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明花媛来襲!

 ―― 守られている―― けど、 本当にそれで良いのでしょうか。

 

 お仕事も終わり、 母さまの背に乗って散歩をしていたのはさっきの事―― 斎巴にお願いされて、 荷物持ちのお手伝いに母さまが行ってしまったので、 私は暇を持て余しながらブラブラしていました。

 炎咒は外―― 朝廷の方に大臣達に何やら話したい事があると呼び出され、 今はそちらです。 一人寂しくブラブラしていると、 やっぱり気軽にお話できるお友達が欲しいです。

 そんな事を考えていたら、 まさかの訪問者が―― あり得ません―― 何で、 明花媛。

あっと言う間に血の気が引きました。 どうやってここまで入って来たって言うのでしょう。 

 男女数人の取り巻きを侍らせて、 私を見つめる明花媛の目は―― 獲物を見つけたもののソレです。 一瞬で私の心は、 苛められていた頃の幼い自分に戻ったようでした。 


 「これはこれは陛下―― ご機嫌麗しく存じますわ」


 通常なら、 これは無礼な行為だと炎咒なら言うでしょう。 貴族の娘が―― 王の前にあって膝を折らず、 ましてや勝手に話し始める―― 通常の王宮ではあり得ない事であると……。 けれど、 それが今の私の価値なのです。

 王として、 軽んじられている―― 炎咒や斎巴は怒りますが、 出来そこないの王である私には…… 正当な評価であると感じてしまうのです。


 「―― ここは、 許可のあった者だけしか―― 入れない場所のはずです」

 「あぁ、 嫌ですわ陛下―― 白亜宮―― 奥の宮にお籠りになったままの陛下のご機嫌を伺いに参りましたのよ? だってねぇ皆さん、 陛下ったら全然お姿をお見せになって下さらないからぁ―― お顔を忘れてしまいそうになってしまって。 けど…… 相変わらずのようですわね。 陛下―― お籠りになる気持ちも分かると言うものではなくて? だってまだこんなに幼くて・・・らっしゃるのだから」


 クスクスと忍び笑いが聞こえます。 明花媛に追従するように笑う声に居た堪れない気持ちになりながらも私は勇気を持って顔を上げました。


 「明花媛―― 私が聞いた事に答えて下さい―― ここは許可があった者しか入れない筈です」


 意を決して、 もう一度告げた言葉は嘲笑によって掻き消されました。


 「許可? 許可ですの? 可笑しなことを仰いますのね。 私は炎咒さまの伴侶になる娘。 夫となる炎咒さまの出入りする場所に、 私が入れない訳ありませんでしょ」


 あり得ない言葉に、 一瞬意味が分かりませんでした。 伴侶? それはあり得ません。 だって炎咒は明花媛の事を嫌っているから……。 万に一つそのような事になったとしても、 許可なくこの場所に入る事などできる物ではありません。 権力者と結婚した伴侶も同等の地位を持つようなら、 王政なんてやってられないでしょう。 伴侶が皆、 政治に詳しいと言う訳にはいきませんから。


 「炎咒からはそのような話―― 聞いてませんが」


 上位貴族が婚姻を結ぶ場合、 王が結婚の許可証を与えるのが通例です。 炎咒から報告が無い以上、 明花媛の狂言でしか無い―― 暗にそう告げたつもりでした。 


 「あぁ、 いやですわ。 自明の理じゃございませんか! 貴女が行方不明なんて迷惑な事をなさってる間、 炎咒様がいらっしゃったから―― この国は救われたのですわ。 貴女みたいな出来損ないの為に、 炎咒様は今でも独身ひとりみでいらっしゃる。 臣下の事を思うのなら、 いい加減に炎咒様を解放するべきでしてよ。 炎咒様を癒して差し上げられるのは私だけ。 この国で、 炎咒様に一番相応しいのも私だけ。 それなら、 炎咒様の妻に相応しいのは私しか居ませんでしょ」


 うっとりと、 そう話す明花媛の顔は―― そうなる―― と確信している人のソレでした。 何故? と言う思いが私の中で産まれます。 彼女の父親は、 そんな事とんでも無いと言うような人物です。 なら、 彼女は何を持って炎咒の妻になると言う事を確信しているのでしょうか。


 「まったくですわ。 明花媛と炎咒様は並び立てば、 一幅の絵のようにお似合いですもの」

 「えぇ本当に。 美男美女ですからね」


 取り巻きの男女が口々にそう持て囃す中、 明花媛は花が綻ぶような美しい笑みを浮かべてとても嬉しそうです。 もしこの笑顔通りのひとであれば、 友達になれたかもれません。

 美しい笑顔の後に、 意地悪な顔をして私を嘲笑う明花媛の顔は醜く歪んでいました。 折角―― とっても美人さんなのに――。


 「あら、 嫌ですわ―― 当たり前の事は言うものじゃなくってよ。 私と炎咒さまがお似合いの夫婦に見えるだなんて、 そんな事。 ふふ、 陛下と炎咒さまだと―― 親子のようになってしまいますけれどねぇ」

 「――っ 」


 当たり前のようにそう言われて私の心が軋みます。 

あぁでも駄目です。 怒るなんて見当違いです。 幼い姿コレは、 炎咒の傍に居るために私が選択した事―― けれど、 明花媛の言う事にも一理ありました。 それは、 私が炎咒を縛り付けていると言う事です。 私が炎咒を解放する事が出来たなら、 炎咒は傲焔さまの所に行けるはず。

 物思いに耽る私が反応を示さなかったものだから、 明花媛は苛立ったようでした。 私をドンっと突き飛ばすと鬼のような形相で睨まれます。


 「聞いていますの? 私の話を。 これだから不出来な王は―― 」


 ヨロヨロと立ち上がった私を打とうと、 明花媛が手を振り上げた時でした――。


 「何をしているのです―― 」


 怒りを―― 押し殺したような声がしました。

 庭園の入口の方を見れば、 炎咒―― 朝廷の方に出向いたはずの炎咒です。 話が終わった後、 別の用事があるから帰るのは昼になると思うと言っていたのに――。

 助かったと思うより先に、 こんな情けない姿を炎咒に見られてしまったと悲しく思う方が先でした。


 「あ、 炎咒さま―― コレは―― 陛下が転んでしまわれて、 私―― 助け起こそうとしてましたのよ? 」


 緩々と、 手を降ろして、 引きつった顔をする明花媛が炎咒に駆け寄ろうとしました。


 「ここで―― 何をしているのですか―― と問うているのですが」


 明花媛の足は、 炎咒が地を這うような声を出した事で氷りついたようでした。 炎咒の怒りに、 取り巻きの男女の顔も蒼白です。 はくはくと息をするのもやっとの様子で固まっています。

 その気持ちは理解できました。 炎咒はあくまで、 優しい笑顔を浮かべているのです。 それも蕩けそうな位に優しげな。 けど、 目は笑っていませんでした。 怖ろしく冴え冴えとした氷のような目です。

その奥に、 揺ら揺らとした炎が見えるようでした。 それも地獄の炎のような――。 

 へたり―― と、 私の腰が抜けました。 怖くて。 


 「ここで、 何を―― しているのですか? 誰の許可を得て、 ここに入ったのですか―― 」


 明花媛が言い訳を言おうとするたびに、 淡々と、 炎咒は同じ事を繰り返して言います。

言い訳など、 聞く気は無いと言う事でしょうか。 炎咒は、 まず私の傍に来ると―― 礼を取ったあとに傅き、 恭しく私を抱き起しました。 そして、 顔を伏せてプルプルと震える私にも分かるような、 不穏な気配を纏った視線を―― 多分明花媛に向けました。


 「いえ―― その―― あの―― 失礼しますわ! 」


 動揺した明花媛のそんな声と―― バタバタと走る音が聞こえました。 その後から―― 待って―― とか悲鳴に似た声と、 ズルズルと身体を引きずるような音が聞こえます。 きっと私と同じように腰を抜かした誰かが、 逃げる音なのだろうと思いました。


 ※※※


 「申し訳ありません―― 我が君―― 不逞の輩の侵入を許すとは―― 」


腰が抜けたままの私を、 膝に乗せたまま炎咒がそう囁きました。 あの後―― 駆けつけた斎巴と母さまも一緒です。


 「門衛が一名―― 事前に賄賂を受け取っていたようですね。 もう一名は何も知らず、 許可証を相方に確認したと言われてそれを信じたようです。 白亜宮の奥に賊の侵入を許すとは―― この宮を預かる私の責任です。 申し訳ありません―― 陛下」


 どうやら、 明花媛は斎巴の中で賊認定されたようでした。 本来立ち入り禁止の場所に勝手に入って来ての乱暴狼藉―― と取られたようです。

 斎巴から深々と頭を下げられて、 私は慌てて炎咒の膝から降りようとしました。 けれど、 力が入らず炎咒に引きとめられます。 あぁ、 何て情けないんでしょう。


 「斎巴の所為なんて思っていません―― 元々は、 私が信頼に足る王で無い事が原因です。 そんなに自分を責めないで下さい」


 そうです。 私が、 尊敬されるような王であれば、 あのような暴挙は起こり得なかった。 だから、 斎巴を責めるなんて出来ません。


 「―― それでも、 罰は必要です。 白亜宮の門衛は斎巴の部下―― 斎巴、 一時的に侍従長の任を解く。 暫くは―― 私が兼任するしかないですね―― とは言え、 補佐を探さねば」


 斎巴はお菓子を作るのが仕事だと思っていた私は青褪めました。 侍従長―― 斎巴、 そんな役職に着いていたんですか? 任を解くと言うのは厳しい処分じゃないのでしょうか。 グルグルと色々な事が頭を駆け巡ります。 

 そもそも、 明花媛の件と炎咒の怒りように衝撃を受けていた私は、 この時少しパニックになっていたのかもしれません。


 「―― 炎咒、 どうにかならないんですか? 」

 「陛下―― お気持ちは有難いのですが、 それをすれば、 陛下が要らぬ非難を浴びてしまいます。 私も炎咒様もそれを望みません」


 私の言葉を否定したのは炎咒ではなく、 斎巴の方でした。 言われた言葉に唇を噛みます。 思い出したのは傲焔さまの言葉―― 『万が一にも子供が暴走した場合は、 普通の人に対するよりも厳しく処断しなければならない』 でした。 斎巴は別に私の子供ではないけれど、 家族のように思っています。 

 それならば、 何の罰も無ければおかしい―― 身贔屓と言われてもおかしくは無いのです。 私はそれを失念していた事に気がつきました。


 「我が君―― 一時的な事ですから。 聞きわけて下さい」


 炎咒にそう諭されて、 私は小さく頷きました。 私のその様子に、 炎咒と斎巴がほっと息を吐きます。 


 「炎咒様―― 他の者の事ですが―― 」

 「我が君。 鈴守花を傍に置きます。 大人しく―― 良い子でいて下さいね」


 斎巴の問いに、 炎咒は手を上げて制しました。 私には聞かせたくないのでしょう。 

それから、 私に笑いかけると、 そっと母さまのお腹の上に私を降ろしました。 母さまがザリザリとした舌で私の頬を舐めてくれます。

 それから、 斎巴と二人―― 執務室のある方へと歩いて行ってしまいました―― 守られている、 のでしょう。 それを、 不満に思うのは間違っているのかもしれません。

 けれど、 その後ろ姿を見送りながら私の胸はチクリと痛みました。 本当にこのままでいいのかと――。

 

 ※※※


 『我が君の前で話す気はない』

 『申し訳ありません―― 炎咒様。 けれど、 本当にそれで宜しいのですか? 陛下はもう子供ではありません。 本来なら、 沙汰を下すのは陛下でなければならないはずです』

 『分かっている―― 斎巴。 コレは私の我儘です。 もう少し―― もう少しだけ、 陛下には子供のままで―― それが我が君の望みなら』


 不安そうに瞳を揺らす我が君を鈴守花に任せて、 私は斎巴と執務室に来ていた。 ここまで来れば、 我が君に話を聞かれる事も無いだろう。 

 斎巴との先程の会話を思い出す。 斎巴が言った事はもっともだと思うのに、 どうしても一歩が踏み出せない。 アレ―― と、 失礼…… 傲焔様には以前から過保護だと言われ続けている。 

 それでも、


 ―― 私は我が君を甘やかしたいのだ。  


 彼のひとが苦しむような事を目の前で話したくは無い。 

 すでに、 無理が来ていると知っているのに。 まぁでも、 いざとなれば我が君の意志を無視するつもりでいるのですがね――。

 そんな私の物思いを斎巴の言葉が破る。


 「で、 どうするんですか? 」

 「今回の件に関わりのあった門衛は馘首かくしゅ。 あぁ、 実際に落すつもりは無いですよ? 落してやりたいですけどね―― その後は、 国外追放で良いでしょう。 門衛と言う職務を放棄どころか売り渡したのですからね。 もう一人は、 本来許可証を二人で確認するべき所を怠った―― 職務怠慢で一週間の謹慎と言う所ですかね」


 自分の評価が低い我が君は、 基本的に何かあれば自分が悪いのだと思い込む。 門衛だった男がこの後どうなるか知れば、 同情するだろう。

 馬鹿な男だ―― 真面目に勤めていれば、 死ぬまで安泰に暮せたろうに。 この男の末路は想像に難くない。 おそらく家族からは縁を切られるだろう。 妻や子がいれば―― そちらも離縁となろうか。

普通の感覚を持った男であれば、 妻子が着いて行くと訴えても置いて行く。 

 何故なら、 この男の旅券には『罪を犯したために国外追放』 と記載されるからだ。 外国とつくにという所は、 本来随分と寛大に出来ている。 別の国からの移住者にもすぐに衣食住を確保できる位には。 ただし、 罪人は別だ。 

 まだ、 罪の内容の記載があれば良い。 窃盗や傷害等―― もちろん褒められたものではないが、 何をやったのかが明らかだからだ。

 対して、 内容の記載が無いソレは―― 書くことが憚られる罪を犯したと言う事になる。 貴人に危害を加えた場合、 あるいは、 その罪が秘匿されるべきものと判断された場合に適応される。

 人は厄介事は嫌うものだ。 門衛だった男が、 外国に出たとして…… そんな罪を犯した男を雇おうと思う人間がいるだろうか…… まず、 いないだろう。 


 「後は―― それを、 他の門衛にも告知しますか。 もし―― 自分が同じ過ちを犯せばどうなるか―― 分かりますからね。 問題は―― 」

 「えぇ。 あの娘です。 右大臣には? 」


 斎巴の言葉に私は顔を顰めて見せる。 他の門衛達には良い見せしめになるだろう。 斎巴の管理下に於いて、 そんな馬鹿ものは二度と出ないとは思うが……。

 件の門衛は、 先月辞めた者の代わりに入ったばかりだと言うので、 そうである事を門衛達の為に祈ろう。 もし―― 次があれば、 その者を許す気は無い。

 それよりも頭が痛いのは、 右大臣の娘だ。


 「炎咒様が陛下を助けに向かわれたので、 私が報告しておきました。 可哀想に、 今にも倒れそうでしたよ。 例の呼び出しの時にもご一緒だったんですよね? 」


 右大臣の心痛は察せられたが、 こればかりはどうしようも無い。 もはや、 名前すら呼びたく無いあの小娘は、 面倒事の中心にいるようだった。


 「―― 明花媛を私の妻に―― とかいう話ですね。 左大臣に―― 文官や他の大臣が幾人か―― まぁ、 同じように呼び出された右大臣も知らぬ事だったようです…… あの時は怒りのあまり赤黒い顔をしてましたが」


 溜息を吐きつつ話した内容に、 斎巴が嫌そうな顔をした。

先程、 重大な相談事が―― と呼び出されて、 朝廷のそばの会議室に足を向けた時の事だ。 訳知り顔の左大臣とその他の大臣や文官―― それと何が起こるのかを理解していなかった右大臣。

 私が、 席に着くとまず左大臣が口を開いた。 何故だか、 私とあの小娘が相思相愛な事になっていて、 どうせなら妻にすれば良いのではと―― あの小娘の父親では無い男から言われた訳だ。

 『それは何の冗談ですかな? 』 そう憤怒の表情で言った右大臣に、 まさかそんな反応が返って来るとは思っていなかったらしい左大臣達が驚いた顔をしていたのが滑稽だった。

 喜ばれこそすれ、 怒りを露わにされるとは思わなかったのだろう。


 『いや、 交際してらっしゃるんですよね? それなら、 外聞もありますし』


 文官の一人が、 そう言って右大臣の怒りを収めようとする。


 『私の不肖の娘が炎咒様と交際している等と言うのは初耳ですな』 


 馬鹿にしたような右大臣の言葉に、 左大臣が眉を顰めた。

 

 『父親には言い難かったのではないのですか? 』


 恋愛ごとと言うのは云々かんぬん―― 男親には相談し辛いと聞きます―― なんたらかんたら―― 右大臣はブチ切れて怒鳴りそうであったし、 私は仕方なく口を開いた。


 『そんな事はどうでもいいですがね。 私が右大臣殿の娘と交際をしている等という、 ふざけた話はどこから出たのですか? 』


 私のその不機嫌な言葉に、 会議室が凍りついた。 


 『―― 交際されている訳ではないと? 』


 左大臣が恐る恐ると言うように確認を取って来た。 今更ですか。


 『そんな事実はないですが。 右大臣には申し訳ないが、 私にも好みというものがありますし』


 私のその言葉に、 右大臣が心底申し訳ないと言うように目礼した。 私があの娘を好いていないのを知っているからだ。


 『―― 東風こち お前は誰からソレを聞いたのだ? 』


 左大臣が、 頭を抱えながら、 文官の一人を問いただした。 あれは、 普段の会議で書記官をしている男だったか。


 『いや―― 誰かと言われれば、 どうにも―― 』


 歯切れの悪い物言いで、 蒼白になった男が返す。


 『正確な証言があった訳ではないのか馬鹿もの! 』


 左大臣の怒声が響いた。 どうやら、 バツの悪そうな顔をしている何人かが、 左大臣に私が右大臣の娘と妻帯した方が良いのではないかと進言したのだろう。


 『も、 申し訳ありません。 噂自体は最近ですが―― 炎咒様と明花媛が逢引をしているのを見た―― とか様々ありまして。 何人かの朋輩に、 男女の事は悪い噂も立ちやすく、 ちゃんとしておかないと、 傷がつくのは女性だから…… と助言されまして』


 しどろもどろにそう話す東風を見ながら、 嘆息した時だった―― 炎咒様―― と焦った声に呼び掛けられたのは。

 

 『――…… 斎巴? 』


 今すぐ、 おもどり下さい! と頭の中で喚かれて眉を顰める。 「監視されているようでいやなので―― 」 そう言って普段は使わない連絡方法で連絡されて私は戸惑った。 まさか、 我が主に何かあったとでも言うのだろうか。


 『炎咒様―― 申し訳ありません―― 炎咒様―― ? 』


 焦る斎巴を落ち着かせて、 事の次第を確認する―― 右大臣や、 左大臣が何やら呼び掛けているようだが、 それに配慮している暇など無い。 ただ、 耳障りだ。


 『黙れ! ――…… 今すぐ戻る。 茶番は終わりですね。 私は用が出来ました―― 右大臣、 左大臣―― 後は任せます』


 それだけ言い置いて、 私はポカンと口を開ける大臣達を置き去りにして走りました。 丁度良いタイミングで鈴守花が迎えに来たので、 それに飛び乗る。 たまたま居合わせた衛士や女官の何人かが、 腰を抜かしたようだったが気にせずに走らせて……。

 白亜宮の入り口で、 門衛が二人、 間抜け面を晒していた。


 『明花媛が取り巻きを連れて来ているそうですね―― 入れたのですか?! 』


 私の叱責に、 我に返ったのは一人の門衛だった。 確か、 オビトと言う名だったか。 古参の門衛の一人だ。 


 『はい。 許可証をお持ちだと―― 』


 戸惑ったように言うオビトが、 もう一人の相方を見る。 コイツか―― ブルブルと震えて、 顔色が悪い。 土気色の顔色をしたその男に目を向けると、 脱兎のごとく逃げ始めた。

 鈴守花が、 心得たと言うように追いかけて男の襟を噛んで引きずり倒す。


 『…… 』

 『オビト、 斎巴を寄こします。 交代が来るまでここを守りなさい。 鈴守花、 ソレを逃がさぬように』


 私は、 それだけ言うと白亜宮の中へと急ぎ入った――。

 先程あったやり取りを思い出しながら、 斎巴に話し終えて溜息を吐く。 少しの間に年を取ったかのように疲れてしまった。 それでも我が君の心痛を思えば、 そんな事を言っている場合では無い。


 「呼び出された内容も内容ですが……。 炎咒様の居ないタイミングで―― 陛下の元に明花媛が来るなんて…… 作為を感じませんか? 」


 不審げな表情でそう言う斎巴に、 短く頷く。 それは私も考えていた事であったからだ。


 「―― 明花媛を焚きつけているのは、 右大臣の義弟―― 亡くなった妻の弟ですね。 けれど、 あの小者が他の大臣を動かしたり出来るとは思えない。 ただ、 どうもね―― 黒幕が見えて来ないんです。 いないはずがないんですがね」


 あの小娘に、 私の妻となれるのはお前しかいない―― と有難迷惑に言っている人物を思い浮かべて、 私は溜息を吐いた。 田舎の村で領主をしている男だ。 自分の姉が、 右大臣である早風はやかぜ殿の妻となった事を鼻にかけている男――。 小者としか思えないが……。

 それから、 今まで放置していたが、 噂の方も出所を探るべきか?


 「面倒な事にならなければ良いですけどね。 それで? 明花媛の方は、 どうなさるおつもりで」

 「本来なら城から永久に叩きだしたい所ですがねぇ。 利害関係諸々から考えるとそうも行きません。 右大臣と要相談ですがね―― おそらくは謹慎、 と言う所でしょうか」


 嫌そうな顔をする斎巴の気持ちは良く分かった。 私とて永久に会わないような所に叩きだしてやりたい。

明花媛の母親は田舎の領主の娘と言う事になっているが、 実の娘では無く―― 養女だ。 実際は、 先の左大臣の落し胤というやつで、 その隠居したはずのご老体は、 今でも権力の一端を握っている。


 「門衛と一緒に国外追放でも問題ないと思いますけどね。 面倒なものです。 政治とは…… それで懲りて下さるようなら良いのですが」


 本当に。 斎巴の言うとおりだと思う。 むしろ不公平であろうさ。 けれど、 あの小娘が反省するか―― と問われれば、 それは海を半分に割って来いと言う位には、 難しいだろうと思えた。

 

 「無理でしょうね。 まったく。 我が君を突き飛ばした時なぞ、 殺してやろうかと思いましたが…… 」


 思い出した事で、 手のひらに爪が食い込んだ。


 「それこそ、 陛下の傷になるでしょう。 お可哀想に。 炎咒様があんな風に怒っているのを見て怯えていたではないですか」


 斎巴にそう責められて、 目を逸らす。 我が君を、 怯えさせてしまった自覚が無いわけじゃあない。

けれど、 あの時はあれが精一杯だったと言いたい。 噴出しそうになる怒りを、 あれでもかなり理性で宥めすかしていたのだから。


 「―― 不可抗力ですよ。 あれでも、 頑張ったと褒めて欲しい所です。 殺さなかったんですからね」


 本当に、 自分でも良く殺さなかったものだと思う。 斎巴が言うように、 我が君の目の前で殺したりしたら、 我が君の心に甚大な傷を作る事になったろう。 しかも一生私を許してくれなくなるかもしれなかったし…… それは避けたかった。


 「はぁ。 それ、 ちゃんと治して下さいね」


 呆れたようにそう言われて首を傾げた。 あの時は怒りのあまり拳を握り過ぎて、 かなり流血していたけれど、 我が君に気付かれる前に処置はした。 今は思い出して握ったせいで、 少し血が滲んだだけだ。


 「応急処置で血は止めましたが? 」

 「そのままにしておいたら、 陛下がいつ気がつくか気が気じゃないので」

 手のひらを見れば、 止血しただけなので、 骨まで見えそうな位の傷が残ってしまっている。 確かに、 これを我が君に見せるのは忍びないか――。 気持ちが良いものでもないしなぁ。

 「…… 分かりました。 ちゃんと治してから戻りますよ。 それまで陛下を頼みます」


 私は溜息を吐くと、 斎巴にそう言った。


 「それは、 陛下の『お菓子係』 は続けても良いと言う事ですか? 」


 わざわざそれを聞いてくるあたり、 斎巴は私に似て可愛らしさに欠けるようだ。

 侍従長の位からは外すとしても、 我が君の傍から斎巴を外す気は無かった。 

この白亜宮の中の事は、 今回の件は別として外にはまず洩れないので、 謹慎している事にしようと考えている…… 白亜宮の中だけは、 我が君の傍を守って貰うつもりだ。 我が君もあんな事があった後では落ち着かないだろう。 常に、 鈴守花と斎巴―― そのどちらかが傍にいられるようにしようと思う。


 「分かってて言ってますね? ここに貴方の目が必要だって分かっているでしょうに。 取り合えず、 護衛代わりに陛下に着いているように」

 「心得ました。 我が主」


 私の言葉に嬉しそうに斎巴が笑った。 名では無く、 主―― と呼ぶ所が本当に可愛げが無いと思う。

まぁ、 それを望んだのは自分なのだから致し方はないのだけれど。

 さて、 問題は斎巴の代わりか。 斎巴が担っていた事の大半は私がするとしても、 連絡役として誰かを入れたいが―― 我が君に対して二心なく対応できる者が良いのだが――。

 遅くなりましたが、 今月分です。


 このお話最大級(?)の悪役が登場しました。

お父様の権力は私の権力と思っている御姫様。 

何をどう―― 誰に吹き込まれてるのか『私』ちゃんの事を見下している人ですが……。 炎咒の言うように、 多分この人はちょっとやそっとの罰じゃあ改心する事はないでしょう。


次回は彼女のパパさんが登場します。 当人が常識人なだけに、 娘の暴走に胃に穴が開きそうな人です。

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