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はじまりのおはなし

 この世界には、 四人の王がいる――


 『―― 世は乱れ、 互いが互いを滅ぼしあい…… 多くの穢れに満ちました。 そして世界は滅びの時を迎えたのです―― その様子を憂いた女神は四方に石を置きます。 東に青の石、 西に白の石、 南に赤の石、 北に黒の石。 <乱れし、 人心を治め世の理を正しなさい> 石から産まれたのは始まりの王。 彼等は、 国を作り人を纏め、 これを良く治めたのです』

 ―― 昔話 女神と四方の王 より抜粋 ――


              ※ ※ ※


 ―― 恋に落ちる瞬間というのは、 予測ができないのが面白い。


 王の代替わりに立ち会う事になるとは珍しい。 男はそう思ってそれを見ていた。

代替わり―― 王が、 石に還る事である。 目の前で、 さっきまで文句を言っていた男は糸が切れた人形のようにプツリと意識を途切れさせると、 淡い光を放ち石に還った。


 「私の目の前で還るのは、 さぞかし不本意だったでしょうねぇ」


 何故、 いつからそうなったのかは覚えていないが、 男はその王に嫌われていた。

石に還る度、 新しく産まれる王は別人になる。 時には性別も変わるし、 容姿だって……。 ただし、 記憶は継承されるせいか、 この国の王にはいつも嫌われていた。 一方的に嫌われるのは、 腹が立つ事が多く、 自然とこの王をからかう為にこの国に寄る事が多くなり…… そしてより嫌われるという悪循環。


 「―― 頭にはきますけど、 私は貴方の事は別に嫌いじゃないんですが」


 さっきも、 王宮内で喧嘩のような事になり(一方的に怒鳴られた)不貞腐れて森に逃げた王をワザと―― 嫌がらせで追いかけてここまで来たのだ。

 辺りは、 水の気が強い清浄な泉と、 鬱蒼と茂った森。 


 「水の気は少し不快になるだけで、 何の障りも無いんですけど―― 嫌がらせのつもりでしょうねぇ」


 産まれの所為で、 水の気は毒にはならないもののジリジリとした不快感を男に与えてくれる。

王による可愛らしい嫌がらせだ。


 「ていうか、 貴方―― 代替わりしすぎでしょう」


 泉の真ん中の岩の上に転がる『王だった』 ものに溜息を吐いてそう言うと、 男は岩まで飛んで石に還った王を見つめた。 この世界にいる王の中でも一、 二をを争う代替わりの多さだ。


 ―― このままって訳にもいかないですからね。 取りあえずは宰相さんにでも渡して……


 意思があれば、 絶対に許して貰えないだろうなぁと思いつつ、 王だった石を手に掴む―― その瞬間―― だった。 

 頭に浮かぶのは、 夕日に染まる草原で振り返る長い髪の佳人。 今までの王も華奢ではあったけれど、 儚く美しいその姿。 伸びやかな肢体は服の上からも分かる位に扇情的で、 こちらに笑顔を向けているため瞳の色が分からないのが残念に思えた。 夕日を浴びて赤く燃える髪に魅せられてしばし、 呼吸を忘れて佇む―― 幻視―― 未来を垣間見たのか。


 「―― っ」


 神歴になってから気の遠くなるほどの長い歳月が過ぎた―― それと同じ時間だけ生きてきて初めてこころが震える。

遊びの相手に不自由した事は無い。 けれど、 今まで伴侶を持った事は一度もなかった。 恋とか愛とかに興味も無く、 それは自分とは関係ないものだと――。

 けれど今、 飢餓にも等しい欲が身の内を食い破らんと暴れるのを感じて、 全身が歓喜に震えている。男は思わず石を抱き込むと―― うっとりと呟いた。


 「これは―― 驚いた…… 次の貴方はソレですか…… 今までで初めてじゃないですかね。 その姿は―― 」


 知らず、 そんな言葉が零れおちる。 


 ―― 手に入れたい。 いや。 必ず手に入れる。


 産まれて初めて恋をした男は、 石を愛おしそうに撫でると薄く笑った。


 「外堀を埋めて、 逃げられないようにしてあげましょうね」


 まずは、 毎度毎度嫌われるという悪循環を断たねばならない。 後は、 伴侶として認められるように私に恋をして貰おうか。 誰にも邪魔などさせやしない。 男の本気を感じて、 石はフルリと小さく揺れた。


              ※ ※ ※


 その人が、 目の前に現れた時―― 私は怖かったんです。


 今でなら笑い話でしかないのだけれど、 私が炎咒えんしゅと初めて会ったのは、 こことは違う世界の山の中でした。 その時は人生に於いて何度目かの家出の最中で、 私にしか見えない『母さま』 に抱きついて大きな木の根元でグジグジと泣いて居たのを良く覚えています。

 

 ―― その世界で私は異分子でした。


 日本という国の山間の町―― 私は幼い時に近くの山で拾われ孤児院で育ちました。 赤ん坊の頃からの真っ白な髪に薄い灰色の瞳―― 苛められるのには十分で。

 私にしか見えない、 クマ位の大きさがある白い狼の『母さま』 にべったりだった子供は周りから見ればさぞかし気味悪いものだったんだろうなと今なら理解できます。 

 しかも、 私は成長しなかったですし……。 成長は小学校1年生位で止まってしまって、 中学に入った後もそのままで――。

 苛められても学校にいったのは、 母さまが傍に居てくれた事と本が大好きだったから。

中学校にしてはやけに蔵書が多い図書室が私の数少ない心休まる場所でした。

 所が家出したその日は図書室が蔵書の整理でお休みで、 しかも運悪く苛めっ子達に捕まってしまったのです。 

その日は、 リーダー格の子の機嫌が悪かったらしく。 髪をジャキジャキに切られ、 水をかけられてしまいました。 

 ザンバラの髪にびしょ濡れの私―― さらには服を脱がそうとしてくる様子に激怒して今にも攻撃に移ろうとしている母さま―― そんな母さまを必死に抑えているのも限界で、 私は大暴れすると、 なんとか逃げ出しました。

 必死に逃げたのは、 母さまが昔怒って私に意地悪した男の子に噛みついた事があったからです―― あの血の海をここで再現したくない――。 だから、 苛められるたびに上手く逃げていたのに……。 本当に今日は何て厄日なのかと思ったものです。 

 何処をどう逃げたのか、 私は幼い時に母さまと暮らしていた山の中の大木の所まで来ていました。 苛めっ子達は、 私が山に入ったから諦めたのでしょうか流石にここまで追いかけて来る事はありませんでした。

 私は脱がされかかった服を整えて、 母さまに抱きつきました。 ポカポカのお日様の匂いがして、 気持ちが少しだけ落ち着きました。 見た目が女の子っぽいから女子の制服にしたけれど、 こんな事があるなら男子の制服にしておけば良かったかもしれません。

 まぁ、普通に考えて服を脱がされるのは嫌なことではあるんですけど―― 孤児院の職員おとな達しか知らない秘密が私の身体にはありました。

 私が、 この世界に於いて異分子である事の証明―― そう…… 私には性別が無かったんです。 女の人に必要なものも、 男の人に必要なものも無い状態―― 『気味が悪い』 職員さん達は平等に接しようと努力してくれてはいるものの、 いつでもその思いが透けて見えていました。 

 もういっそ、 母さまと二人ここで暮らしたい。 そう思った時です。


 『見つけた―― 』


 木のウロからそんなくぐもった声が聞こえました。

現れたのは、 白地に金糸の模様の入った中国風の豪奢な衣装を着た怖ろしい程に奇麗な人。 その美人さんが私の足元に跪き、 にっこりと満面の笑みを零します。 


 『初めまして、 わが君。 私の名は炎咒。 我が唯一の王よ。 お会いできて嬉しく思います』


 女性かと思うほどの美人さんはその声の低さから、 男性だと言う事が理解できました。 けれど、 残念な人なのか言っている意味が全くわかりません。 


 『所でわが君―― そのお姿はここでは当たり前の格好なのでしょうか―― あぁ、 お泣きに? ―― 貴方をこんな状態にしたものは何処でしょう? 殺せばいいですかねぇ』


 うっそりと冷たい笑いを零して炎咒さんは立ち上がると、 街がある方向を見つめました。 その様子に大変不穏なものを感じて寒くもないのに鳥肌が立ちます。

 頼りの綱の母さまは、 炎咒さんの声が聞こえた時には警戒する唸り声を上げていましたが今は大人しく、 何ならその人に向かって尻尾を振っている状態です。 ―― まるで昔から知ってるかのように。


 『お前が傍にいながら、 どういう事かな? 鈴守花すずか何故、 王を守らなかった』


 そう責められて、 母さまが申し訳無いと言うように項垂れます。 そんな母さまを今にも殺しそうな目で睨む炎咒さんに私は慌てて言い募りました。


 『待って、 待って下さい! 母さまが悪い訳じゃないんです! 私が、 お願いしたの』


 母さまが私を助けるために、 人に怪我をさせた時―― 私が人を傷つけないでとお願いしたのだ、 とそう言って…… だから、 母さまは悪くないのだと―― そう炎咒さんに説明しました。


 『―― はぁ。 無礼者を傷つけるより、 御身に傷を付ける方がマシですか……。 その様子では記憶は無い・・・・・のですね? 西の王』

 『記憶……? 西の王って―― 』


 苛立たしげに溜息をつく炎咒さんにオズオズとそう聞きかえす。


 『貴方はこの世界のニンゲンじゃあありません―― 我等の世界、 四方聖界しほうせいかいの王―― 西を司る、 西の王です』


この世界の人間じゃない―― それは、 当たり前の事としてストンと胸に落ちた。 けれど王――? 


 『あの…… 私、 確かにこの世界では異分子です。 ―― けど…… 王って言うのは炎咒、 さんの間違い、 だと思います…… 』


 最後の方がドモってしまったのは、 炎咒さんがニコニコ笑ってるのに気配が怖かったからです。

思わず、 後ろに下がって母さまの後ろに隠れるようにしてしまいました。 そうやって様子を伺います。


 『我が君は面白い事を言いますね? 鈴守花が傍にいるのなら、 貴方が西の王で間違いありませんよ? それとも、 私が王以外に膝をついたマヌケだとおっしゃる? 』

 

 ―― 怖い、 コワイ、 こわい!


 目を細めて睥睨されれば、 母さまの尻尾がお尻の下にクルンと隠れました。 母さまと気持ちは一緒です。 何なら今すぐに逃げ出したいです。

 私が王様だって言うんなら、 炎咒さんのこの対応は問題にならないんでしょうか? 王様って普通偉い人ですよね?


 『炎咒さんはマヌケじゃないと思います! けど、 王様は私じゃないですぅ』


 あ、 やばい―― 涙が出てきました。


 『何ですか、 まるで私が苛めてるみたいになってませんか』

 『ヴォウ』


 炎咒さんの言葉に、 母さまが答えるように大きく吠えました。 母さまも怖いのに私の事を守ろうとしてくれてるのが分かって思わず抱きつきます。 


 『…… 鳴き声だけで責められたのは分かりましたけどね―― はぁ。 会話できる機能くらい付けとけば良かったですかね』


 機能―― まるでモノみたいな言い方をされて、 思わず炎咒さんの事を責めるように見てしまいました。 視線を感じたのか、 炎咒さんが不思議そうな顔をして私を見返します。


 『あぁ…… 鈴守花は人形ですよ。 私が貴方を守る為に作った。 それが何で『母さま』 になってるんだか私には分かりかねますが』

 『え……? 』


 ちらと、 母さまを見た後に炎咒さんが私の傍に音も無くすべるように寄って来ました。

驚く私の手を左手で逃げられないように掴むと、 右手が髪に伸びてきます。 炎咒さんはビクリと身を竦ませる私のザンバラに切られた髪を撫でると、 おもむろに口付けました。


 『や! 』


 私がそう言って逃げようとした瞬間です―― ざぁっ と音がして私の髪が足元まで伸びたではないですか! しかも制服も乾いてますよ? 魔法―― 魔法ですか??


 『ふえぇ? 』

 『多少、 伸ばしすぎましたかね。 まぁ、 さっきの状態よりは良いでしょう。 それから、 私は貴方の臣下です。 ただ『炎咒』 とお呼び下さい』

 『炎咒さ―― 炎咒…… あの、 髪ありがとうございます。 あの私の名前は―― 』 

 『名は、 必要ありません。 ここでの名は意味も無いですし―― 貴方はただ『西の王』 と。 さぁ。 我が君。 帰りますよ』


 問答無用で抱きしめられて目の前が白く染まりました―― それが日本での最後の記憶。 


 ―― あれから100年。 四方聖界で私は西の王をしています。


 炎咒は優しくしていても、 基本意地悪です。

『我が君』 が右往左往しているのを、 表には出さないけれど楽しくニンマリ見ているタイプ。 

対して『私』 は純粋にできていて物事を信じやすいタイプかと。


 前にプチプチ書いていたものが出てきたので投稿してみました。 先に連載をしている作品の更新を優先させて頂こうと思っています。 あらすじ部分にも書きましたが、 最低月イチは更新致しますので気長にお付き合い頂ければ幸いです。


2018.5.21 

お話を見やすくするために会話とそれ以外を分けました。 神歴960年(多分)と書かれていた部分を、 今後の展開に矛盾が生じる為『神歴になってから気の遠くなるほどの長い歳月』 という曖昧な表記にかえました。

遅い更新ではありますが、 これからも宜しくお願いいたします。

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