第百話 ケルベロス
ふわふわとした世界で懐かしい風景、懐かしい顔、懐かしい気持ちを感じる。
「ルイナ」
「なに?お母さん」
「ルイナは将来何になりたいの?」
「う~ん。ケーキ屋さんか先生になりたいな~。あっ!それかお母さんとお父さんみたいに騎士団に入って魔王を倒してみたい!」
「そう。でも騎士団は怖―い魔物と戦わないといけないのよ?」
「魔物は怖いけど私が魔物を倒したらお母さんとお父さんも休めるし一緒に居られるでしょ?昨日幼稚園で先生に親孝行するとお母さんとお父さんが喜ぶって言ってた!」
その夢は最初は親孝行のためでもあった。これは私が物心がつく頃、まだ親が何日も家に帰ってこないことがない頃、まだ私が親を好きだった頃の記憶。
「ルイナは本当にいい子ね。それに頭もいいなんてお父さんに似たのね」
「えー?お父さんいい子じゃないよ。だっていつもムスッとしてて話しかけても『あぁ』とか『うん』とかしか言わないもん」
「あっははは。そうね、お父さんはそういう人だから。けど勘違いしないであげて。あの人はいつもルイナのことばかり思っているし、お仕事中は物すっごく強くて頭が良くて一番前で命がけで戦っているのよ」
「そうなんだ。すごいんだねお父さん。お母さんはどうなの?」
「私?私はねあの人を隣で支えてるの。お互いを理解してお互いに信じあってお互いを助け合う。ルイナも大人になって素敵な旦那さんと結婚したらそうするのよ」
「わかった!私大人になったらカッコいい男の人と結婚する!その旦那さんを守れるためにも強くなるわ!」
「ふふっ、将来が楽しみね。実はね、私のご先祖様は剣術も魔法も魔術も何だって出来るすごく強い人だったらしいの。ルイナにもその血筋を引いてるからもしかしたら将来はお父さんより強くなってるかもね」
「本当に⁉魔王も倒せるくらい⁉」
「それはどうかしらね」
「なら私魔王を倒せるように努力して強くなって騎士団に入るわ!」
あの頃の私は輝いていたな。もう二度と戻ってこない輝き。それは輝きをくれた人によって失われたから。
「またこの絵本呼んで、お母さん」
「ルイナはこの絵本が大好きなのね。いいわよ。『勇者と魔王』。昔、一人の青年がいました――」
あぁ、嫌だ。思い出したくない。あんな最低な親の顔と声。それと、親の、感覚?
どうして。なぜかすぐそばに親の感覚がする。懐かしくて腹が立つこの感じは……。
ほんの少し目が開き視界にぼんやり人が見えた。
「ルイナ。おーいルイナ~」
微かに聞こえるアルトの声。親に似た感覚をアルトから感じる。そういえば初めてアルトと会った時もこんな感覚があってつい煽ったりしちゃったんだな。でも安心する。ずっとアルトの隣に居たい。
「ぶくぶくぶくっ、ゴホッゴホッ!何するのよ!」
「だって中々起きないから」
俺は一度少しだけ目を開けてまた寝ようとしてるルイナを水魔法の水で顔を覆った。俺は少し眠いが十分に寝れたと思う。
他の皆も続々と起きている。部屋中に甘い女性の匂いが籠っている。男側の部屋よりはましか。
「アルトお兄ちゃ~ん。起こす時はキスするんだよ~?ルイナお姉ちゃんにしなかったなら私に出来るでしょ~?」
「そうだぞー。俺にしろよ~」
ヨミとエレイヤはまだ眠たそうに俺に寄りかかって寝ぼけたことを言っている。
「ほら早く支度するぞ」
俺は男側の部屋に行って着替えて顔を洗い、朝ご飯を食べて歯を磨いて一人でホテルの屋上に来た。朝日が昇っている。俺は深呼吸をした。
「はぁ~、ついに、か」
今日ケルべロスと決着をつける。まぁ俺は見たこともないし特に執念があるわけではないが。
俺は一心斬絶を抜いて素振りをした。刃こぼれもないいつもの一心斬絶だ。朝日に照らされて美しく輝いている。いつ見てもカッコいいな。
「おはようございます、アルト君。体と刀の調子は良いですか?」
いつの間にか副団長が後ろにいた。
「はい。副団長もお体は大丈夫ですか?」
「もちろんです。アルト君、少々お話をしてもいいですか?」
「なんです?」
俺は一心斬絶を収めて副団長に向き直った。
「アルト君の戦闘配置はフリーで、アルト君はケルべロスについて知識があるので戦っているその状況で何かいい案が思いつけば今回の指揮官であるミラス団長に言ってくださいね」
「知識があるって言っても知ってることは全部言いましたよ。けど何かいい案が思い浮かべば団長に伝えます」
「よろしくお願いします。ではあと10分後に竜車に向かうためにホテルの1階に集まるまでご自由にどうぞ」
「了解です」
副団長は屋上から飛び降りていった。
「勝てるといいな」
俺はまた少し素振りをした後にホテルの1階に行った。
俺達はピリピリとした空気の中、竜車に乗り白闇の森に向かって音を立てて進んでいく。
「エレイヤ、あんまり緊張するなよ」
「お、おう。だ、だ、大丈夫だ」
めちゃくちゃ緊張してるな。それもそうだ。エレイヤは竪琴でケルベロスを眠らせるという使命を持っている。もちろん眠らなかった場合の作戦も考えているが眠ったほうが圧倒的に楽である。
エレイヤは最高級の竪琴を持ち軽く弾いている。空気感に合わぬ心地よい音だ。
「そろそろ着くよ」
団長がそう言って少し経つと竜車が止まって全員降りた。
「みんな!予定通り隊列を組んでくれ!」
みんなそれぞれ位置に着いて俺とルイナとエレイヤは列の真ん中ら辺に着いた。ヨミとえりは後ろら辺にいる。
「前進!」
第一、二、三、四、五騎士団は白闇の森に警戒しながら進んでいく。段々と灰色の霧が濃くなっていく。この穢れた魔力で出来た霧自体にはほとんどの人間は何も影響がないらしい。俺もあまりこの霧には触れたくないが何ともない。
霧は濃くなっているが50m先はまだ見えるくらいだ。
「ルイナとエレイヤは大丈夫か?」
「えぇ、霧は気持ち悪いけど大丈夫よ」
「俺もなんともないぜ」
「なら良かった」
「止まれ!」
急にミラス団長の声が聞こえた。俺達は足を止めた。何か大きい物が近づいてきているのが地響きでわかる。
「ワァオオオオオオオオォォォォォン」
犬の低い遠吠えが森中に鳴り響いた。この感じ、最初にルイナとヨミと戦った魔王の幹部と同じだ。全身が一瞬震える。これは恐怖か武者震いか。んなことはどうでもいいか。
「前線!防御を固めろ!」
前衛の盾を持った騎士が盾を地に付け重ね合わせた。
地響きが最大まで大きくなり、そしてケルベロスが灰色の霧から姿を現した。黒い巨大な犬の体、三つ首の犬の顔と鋭い牙、強靭な爪、三つに分かれている尻尾。体からどす黒い混沌の魔力が漏れている。そして三つ首の真ん中の首に何か付いていた。
ケルベロスは走って勢いよく姿を現すとそのまま突撃して盾を持った騎士にぶつかった。騎士達は後ろに下がることもなく耐えた。流石だな。ケルベロスは後ろに下がった。
「今だ!投下!」
後ろから甘い食べ物が飛んでケルベロスの横に落ちていった。本当にこの状況で甘いもので釣れるのかどうか。
ケルベロスは落ちてきた甘い食べ物を見ると近づいて匂いを嗅ぐと食らいついた。
「エレイヤちゃん!頼むよ!」
「お、おう!」
俺とルイナはエレイヤを守るようにエレイヤの隣を走ってケルベロスの前に来た。
「頑張れよエレイヤ」
「落ち着いてね」
「あぁ、やってやるぞ」
エレイヤは竪琴を弾き始めた。ゆったりとして子守歌のようだ。竪琴からふわふわとした魔力が流れてケルベロスの周りを纏わっていく。
ケルベロスは甘い食べ物を食べるのをやめてうとうとし始めた。少し経ちケルベロスは目を瞑って寝始めた。
本当に効くとはな。俺とルイナはエレイヤの前に立ってゆっくり後ろに下がった。
騎士団のほとんどの人が詠唱魔法の詠唱を始める。ルイナも詠唱を始めて俺も炎と闇属性の合体魔法を出して撃つ準備をした。そして全員詠唱が終わっていつでも使えるようになった。
「よし……放てぇ!」
ミラス団長の言葉でまず剣士系の騎士が詠唱魔法を撃った。ケルベロスは一瞬で大量の斬撃に襲われ少しだけ目を開けた。しかしすかさず魔導師系の騎士の詠唱魔法で色んな魔法がケルベロスを襲った。
俺とルイナも撃ち終わり爆風が過ぎた。ケルベロスのいた場所の周りの霧は吹き飛んで空から光が差し込む。光が照らすところには傷だらけのケルベロスがいた。息がまだあるが全然動かない。放っておいても死にそうだな。俺達はミラス団長の指示を待つ。
ミラス団長は一人でケルベロスに近づいた。俺達は待機か。ミラス団長は二本の剣を持って一瞬で切り刻んだ。これで確実にケルベロスは死ぬ。ケルベロスはピクリとも動かなくなった。
団長は後ろに下がって俺達を見た。これで終わりか。そう思った時、ケルベロスの三つ首の真ん中についていた物が紫色に光りそれから紫色の魔力が出てケルベロスを覆った。
「こ、これって……」
〔ケルベロス〕
・白闇の森に住む魔王の幹部の一体
・三つ首の巨大な犬型の魔物
・鋭い爪で攻撃をする
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アルト「トラウマが蘇るんだが」
ルイナ「そんなこと言ってないでどうするのよ!」
アルト「え~?う~ん。まぁ、なんとかなるっしょ」
ルイナ「軽い!」
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今回から作者イルの後書きを残します。今までは次の話を投稿したら消すようにしてました。
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お久しぶりです。イルです。
忙しくて中々更新出来ませんでした。忙しいのもありケルベロスの戦闘もあり書くのが進みませんでした。人以外の戦闘シーンを書くのが難しいことを思い知りました。
そしてついに第百話ですね。飽き性の自分がなんとなく趣味で始めた小説がここまで続くとは思いませんでした。始めた頃から先の話ばっかり思い浮かんでいつも早くそこまで書きたいと思う日がずっと続いてます。これからも読んでくれるとありがたいです。
ではまた来週~。