右大臣さんに平身低頭土下座されました。
―― 親子と言うのは、 色々ままならない事もあるんですね……。
非公式に会いたいという人がいるんですがどうされますか? そう聞かれたのはあの事件から三日経った後でした。
非公式に―― という胡散臭さから、 最初は断ろうとしたのですが、 炎咒に誰か教えられてビックリです。 右大臣でした。 でも、 非公式―― ってどういう事でしょう……。
会います、 と告げてから半刻程―― 右大臣はなんと、 母さまの背中に乗って塀を乗り越えて来ましたよ?! 多分、 乗り物酔いみたいな感じになったんでしょう。 ウプっと戻しそうになった後、 堪えてヨロヨロと母さまから降りると、 私に気が付きスライディングして、 土下座されました。
沈黙が―― 沈黙が痛いです。 私の足元には、 平身低頭土下座した右大臣の姿が――。 前に見た時は福々とした小父様だったのに今は見る影もありません。 少しやつれたように見えます。
「あわわわわ――…… 土下座の必要はありません~~っ 」
「土下座? 陛下これは、 罪人が貴人にする礼の一つですよ」
「ざ、 罪人?! なんでです」
パニックになる私の横で、 斎巴が冷静な声を出しました。 心なしか対応が冷たいのは、 右大臣が明花媛のお父さんだからでしょうか……。
というか、 罪人が貴人にする礼の一つっ何なんです? 右大臣は罪人って訳じゃ無いですよね。
「取り合えず、 我が君―― 見ているのは楽しいですが、 運動不足の身体には少々酷なようなので、 『面をあげよ、 発言を許す』 と言ってあげてくれますか? 」
炎咒から、 助け舟が出されました。
確かに、 膝を曲げて座り―― 腕を伸ばして胸を地面に付けるこの土下座は右大臣さんには辛そうです。 お腹が苦しいのか、 胸が圧迫されて呼吸がし辛いのかは分かりませんが、 苦しそうにプルプルと震えている姿を見て、 私は我に返って気が付きました。
炎咒に言われたように、 右大臣は私が許可しないと発言出来ないと言う事に―― です。
「あ、 朝議の時のやつですね? えと。 『面をあげよ、 発言を許す』」
私がそう言い終えた瞬間です。 それまでプルプルしていた右大臣が、 ガバっと起き上がり膝をついたたま吠えるように叫びました。 大きな声に私の鼓膜がビリビリ震えます。
「陛下!!! この度は不肖の私の娘が―― 愚か過ぎてどうにもならない馬鹿な事をやらかしまして本―――――― 当にっ! 申し訳ありませんっ!!!!!!!!! 」
そのまま、 また土下座です。 大きな声だった所為か、 母さまが嫌そうな顔をして、 斎巴は耳に手を当てていました。
「この上はこの首、 陛下に捧げ罪の一端を担いたく――っ!!! 」
右大臣は、 土下座したままで物騒な事を口にします。 私はと言えば、 急な展開に目を白黒させていました。
「いい加減にしなさい! 馬鹿ですかっ!! 」
あ、 炎咒が右大臣さんを足蹴にしましたよ。 その後、 助け起こして右大臣さんを立たせますけれど……。
それでもまだ、 何か言い募ろうとする右大臣に、 斎巴が冷徹な目を向けました。
「そうですよ。 陛下のお庭を血で汚す気ですか? 」
ちょっと待って下さい斎巴! それ、 ここじゃなきゃ良いってことですか? と言うか、 右大臣さん! 貴方も成程―― って言う風に頷かないで下さいっ!
ここじゃない所でもダメです―― 首を切って落とすなんて怖い事を許可できるわけないじゃないですか!
「ダメです! ダメですったら! 首はいりません! そんな事したら怒りますよ」
斎巴にも、 駄目ですからね! と言いきれば、 右大臣の大きな身体が縮こまりプルプルと震え始めました。
「ぐうぅっ! 陛下―― 」
何てお優しい―― と号泣されてしまいます。 優しい―― ですか? そんな事はないとは思うんですけど……。
多分、 王としては間違ってるんでしょう。 歴史とかの話をみれば、 王に危害を加える者が五体満足でいられる事の方がおかしいようですし。
私はただ、 至らない私の所為で血が流れる事が嫌なだけ……。 右大臣に優しいなんて言って貰えるような事では無いと思うのです。
「しかし、 何ででしょうなぁ。 陛下はこんなにお可愛らしくてらっしゃるのに―― 炎咒さま、 斎巴さま、 ついでに鈴守花殿も睨まないで頂けますかな。 儂、 幼女趣味は持ってないんで」
しみじみと話していた右大臣から笑顔が消えました。 炎咒をはじめ、 斎巴と母さまが怖ろしい形相で右大臣を睨みつけたからです……。 それで、 誤解を解こうとした右大臣が、 慌てた様子で手を振りながら否定します。 幼女趣味疑惑を……
皆、 心配性ですねぇ。 右大臣の様子を見れば、 そんな風に私の事を見てるなんてありえないのに。
「違いますから。 儂は陛下を見てると―― 皆さまには不快でしょうが、 明花が幼かった時の事を思い出します。 まぁ、 正確には陛下の方が儂より年上な訳ですが、 それでも幼い陛下を見て、 責めたり、 嫌味を言ったりする気にはならんのです」
右大臣のその言葉に、 炎咒達は納得したようでした。
あぁ…… 成程。 自分の娘が幼く可愛らしかった頃を思えば、 その頃の娘と同じような年頃に見える私に、 娘の面影を重ねて意地悪をしたくならないって事ですね…… あの美人さんの明花媛の幼い頃と、 ちんちくりんな私とでは面影も重なりようが無い気もしますけど。
「まぁ、 それは儂が外の国の大学に通うために留学したからかもしれませんが」
留学する者は少ないですからなぁ―― と話す右大臣さんに私は疑問を投げかけました。
他国とは普通に交流があるはずです。 商業的な部分が多いですけど…… あぁでも確かに、 官吏を養成するための我が国の大学に、 外の国から留学して来た人がって聞きませんね……。
そもそも、 今いる官吏のほとんどがこの国の人達のはずですし―― 多分、 炎咒を除いてですけど。
西の国の人は、 名前に『風』の字を入れる事が多いんですよね。 対して、 『炎』 の字を入れるのが多いのは…… 南の国、 傲焔様の治める国―― だから、 炎咒は南の国出身だと思うのです。
「留学って珍しいんですか? 」
「西の国では残念ながら。 …… この国はそういう所が遅れているのです、 陛下。 親に当たる世代のものが閉鎖的。 諸外国より自分達の国の方が優れていると思い込む視野の狭さ。 代々続いて来た陛下に対する不敬に気が付けない愚か者が多すぎて…… 私の亡くなった父は、 この国に於いては革命的な思想の持ち主でしてな…… 」
怒りを露わにしながら、 右大臣さんはそう言いました。 それから、 ふと―― 懐かしそうな顔をして亡くなったお父さんの事を話してくれます。
「己の国を知るには、 外からこの国を眺める必要がある―― と。 南の国の大学に行かせてくれたんですよ。 卒業した後も暫くは東の国、 北の国―― と見に行く事を許してくれたんです」
お父さんの事を話す右大臣の表情は柔らかく、 とても嬉しそうでした。 私はそれが少し羨ましくなってしまいました。 両親、 と言うものが私には存在しないのだと知った時―― それを納得すると同時に物凄く残念だと感じたからです。
この世界に戻る事になった時、 こんな私にも探してくれている両親がいるかもしれないとちょっとだけ期待していました。 まぁ、 現実はそうはいかなかった訳ですが。
でもいいんです。 私には母さまがいますし!
「左大臣もね。 あれも一応陛下に対してまぁ、 至らない所が残念―― みたいな反応はするけれど、 不敬を働いたりとかないでしょう? あれも私と同じ外の国の大学に通ったのでね」
その言葉に、 私は左大臣の事を思い出しました。 右大臣とは違いキツイ顔立ちの男性です。
最初に会った時には怖いと思ったけれど、 確かに右大臣の言った通り、 左大臣は私の至らない所には残念そうな顔をするけれど、 蔑むような言動はしないし比較的公平に接してくれる数少ない人です。
「あぁ…… 貴方達の家、 何かと対抗意識強かったんでしたっけ? 貴方の所が留学するならウチの息子も―― とか左大臣の父親が騒いでましたっけねぇ…… 」
左大臣のお父さんは、 自分が左大臣になれなかった事にコンプレックスを持っていた人らしく、 自分の息子を左大臣にするために英才教育を施してたようで……。
「そこは結構複雑な? そもそも儂の祖父さんと、 今の左大臣の祖父さんが幼馴染だったんですがね。 同じ年の同じ月に産まれて、 儂の祖父さんの方が優秀だったんですよ。 で、 その爺が突っかかって来てたわけで、 ウチの祖父さんはちょっと鈍い人でね。 最後まで幼馴染の親友だって思ってたらしいですが…… 」
あぁ、 右大臣のお祖父さんが、 一方的にライバル視されてたって事ですね。 気付いて貰えなかった左大臣のお祖父さんが不憫です。 相手に自覚して貰えない一人相撲程、 惨めなものは無い気がするんですが……。
けど、 右大臣のお祖父さんは余程、 良い人だったんでしょうね。 嫌がらせをされても気が付かないなんて…… 多分、 私と違ってプラス思考の人だったんだと思います。 分けて欲しいです…… その考え方を。
「あぁ―― 例の」
炎咒が納得したように頷きました。
「―― 例の? 」
例の―― と言うのは、 左大臣のお祖父さんですよね?
「前の左大臣ですよ」
私の疑問に斎巴が答えてくれました。 どうやら、 左大臣のお祖父さんも左大臣をしてたようです。
そう言われて思い出しました。 目つきが悪いおじいちゃん…… 会うたびに嫌味を言われるので、 私が避けてた人ですね……。
「まったく相手にされない―― それが面白くなかったんでしょうなぁ。 儂の親父の代には加熱しましてね。 親父は祖父程鈍くは無かったんで、 憎まれているのは承知してたんですが、 まぁ、 面倒で無視してたらしいんですわ。 けど、 今の左大臣の親父が好きになった娘と儂の親父が結婚しましてね―― 」
泥沼ですね―― 泥沼の気配がします。
どうやら、 近所に住む幼馴染の媛君に恋してた左大臣のお父さん―― 四季の宴の最中にその媛君に求婚しようとしていたら、 件の媛君が右大臣のお父さんに告白している所に行き合わせたそうで……。
間が悪いと言うか、 何と言うか…… ご愁傷さまですとしか言いようがないですね。
「で、 次は儂が標的だったんです。 儂も結婚するまでは―― でしたけどな。 そう言えば、 風友―― おっと、 今の左大臣は自分の親父や祖父のそういう感情がまったく分からない人間でねぇ―― アイツ、 仕事はできるのにどっか抜けてる所があるじゃないですか。 なので、 アイツとは比較的上手くやっていけそうなので、 良かったと思っとります」
いやぁ、 嫌がらせが大変でした! と笑顔で話してますが…… 右大臣―― そうとう酷い嫌がらせされたんじゃないでしょうか…… 左大臣のお父さんとお祖父ちゃんにとっては、 相当憎い相手ですよね? きっと。
せめてもの救いは、 今の左大臣との関係が良好な事かもしれません。 けど、 逆にその所為で左大臣のお父さんと、 お祖父ちゃんの右大臣へのアタリがきつくなりそうな気もするんですが、 どうして結婚したら収まったんでしょうか……。
「―― 何で、 結婚するまでは―― なんですか? 」
「一目ぼれして、 大恋愛の末―― 儂が結婚した娘が前の左大臣の爺の隠し子だったので。 あの狸、 すげえ良い顔してましたよ。 煮え湯を飲まされたような。 儂も親父もちょっと心が清々しい気持ちになりましたナァ」
無視したりしてたとしても、 清々しい気持ちになる位には鬱憤が溜まっていたんですね……。
ニヤリと笑った右大臣―― ちょっとだけ人の悪い笑顔になってます。
何故、 結婚したら嫌がらせが止んだかと言えば…… 右大臣の奥さんになった女が、 隠し子とはいえ、 前の左大臣にとっては可愛い―― 目に入れても痛くない位に可愛がっていた娘だったらしく、 娘に嫌われたくないからと嫌がらせを止めたらしいのです。
左大臣のお父さんはそれで納得したのかと言えば、 そうでもなかったらしいですけど、 自分の父親の言う事には逆らえず…… といった所みたいですね。
「それで? どうするつもりですか」
急に真剣な口調になった炎咒にそう問われて、 右大臣さんも真面目な顔になりました。 そのまま立ち上がり、 両手を胸の前に組んで肘を水平にする臣下の礼を取ると、 重々しく口を開きます。
「…… 明花は尼僧院に入れようと思います」
「尼僧院―― ですか? 」
一時的な事? いいえ、 右大臣の口調から感じられたのは、 明花媛が一生そこに入れられるのだろうという事でした。 年若い娘の一生を、 そこに縛り付けるのは―― 一瞬そんな考えが浮かび口を出しそうになります。
けれど、 炎咒に首を横に振られて私はその言葉を飲み込みました。 あぁ。 私が王であるならばそれは口に出してはいけない事なのでしょう。
「あれだけの事をしでかしたのです。 儂にとっては可愛い娘と言えど、 本来ならば首を落されても文句は言えません。 ですが狸爺は絶対に介入して来るでしょうしな…… 余計な波風を起こさせない為にも、 落とし所としては…… それが宜しいかと」
諦め―― 右大臣の顔に浮かぶのはそんな感情でした。
王の私室がある白亜宮は、 許可の無い者が入る事を許されない所謂、 禁域です。 そこに許可なく土足で上がり込んだのですから、 右大臣が言うように本来であれば首を切らなければいけないような出来事なのでしょう。
「尼僧院でも文句が出そうですがね」
そうポツリと呟いたのは斎巴。 炎咒も同じように考えているのでしょうか。 少し難しい顔になっています。 けれど、 炎咒も斎巴も明花媛が尼僧院に行く事自体は反対では無いようでした。
斎巴の言葉に、 より厳しい顔をしたのは右大臣。
「出させません。 あれの父親は儂ですからな。 明花の婿に我が家の後継者になって貰う予定でしたが、 こうなった以上―― 誰か養子を貰います」
そう言い切って、 右大臣はそっと目を閉じました。 その様子から誰に何と言われようと―― それこそ、 明花媛に泣き喚かれようと…… 意見を変える気は無いのだと理解出来ました。
「――…… 」
「あぁ陛下、 そんな顔なさらないで下さい。 悪いのは明花と、 こうなるまで逃げてた儂です。 尼僧院には叔母がおりまして、 明花もおいそれと文句が言えないような、 おっかない人です。 あの場所なら、 身分も通用しませんし…… 少しは大人になってくれると良いんですがな」
何も言えず、 黙り込んでしまった私に右大臣がそう言いました。 その顔はどこか寂しげで―― そして明花媛の人生をこうしてしまった事を後悔しているように見えました。
例え、 嫌われたとしても―― ちゃんと向き合えば良かったと。
※※※
―― 王様を続けるのなら、 私は成長しないといけません。
「私のせいです」
右大臣が帰った後、 私は泣きそうな気持ちになってそう呟きました。 力無く項垂れて椅子に凭れかかります。
「我が君? 」
「私が成体にならないから…… それに記憶がない出来そこないの王だから…… 」
心配そうに私の顔を覗き込む炎咒に、 私はそう言葉を続けました。
「陛下の所為ではありませんよ」
斎巴―― いいえ、 斎巴も炎咒も知らないだけです。 記憶が無い理由は分かりませんが、 成体にならないのは私の我儘―― そうです我儘なんだって。
慰めてくれる優しさが、 胸に刺さりました。 そんな優しさを受け取る資格なんてないのに。
確かに、 明花媛がした事は、 この世界の成り立ちを考えれば許されない事でしょう。 けれど、 罪は明花媛だけにあるだけではありません。 右大臣にも多少の罪はあるかもしれませんが、 それよりもなお罪深いのは私でしょう。 私が――
皆に認めてもらえる王であったなら
それは、 起こらなかった出来事です……。 私が、 弱くて逃げてるだけだったから……。
傲焔様が「気分が悪い」 と言ったように、 この国の私の臣下は私の事を軽んじている。 ずっとそれを私が成長しない所為だと思って来ました。
幼い容姿が頼りないからだと―― その所為にして。 けど、 本当にそうだったでしょうか?
意地悪を言われるのは嫌だから―― 傷つくのは嫌だから―― 怖い怖いとそう言って、 炎咒があまり外に出なくても良いと許してくれた事を免罪符にして、 私は関わって来なかった。
そんな王を誰が信頼できるでしょう。
確かに、 昔よりちゃんとお仕事はしています。 けれど、 閉ざされた空間の中で、 炎咒と斎巴と母さまと―― 炎咒の作った私の身の回りの世話をする侍女―― 意志の疎通もできない彼女達しか傍に寄せず―― そんな状態で信頼されようなんて無理に決まってます。
それなのに、 私は自分が至らないからと理由をつけて落ち込むだけで、 変わろうとはしてこなかったんです……。 それこそが罪ではないのでしょうか。
「我が君―― そんな顔をしないで下さい。 斎巴の言うように、 貴女の所為ではありません。 そんな事をおっしゃるのなら、 事の元凶は私であると言っても良い」
それは明花媛が炎咒に恋したこと? そんな事は誰のせいでもありません。 あぁ、 それとも前に傲焔様と話した事でしょうか…… 炎咒があまりにも私が不在の間―― 上手に国を守り過ぎた、 と。
「炎咒の所為な訳ありません! そんな事―― 」
思わず、 大きな声を出してしまったのは、 私の所為なのに炎咒が自分を責めるのが申し訳無いと思ったからです。 けれど、 どうも斎巴は私よりも炎咒が悪いと思っているようで……。
「私は炎咒様の所為だと思いますけどね」
チラッと炎咒を厳しい目で見た斎巴が、 大きな溜息をつきました。 どうしましょう。 炎咒は別に悪く無いのに……。
「斎巴―― そんなコトないです。 炎咒のお陰でこの国は荒廃せずに済んだんです…… 私は感謝してます」
私の言葉に、 炎咒と斎巴が同時に首を傾げました。 その後、 あぁ…… と言って二人だけで納得しています。 ―― その事じゃ無いんでしょうか。
「そう言えば、 そんな事もありましたねぇ。 確かに陛下の言う通り、 それも炎咒様の所為ですね」
あれ? 何だか斎巴が炎咒を責めるポイントが増えましたか?? ニコリと笑う斎巴の笑顔が怖いです。
「えと―― 炎咒の所為じゃないですよ? 」
オズオズとそう炎咒を見上げて言えば、 困ったような顔をした炎咒が、 私を元気づけるように微笑みます。 ごめんなさい炎咒。 怒られる要素を増やしちゃって……。
「私―― これからはなるべく外に出ます。 ちゃんと皆の前でお仕事をして、 至らなくともこの国の王だって思って貰えるように」
「―― 我が君…… 」
驚いたように炎咒と斎巴が目を瞠りました。 ずうっと長い時間、 私は自分を甘やかして来たのだと思います。 明花媛の件はもう遅いけれど、 二度と同じ事が起こる事が無いように、 私はちゃんと『西の王』 にならなければなりません。
「それが、 我が君の望む事でしたら…… 」
炎咒の事だから喜んでくれると思ったのに……。 私の考えを認めてくれた炎咒が何故か寂しそうに見えて戸惑ってしまいます。
斎巴を見れば、 こちらには力強く頷かれました。 嬉しそうな笑顔を見れば、 斎巴は私のその考えを喜んでくれているみたい。 母さまが尻尾を振りながら私の傍に来て、 べろりと手のひらを舐めてくれました。
炎咒は―― どうしてそんな寂しそうな顔をするんでしょう……。 もしかして、 反対なのでしょうか……。 一瞬、 決心がグラつきそうになって私は慌てて頭を振りました。
今からこんな事でどうするんですか! 炎咒に嫌われようと―― 嫌われたくは無いですけど…… えぇと、 炎咒に反対されようと、 私はちゃんとやり遂げます。
だってそうじゃないと、 明花媛の事があったと言うのに、 私の事を恨まずに臣下として王を支えてくれる右大臣にも申し訳が立ちません。 だから…… 頑張らないといけないんです。
変わらないといけないんです……。
明花媛は尼僧院に送られる事になったようですが、 はたしてこのままで済むのか……。
私ちゃんは安全なヌクヌクした自分の部屋から出て、 自立できるように頑張るようです。
実は甘やかしたがりの面がある炎咒にとっては複雑そうですが、 以前からそこを気にかけていた斎巴には大歓迎されています。
次回は私ちゃんが白亜宮を出て、 お仕事―― となると思います。