エレナの記憶
家族の死を、きっかけに錬金術師であるドミニクに弟子入りしたエレナは、ドォールムで妹の病気についての研究を始める。
もちろん、錬金術の知識のないエレナはドミニクの身の回りの手伝いをしながら、錬金術を学ぶことになり毎日、必死に勉強した。
その甲斐もあり、1年も経つ頃にはエレナの錬金術の知識はドミニクの弟子の中でも1,2位を争うほどになっていた。
しかし、研究は順調なことはばかりではなかった……ドミニクが毒薬を作らず、得体の知れないものを研究していることが弟子の間でも噂され始めたのだ。
ドミニクとエレナは研究に集中して取り組むために、研究を人から遠ざける手段を考えた。
それは、わざと危険な実験であるように振る舞い、周囲と自然に距離を作ることだった。
ドミニクとエレナの目論見通りに、ドォールムから離れ、ドォールム近郊の森に知り合いに秘密で建てて、もらった拠点に移り住むことになった。
経営していた店もたたみ、数多くいた弟子達もドミニクの元を去り、残ったのはドミニクとエレナだけになる。
そして拠点を移したことで、周囲を気にすることなくドミニク達は研究に、のめり込んでいく。
2人の研究でエレナの妹の病気について理解できたことは、体が衰えていく病気ではなく……細胞が衰えていく病気だということだった。
驚くべきことにドミニクとエレナは自力で人が、とても小さな核を持つ細胞の集合体であることを発見していた。
そして、その小さな細胞を復活させることができれば、病気の対抗策になると結論づけた。
「病気の原因については、時間が掛かったが理解できた……あとは病気の原因に効く薬の開発だな」
「はい、師匠の考えが正しければ……妹を苦しめた病気も……」
しかし、ここまで順調に進んでいた研究が行き詰まり始める。
その原因は、病気のサンプルが少ないことだった。
いくら研究しようとサンプルがなければ、実験することも検証することもできないからだ。
そして2人は、人としての道を踏み越えていく……サンプルを手に入れるためにエレナの妹の死体を掘り起こし、細胞を手に入れると……それを錬金で強化し動物に与え、サンプルを増やそうとしたのだ。
試み自体は成功し病気に感染した動物を生み出すことができた……しかし、どの個体も長くは保たず定期的なサンプルの用意が必要になった。
「師匠、やはり動物では研究に支障が、でてしまいます。別のサンプルを用意するべきではないでしょうか?」
「別のサンプル……なら、生命力の強い魔物なら研究に向いているんじゃないのか?」
「魔物……そうか!魔物ならいけるかもしれませんね!」
それから、ドミニク達は冒険者に依頼を出して、魔物を生け捕りにして実験を開始する。
最初は簡単な魔物で病気の研究をしていたが……再生力のある魔物を実験に使用したことで、研究は大きく前進する。
今まで徐々に衰えていた細胞が、突然変異で逆に増殖しだしたのだ。
ドミニクとエレナは、新たな可能性に大いに喜んだ……これで病気に苦しく人々を救う手立てができたかもしれない!と。
けれど、実験では同時に問題も発見されていた。
変異体は、他の生物を摂取することで細胞が増殖し、体積を増やし続けたのだ。
変異体の細胞を錬金で抽出・強化し、通常のブラックボアに移植したところ、通常の3倍ほどに成長した。
また、経過を観察して分かったのだが……強化変異体を移植された個体は、意味不明な行動をとることがあり、更には凶暴化する個体まで現れ出したのだ。
ドミニクとエレナは、この原因が分からずに頭を抱えていたが……そんな中で事故が起きてしまう。
凶暴化した魔物は新たに作った地下に収容して管理していたが、経過を観察していたエレナが実験体の檻に近付いた際のことである。
突然に苦しみだした実験体の背中から、黒い触手が生えたと思うと……エレナに向かって鋭く襲いかかり、腹部を貫通する重傷を負ってしまったのだ。
駆けつけたドミニクと共に、なんとか命からがら逃げ出したエレナだったが……自らの命が長くないこと悟った彼女は、悪魔の提案をドミニクに告げる。
「はぁ……はぁ……師匠……私は、もう保ちそうに……ありません。だったら……私を実験体に……使って……下さい」
「エレナ!何を言う!?あれは、まだ人に使えるような代物ではない!それに、そんなことをしたら君は……!!」
「構いま……せん。あの病気を克服できるなら……私は……っ!!がはぁ!ゴボッゴボッ!」
咳と共に鮮血が口から溢れ出す。
ギリギリの状態で意識を保っていたエレナは、それを最後に気を失い危篤状態に陥る。
ドミニクは最後までエレナに、強化変異体を移植することを迷っていたが……エレナを死なせたくないという気持ちから、最後の一線を越えてしまう。
次にエレナが目覚めたのは、自分のベッドの上だった……まるで悪夢を見ていたように、最悪な気分で目を覚ます。
何気なくベッドから降りると体が羽のように軽く、力が全身に滾る感覚が体の奥から溢れ出す。
すぐに隣の部屋にいたドミニクが駆けつけ、異常がないかエレナに確認してくる。
「エレナ……大丈夫か?私の事が分かるか?」
「えぇ、師匠。師匠の名前はドミニク……私の名前はエレナ……分かります!」
「実験は成功だ!良くやってくれたエレナ!君は錬金によって生まれ変わった存在、ホホムンクルス……いや、半ホムンクルスとでも言う存在になったんだ」
人体への変異体移植を成功させたドミニク達は、歓喜に包まれた。
新たな新薬の可能性……いや、それどころか病気にならない体を手に入れられる可能性を2人は掴んだのだ。
暫くは、安静に過ごすことになったエレナだったが……次第に彼女の中で変化を起こっていく。
日に日に自身の中で、得体の知れないものがジワジワと広がっていくのが分かる。
最初は指先くらいのものが、次の日には指ほどの大きさになり、また次の日には手の平ほどの大きさになっていく。
自身の体が別の何かに生まれ変わっていく感覚に、エレナは次第に狂っていく。
変異体の移植から1カ月が経過をした頃、エレナは自ら進んで実験体用の檻に入っていた。
ドミニクに自らの感じているものについて話したエレナは、周りに危害を加えないために自分を封じ込めることを選んだのだ。
どれ程の月日が流れたのか……時間の感覚が分からなくなり始めた頃に、気付くとエレナは檻の外にいた。
後ろを振り返ると頑丈な檻が、人が通り抜けられるほどに大きく歪んでいる。
何が起こっているか分からずに、不安になったエレナはドミニクの姿を探す。
地下にドミニクの姿はなく、ボロボロの服で外に出ることに抵抗があったエレナは、近くにあった檻に被せる布で、身を覆うと地上にでる。
太陽の眩しさに目を細めながらエレナは、近くの拠点へと歩き出す。
見慣れた扉を開けて家に入ると、家の中は静寂につつまれていた。
「……師匠?いますか?エレナです!」
家の中に人がいれば分かるほど大きさの声で呼びかけるが……誰の返事も返ってこない。
師匠がいる可能性がある家の奥の研究室に、エレナは早足で向かっていく。
重い鉄の扉を開け、薄暗い室内を慣れた様子で進んでいく。
そして1つの人影を錬金台のところで見つける……机に向かって突っ伏しているドミニクである。
ドミニクの姿を見つけ安心したエレナは、すぐにドミニクに歩み寄ろうとするが……その姿が父と母の最後の姿を連想させる。
段々と鼓動が早くなり重い足取りでドミニクの背中に近付く。
「師匠?」
いつかの日と同じように優しく肩に触れるエレナ……そしてドミニクは、力なく机から崩れるように床に倒れる。
「違う……こんななのは……私は何のために……師匠……一緒に……病気を研究しようって……言ったはずじゃ……ないですか!」
頭を掻きむしりながらエレナは、絶叫する。
変異体の移植による肉体と精神の変化、長期間の檻での生活、そして師匠の死という現実が彼女の心を壊してしまった。
そして、エレナは希望を思い描いていた頃を取り戻そうとした。
それは自らの精神を守ろうとする、防衛本能だったのかもしれない。
ドミニクに、そっくりの人形を作り錬金術の勉強をしながら家事をこなす。
記憶を封印し自分自身を騙しながら、長い時間を延々と過ごした。
そんな、ある日……エレナが錬金素材を集めていると、地下で実験体として管理していたブラックボアが劣化した檻を破壊して脱走する。
そして、エレナが追いかけられている時に出会ったのがアレク達だった。
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エレナが話してくれた内容を誰もが、信じられない表情で聞いていた。
そんなエレナに1人冷静なアレクが、質問をしていく。
「大体の事情は分かった……けど、俺達が初めてドミニクさんの人形にあった時には動いてたよな?あれは?」
「あれは薄暗いことを利用して、私が触手で動かしていました……」
「その時は意識は、あったのか?」
「今思えば……自分に都合の悪いことを必死に隠そうとしていたのだと思います」
「ってことは……無意識に近い状態だったのか」
冷静に話すアレクに、アマリアが突っ込みを入れる。
「ちょっと!なんで、そんなに冷静なのよ!信じられない話だったでしょうが!?」
「いや〜詳しい原理は分からないけど、理解できない話じゃなかったからさぁ」
「それから私達に分かるように解説してよ?難しい話で理解が全く追いつかないから!」
騒ぐアマリアを宥めながら、アレクはエレナに向き直ると1つの本を手渡す。
「これは?」
「それはドミニクさんの日記だよ」
「っ!?」
「悪いけど、中は先に確認させてもらった。それによってエレナの話に嘘がないことも分かったよ」
「……そうですか」
「けど、エレナの話だけが真実では、ないことも分かった」
「どういうことですか?」
エレナはアレクの言葉の意味が分からずに、不思議そうな表情をしている。
「君のお父さんは、エレナに話していなかったことがある。エレナのお父さんには、悪事を行う者を影で暗殺する者に毒薬を売っていたことが原因で絶縁した父がいる」
「それは……まさか……」
「そうドミニクさんは、君の祖父だ」
「嘘……なら、どうして……!?」
「その答えは、その日記に記されているよ」
そういうとアレクは、エレナの手元にあるドミニクの日記を指差す。
その日記に急いでエレナは目を通す……そこにはエレナの知らない真実が書かれていた。
藁にも、すがる思いで絶縁したドミニクの元を父が訪れたが……ドミニクの不在により父が毒薬を買って帰ってしまったこと。
それに気がつくのが遅れ、父や母や妹を死なせてしまったことを後悔していたこと。
エレナのことを、ずっと探していたこと。
エレナに生きる希望を与えるために、祖父であることを隠して弟子として迎えたこと。
唯一残った家族であるエレナを死なせたくないという想いで、強化変異体を移植したことを悔いていること。
エレナの知らない想いが、日記には記されていた。
日記の最後に方には、エレナを元に戻す方法がないか調べているうちに、自身が病気に冒されて命が長くないことも書かれていた。
それでも、最後までエレナのことを想っていたことが文面からでも読み取れた。
日記を最後まで読んだエレナは、跪きドミニクの想いをギュッと胸に抱きしめていた。
そんなエレナが、ゆっくりと立ち上がるとアレク達に向かって語りかける。
「もう、これで思い残すことはありません……私は、この世界に生きていて良い存在ではありません。どうか私を殺してくれませんか?」
全てを悟った顔でエレナがアレク達に、自らの命を絶ってくれるように懇願する。
アマリアが反射的に何かを言いかけるが……それをアレクは制止する。
「エレナの考えは分かった……その上で、俺はエレナに答えよう。エレナ……俺達の仲間にならないか?」
エレナの表情が一瞬で固まる。
「えっ?」
「だから、俺達の仲間になってくれ」
「いや、私は……」
「仲間になるの……嫌か?」
「っ!別に嫌では!?」
「なら決まりな」
強引なアレクの勧誘に戸惑いを隠せないエレナ、話についていけない仲間達、何かを画策するアレク、皆の運命が予想外の方向に転がろうとしていた。




