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炎咒は意地悪だと思います。

 ―― 我儘だって分かってます。 けどそうする位、 好きなんです。 


 傲焔様に連れられて、 執務室に戻りました。 泣いてしまって腫れてしまった目を、 泉の水でちゃんと冷やして来たんですけど…… どうやら、 足りなかったみたいですね……。


 「良い大人が、 何をしているんですか? 南の王―― ウチの陛下を泣かせるとか…… あれですか? 南の国は西の国と戦争をしたいとか仰ってます? 」


 普段は優しい斎巴の負の部分を今、 私は垣間見ています。 『違いま―― 』 という私の声は、 あろうことか炎咒の手に塞がれて言いきる事ができませんでした。

 私が今いるのはソファの―― 炎咒の膝の上―― 口を塞がれて、 お腹に腕をまわされて動けないように抑えられています。 最初は抵抗しようとしたんですけど、 後ろから流れて来る炎咒の不穏な気配に恐れをなして、 今はピクリとも動けない状態です。

 斎巴に正座させられて、 母さまに前足で頭を押さえられた傲焔様が「なんでそうなるっ?! 」 と叫んでいます。 あぁ、 どうしよう…… 傲焔様ごめんなさい……。


 「もちろん、 我が君を―― 私がいない所で泣かせたからに決まってるでしょう? 」


 地を這うような声が耳元で聞こえて、 私は全身が粟立ちました。 怖ろしくて、 後ろを振り返る事ができません。


 「ちょっと待て! お前はチビが俺の前で泣いたからって戦争を起こすのか? おかしいだろうが、 このバカ助!! 」


 概ね、 傲焔様が叫んでる事の方が正しいと思うんですが…… 何故か斎巴と母さまが当然って顔でいるんですけれど、 どうしたらいいでしょうか。


 「我が君も、 我が君です―― 私の事はそんなに信用できませんか? 貴女が私の前でお泣きになったのは、 初めて会った時だけです。 それも、 最初から泣いてらっしゃって…… 我が君が、 頑張っているのは知っていますよ? 弱音を吐くまいと、 私の前では決して泣こうとなさらなかった。 良く、 隠れて鈴守花に抱きついて泣いてらっしゃいましたよね―― けど、 それは鈴守花だからこそ許しました―― もし、 今日の事が斎巴が相手ならまだ良かったんですがねぇ……? 」


 流れるようにそう責められて、 私はどうして良いのか分からなくなりました。 まさか母さまに抱きついて泣いていた事を知られていたなんて……。 炎咒を信用してない? そんなはずありません。  

 私が炎咒の前で泣かなかったのは、 炎咒に失望されたくなかったからです。 ただでさえ、 出来そこないの王様なのに、 泣いてばかりいたら失望されて…… 愛想をつかされる―― そう思っていたから。 けれど、 それが逆に炎咒を傷つけていたのでしょうか…… 炎咒の前で泣かない事が―― 炎咒にとっては私が信用していないからだと…… そう感じていたと? 


 「おま、 それ嫉―― 」


 傲焔様が何か言いかけるのを斎巴が、 殺気の籠った目で黙らせます。 


 「私の前では泣けないのに、 コレの前では泣けるのですか。 私はそんなに頼りない? そんな私なら、 我が君には必要ないですよね―― 信用できない臣下なぞ…… 」


 怒っているような気配が瞬時に哀しみの気配に変わりました。 私は必要ないですね―― 今そう言ったんですか? まさか、 まさか―― 炎咒―― 私の事を置いて行っちゃうの……?

 そっと、 腕を離されて床の上に降ろされました。 さっきとは違った意味で怖くて後ろが見られません。 


 「え―― えんしゅ? 」


 じわり、 と涙が滲みます。 炎咒が居なくなる―― それだけは私がずっと恐れて来た事―― そんな事になったら、 私―― 私…… 王様なんてやれません。 

 炎咒がいなくなったりしたら―― 私、 嫌です! 絶対に嫌。 嫌ですっ!!


 「ちが…… ちがいます! 一番信用できるのは炎咒です! だから、 置いて行かないでください! 」


 ひんひんと、 声にならない泣き声を上げながら、 私は炎咒を見上げました。 そのままグリグリと炎咒のお腹に頭をつけます。


 「本当に? 私が一番ですか?? 」


 蕩けるような嬉しそうな声が聞こえて、 私はギュムギュムとしがみ付きながら、 頷きます。 炎咒が一番です―― 炎咒以外一番じゃありません――。 だから、 お願い―― 私を置いて行くなんて言わないで……。

 

 ※※※ 


 炎咒に泣きついている私の後ろで、 傲焔様と斎巴の会話が聞こえていました。


 「…… おい、 斎巴―― あれはいいのか? 」

 「あれはしょうがありません。 言うだけ無駄ですし…… それとも、 止めに入りますか? 私はゴメンですよ。 蹴られたく無いですからね」

 「何だか、 馬鹿馬鹿しくなって来たんだが―― すっげぇ嬉しそうな顔しやがって…… 俺、 あいつが産まれてから初めてだぞ? あんな顔するのを見るの―― っぶっ!! 」

 「鈴守花―― おっ前―― 」

 「邪魔するなって事でしょう。 姉上は空気を読むのが上手ですね」

 「わふ」


 母さまの嬉しそうな鳴き声―― それと何か、 引きずられる物音と扉がそっと閉まる音がして、 執務室は静かになりました。

 

 ※※※


 「いいですか、 我が君―― 傲焔様はアレでも他国の王。 今は良好な関係を築けていますし戦争なぞ起こる事もありえませんが、 貴女も西の王であるからには、 泣き顔を他国の王に見られるような事はお避け下さい。 臣下にも示しがつきませんからね。 次から、 泣きたくなったら私の所へどうぞ」


 泣きやまない、 しゃくり上げている私の背中を撫でながら―― 何故か嬉しそうな炎咒がそう言います。 私が一番に信用しているのが炎咒だと言う事が嬉しいんでしょうか……。

 そして、 炎咒の言葉に納得しました。 確かに、 傲焔様は他国の王―― 王である私が軽々と涙を見せて良い相手ではなかったかもしれません。 かといって、 内容が炎咒に関係することだから、 炎咒に相談する訳にもいかなかったんですけど……。 


 「分かりましたか? 我が君―― 私の胸の中でなら、 幾らでも泣いてかまいませんよ」


 耳元で囁かれて全身がゾクリとなりました。 何ですか…… 今の。 物凄く、 声が色っぽいです。 思わず、 身じろぎしたら炎咒に抱きしめられました。 衣服に焚きしめられた黒方の香の匂いが炎咒の匂いと合わさって、 得も言われぬ芳香を放ちます。 とにかく良い匂いです。 頭がくらくらしそうです。 


 「そ、 そんなに泣いたりしません―― 」

 「そうですか? それは残念ですね。 泣いてる我が君はとても―― 可愛らしいのに」

 「はうぇ? 」


 何だか、 とんでも無い事を言われて思わず顔をあげました。 可愛らしい? 何を言ってるんですか炎咒。


 「可愛らしいですよ。 ―― 余計に苛めたくなりますが。 まぁ、 良いでしょう。 私以外の男の前で泣いた事は、 これで許して差し上げます」

 「――…… えと、 ありがとうございます? 」


 良く、 分かりませんが―― あれ? これって炎咒以外の前で泣いてしまった事を、 怒られていたんでしたっけ? そもそも、 怒られていたのは傲焔様な気がします。

 私が怒られたのは炎咒の事を信用してないと思われたからのはずでは…… と言うか、 怒ってると言うより、 信用してくれてないなら出て行きますと、 私が脅されたような気がするんですけど。


 「―― もしかして、 わざとです? 」

 「我が君のお傍を離れると言った事ですか? えぇ。 少し―― 怒っていたので」


 茫然と呟いた私に、 いけしゃあしゃあと炎咒が言いました。 ―― 満面の笑みで。 どうやら、 最初から宰相を辞めてどこかに行ってしまうつもりは無かったようです。 


 「―― 酷いです! あんまりですっ! 」


 本気で怖かったのに! 思わず、 ボロボロと涙が零れてきました。 確かに、 他の国の王様の前で泣いたのは私が悪いかもしれません。 けど! 怒ったからって、 そんな意地悪な事を言わなくたっていいじゃないですか。

 泣きだした私を楽しそうに見ながら、 炎咒があやすように私の髪を撫でます。 私は身を捩って炎咒の腕から逃れようとしましたが、 炎咒はそれを許してはくれません。


 「怖かったですか? 」


 抗議に振り上げた手の手首を掴まれて、 額がつきそうな位の近距離で炎咒に言われて私は目を逸らしました。


 「ねぇ、 我が君―― 私が居なくなるかもしれないと思ったのは、 怖かったですか? 」


 答えたくなくて、 私は唇を噛みしめました。 でも、 ボロボロと零れる涙が、 私の気持ちを代弁しているのも理解していました。


 「我が君が―― 私を『要らぬ』 と言わない限り、 私は貴女の傍にいます。 だから、 私に消えて欲しくないのならそれを言わなければ良い。 そうすれば、 永遠に私は貴女のものです」


 真顔で平然とからかうような事を言う炎咒。 それじゃあまるで愛の告白みたいです。 けど、 それが臣下としてだと言う事くらい、 私にだって理解できました。 残酷な炎咒―― 当たり前ですよね。 炎咒は私の想いを知らないのだから。


 「要らないなんて言わないです。 だから、 二度とあんな事を言うの―― ヤメテ下さい」

 「仰せの通りに―― 我が君」


 そっと私の額に口付けを落して、 炎咒が言いました。 子供をあやすその仕草に思わず苦笑が零れます。 自分で決めた事とは言え―― 自分が望んだ事とは言え―― 今はそれを嬉しいと思えなくて。

 涙の零れた目元を擦ろうとして、 炎咒に止められました。 見れば、 いつの間にか―― 机の上に水の入ったタライと布巾が置かれていました。 斎巴が持ってきてくれたのでしょう。 炎咒がそれを優しく絞ると私の目に当ててくれます。 水だと思ったそれは温かく、 柑橘系の良い匂いがしました。


 「随分、 お泣きになられましたからね。 暫くはこのままで―― 」


 そう言って、 炎咒が私を膝の上に乗せました。


 「今日のお仕事は―― 」

 「急ぎのものはありません。 今日はもうお休みで良いでしょう。 ……―― 申し訳ありません―― 我が君。 八つ当たりを致しました。 必要な事だと理解はしていたんですけど―― ね」


 今日の仕事は終わりだと―― そう言って終わると思った言葉は、 突然炎咒の謝罪に変わりました。


 「? 何の事です」

 「何の事でしょうね。 ただ、 さっきのは完全に私の八つ当たりだったので…… 」


 私も随分大人げないとそう言って、 炎咒が苦笑を零します。 私にはさっきの何が八つ当たりなのかはさっぱりだったんですけれど。 そっと炎咒が私の頭の上に手を乗せました。


 「アレが触れたと思うとどうにも―― いえ、 何でもありません」

 「――? 」


 ギリギリと歯噛みする音が聞こえた後、 炎咒が黙り込みました。 どうやら、 八つ当たりの理由は教えては貰えないようです。 炎咒はこうと決めたら絶対に話さないので聞くだけ無駄でしょう。


 「良く、 分かりませんが―― 許してあげます」


 炎咒が許して欲しいのだろうと思って私はそう言いました。


 「我が君はお優しい」


 そっと、 頭の上に口付けが落されました。 「消毒―― 」 とか聞こえたのは何でしょう? 

 無茶苦茶、 炎咒に翻弄される『私』ちゃん。 

ここまでされてるのに、 炎咒の気持ちに気が付かないとか流石の鈍さです。 

 炎咒にエールでも送ってやりたい気もしますが、 炎咒は理解していて『私』ちゃんで遊んでると思うので、 彼はきっとこの状況を満喫している事でしょう。 

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