暗殺日和
アレクの館でバーベキューパーティーを行ってから半年が過ぎた頃、アレクとエレナは地下の秘密の部屋に篭り実験に明け暮れていた。
秘密の部屋は防音になっているために、中の様子を外から窺うことはできずに仲間達も2人が何をしてるか知らない。
ただプラムだけは手伝いとして実験に同行しており、定期的に食事などを実験室に運び込んでいた。
そんな状態が続きアマリアもキアも、流石に心配になって何度もアレクに地下の実験室で何をしているのか聞いたが……結局、誤魔化されて実験を確かめることはできなかった。
そんな日々が続いた、ある夜……アレクの館に複数の怪しげな影が、侵入しようとしていた。
5人の顔を布で覆う黒づくめの者達が、物音も立てずに館の外壁を超えて庭へと降り、茂みに身を隠す。
統率の取れた動きは、特殊な訓練を受けた者のみが会得できる見事なものであった。
そんな5人が茂みから館の中の様子を窺っていると、突如として庭の中央に綺麗な衣服を着た少女が現れる。
館からの明かりで少女が照らされると、黒髪を纏めるかんざしが、冷たく光を反射する。
そして、暗闇に向かって少女の凛とした声が放たれる。
「どなたか存じませんが……夜分遅くに正門を通らずに館に入るのは失礼では、ないでしょうか?もし、今すぐ投降なさるのであれば命までは奪わないことをお約束しますが、どうでしょうか?」
しかし、暗闇に放たれた少女の問いに答える者はいなかった。
それどころか少女に向かって、鋭い輝きと共にナイフが投擲される。
けれど、少女にナイフが刺さることなく、ナイフが当たる寸前でスゥーと少女は消え、目標を失ったナイフは無様に地面に落ちる。
姿が消えた直後に、何処からともなく少女の声が侵入者達の耳に届く。
「自らの運命を選びましたね?それでは、ごゆっくり夜の晩餐をお楽しみください」
館の庭に夜の静寂が戻ってくると、侵入者は一斉に行動を開始する。
自分達の存在が知られた以上、ここにいることは無意味と判断して任務を放棄し、撤退を選択する。
そう、彼は暗殺者である……隠密を得意とし不意の暗殺術を極めたもの達だ。
暗殺者対象はBランク冒険者である《漆黒の魔弓》のメンバー、正面から戦闘になれば暗殺者達には勝機はない。
だからこそ迷わず撤退を選び、次の機会を窺うことにしたのだ。
しかし……その選択は、あまりにも遅すぎた。
「……ぐはっ!」
「……うぅぉぉ!」
侵入者達がバラけて潜んでいた茂みから、襲撃を受けてドサッ!ドサッ!と人が倒れる音が聞こえてくる。
それと同時に何かが地面を這ってズルズルと、移動してるのを感知した暗殺者のリーダーと思われる男が合図を出すと残りの3人が茂みから飛び出してくる。
「リーダー、何か茂みの中に得体の知れないものがいます……」
「あぁ、分かっている……2人やられたようだな。散開して――」
リーダーと呼ばれた男が、散開して逃げることを指示しようとした瞬間……茂みから1人の女性が、ゆらりと現れる。
「こんばんは、侵入者さん。折角来られたのですから、私の実験に付き合って下さい」
そう言いながら茂みの影から現れたのは、栗色の長い髪をポニーテールにした美しい女性だった。
しかし、暗殺者は次の瞬間ギョとする。
それは女性の姿が、あまりにも禍々(まがまが)しかったからだ。
全身にピッタリと張り付くような、トゲドゲしい漆黒の鎧を纏い、その爪は全てを切り裂くような鋭利な凶器になっている。
首元まで及ぶ漆黒の鎧は、彼女の白い肌を侵食するように頬を包んでいた。
「なっ!」
女性の風貌に驚愕したリーダーの男が、声を発しようとすると足元に違和感を覚えて視線をおとす。
そこには黒い触手が地面から生え、3人の足を完全に絡めとっていた。
咄嗟に手持ちの短剣で、触手を斬ろうとするが……足元を見つめる彼らは、ガチャリと何かの音がしたと思うと……三日月のような大きな影が出現したのを地面に捉える。
視線を上げた暗殺者達を待っていたのは、月明かりに照らされて冷たく光る、漆黒の大鎌を両手で構える女性の姿だった。
「私は錬金術師ですが……体の一部なら自由自在に操れるんですよ」
暗殺者のリーダーは、数多の修羅場を潜り抜けきた自分の直感が、死を告げているのを感じた。
その死が迫る一緒で、リーダーの男は異様なものを見た。
漆黒の鎧を着た女性の背後に、蠢く触手があるのを……それが自分の足に絡み付いているものと同様のもの理解した瞬間、男は無意識に言葉を漏らす。
「……化物か」
その言葉を聞いた女性は、ニコッと笑うと漆黒の大鎌を振り下ろした。
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「なんなんだ……あの化物は!?あんなのがいるなんて聞いてないぞっ!!」
アレクの館の庭が見える民家の屋根に、伏して身を隠していた男が、小声で恨み言を吐き捨てる。
彼は暗殺者の仲間であり【遠視】と【夜目】のスキルを使い仲間を監視することで、何かチームに問題が起こった際のバックアップとしての役割を担っていた。
暗殺自体は失敗してしまったが……事前の情報にない化物が存在していることが分かった。
これを理由に公に《漆黒の魔弓》を糾弾し、仲間達の仇をとることはできる。
そう考え男は、すぐに情報を持ち帰ろうと起き上がろうとするが……チクリとした痛みを首に感じて飛び上がる。
「なっ!?」
屋根の上で器用に転がり距離をとって、先程まで自分がいた場所を見ると黒いフードを被った者が立っていた。
「き、貴様っ!何者だ!?」
「あら?それを貴方が言いますの?人の館をコソコソ覗いておきながら、そんなことが言えるなんて恐れ入りますわ」
声から女であることを理解し、会話の内容から暗殺者の男は、フードの女が《漆黒の魔弓》の関係者であると判断して片手剣を抜き襲いかかる。
「死ねっ!!」
しかし、男の一撃はフードの女に当たることはない。
フードの女は、何を血迷ったのかフワッと飛び上がると屋根の下へと落ちていった。
フードの女の予想外の行動に、男は女が逃げるという選択をしたのかという考えに至り、急いで女が落ちた先を確認する。
屋根の上から下の路地を覗き込むと、何故か先程のフードの女が下で、男に向けて手を振っていた。
「あの女っ!!バカにしやがって!ぶっころんしてんや……」
女を追おうと男は立ち上がろうとするが……急に呂律が回らなくなり、手足にも力が入らなくなり、そのまま屋根の上からゴロゴロと転がり落ちる。
地面に激突するかと思われたが、直前で落下してきた男と地面の間に風が吹き、落下の衝撃を緩和する。
フワッと地面に転がった男は、糸が切れた人形のようにグニャリとお尻を突き出して、うつ伏せに情けなく倒れる。
「ぉぁぃば……かぃぁぅ」
必死に何かを喋ろうとしているが、麻痺毒を受けて無力な人形と化し、男の言葉が誰かに届くことはなかった。
そんな男を無視して、フードの女が路地の陰にいた人物に声をかける。
「終わりましたわアレク、運ぶのを手伝ってくださる?」
「……おぅ、まかせろキア」
そこには路地の壁に身を預けるようにしていた顔色の悪いアレクの姿があった。
そんな体調の悪そうなアレクを、キアは心配そうに見つめていた。
「館に帰ったら、しっかりと事情を説明して下さいねアレク……」
「……はぃ」
麻痺毒で動けなくなった男をアレクが担ぎ、館に運び込む。
館の地下室では、既にエレナが捕らえていた5人の暗殺者が縛り上げられていた。
屋根にいた男を地下室に追加して、尋問をエレナとプラムに任せると、アレクとキアは館のリビングへと向かう。
そこには戦闘態勢に入っていたアマリア・ミカエラが待っていた。
アレクとキアの姿を見ると安堵して、警戒を解いて2人を迎える。
「アレクもキアも無事で良かったわ。やっぱり相手は人族だった?」
「あぁ、恐らく訓練を受けた暗殺者だな……詳しいことは今、地下でエレナが尋問してるから分かり次第、教えてくれる」
アマリアとアレクが、話しているとミカエラが当然の疑問を口にする。
「暗殺者……何故、ぼ、僕達を狙ったんでしょうか?あまり心当たりがないんですけど……」
「まさか……私のことが原因だったりは――
」
「それは、なさそうだろ?あの屋根にいた男は、キアのことも詳しく知らない様子だったし」
狙われた原因が分からずに、可能性の話ばかりしているアレク達だったが……全ての始まりはプラムの報告からだった。
夜遅くに各自が部屋で休んでいる頃、地下室で実験をしていたアレクとエレナの元に、急いだ様子でプラムが駆けてきたのだ。
その報告は、どうやら館に侵入しようとしている者がいる、というものだった。
プラムには館の管理者シルキーとして、家の防衛能力がある。
それは館の周囲に常に小さな精霊を放っており、悪意を持って館に接近してくる者を感知することができるという能力だ。
それによってプラムは、いち早く危険を主であるアレクに報告にきたのだ。
この時すでに実験により体調が悪かったアレクは、この半年で触手の扱いを覚えたエレナに館の防衛を頼み、保険としてアマリア・ミカエラを館内に配置した。
アレクはプラムから離れた場所に侵入者の仲間が控えていることを報告され、キアと共に対応に向かったのであった。
アレクが、そこまで話し終わるとアマリアとキアが、ジト目でアレクのことを見つめてくる。
「――で?なんでアレクは、そんなに体調が悪そうなの?別に今日だけって訳じゃないでしょ?」
「ですわね、あのアレクの様子は普通の体調不良という訳では、なさそうですわ」
「うっ……実は、皆に秘密でスキル習得の実験をしていました。ちょっと、危険を含む内容もあったので正直に言い辛くてですね……」
珍しく歯切れの悪いアレクに、アマリアが潔く白状するように催促する。
「だからなんなの?はっきり言いさないよアレク」
「うん、毒耐性や麻痺耐性を習得できないかと思って微量の毒を服用していました」
アレクの口から語られた真実に、アマリアとキアは絶句する。
そんな2人にアレクは、エレナに細密に計算され、致死量に至らない毒を調合してもらっていたことを話す。
それでも毒は毒……体内入れば痛みを伴い、不快感を覚える。
それに耐えながら2カ月経過を観察したところ、アレクは【毒耐性】のスキルを獲得することに成功した。
エレナにとってもアレクの実験は興味深い結果であり、最初は戸惑っていたが……アレクが【毒耐性】を得てからは、積極的に協力していた。
そして体の痛みに耐え抜いたアレクが、次にチャレンジしたのは麻痺毒だった。
麻痺毒は微量から段々と服用する量を増やし、エレナもギリギリのところを攻めていた。
体の痺れに加え、服用後の倦怠感が凄まじく辛い日々を送ることになった。
最近になり【麻痺耐性】も習得でき、今日は【麻痺耐性】の能力の実証実験を行っていたところに、侵入騒ぎが発生したのだ。
プラムから報告を受けて、麻痺毒の対抗薬を飲んで解毒したが……すぐには体調は回復せずに顔色が悪くなっていたということだった。
アレクが全てを話し終わり、アマリアとキアの顔色を窺うと……2人は怒りを通り越して、無表情でアレクを見つめていた。
「あのね〜アレク、あんたバカじゃないの!?どこの世界に自分から毒を服用して、耐性をつけようとする奴がいるのよ!!」
「そうですわね、アレクはバカですわ!そんなことをしていたら命が、幾つあっても足りませんわ!!もっと自分を大切にして下さい!」
アレクは返す言葉もなく、必死に頭を下げて2人に謝った。
ミカエラは怒っている様子はなかったが……笑顔で“もう、2度とやらないで下さいね?”と言われ、初めてミカエラから真剣に怒られた。
リビングで正座をさせられ、3人から延々と怒られているとプラムが部屋に入ってくる。
チラッとアレクの様子を確認すると、何も言うことなく4人にエレナからの途中経過を報告してくる。
「エレナ様から報告です。どうやら暗殺者はカエルレウム共和国の者に雇われて、館を襲った者のようです」
その報告にリビングが、ざわめく……カエルレウム共和国についての報告を、バーベキューパーティーの後にアレクから受けていたメンバーの視線は、自然と正座しているアレクに集まる。
「よりによって、カエルレウム共和国かぁ。妙なところに目を付けられたもんだ」
シリアスに話し出したアレクだったが、流石に恥ずかしくなり、正座をやめる許可を皆に求める。
「もう、そろそろ正座をやめてもいいかな?俺も色んな意味で喋りづらいんだけど……」
「仕方ないわね……今度、また危ないことしたら本気でお仕置きするからね?」
「アレクをお仕置き……ふふっ、悪くないですわ。その時が楽しみですわ、えぇ本当に」
「アレクさんは、もう悪いことはしませんよ!ね?」
3人からの圧力に屈したアレクは土下座しながら2度としないと誓いを立て、カエルレウム共和国について、皆と話し合いを始めるのであった。




