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恋敵が嫌な人ならいいのに。

 ―― 恋敵―― それはとても優しい人です。


 「ちびすけぇ~! 何だ? 随分浮かない顔だな」


 窓から傲焔様が現れました。 ぶにぶにと私の頬を引っ張って、 嬉しそうにしています。 珍しく、 唐突な訪問ですね。 いつもなら、 先触れとして鳥を飛ばしてくれるのに―― 先日、 色々と思い出したくない事を思い出してしまっていたせいで、 傲焔様に自然な笑顔が出せません。 急だった事ですし、 心の準備も出来て無くて―― ままならない自分の心が申し訳無くて…… 様子がおかしい私を元気づけようとして下さる傲焔様のご厚意に余計に凹んでしまいます。


 「あるぇ?! マジでどうしたチビ! あれか? 誰かに豆粒とか極小ドチビとでも言われたのか?! 」


 今にも泣きそうな顔をしてしまった私に、 慌てた傲焔様がワタワタと頬から手を離します。 どうしたら良いか分からないというように手が挙がっては下がり、 オロオロとしているのが丸わかりです。


 「毎度毎度あなたと言う方は! 我が主を―― 何 だ と 思 っ て る の で す か! あんたはいい加減にしなさいよ―― どんなに小さかろうと我が主は『西の王』―― 毎回毎回プニプニと―― 気軽に触ってんじゃねぇっ」


 あれ? 炎咒が壊れた――? 傲焔様の頭を分厚い本で思い切り叩いた後、 私の身体を引っつかみ隠すようにして傲焔様を責め立てます。 口調も変わってますよ? ねえ、 炎咒―― 初恋の君にこの態度は拙いんじゃあ……。


 「『南の王』―― ウチの陛下を苛めるのやめてくれませんか? 」

 「あれ? これ俺が苛めたの? 」


 金色の目を見開いて、 叩かれた頭を痛そうに押さえた傲焔様が―― 余程痛かったのか涙を目にためて聞き返します。 不思議そうに傾げた首から緋色髪がさらりと零れました。 斎巴と炎咒―― それから母さまに睨まれてシュンと落ち込む姿は大きな体躯から考えれば、 随分と可愛らしく感じられました。

 炎咒は、 この方のこう言った可愛いところが好きなのでしょうか――。


 「えと―― 傲焔様の所為じゃないですよ。 ちょっとだけ疲れ気味なんです今―― 」


 そう言ったのは嘘じゃありません。 ついさっきも、 炎咒に顔色が悪いと心配されましたし。 理由は単純―― 私が、 成体にならないように自分の身体を幼いままに押しとどめている事が、 そろそろ難しくなって来ていたからです。 自然に反する行為は、 身体に負担をかけます。 

成長したくない―― その思いを凌駕するほどに私の身体は限界なのでしょう。 もう限界だと理解してはいるのに、 私はそれを止める事ができないのです。

 無言になってしまった私を、 傲焔様が考えるように見た後―― 炎咒を睨みつけました。


 「お前って本当―― 性格悪いよな。 誰に似たんだ? 」

 「―― 親に似たんでしょうかね? 」


 傲焔様はイライラと。 炎咒はニコニコとやり取りをしていますが、 何故か見えない火花が散っているようです。


 「親ねぇ―― ぜってー違うだろ。 チビ。 遊びに行くぞ! ちょっと休憩だ」


 そう言って、 傲焔様は私を炎咒から引ったくると宙に浮かびました! 驚きで、 固まってる私に斎巴の「陛下?! 傲焔様っ! 勝手をなさらないで―― 」 という声が聞こえました。

 戸惑って炎咒の方を見れば、 窺い知れない瞳で私と傲焔様を見つめています。


 ―― 怒ってるんですか―― 炎咒。


 真実は分かりませんが、 炎咒の想い人の腕の中にいる私の事を怒っているかのように感じられて…… 思わず目を逸らした時、 そこはもう私の城ではなくて。 どこか森の奥の泉のようです。 真ん中にポツンと岩があり、 涼しげな水が湧きでています。 傲焔様は真ん中の岩の上に私を置くと、 自分も難しいお顔をして座り込みました。


 「傲焔様――? 」


 ここはどこかと聞けば、 我に返った傲焔様が私の頭を撫でながら教えて下さいました。


 「記憶の継承がないチビは覚えて無いだろうけどな? ここはお前が好きで来ると落ち着くって言ってた場所だ。 お前の城からもそう遠く離れてる場所じゃ無い。 安心しろ―― 俺はちょっと水気が強すぎて苦手なんだけどな…… まぁ、 チリチリする位だし―― あぁ、 きにすんなよ? 」

 「そう―― ですか」


 泉のある景色は私にとって好ましい物でしたが、 いくら自分の中を探っても『落ち着いた』 と思えるような記憶はカケラも出てきませんでした。 その事実が小さなトゲのようにチクリと私の胸を刺します。


 「―― 記憶の事は事故みたいなもんだし、 その内戻る機会もあるだろうから心配スンナ。 それより―― チビ。 お前いつまで成体にならないつもりだ? 」


 傲焔様が、 私の憂いに気付いたように慰めてくれた後―― 言われた言葉に私は驚きのあまり息を飲みます。


 「!」

 「斎巴―― は知りようもないだろうし、 あのデケェ狼だってご同様だろう。 炎咒がなぁ。 気付いてんだか気付いてないんだか」


 驚いて固まる私に構わず、 傲焔様は言葉を続けます。 そのまま炎咒の事に言及されて、 私は慌てて傲焔様に縋りつきました。 頭の中は炎咒の事でいっぱいです。 もし炎咒が気がついていたら? そんな事考えたくもありません。


 「―― 炎咒には言わないで下さいっ! 」

 「まったく…… 最初に心配するのがそこかよ。 前のお前からは考えらんねぇな。 ―― 炎咒が気付いてねぇんなら、 それはあいつの怠慢だ。 気付いてるんなら―― その方があのバカにとって都合がいいから黙ってるにすぎねぇ。 あいつ好きな子苛めるタイプだしな…… 」


 呆れた口調で傲焔様にそう言われて、 切ない気持になりました。 傲焔様はどうにも炎咒に対して辛辣な気がします。 それとも、 これは長年培ってきた信頼関係が為させているのでしょうか。

 そして最後にボソッと付け足された言葉に胸が痛くなりました。 傲焔様に対する、 手荒い態度は愛情の裏返し――?


 「大丈夫なウチは、 チビの好きにさせてやろうと思ってたんだけどな。 もうそれムリだろ。 成体にならないと下手したら今回も石に逆戻りだぞ?」


 冷静に指摘されて、 私は何も言えずに俯きます。 それは薄々、 感じていた事でした。 漠然とした倦怠感、 それに伴う不安感―― 時々力が入らなくなる身体―― 無理をしすぎているって――。


 「…… 」

 「そんな顔するなよ。 苛めたい訳じゃない」


 涙で歪む目の前に傲焔様の顔があります。 困ったような顔をして、 優しく宥めるように頭を撫でて下さいました。


 「傲焔様、 は…… どうして、 私にこんなに良くしてくれるんですか」


 炎咒がいるから? という言葉を飲み込んで私はそう聞きました。 その答えを聞いてしまえば私の世界がすべて崩れてしまうような気がして怖かったからです。


 「北と東はお前とあんまり縁があった方じゃねぇから、 成長しないもするも『お好きにどうぞ』 ってスタンスだけどな……。 俺は最初のお前の時から付き合いがあるんだぜ? 友達なら心配位するだろ。 それに元凶はウチのバカの―― あぁいや…… なんでもないぞ? 」


 頬をポリポリと掻きながらそう言う傲焔様は、 私と友達だって言うのがどうやら照れくさかったみたいです。 最後に何か言いかけて慌てて取り繕った傲焔様でしたが、 その様子があまりに必死だったので、 私はそれに触れない事にしました。


 「…… ウチの? 良く分からないですけど、 傲焔様は私の事を、 友達って思ってくれるんですか」


 友達―― 私がこちらに来て欲しくて中々手に入れる事ができていないものの一つ。 いえ、 そもそも前いた世界でも友達居なかったんですケド。 だからこそ、 憧れていたのです。 友達って言える存在―― 言って貰える存在を。


 「記憶がないって言うのは不便だな―― まぁ、 あれだ。 昔のお前とは飲み友達だ。 だから勝手にそう思ってるってゆーか…… 嫌だったか? 」


 ガシガシと頭を掻きながら話す傲焔様に、 私の心は少しだけ明るくなりました。 嫌だったかと、 哀しそうに言われて私は慌てて首を振ります。


 「とんでもない! 嬉しいです」


 笑顔でそう答えれば、 傲焔様が私を抱きしめて頬ずりされました。 完全に子供扱いですね――。 まぁ、 傲焔様からすれば私なんてヒヨコどころかまだ孵ってすらいない卵みたいなものでしょう。


 「チビは可愛いなぁ。 とてもあいつと同一の存在とは思えねぇ」


 しみじみと、 そう呟かれて私は初めて昔の自分がどんな人だったのか知りたくなりました。 今まで気にはなっても敢えて誰にも聞いてこなかった事です。 知りたいと思えば聞きたくなるもの。 炎咒には少し聞きづらいので、 丁度いい機会だと思って傲焔様に聞いてみようと思い立ちました。


 「昔の私の事ですか? ―― 私ってどんな人だったんでしょう。 後、 記憶があるってどんな感じなんですか? 」


 おずおずと聞いてみると、 傲焔様は嬉しそうに笑ってお話してくれました。


 「うーん。 良い奴だったぞ? けど、 素直じゃない所があったな。 俺たちは、 産まれる時に記憶を継承するんだが―― まぁ、 前の自分は『知ってるだけ』 って感じかな。 本で別の奴の人生を読んだみたいな。 だから、 『同一の存在』 であっても『同じ』 じゃあない。 分かるか? 」


 傲焔様が言いたい事は何となく理解できました。 物語は、 のめり込んでしまう事もありますが、 基本的には自分とは別の『お話』 です。 

 『同一の存在』 でありながら『同じ』 ではない―― 傲焔様が言いたいのは、 物語にのめり込む事無く俯瞰的―― 客観的に見られるって事なのではないでしょうか。 


 「―― なんとなく…… 分かる気がします」

 「俺の例で言うなら、 初代の俺は女だった。 今は男だろ? 自我が女のままだったら男としては生きていけねぇ。 だから知識として記憶は残ってるけれど、 その記憶は俺が男になったとしても枷にならないようになってる。 けど、 やっぱり本でもさ―― 好きな話と嫌いな話があるだろ? 前のチビとの記憶は俺にとって好きな話なんだ。 だから友達だって思うんだよな」


 照れくさそうにしながらも、 一所懸命に話してくれる傲焔様を有難いと思うと同時にとても嬉しいと思う自分がいました。 傲焔様は本当に優しい方です。 だから炎咒も傲焔様の事が好きなんだろうなぁ……。


 「嬉しいです。 きっと私も記憶があれば、 傲焔様と同じように思うと思います。 前の私は―― 成体になる時どんな性別だったんでしょう」


 感謝の気持ちを込めて、 私はそう言いました。 そして、 ずっと気になっていた事をもう一つ聞いてみました。 言葉が震えてしまったのは少し緊張していたからかもしれません。


 「お前は全部男だったぞ―― 」


 その言葉に私は驚きました―― 全部男性? 今の私は成体になったら『女性』 になると確信しています。 たまたま―― 今まで全部、 男性だったのでしょうか。 それとも自分が成体になったら女性になると言うのが、 ただの思い込みだとでも言うのでしょうか……。


 「しかも、 誰も伴侶にしなかったからお前には子供がいない。 俺は毎回伴侶がいたからな。 ウチの家臣の大半は俺の子だ」

 「え…… 子供が家臣なんですか? 」


 傲焔様から続いて語られた事は私に驚きを与えてくれました。

 会社とか身内経営って諸刃の剣のイメージがあったんですが…… 仲良し経営のせいで腐敗する可能性があるのじゃないのでしょうか。 逆に骨肉の争いパターンもあるかもしれません。


 「おう。 ウチが一番、 子だくさんだからな。 家臣はほぼ俺の子だな。 それに、 外に出てるのもいるんだぞ? ウチ程じゃあなくても、 東も北も同じようにしている。 王は、 国の要だ。 けど人というものは勝手なもので―― のど元を過ぎれば痛みを忘れる事もある。 王の周りを自分の子で囲むのは痛みを忘れた愚か者が、 王の存在意義を忘れ暴走する事を防ぐためだ。 自分の子なら―― 王を軽んじる事は格段に減る。 己の中にある血が、 王とは何かをつねに教えてくれるからな」


 嬉しそうに笑って教えてくれた傲焔様でしたが、 ふ―― と真剣な顔になりました。 そして家臣が自分の子供たちであることの意味を教えてくれます。


 「そう―― なんですか」


 ちゃんとした理由があったのだと、 納得できました。 血が教えてくれる―― という意味は良く分かりませんでしたが、 傲焔様のこの言葉は私の国の家臣たちが私を軽んじている事を危惧しているようにも聞こえました。


 「おうよ。 ただし、 万が一にも子供が暴走した場合は、 普通の人に対するよりも厳しく処断しなければならない。 そうでなければ、 他の家臣や国民に示しがつかないからな」


 王だからこそ、 許される自由があり―― 王だからこそ許されない事がある…… 傲焔様はそう厳しい顔で仰います。 私は、 それにただ頷く事しかできませんでした。


 「チビ。 お前今度こそ子供つくれよ…… お前んとこの家臣―― 気分が悪いやつらが多すぎだ。 まぁ、 炎咒がお前が不在の期間―― 上手くやりすぎたのがいけないんだけどな」

 「炎咒が―― ですか? 」


 傲焔様はやっぱりうちの家臣に対して危惧をいだいていたようです。 子供を残せと言われた事には正直どうしていいか分からない気持ちになりました。 今回も無理だと思います―― と言う思いは私の胸の中にそっとしまっておきましょう。

 それにしても、 炎咒が上手くやりすぎたと言うのはどういう事なのでしょうか。


 「そうだ。 それに関してはあいつがバカだったとしか言いようがない。 王が不在の間は、 災害や流行病、 怪物ケモノの障りは放置するべきだった。 それなら人は、 やはり王がいなければと思い知る事になったんだからな。 なのに、 炎咒はチビに荒れた地を見せたく無くて頑張っちまった。 だから、 お前んとこの家臣は、 王は無くても炎咒がいれば何とかなると思っている」


 厳しい面持ちで傲焔様はそう言いました。 本来の王としてはそれが正解なのかもしれません。 けれど私は記憶の継承も満足に出来なかった、 出来そこないの王です―― 長期間、 障りを放置したのならどれだけの被害が出た事でしょう。 被害―― それは沢山の人達が苦しみの中で死んでいくと言う事―― 私にはそれを背負う事はできなかったでしょう。 きっと重さに潰されていました。


 「…… 確かにそうかもしれません。 けど、 私は炎咒を責めたくないです。 私が不在だった事で―― 誰かが酷い目にあったり死んだりしないようにしてくれた事には感謝の気持ちしかありません。 私は―― その方が嬉しいです」


 炎咒が私の国を守ってくれたから、 沢山の笑顔がこの国にあるんです。 それを責めたりする事は私にはできません。 


 「はぁ。 今のお前ならそうだよな―― あぁ勘違いするなよ? 責めてるんじゃない。 ましてや昔のお前の方が良かったとか言う話でもないからな? どっちのお前の事も好きだし。 ただ、 俺は少し不安だなんだ―― 勘違いしたバカが暴走するんじゃないかってな。 だから、 俺としては少しでもそのリスクを減らす為に、 お前には成体になって伴侶を得て―― 子を作って欲しいんだよ。 侮られる事の理由の一つが、 お前の幼い容姿だって理解してるだろ? 」


 傲焔様の言葉に私は頷きました。 理解は―― しています。 それでも、 成体になりたくないと思うのだから私は物凄く我儘です。 


 「強い伴侶を得られれば、 更にいい。 チビだっていつまでも『西の王』 とかチビとしか呼ばれないのはいやだろ? 伴侶を得れば、 伴侶に名を付けてもらえるぞ? 」

 「え…… 名前ってそういうものなんですか? 」


 強い伴侶が得られれば、 強い子が産まれる―― それに王の守りも強くなるんだそうです。 それより気になったのは名前の事――。 名を付けて貰える……?


 「王には最初、 名前が無いんだよ。 俺なら『南の王』 チビなら『西の王』 それだけだ。 不思議と名が付かない・・・・・・んだよな。 つけられても、 いつか忘れちまう。 けど、 伴侶が名前を付けた場合は別だ。 自分の記憶にも、 人の記憶にもちゃんと残る。 そう考えるとお前の呼び名はずっと『西の王』 だけだったよな」


 名前が付かない―― そう傲焔様に言われて、 私は初めて自分に名が無い事の不自然さに気がつきました。 かつて、 別の世界にいた時に付けられていた名すら記憶のかなたの霧に隠れ、 思いだせるような状態ではありません。

 

 「何だか不思議です。 ―― だから私は、 別の世界にいたときの名前を忘れたんですね」

 「そうだろうな。 あちらの人間は別に忘れる事は無いだろうから、 お前もあちらにいるウチは名を忘れずにいられたんだろう。 だが、 こちらに戻れば違う。 女神様の規律ルールは正直良く分からんがな。 ここはそういう変な世界だ」


 納得しながら私が呟いた言葉に、 傲焔様が頷きました。 女神様は王に名が付く事があまり好きじゃないんでしょうか? でもそれだと、 伴侶得たら名前を付けてもらえると言うのも不思議な話です。 傲焔様が『変な世界』 だと言うのも分かる気がしました。


 「こちらの世界にずっといた傲焔様にとっても、 変な世界ですか。 ―― 最初ここに帰って来た時に驚いたんです。 あちらの世界ではファンタジーとして描かれてるような世界が、 あったんだなぁって。 前いた世界はこちらみたいに王が世界を支えているような所じゃなくて―― 傲焔様みたいに瞬間移動とかもできませんし、 炎咒みたいな人形を作れるような人もいなかったですし…… だから最初は吃驚しました」


 超能力だとか、 魔法だとかの概念はありましたが、 残念ながらそれを使えるという人にはお目にかかった事がなかったですし…… だからこそ、 皆には見えない『母さま』 と話す私は余計に気味悪がられたんだろうと思いますが。


 「まぁ、 異界だしなぁ。 常識も、 人のあり方も、 世界のあり方も違って当然だろう」


 しみじみと傲焔様がそう言いました。 私も同意して頷きます。 郷に入っては郷に従えとは良く言ったもので、 ある種、 真理をついていると思いました。 前い世界の常識なんてこちらでは通用しませんし…… その常識を打ち捨ててこちらに馴染むまで、 正直心細い思いもしましたし。 

 まぁ、 馴染んでしまえば随分と過ごしやすくはあったんですけれど。


 「炎咒が私を見つけてなかったら、 私は戻れなかったと思います。 戻れなかった時の私はどうなっていたかなんて、 考えようもないですけど…… きっと今より幸せじゃなかった。 私は戻れて嬉しかったんです――  炎咒に連れられて帰って来た時、 カチリとピースが嵌まるように私はこの世界の一部だと感じました。 でも傲焔様みたいな力も無いですし、 今でも私が『西の王』なのは何かの間違いじゃないのかと感じる事があります。 記憶が…… あったならと考えてしまう事もあるんです。 成体になりたくないのは、 私の我儘です。 成体になってしまったら、 きっと失ってしまう―― それが怖いんです」


 前の世界にいた時は、 私は異分子でした。 世界に馴染みたいと思っても、 世界から拒絶されてるかのような不安定感があったんです。 それが、 炎咒に連れられて戻った時に感じた―― あの得も言われぬ安心感は忘れる事はできません。 記憶がない事で、 自分が本当に『西の王』 なのか時々訳もなく不安に襲われる事があった時―― そんな時はあの帰って来た時の安心感を思い出すようにしていました。

 大抵はそれで落ち着けるんですけど、 苦しい程に不安になる事が最近増えていました。 成体にならないようにしている事も関係あるのかもしれません。 

 本当なら、 誰かに相談して話してしまいたい―― けれど、 私が信用している人は少なく―― 炎咒と傲焔様には絶対に話せませんし―― 斎巴は―― 炎咒と繋がっていますし、 母さまはおしゃべりできないですからね…… どちらにしても、 話せる人がいない状況です。


 「確かに記憶があれば、 お前さんも大分違うだろうさ。 記憶がないから不安だっていうのは理解できる。 けど、 俺にはお前が『西の王』 にしか見えないし、 チビはちゃんと頑張ってるだろ? 俺よりも真面目に王様してると思うぞ? だからそこは自信を持っても良いと思うんだ」 


 『顔も前の西の王達とそっくりだしな―― なによりお前の気配を間違えるはずがない』 そう言って傲焔様は私に太鼓判を押してくれます。


 「王の力―― については成体になれば多分使えるようになると思う。 記憶が無くても、 呼吸するのと変わらないように力を使えるはずだ。 王ってヤツは成体になれば一人で世界を敵に回しても、 負ける事が無い位には強いんだよ―― 思うがままに力を使えば、 世界は滅んじまうけどな。 まぁ、 それをさせない為の楔もあるんだけど…… あぁ、 話が横道に逸れちまった。 今の問題はお前が成体になる事で何かを失っちまうと恐れてることか―― それは俺に話す気はないのか? 」


 成体になれば―― 結局そこに行きついてしまうみたいです。 傲焔様の言葉に私は力なく項垂れます。

こんなに親身になって聞いて下さっているのに申し訳無くて――。 


 「済みません―― 誰にも言いたくないんです」

 「限界は近いんだぞ? 石に戻るとしても? 」


 呟くように言った私の言葉に、 厳しい口調で傲焔様がそう言います。


 「―― わかり、 ません。 死ぬのは怖いです。 それが『死』 では無いのだとしても私には死ぬのと同じです。 だから、 その時になれば生きる事を選択するかもしれないけれど…… 今は、 成体になりたくない」


 怖いと思う気持ちを押しこめて、 私はそうトツトツと話しました。 死への恐怖よりも、 炎咒を失う方が今は怖い―― それにもし、 次の私になったのなら―― 記憶がちゃんとある王になれるかもしれません。 成体になるのだって男性になれるかもしれないし―― そうしたら炎咒に好きって言えるかも…… そこまで考えて、 私は苦笑しました。 次の私が炎咒に恋するかなんて分からないって事に気が付いて。


 「はぁ――――っ 正直、 俺はその選択を賛成できないけどな。 でも、 決めるのはチビだ。 今のお前が石に還っちまうのは嫌だから、 少しだけ協力してやる」


 そう言うと、 傲焔様が私の頭の上に口付けを落しました。 驚いて目をパチパチさせる私に、 悪戯小僧のような顔で傲焔様が笑みを浮かべます。


 「身体が楽になったろ? 」

 「はい―― 」


 傲焔様にそう言われて、 私は自分の身体の変化に気が付きました。 漠然とした倦怠感が随分と楽になっています。 目を丸くする私に、 ニカっと傲焔様が笑って言いました。 


 「成体になろうとする力の圧が、 少しだけ外に逃げられるようにした。 これを肌身離さず持ってろ」


 渡されたのは手のひら大の平べったい虹色の石―― 丸いソレには紐が付けられていて首から下げられるようになっていました。


 「有難うございます…… 」


 嬉しくて零れる涙を袖で拭う私に、 傲焔様がその石を首に掛けてくれます。


 「バカ。 泣くなよ。 俺が、 炎咒と斎巴に殺される。 つーか、 どんだけ嫌なんだ? 成体になんの…… 」


 呆れたように傲焔様に言われて思わず私も苦笑してしまいました……。 本当に。 私はどれだけ頑固なんでしょうか。 そして、 どれだけ炎咒の事が好きなんでしょう。 自分でも良く分かりません。

 石を懐に入れれば、 ひんやりとした感触が肌を撫でます。

 安堵で涙を止める事が出来ない私の頭を傲焔様は泣きやむまでずっと撫でていてくれました――。

 恋のライバル傲焔様が登場です。

傲焔様のお陰で、 過去の『私』ちゃんの事や名前の秘密などなどが明らかに。

 子だくさんなだけの事はあって、 『私』への気遣いは流石かと……。 『私』ちゃんには複雑な所もあるだろうけど、 確実に『良い人』ですね。

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