異世界で王様になりました。
―― 私の名前は『西の王』 それ以外の名前はどこかに落として無くしてしまったかのように思い出せません。
「陛下―― 執務室を抜け出して昼寝とは、 良い度胸ですね? 」
こめかみに青筋を立てた炎咒が仁王さまのような気配をさせて登場しました。
ここは、 西の王の住まう城―― つまり私のお家である西陽城の白亜宮。 その庭で執務に疲れた私は、 母さまのお腹を枕にちょっと休憩してたわけです。 で、 あまりの気持ち良さに爆睡したと……。
「炎咒―― 違います! ワザとじゃありません―― ちょっと、 ちょっとだけお外に出て母さまとお散歩したかっただけなんです! 寝ちゃったのは、 太陽さんが―― 」
ぽかぽか気持ち良かったんです―― と言う私の叫びは、 炎咒のアイアンクロ―で掻き消えました。
ギシリ、 と締められ顔面というか頭が痛いですよ? 一応王様なんですけど、 相変わらず炎咒は容赦がないですね。
相変わらずと言えば、 あれから百年は経ったって言うのに私の身体には変化がありません。
この世界の王という存在は石から産まれ石に還ります。 産まれたての王は大体6歳位の外見だそうです。 その時点では性別が無いようで、 順調に成長して行って―― 大人になると性別が分かれるのだとか。 そして、 私は順調に成長してない訳なのです。 けれど、 それは私が望んだ事――。
「そんなんだから、 ヒトの大臣達に馬鹿にされるんですよ? 」
その炎咒の言葉は正直キツくもあったけれど、 しょうがないのです。
記憶の継承が無い事から『無知の王』 とか呼ばれたりしてるのが現状の私。 宰相である炎咒の力で何とか真っ当に王様らしい仕事が出来るようになりはしたけれど、 見た目が幼いままである事から大臣達には頭から馬鹿にされてる状態です。 炎咒が居なければ反乱をおこされて監禁されて、 四季折々の祭祀の時や、 流行病や怪物が現れた時の祓いの時以外出して貰えなかったかもしれません。 いいえ、 そうなっていたと思います。
でも、 私には絶対に譲れない願いがあるのです。 それは成長しない事――。
「言い訳無用です。 今日はおやつは無しですね」
「だめです、 いやです―― 許して下さい! 今日は斎巴 がマンゴーのケーキを作るって言ってましたぁ―― 」
炎咒の衣に縋りついて情けを乞います。 炎咒そっくりの人形―― 斎巴。 私を探す為に国を空けなければならなかった炎咒の代わりに宰相をしていた彼は、 炎咒が帰還した今―― 私専属のお菓子係をしています。 それが美味しいのなんの……! 執務の合い間の癒しです。 天が与えた奇跡です!
「貴方の好きなものじゃなければ、 オシオキにならないでしょうが。 さぁ、 さっさと仕事して下さい」
無情にも炎咒は私を引きはがし言い捨てました。 酷いです。 ちょっとお昼寝しちゃっただけなのに……。 一緒にお昼ねしてた母さまが、 申し訳なさそうな顔で私を見ます。 大丈夫ですよ―― 母さま―― 母さまの所為じゃありません――。 でもでも、 マンゴーのケーキ……。
「鬼っ! 悪魔ぁ!! 」
思わず、 炎咒にそう叫べば冷笑であしらわれました。
あぁ―― 何でこんなに意地悪な人の事が好きなんでしょう―― 私。 決して報われる事なんてないのに――。
※※※
―― 決して報われない恋をしました。 私の好きな人には愛する人がいるのに――。
炎咒は意地悪です。 けど、 とても優しい――。
時空嵐とやらに巻き込まれ、 行方不明になった私を炎咒は180年も探したそうです。 この世界で、 王と言う存在は安定の象徴―― 石に戻っている間は、 もちろん王が不在である訳ですが大体長くて20年程。 180年も行方知れずになった王は私が初めてだそうですが。
王は祭祀を執り行います。 四季―― 巡る季節を管理し、 祈る事で流行病や妖物を退けます。 と、 言う事は王が不在であればある程に国は乱れる――。 例え、 どんなに無能な王であろうとも殺される事が無いのは王にしかそれが出来ないから。
といっても、 私が歴代初の無能な王なのですけど。 他の王達は記憶の継承も滞りなく、 異能を持ち生き物としても最強生物で…… 民が安心してついていける王であると思うのです。
180年も王が留守だったこの国は、 本来なら荒れていてもおかしくはありませんでした。
その不在期間を国を荒らすことなく乗り切ったのは炎咒が居てくれたおかげです。 炎咒は問題が起これば斎巴の身体と自分の魂を繋げ、 王もかくやと言う働きぶりで事を鎮めたと言います。
一度、 私いなくても良かったんじゃないですか? って聞いたら、 あんな過労死しそうな状態は二度とごめんですと怒られました。
そんな有能な炎咒です。 この国に帰って来た時、 そりゃあもうビシバシと王様業を叩きこまれました。 それだけだったら、 嫌いになってたかもしれない位に厳しかったです。
けど、 炎咒が私の為に少なくない時間を使って教えてくれてる事は明白で…… 大臣達からの文句を一手に引き受けて私を守っていてくれる姿を見て――。 来た当初は、 信用できるのは母さまと炎咒だけでしたし…… 何だかんだで頑張れば労わってくれて、 上手に出来た時なんかは、 本当に嬉しそうに褒めてくれて――。
―― いつも傍に居て(意地悪だけど) 優しくしてくれて(怒ると怖いけど) 何だかんだで守ってくれる(時々突き放されるけど)
そんな人が傍にいたら好きになっちゃう事だってありますよね?
けど、 私は聞いてしまったんです。 炎咒と斎巴の会話を―― そこから理解できたのは、 炎咒には愛する人がいるのだと言う事……。 しかもその相手が『南の王』 傲焔様で―― 年に一度の『四方の宴』 と呼ばれる会議兼懇親会みたいな宴でお会いしたのですが―― その…… 男性でした。 えぇ。 男性です。 だから私―― 成長しないって決めました。
私が成長すれば、 今回は女性になるって分かってたから……。 もし、 成長するのが男性なら―― 私は万が一の奇跡を信じて、 成長する事を願ったかもしれません。 けれど――
私が女性になるなら、 万が一にも奇跡は起こらないじゃないですか。 男性が好きな炎咒の恋人になんてなれるはずもありません。 自分でも馬鹿みたいだなって理解はしてるんです。 けれど、 私は女性になってその現実を突きつけられるより、 幼いままでいて炎咒に構ってもらう方を選択しました。
王様のくせに。
「我ながら、 随分と自分勝手です」
私が、 成長してちゃんとした王様になったら…… 炎咒は安心して傲焔さんの所に行ってしまうでしょう。 だから、 このままがいいんです。 いつまでも手のかかる王様なら―― 炎咒は傍に居てくれます。 卑怯な自分に嫌気がさします。 炎咒が知れば、 二度と許してもらえないはずです。
苛められていた時、 苛められる自分の事が嫌いでした。 今は―― もっともっと自分が嫌いです。 私がいなければ滅んでしまう国の事を想えば、 私の恋心なんて些末な事でしかないのに。
「何ですか? そんなに落ち込んで―― そんなにお菓子が食べたかったんですか…… 我が君は相変わらず食いしん坊ですね。 確かに執務に飽きて、 私に聞きもせずに散歩に行ったのは自分勝手とい言えるかもしれませんが。 まぁ、 次からはせめて私に言ってから出て下さい。 探し回る時間が勿体ないので」
炎咒は、 どうやら私の呟きを都合が良いように解釈したみたいです。 自分勝手の意味を詮索されなかったのは有難いですけど。 私は、 どうにも浮上しない気持ちを抱えたまま奏上された案件に目を通しました。 許可するものには玉璽を押印して―― 再考が必要と思われる物は横にいる炎咒に渡していきます。
炎咒が、 急ぎのものとそうでは無いものを分けていてくれたので、 比較的スムーズにお仕事が進んで行きました。
「―― これも、 再考で―― 次は、 ちゃんと休憩が欲しいって炎咒に言います。 オヤツ無しはキツイですし」
「そうして下さい。 大体さっきだって後もう少し我慢して頂けたら休憩時間を差し上げようと思ってたのですよ? それなのに、 私が席を外した隙をついて脱走なんてするからこんな事になるんです。 ―― ふむ。 奏上された案件の判断は大分できるようになって来ましたね。 本日は急ぎの物だけで良いでしょう―― 後の物は難しい判断もないですし明日でも十分に間に合いますからね」
大失敗です。 さっきの私に忠告してあげたい…… もう少し、 我慢しなさい。 そうすれば、 オヤツも食べれるよ―― って。
それにしても炎咒の凄い所は私が確認するよりも早く、 奏上された全ての案件を把握している所だと思うのですが―― 本当に炎咒がやればもっと早く終わると思います……。 怒られるから言いませんけど。
何故、 炎咒が私より先に奏上案件を把握してるかと言えば、 それはちゃんと理解して仕事をしているか、 と私を試験するために他なりません。 間違えると、 炎咒の冷たい視線が刺さるのですぐに分かります。
最初は息苦しくて緊張したものですが、 今は褒めてくれた後、 頭を撫でてくれるその手が嬉しいです。 私って単純ですね。
今日は急ぎの物だけで良いと言われたので、 お仕事は後少しでおしまいです。 終わったら、 何をしましょうか。
白亜宮の外―― 外宮の大臣達がいる所へは行く気にはなれませんし―― 顔を見るたびに嫌味を言われるのは嫌ですからね。
良くしてくれる女官のお姉さんや武官のお兄さんとかもいますけれど、 一応私は『西の王』 なので、 友達にはなってくれないんですよねぇ。 それにお仕事の邪魔をする訳にもいかないですから。
炎咒は忙しいでしょう? 母さまは一緒に居るのは好きですけど、 友達には思えません。 斎巴は、 唯一友達って言える人(?) かもしれませんが…… 外を歩いていると、 炎咒の代わりにこき使われそうになるので一緒にお出かけするのは気がひけます。 余暇の時に気軽に誘える友達が欲しいです……。
「―― これで、 お終いですね! 」
最後の一枚に押印して、 大きく伸びをしました。 逃げないように炎咒に見張られていたので、 ずっと座っていた身体がバキバキです。 昼寝騒動から、 ぶっ続けで7時間―― 頑張りましたよぅ。
「やっと終わったみたいですね―― お疲れ様です。 陛下」
まるで、 今この時を見計らったように斎巴がお茶を持って現れました。
炎咒は、 陽の加減によっては金に見える朱色の髪に空色の瞳―― 対して斎巴は白に近い銀の髪に藤色の瞳をしています。 姿形は双子にしか見えません。
服のデザインも一緒です。 けれど、 炎咒は白系の服で左側に刺繍が入っているのに対して、 斎巴は灰色系の服で右側に刺繍が入っているものが好きなようです。
今こうしていても、 斎巴が炎咒が作った人形だなんて信じられないです―― まぁ、 それは母さまだって同じなんですけど……。 温かいですしね。 斎巴も母さまも良い匂いがしますし。 普通に生きてるようにしか思えません。
前にそう話した時に斎巴が教えてくれました。 心臓がないから心音は聞こえませんよって。 流石にそれを確認する勇気はなかったのですけど。
「ありがとうございます。 斎巴」
お礼を言ってお茶を頂きます。 白磁の茶器に入ったお茶です。 味はジャスミン茶に近いですかね? もっと芳しい花の香りがしますけど。
それから、 斎巴がどこから出したのか―― 黒漆を塗ったプレートに乗せたマンゴーケーキを机の上に置きました……。 これは、 なんの拷問でしょう? 新しいオシオキの形ですか??
艶々のマンゴーがふんだんに乗ったそのケーキは、 冗談抜かして絶対に美味しい代物です。 私オヤツ抜きって言われているのに目の前に置かれるなんて…… 泣いてもいいでしょうか。
「おや? 食べないんですか?? 陛下―― あぁ。 まだお仕置き中ですか? 炎咒様も相変わらず人が悪い―― 食べても大丈夫ですよ―― 炎咒様が『我が君も反省しているようです。 仕事も予定より早く終わりそうなので斎巴、 ケーキも出して差し上げなさい』 と言ったんですから」
クスクスと笑った斎巴に言われて私はケーキを見た後、 期待を込めて炎咒を見つめました。
「…… 斎巴―― 私はそこは黙っておけと言ったでしょう―― はぁ。 我が君、 ヨダレが零れてますよ? 待てをしている犬じゃあるまいし」
憮然とした表情で、 手巾で私の口周りをグイグイと炎咒が拭きます。 照れ隠しなのか、 ちょっと強い力で拭かれたのでちょっと痛いです。
「まったく。 もう一度、 釘を刺してから休憩していただくつもりだったんですがね。 分かってますね? どこかに行く時にはまず、 私に確認して下さい。 急な予定が入る事もあるのですから―― 西の王が所在不明では困ります」
炎咒のその言葉に私はコクコクと頷きを返します。
「―― 私も甘いですね…… 良いですよ、 お食べ下さい」
「炎咒、 大好き! 」
そう言ってから、 茶席で使うような竹製の菓子切りでケーキを切り取って口に頬張ります。
こう言う「好き」 なら簡単に口に出せるんですけどね。 本当難しいものです。
そう言えば、 洋風のケーキに漆器や菓子切り―― 不思議に思われる事もあるかもしれませんね。 けど、 ケーキという文化をこちらに持ってきたのは私なのです。 他にもたこ焼きとかカレーとかシチューとか―― まぁ、 似たような食材があったからこそ出来た事ですが。 ちなみに私がマンゴーと呼んでる果物もこちらでは黄玉と呼ばれる果物だったりするんですよ。
「本当に我が君は現金な方だ。 鬼やら悪魔やらと罵ってくれたのは、 どの口でしたかね」
私のこの口です―― とは言葉に出さずに口をモゴモゴさせたまま、 目線を逸らせました。 炎咒の視線がチクチク刺さります。 私のあの発言―― もしかして根に持ってたんでしょうか―― うぅ、 視線が刺さりますよぅ。
「炎咒は有能で、 とっても優しいです。 鬼とか悪魔とか失言でした―― ゴメンナサイ」
「当たり前のことを言っても褒めた事にはなりませんよ? そもそも私を、 鬼だの悪魔だの―― そんな下等な連中と一緒にされては困ります」
炎咒がニコリと笑ったので、 安心しました。 どうやら機嫌は無事直ったようですね……。
『下等な連中』 と一緒にされたのが気に入らなかったみたいです。 大人げない気もしますが、 次からは心に留めて言わないように気を付けましょう。
ムグムグもぐもぐ。 癒されます―― 私のお仕事の邪魔になるからと外に出されていた母さまがソロリと入って来て、 私の足元に寝転がりました。 チラ、 チラリと炎咒を見れば、 しょうがないですねぇと溜息。 私は、 勢い良く椅子から飛び降りると、 ケーキとお茶を持って母さまのお腹の前にちょこんと座ります。 母さまがベロリと私を舐めて、 お疲れ様と労ってくれました。
「はふぅ―― 母さまにも癒されます…… 」
「初めてお会いした時は、 鈴守花が母さまと呼ばれているのに違和感しか無かったですが―― こうしていると、 なかなかどうして―― 親子のように見えてくるから不思議ですね」
斎巴の言葉に、 母さまが得意げに尻尾を揺らします。 ピスピスと鼻を鳴らしているので余程嬉しかったのでしょうか。
「正直に言えば、 私はまだ違和感がありますけどねぇ。 普通人形って言うのは、 作り手の望みに準じるものです。 私が鈴守花に願ったのは、 我が君を守る事―― それも陰からそっと、 のつもりだったんですがね? 見つけ出してみれば傍に一緒にいるは、 守る事より我が君のお願い事を優先するは―― 正直前代未聞です」
炎咒は苦い顔をして言ったけれど、 母さまの事を人形扱いしている訳じゃないんです。 炎咒曰く『離れた間に随分と生き物くさくなったもので』 だそうで、 不本意ながらも母さまの自我を認めてくれているのです。
「――? でも斎巴だって炎咒に反抗的な時ありますよね」
「斎巴はそうあるように作りましたしね。 私の代わりをさせるので、 性格もある程度は同じようにしましたから―― 大臣達が、 無理難題を吹っ掛けて来た時に尻尾を巻いて逃げられては困るでしょう? 」
あぁ―― それで。 だから見た目もそっくりにしたんでしょうね。 私は最初、 炎咒が自分の事が大好きだからそっくりの―― 色違いですけど、 斎巴を作ったのかと思ってました。
「―― 我が君―― 今、 何か良からぬ事を考えませんでしたか? 」
「き、 気の所為だと思いますよ? 」
「―― まぁ、 良いですけどね…… 」
炎咒の問いかけに、 目を泳がせながら答えます。 何か察しているようですが、 ここで正直に言うのは悪手です。 言わない方が怒られませんしね。
斎巴が、 私を見てニコリと笑った後…… 炎咒に手巾を渡しました。
「我が君。 年齢的にはもう子供じゃないんですから―― ほら、 クリームがついてますよ」
私の口の周りを炎咒が拭いてくれます。 子供―― というか幼児扱いですね。 自分で選択した事だとは言え少しだけ凹みます。 ところで、 斎巴は何で気がついたのに炎咒に手巾を渡したのでしょう。
毎回そうなんですよねぇ。 私に教えてくれれば良いだけなのに、 何故か炎咒に言うんです。 もしくは今みたいにそっと手巾を渡したり。 まぁでもそのお陰で、 炎咒が私の頬についたクリームを指で拭って舐める―― というお色気垂れ流しの、 心臓に悪い行動がなくなったのは有難いですけど。
子供じゃないでしょ? と言いながら子供扱いだからこその行動なのは理解できますけどね…… ワザと子供っぽい行動をしたりしていた私の自業自得なんでしょうけど? 中身は一応、 ばれて無いとは言えそれなりに年をくっていますから、 正直あれはツラカッタです。 最初のころなんて、 ほっぺた舐められて失神しましたし。 流石にあれ以来、 舐められる事は無くなりましたけど。
未だに良く分からなくなる時があります。 幼児扱いじゃなくて、 実はペット扱いなんじゃ無いかと思ったり。
「―― まぁ、 私は事情を知っていますし、 あまりとやかく言いたくはありませんが…… そんな事ばかりしているとまた大臣達から、 自分の娘は炎咒様にピッタリで―― とか売りこまれますよ? 」
あきれ顔をした斎巴の言葉に私はギクリと身を強張らせました。
斎巴が言ったのはきっと傲焔さまの事でしょう。 大臣達も哀れな事です。 炎咒が好きな方が男性だって知らないんですから―― 無意味な事だと言うのに。
「やめろ。 思い出させるな」
「―― 炎咒様がさっさと真実を告げれば八方丸く―― とまでは言いませんが、 収まるでしょうに。 それをしないから、 明花サマなんていう面倒くさいのに目を付けられるんですよ」
確かに、 炎咒が真実を告げれば大概の媛君達は黙るでしょう。 男性が好きだと言う人に、 女性である自分を愛して貰おうなんて無理だと理解するでしょうし。 けど、 明花媛は諦めないんじゃないですかね? あの人なら、 『私の愛で、 炎咒様の呪いを解いて見せます』 位の事は言うでしょうし。
凄いんですよねぇ…… 右大臣の娘である彼女―― 見事としか言いようのないナイスバディに超絶美人さん。 しかしてその実態は、 無茶苦茶性格が悪い人―― でしょうか。 炎咒に近づこうとする女性はあの手この手で陥れ、 炎咒の前でだけ特大のネコを被って心優しい女性を装ってる訳なのですけど。 炎咒にはモロバレです。 特に、 人気の無い所で私に足を引っ掛けて転ばせておいて『あら、 陛下―― あんまり小さくて気付きませんでしたわ。 陛下が無能なせいで炎咒様が私に会える時間が取れませんの。 もう少しどうにかして下さらない? 』 と言った事がどこからか炎咒に伝わっていて炎咒からは蛇蝎のごとく嫌われてるみたいです。 ―― 右大臣自体は予想に反して無茶苦茶良い人なので無碍にも出来ず―― なので明花媛は自分が嫌われている事実を知らないのですけど。
「一応、 他の弾よけ位にはなっていますが―― 私は、 陛下にしてくれた事を許す気はないですからね」
笑顔が怖いですよ? 斎巴。 まだ怒ってたんですね―― あの時の事。 確かに、 明花媛が現れてから炎咒が他の媛達にアタックされる事は激減しましたけれど…… 弾よけって事はもしかして、 そういう風に利用してたんでしょうか。
「私が、 それを許してるとでも? 私だって、 出来ればさっさと突き放したいんですけどね…… 他に被害が行かないように、 暫く抑えといて欲しいと頼まれているんです」
斎巴の冷笑に心底嫌そうな顔をした炎咒が言います。 話を聞けば、 右大臣から宰相閣下ならウチの娘を抑えられますよね?! と泣きつかれたらしい。 政治のことなら敏腕やり手の右大臣さん―― 大恋愛の末、 結婚した奥様が唯一産んだ娘が明花媛。 奥様は出産の折に夭折なさり、 奥様似の娘を愛しいとは思っていても愛妻を思い出しちゃって哀しくなるからと、 教育等々を乳母に丸投げしていたそうです。 そして気付いたら手がつけられないほど我儘な媛に。 注意しようとすれば、 『お父様は私を愛していないのでしょ? だから今まで放っておいたのに勝手な事言わないで!! 』 と責められ、 実際に放っておいた後ろめたさから何も言えなくなると言う―― 残念な状況らしいです。
「炎咒様にしてはやけに手ぬるいと思ったらそう言う事情ですか」
「右大臣としては有能ですしね―― 娘が気になってオチオチ仕事に集中出来ないと言われれば協力はしますよ。 一応は。 ただ、 仕事と並行して解決策を考えて下さいとは言ってあります。 仕事よりも、 そっちの方が難航しているみたいですけれどね」
だから、 炎咒は明花媛がしなだれかかっても邪険にしなかったんですね―― 女の人がいくらアプローチしても無意味だって知っているのに、 それでもあのにこやかに(表面上は)笑いあっている炎咒と明花媛がとてもお似合いに見えてショックを受けた事を思い出してしまいました。
―― 明花媛が大丈夫だったら、 私が大人になって女性体になったら振り向いてくれるかしら。
私が女性体になったとして、 明花媛ほどの美人になれる訳でもなし―― 一瞬でもそんな事を考えてしまった罪悪感で、 その日は中々元気が出ず母さま達に心配をかけてしまいましたけれど。
そんな事を思い出していたら、 一番思い出したく無かった事が出てきます。
『初恋なんです―― 今まで、 閨を共にする女性がいなかった訳でもないのですが。 あれはただの性欲処理であって恋でも愛でもなかった。 かの方に出会って初めて私は伴侶を得たいと願ったんです』
『―― それは何度も聞いていますから知っていますよ炎咒様。 私が言いたいのは、 かの方の気持ちを分かっているのに行動しないでいる現状ですよ』
『だって可愛らしいじゃないですか? 私のことが気になってちょくちょく様子を見に来たり―― 私に褒めてもらいたくて頑張ったり―― ね?』
『私は―― かの方が可哀想ですよ―― 我が主。 相も変わらず性格の悪い』
思いだしたのは初恋を諦める事になった炎咒と斎巴の会話です。 どうして、 その場に居合わせたりしてしまったのでしょうか。 母さまと追いかけっこをしていて、 衣装部屋の奥に隠れていた時です。 後から入って来た、 炎咒と斎巴がそんな話をし始めたのは。
髪色などから、 それは傲焔様だと理解して―― そして、 私の事を心配してくれていた傲焔様がこの西陽城に様子を見に来てくれる本当の理由を知った時でした。 お土産は、 いつも私と炎咒だけに。
炎咒とは古い古い付き合いだと言っていたけれど―― きっとその炎咒が仕える王が私であるから心配してくれたんでしょう。 炎咒が困らないように。 二人が衣装部屋から出て行った後、 私は久しぶりに声を殺して泣きました。 元々、 告白なんてできるとも思ってませんでしたが、 私が失恋したのは確実にあのときです。
『私』 ちゃんは、 もういい年のハズですが身体に精神年齢がつられてる感じです。
落ち込みやすく、 自分が全部悪いと思いがちの子は書くのが多分初めて(?) ですが、 どう変わって行くのかが楽しみです。