不安と焦燥感と。
大変大変遅くなりまして、 申し訳ありません!
―― 離別の悲しみは、 胸に秘めなければならないようです。
顔色が悪い傲焔様が執務室に来て半日。 背中をこちらに向けて長椅子に寝そべっていらっしゃる訳ですが……。 私の問いかけにも、 炎咒の言葉にも無反応―― いったいどうしたと言うのでしょうか。
最終的には、 炎咒も匙を投げ『放って置きましょう』 の一言で、 傲焔様が居ないものとしてお仕事をしている所です。
けれど…… 居ないもの―― と言っても現実には居らっしゃる訳ですし、 私としては―― どうしても、 長椅子が気になってしまいます。
同じように、 傲焔様を気にしているのが風麗です。 表情はいつもと変わらない冷静なものですが、 チラチラと目線が傲焔様の方に……。
いきなり窓から入って来ましたしねぇ。 傲焔様。
風麗はそれを見て、 曲者と勘違いして誰何の声を上げたわけです。 どちらかと言うと文官系の風麗が、 小太刀を手に傲焔様に立ち向かおうとしてくれたのですが……。
炎咒に止められて、 傲焔様が誰なのか教えられて …… ポカンと口を開けて驚く風麗の珍しい顔が見れました。 私としては意外な一面を見たような気になりましたが、 当の風麗にとっては「冗談じゃない! 」 と言いたくなるような出来事だった事でしょう。
私や炎咒は傲焔様が窓から入って来るのにも慣れていますけど、 風麗のこの反応の方が普通なのだと改めて気付かされます……。
知らない者から見れば、 王の執務室に窓から不審者が入って来たとしか思えないでしょうし、 誰何の声を上げるのも、 私と炎咒の前に立って小太刀を握るのも致し方ないって思うんですが…… 風麗としては、 あり得ない失態だったようです。
けれど、 私は思う訳ですよ…… 平服で髪もボサボサの窓から侵入してきた人が不審者に見えなければ、 誰を不審者にすればいいんでしょう。
慌てて謝罪する風麗を無視して、 傲焔様は長椅子に寝ころびました。 私はその反応に驚きました。 通常ならあり得ない事です。
気さくで優しい傲焔様が、 謝罪する者を放って置いてこんな状態だなんて―― 炎咒は心配にならないのでしょうか? それとも、 心の中で心配しつつも仕事中である為に自分を律しているとか……?? 炎咒の表情からは、 そのどちらとも判断が出来ませんでした。
私は、 傲焔様を気にしている風麗を見ました。
炎咒に問題無いと言われても、 中々そう思うのは難しいようです。 そんな様子の風麗が可哀想だったので、 ここは気にせずに別のお仕事に行って下さいと伝えました。
最初は逡巡していた風麗でしたが、 この執務室で今自分にできる仕事が無いと判断すると、 礼をとって部屋を出ます。
そんなやり取りをしていたら、 傲焔様が唐突に立ち上がり…… 死んだ魚のような目で炎咒を一瞥するとその後、 フラフラと窓から飛び去って行きました。
炎咒に、 「傲焔様はどうしたんでしょう? 」 と声をかけようとした瞬間―― 私はその言葉を飲み込みました。 炎咒が痛ましげな表情で、 傲焔様の飛び去る姿を見つめていたからです。
「近日中には分かる事でしょうし…… 」 と炎咒は溜息と共にそういいました。
「おそらく、 傲焔様の伴侶が亡くなられたのだと思います」
「―― 伴侶? 結婚されてたんですか?? 傲焔様―― 」
炎咒にいきなり告げられた言葉に、 私は思わずそう返してしまいました。 え? 伴侶?? 炎咒は何を言ってるんだろう……。
一瞬そう思ったのも束の間、 炎咒の方から流れて来る冷気に私は我に返りました。
「名が付いてるのだから、 当然伴侶が居るに決まってるじゃ無いですか―― 我が君…… よもやそんな簡単な事も覚えていないとか言わないでしょうね? 」
「えと、 オボエテマスヨ? 伴侶が名付けない限り、 王の名は世界に認識サレナインデスヨネ?? 」
笑顔の炎咒の目の奥が笑っていません。
危険を感じた私は、 慌てて覚えている事を言いました。 そうですよね。 傲焔様には名が付いています。 冷静に考えれば、 伴侶が居るのは当たり前―― むしろ何でそんな簡単な事に気が付かなかったのか……。
普段の様子からてっきり、 傲焔様も炎咒の事を憎からず思っているのではないかと、 考えていました。
―― 何て言うか、 二人の間に―― 阿吽の呼吸と言うか―― 以心伝心というか―― 何か、 目と目で通じ合う絆のようなものが私には感じられたからです。
けれど、 傲焔様に伴侶がいらっしゃったのなら、 炎咒の片想いと言う事――。
あぁ、 もしかしたら炎咒は、 傲焔様が奥様と仲睦まじくされている所を見るのが辛くて故郷を離れたのかもしれません。
「―― 一応合ってはいますが…… まぁ、 いいでしょう。 ―― 傲焔様はいつも伴侶を亡くすと、 あぁやってこの国に来るんですよ」
その言葉に、 私の心は軋みました。 それは炎咒が居るから? 記憶の無い私には、 判断がつかない事です。 傲焔様が、 悲しみに暮れていると言うのに―― 何て私は自分勝手で酷い人間なんでしょう……。
「人とは儚いものです。 王の力で伴侶の寿命は延びるとは言え、 生きても精々百五十年。 大体が自分より早く逝ってしまうと言うのに…… あの人は……。 せめて、 王の血を引いてる者から伴侶を選べばまだ長生きするものを…… 」
眉根を寄せて、 悲しそうな顔をする炎咒の言葉に私は目を見開きました。
「え? 自分の子孫の中から伴侶を選べって事ですか? 」
「―― 何を言ってるんですか? 我が君。 他国の王の子が居るでしょうが。 現に東や北の王には、 過去に傲焔様の娘や息子が嫁いだりしてますよ」
炎咒の言葉を聞いて、 私は納得しました。 傲焔様が一番、 子沢山ですからね。
それにしても、 炎咒の視線が痛いです。 これは、 馬鹿な子を見る目です。 うぅ……。
「子を持たなくて良いのなら、 それこそ『神仙』 の類から精神的な繋がりを持つ伴侶を得れば良いだけの事なんですが…… 傲焔様はどうにも、 儚い寿命の人がお好きなようで」
離別の苦しみを抱える位ならと忠告はしたんですがね、 と炎咒は哀しそうに笑いました。 あぁ、 やっぱり炎咒は傲焔様の事が大切なのだなぁ……。
神仙と言うのは、 女神さまの寵愛を受けた人間の事です。 王のようにある意味不滅の存在では無いものの、 超常の力を与えられ―― 主に自然の中に生きる事を好む人達―― 中には都会が好きだと言う変わり者もいたり、 官吏として王に仕えた者もいるのだそうですが。
彼等は男女共に処女性を尊び、 婚姻は決まって肉体関係無しの清いものだと言います。
確かに、 王の伴侶としてはありなのかもしれません。 傲焔様のように、 毎回、 子供達を臣下として登用すると言うような事が無いのなら、 とても相応しい結婚相手でしょう。
だって、 彼等の寿命は普通の人間よりも長いんです。 つまりは、 今の傲焔様みたいに別離の悲しみを負う様な事は、 只人を伴侶にするより格段に減るはず……。
炎咒はきっとこう言いたかったのでは無いでしょうか…… 『私であれば、 傲焔様の傍にずっといられるのに―― 』 と。
当人に確認した訳では無いですが、 私は炎咒は神仙ではないのかと思っています。
だって王でもないのに長生きですし。 何よりも自分も男性なのに、 同じ男性である傲焔様に恋をする位なんですもの―― 精神的な愛を尊ぶ神仙っぽいじゃあないですか。
私なんかに仕えてくれるのですから、 炎咒は変わり者の神仙なんでしょうけれどね。
「―― 傲焔様―― 早く元気になると良いですけど―― けど、 大切な方が亡くなったのだから暫くは元気なお顔は見れないでしょうね」
「―― 元気な顔なら明日にでも見れますよ」
困った顔をして言う炎咒に、 私は戸惑いの顔を向けました。
どういう事でしょうか。 あんなに悲しみ押しつぶされそうだった傲焔様が、 どうして明日にでも元気な顔ができると言うのでしょう?
それとも、 私が忘れているから分からないだけで、 王と言うものは数日で悲しみを忘れるようにできているのでしょうか……。
「腐っても王ですからね。 あぁやって落ち込むのは一日だけだそうです。 後は、 どんなに苦しかろうと―― 心では慟哭していようと―― いつも通りに戻すのだと言っておりました」
困惑した顔の私に、 炎咒がそう説明をしてくれました。 あぁ―― そうなのですね。
「そう―― ですか…… 」
私はそう答える事しか出来ませんでした。
確かに、 悲しみに沈んでいては公務に差し触りがあります。 王とは、 愛する人の死を心の整理がつくまで悲しむ事すら許されないのですね。
私は溜息を一つつくと、 自分が王としてすべき事に考えを巡らせました。
王の伴侶たる女が亡くなられたのですから、 国として―― お悔やみを言う必要は出て来るでしょう―― けれど、 傲焔様が悲しみを隠して『王』 として立つのなら、 私はその悲しみを知らない振りをして『王』 として接する覚悟を決めるべきだと思うのです。
『可哀想』 だと思うのは簡単です。 亡くなった方を私は知らないので、 その方が亡くなった事を悲しめはしませんが、 傲焔様が辛そうにしている姿を見た今では―― 傲焔様が悲しんでいる姿は心配になります……。
けれど、 中途半端な気遣いは無用―― まずはそう割り切らないといけません。
私が王で無く、 友人としてお悔やみを言う場合と違って、 国として―― 王として弔意を示すのならば、 同情心はきっと傲焔様を侮る事になる―― そう思うのです。
傲焔様は、 自身の心もコントロール出来ない愚か者―― と見做しているとも取られかねません。
そしてそのような態度を示すのなら、 私の国はそんな事も分からない愚か者に成り下がってしまうでしょう。 それは、 避けねばなりません。
炎咒が、 私に傲焔様の事を教えてくれたのは、 「王として割り切るように」 ―― そう言った意味もあったんじゃないかと思います。
「―― この国としての弔意を示す必要がありますね? 」
「はい―― 我が君。 近日中には、 南の国より南の王―― 傲焔様の王妃―― 朱羅様崩御の報せが届く事でしょう」
「式には私も参列する事になりますか? 」
臣下が亡くなった場合は炎咒に任せる事が多いですが、 今回亡くなったのは、 公私共に親交の深い南の国の王の伴侶たる方―― 参列すべきだろうと思いはしたものの、 何ぶん初めての事です。 こちらの仕来りではどうなるかが分かりません。
なので、 炎咒にそう確認をとりました。
「えぇ。 右大臣と左大臣に留守を守らせ、 私も同行致します。 朱羅様の棺に納めて頂く冥品を選んでおきましょう」
炎咒の言葉に私は頷きました。 いつもなら、 斎巴に留守を守って貰う所ですが、 今は仮にも謹慎中。 今回は右大臣と左大臣に留守を守って貰う事になりました。
それと、 冥品も重要です。 冥品とは所謂、 副葬品の事―― これは炎咒に任せておけば問題は無いでしょう。 それよりも問題なのは私の方。 礼を欠いた行いをしないようにしなければなりません。
「失礼が無いようにしたいのですが―― 」
「我が君にして頂く事で、 今すぐ覚えて頂かないとならない事はありませんよ。 過去に覚えて頂いた作法だけで事足ります」
笑顔の炎咒に、 私は恐る恐る口を開きました。
「うぅ―― 復習的なものは…… 」
「実地の方が身に着くでしょう? 最悪、 ヒントと助け舟位は出しますよ」
どうやら、 復習の機会は貰えないようです。 過去に覚えた作法で大丈夫だと言うのなら、 記憶の引き出しから探し出して思い出しておく他ありまん。
うぅ―― 胃が痛いです。 復習をして安心したかったのに……。 私は大きく溜息を吐くと、 傲焔様が消えた南の空を見上げました。
※※※
その日、 私は炎咒と南の国―― 赤陽ノ国に向かいました。
ちなみに、 私の国は白陽ノ国東の国は青陽ノ国北の国を黒陽ノ国と言います。
全部に陽の字が入るのは、 私達が信奉する女神さまが『太陽』と 『生命』を司る方だからです。 後、 それぞれ国に入っている色は、 王として女神さまに『創られた』 私達の元になる『石』―― その色が元になったと言います。
つまり、 私の石は白い色って事ですね。 白と言っても、 炎咒が教えてくれた所によると、 乳白色の象牙色らしいですが。 自分では見られないので正直な所は分かりません。
私は炎咒と二人―― 西陽城の地下にある転移門から他国の王と会議をする天翔宮へと向かいました。
天翔宮は、 空の上の浮島にある会議場です。 宮と呼ばれてはいますが、 私達が入れる部屋は一室だけ―― 円形の会議室だけです。 後は、 休憩するのに中庭に行けるくらいでしょうか。 それ以外の場所は私達には開かれてはいません。
天翔宮にも、 主が居るようですが、 その方には私は一度も会った事がありません。 実在しているのかすら疑いたくなる感じですけどね……。
天翔宮の主―― その本分は中立。
そう、 言われているそうです。 各国の王に会議の場を提供する事と、 女神さまの目となり地上を監視するのがお仕事だとか。 他にも、 王が暴走した場合に止める役があると言いますが詳しくは分かりません。
この場に来ると、 宮女のお姉さんに炎咒が天翔宮の主が息災かどうか尋ねているので、 炎咒はその方と既知の間柄なのかもしれないとは思っていますけれど。
産まれてから一度も代替わりしていないそうです。 凄いですよね。
見解は様々ですけれど私はこの天翔宮もまた、 特殊な立場ではありますが一つの国だと捕えています。 いつもこの場で給仕をしてくれる宮女さん達が国民であるとの認識です。
その宮女さん達は、 いつもなら若草色の服を着ているのですが、 今日の色は黒い服。 黒――と言っても、 北の、 何ものをも受け付けない感じの漆黒では無く、 紫黒――と言う色をしているのですが……。 かく言う私も、 そして炎咒も今日は紫黒色の長衣を着ていました。
紫黒に銀糸の刺繍の入った物が、 弔意を示す服装なのです。
会議の時のいつもの席―― 西向きの象牙色の椅子に触れながら、 私は、 南側の緋色の椅子を見ました。 その後ろにある赤色の門は、 いつもと違って開け放たれた状態です。
それを見て、 私は痛ましいような気持ちになりました。 じっとその門の中の光の道を見つめます。
丁度その時、 黒の門と青の門が開いて人影が出てきました。
「西の王か。 久しいな」
「あら、 白の――おちびちゃん。 相っ変わらず小さいわねぇ…… 」
東の王、 静濫様と北の王、 黒耀樹様でした。 二人の後ろにはそれぞれの宰相が控えています。
「お久しぶりです、 東の王―― 北の王」
静濫様に一瞥されて、 私はそうお二人に挨拶しました。 東の王、 静濫様は、 藍色の髪に紫の瞳のいかにも武人―― という雰囲気の方です。 目つきが鋭いので、 いつも怒ってるみたいに見えて最初の頃はとても怖いと思っていました。
けれど、 天翔宮の中庭で怪我をした小鳥を手当てしてあげているのを見て、 それは勘違いだと知りました。 顔は怖いけれど、 とても優しい人なのだと。
黒耀樹様は―― 黒髪に銀色の目のとても奇麗な方ですが、 正直苦手です。 多分、 私はあまり好かれていないんだと思います。
更に言えば、 黒耀樹様は炎咒の事が『吐きそうな位』 嫌いだそうです。 王の中で唯一の女性ですが、 いつも男性の格好をしています。
「いい加減、 その姿も見飽きたんだけど。 いつになったら大っきくなるわけ」
「―― 相変わらず、 口が悪いですね北の王。 我が君が小さかろうと、 大きかろうと貴国には何の関係もないと思うのですが? 」
炎咒と黒耀樹様が、 険悪な様子で睨みあいます。 黒耀樹様の後ろで、 宰相であり王配でもある夜代さんが呻いて天を仰ぎました。
静濫様は『またか』 と言うように溜息一つ。 その後ろに控える宰相の花青さんは見事なまでにポーカーフェイスを貫いています。 ちなみにこの方は各国の宰相達の中で唯一の女性です。
「そうね。 でかかろうが小さかろうがウチの国には関係ないわよ? でもさぁ。 一国の王がいつまでもガキじゃあ困るのよ。 そもそも、 依怙贔屓野郎が甘やかしてるから悪いんじゃないの?? 」
下から睨め上げるように炎咒に食ってかかる黒耀樹様を強引に引きはがして、 夜代さんが渋い顔をしていました。
「黒耀樹―― じゃなかった、 陛下―― いい加減にしなさい。 あんたはもう―― 幾ら、 この場に居るのが王と宰相だけだからって言いすぎですよ」
小声で話していますが、 近くに居る私達には丸聞こえです。 今にも胃薬が必要そうな顔をして、 夜代さんは黒耀樹様を羽交い絞めにしました。
『臣下には見せられない』 光景ではありますが、 この会議場の中では割と良く見る光景だったりします。 ちなみに『臣下には―― 』 というセリフは、 夜代さんが良く言う言葉です。
黒耀樹様は、 自国ではクールビューティな―― 国民から尊敬を集める王様らしいので……。
けれど、 本人曰く、 こちらの方が地だそうです。 国民の目が無い会議場で位、 自由にしてても良いでしょう? と言っていた記憶がありますからね。
「煩い夜代。 南の国に行ったら言えないんだから言わせてよ。 大体炎咒はさ―― もっと自分の立場って言うのを考えるべきよ。 それを、 一つの国に留まって―― 」
ドカッと机の上に腰かけた黒耀樹様に、 夜代さんが「あぁ―― そんな座り方をしたら、 服に皺が―― 」 と頭を抱えました。
そんな黒耀樹様に、 静濫様から静かな声がかかります。
「―― 黒耀樹。 いい加減にしろ。 それ以上は越権行為だ。 炎咒にあまり干渉するな。 決めるのはソレの自由だ。 意志があるんだからな」
「―― 分かってるわよっ! あー! でも腹立つ」
静濫様にそう言われて、 黒耀樹様は炎咒を睨みました。
私もそんな炎咒を見上げます。 炎咒の立場――? そんな話、 私は知りません。 炎咒にどんな立場があると言うのでしょうか。 私の宰相と言う以外に……。
黒耀樹様の手を取り立たせると、 夜代さんは赤の門へと向かいました。 黒耀樹様が、 こっそり私達に謝る夜代さんを連れて赤の門を潜ります。
その後に、 呆れ顔の静濫様と花青さんが続きました。
「―― 炎咒―― 」
「はぁ、 まったく。 仕事を投げ出している訳では無いんですがね…… あぁ、 我が君。 貴女が気にする必要はありません。 北の王が、 意地悪な事を言うのは全てこの炎咒への当てつけですからね」
私が疑問を口にするのを遮るように、 炎咒がそう話しました。 「仕事を投げ出してはいない」 その口ぶりから考えるのなら、 炎咒には何か別の立場があると言っているようなものです。
「―― 炎咒は、 西の国に居たら本当はいけないの? 」
心に浮かんだ黒い不安を、 私は飲み込む事が出来ませんでした。 私にとっての炎咒は、 私を迎えに来てくれた時から既に宰相をしていて―― 宰相をしてくれているのが当たり前だと思って来ました。
確かに、 傲焔様の所に行ってしまうかも…… と思った事もありますが、 けれど、 それとは別に炎咒が―― 宰相を辞めてしまう様な事態があるかもしれないって事ですか???
だってそうでしょう?? 炎咒の立場が何かは分かりませんが、 そちらが優先されるような事があれば、 炎咒は宰相を辞めて何処かに行ってしまうかもしれないじゃないですか。
「―― 何処からもお咎めはありませんから、 問題ないですよ? 」
そんな私の不安を感じてか、 炎咒が私を抱き上げてくれました。 穏やかな微笑みを浮かべて、 私の頭をそっとなでてくれます。 そして私に大丈夫ですと囁きました。
それは、 私がこの世界に馴染めていない頃、 炎咒が良くしてくれた仕草で……。 少し泣いてしまいそうな気持ちになります。
「けど―― 黒耀樹様は―― 」
炎咒が私を慰めるようにしてくれても、 私の不安は小さくなりませんでした。 更に言い募ろうとする私の口を、 炎咒の指が触れて押さえます。
「―― 黒耀樹様に何を言われようと一切問題はありません。 さぁ、 私達も行きましょう」
どうして―― とは聞けませんでした。 今の様子を見れば、 炎咒はその事を私に「聞くな」 と言ったも同然です。 そのいつもと違う様子が怖かったのもあります。
―― ありますけれど、 それよりも気になる事―― 黒耀樹様は北の国の王です。 女神様から国を預かる王です―― その方に責められたのに、 一切問題無いと言い切れる炎咒―― まるで王と同等の立場であると言っているようでした。
それは、 いつもの炎咒からは考えられない強い口調です。 確かに気安い所もあれど、 炎咒は王に対する礼節―― と言うものに煩いはず。 それなのに何故――?
ポンコツな私と違って、 他国の王は地上に於いて最強の生物と言われています。 おいそれと何を言われても問題ないと言えるはずが無いのです。
「無いはず―― です」
「どうかされましたか? 我が君」
硬い表情で呟いた言葉を炎咒に訊き返されて、 私は小さく首を振りました。
「いいえ―― いいえ、 独り言です…… 何でもありません」
「そうですか」 そう返されて私は頷きました。 いつもの炎咒なら、 もっと詳しく聞こうとするでしょう。 けれど、 頬笑みを浮かべて返された言葉は、 私に何も教える気は無いと言っているようなものでした。
私は、 赤の門の前で炎咒に降ろされて、 手を引かれてその門を潜ります。 炎咒が傍にいるのに、 今の私は無性に寂しい気持ちになっていました。
私の中の不安は、 こびり付いた汚れのように落ちる事なく―― 今にも炎咒を問い詰めてしまいそうな自分と、 炎咒に問い質す事を恐れる自分がせめぎ合い―― 訳のわからない焦燥感をもたらしたのです。
大変遅くなりました……m(_ _)m
今回から書き方を変えてあります(その方が読みやすいかと……)
追々、 投稿済みの物も変更予定です……。