

 

「大丈夫だよ!! お兄ちゃん、行けーーーーー!!」


 なんだその変な応援は!?

 しょうがねぇ! あいつらすぐぶちのめしてちゃんとした応援の仕方教えてやる!!

 

 肺に、腹に息を溜めろ。

 肺と腹が敗れるくらいに息を溜めしっかり、敵を睨みつける。


「――――――らあああああぁぁぁぁぁ!!!!」


 腹から声を出し、筋肉という筋肉に無理をさせ走り抜ける。

 身体中の体力をかき集め走る。後の事を考えずに。

 先ほどおこなったダッシュが可愛く見えるほどの速度で相手との距離を詰める。

 50m走を5秒後半は叩き出すだろうであろう位の速度で相手に詰め寄り即座にオウセンを取り出す。

 1人は魔法を使ってくると思われていたが先ほどの風魔法で魔力を限界まで使ったのか、3人で迎撃態勢を取る。

 

 どうする!? このままタックルするか、それとも一端止まって立て直すか。

 今タックルしたらその後の態勢が崩れ残りの2人にやられる。

 だが、止まったら3人を相手する体力は残っていないだろう……。

 あと、5mで俺の射程圏内だが、相手の武器の射程的に4m。

 だが扇撃は無理だ。飛ぶ体力も身体を回転する体力も尽きている。

 こういう場合の対処法をオウセンは何か言っていたはずだ、思い出せ!


 回想 ノルウェスト街(エストゥ街)への移動中のある日


『私流の兵法だが、敵との距離を詰めその後攻撃しなくてはいけない場合どういう風に君は攻撃する?』

「殴る、蹴る、タックル、オウセンで叩く」

『なるほど、アキのその単純な回答は嫌いではないがもう少し詳しく言え。いざとなった時に役に立たんぞ』


 細かい奴だ……。


「なら、顔面か腹部を殴る蹴る、タックルはそのままだな。オウセンを顔面辺りへ振り回す」

『…………違う、そうじゃない。武器を持っていなければまあ前半の回答でとりあえずはいいだろう。だが、その様な事態は私がいる限り到底あり得ない。私を所持している場合の回答を求むよ。もちろん後半のは没に決まっている。もっと他に何かあるだろう?』 

「――――扇技か?」

『そうだ、扇技 壱ノ型 扇撃だ。まだアキには弐ノ型までしか教えていないが弐はその状況では役に立たない。その状況では扇撃が今の君には得策だ。だが、扇撃は分かるだろうが足腰の疲労が半端ではない。飛ぶ、捻る、着地の動作があるからな。』

「…………扇撃が使えない場合って事か」

『そう、その様な状況は今後の戦いの中で間違いなくやってくる。さあ、その状況どう乗り越える?』


 ……………………………………。


「……分からん!」

『ふむ――――――なら宿題だ、エストゥへ着くまでに考えておくんだ』



 

 回想終了


 やっべ!? 何も考えてなかった!!

 くっ! あの時から今までの自分にここまで殺意を覚えたのは生まれて初めてだ!!

 仕方がない、敵をよく見て、状況を把握し考えろ。

 敵は雄叫びの様な声で3人ともひるんでいる。

 武器は右手に持っており身体の正中線からは外れている。

 それならオウセンで叩く場所は正中線のどこかだ。

 頭、顎、金的の3ヵ所はオウセンで振り抜く事が出来るが、本当にそれだけか?

 人中、喉、みぞおちの方がいい気が…………。

 

 ――――そうか、叩く事に拘る必要はない!!

 

 右側に突っ立ている相手へ勢いを少しも殺さずに突進する。


「――――うおおおおおぉぉぉ!!」 


 左手にオウセンを持ち変え、横腹付近まで手を引く。


「は――――っ!」


 相手が動き出そうとすると同時に左足を大きく踏み込み、同時に引いた左手を喉元へ突き立てる。

 

「がっっはっっっっ」

 

 オウセンが喉突き刺さる。 

 刺さるといっても貫通したわけではないが、喉を潰された事により呻き声をささやきながら後ろへ仰け反る。

 倒れたかは分からない。見ていないからな。

 相手が倒れたかを見るよりも先に突いた左手を横へ薙ぎ払う。


 ――――ゴシャッッ!!


 左側にいた相手のこめかみを打ち抜く。


「残念だったな。お前の事は見えていたよ」


 喉を突いた際に俺に隙が出来たと思った左側にいた相手がこちらに鈍器を振り下ろす所だった。

 急所を打たれた2人は同時に床へ倒れ、残すは風魔法を使った奴のみとなった。


「徒党を組むなとはルールで言ってなかったから、何も言わないぜ」


 足元に転がってきた鈍器を拾い、こちらに向ける。

 だが、凶器をまとった鈍器とは正反対に目には怯えの色が映っていた。

 ちょっと前まで、よく見ていた目だったからよく分かる。

 自分が有利と思っていたのが、いつの間にか圧倒的不利に変わる場合によく見る目だ。


「卑怯じゃない、逆に賢いとも俺は思うよ。だが、残念だったな。相手が悪かったと諦めな!!」


 石の様な身体に鞭を打ち、相手の距離を詰める。

 相手も、最後まで諦めないと言う風に、鈍器を振りかぶる。


「遅い!!」


 相手が鈍器を振り上げている際に敵前まで踏み込み、鈍器が頂点まで来た際にはオウセンで顎を打ち上げ、振り抜いた。

 手加減をした訳ではないが、流石に疲れにより顎を砕くほどの威力は出なかった。

 それでも相手の意識と戦意を刈り取る位の威力はあった様でそのまま、膝を着き前のめりに倒れた。


「勝者、アキ!!」


 相手が倒れたと同時に、広場全体に響き渡る声で係員が勝者コールを叫んだ。

 少し意表を突かれたが、ステージの上には俺を含め4人しかおらず俺以外は倒れていた為、まあ当たり前だよな。

 俺の名前が呼ばれてすぐに、大きな歓声と拍手の渦が巻き起こる。


「うぉ!? なんだ!? A、Bブロックの時はこんなのなかっただろう!?」


 驚きというよりも照れが出てしまう。

 今までの人生においてこんなに拍手と歓声を受ける事などなかったな……。


『試合のレベルが他のに比べ若干高かったからな。アキの扇撃、中級魔法、徒党を組んだ敵を倒す。観客からしても見応えがあったのだろう』 


 あまり褒めるなよ。さらに照れるだろう。


『褒めてなどいるものか。逆に反省点だらけだ。この武闘会が終わったら反省点を生かし鍛錬を更に増やさねばな』


 ステージから降りる足が止まる。

 そりゃないでしょ!?

 マジでギリギリだったんだぞ!?


『ふふっ、半分は冗談だ。お疲れ、アキ。今日の勝利は間違いなく君の努力が実った結果だ。今は決勝トーナメントに備えて休むといい。』


 俺に都合のいい言葉だけ真摯に受け止めるよ。

 だけど、俺を強くしてくれたのはオウセンとサクラだろ?

 なら俺だけの努力じゃなくて俺達の努力、の方が俺はいいと思うよ。

 

『全く君は、普段は気が利かない癖してこういう時だけは嬉しい事を言う。――――そうだな、アキと私とサクラ。この3人で努力をした結果の初勝利だ。決勝トーナメントに行く事により初戦で負けても賞金が出るのだろう? 祝いとしてたまには少し豪華な食事でも取ってもいいんじゃないか?』


 ――――――オウセンが照れる事なんてあるんだな。少し驚いた。


『なんだ、そんな事で驚いているのか? 私の素性はあまり言えんが、これでも人並みの感情があるんだ、照れもする。――――それより、早くサクラの元へ行った方がいいぞ。殺気を感じる』


 嘘だろ? と思ったが組手の時に感じる寒気を背中にひしひしと感じる。

 

 ――――これは怒ってらっしゃるな……。


『そら、くだらない事を考えている暇があればさっさと観客席に帰るんだな』 


 一難去って一難かよ。

 半殺しにされる前に可愛い妹の元へ帰るとするか。


『ふふっ、全く。アキは苦労が絶えないな』


 本当だよ。だけどまあ、オウセンやサクラがいてくれれば今はそんな苦労も愛おしいけどな。

 

 普段は絶対口出せない様な台詞を考え、足早にサクラが待つ観客席へと重い足を進める。

 あの感じからして間違いなく小言はありそうだし心構えだけはしておくか…………。


 

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