錬金術と生命
夕焼けに照らされる黒い触手と真っ赤に染まった瞳をしたエレナが、徐々に禍々(まがまが)しく姿を変えていく。
背中から無数に生えた触手がエレナの両腕に絡みつき、液体のように変化したと思うと……それは黒く大きな鉤爪になっていく。
身の丈ほどの鋭い鉤爪を引きずり、足元の氷を踏み砕きながらエレナが突撃してくる。
「ゴバヲニジナイドォォォ!バザグゥゥ!」
先程までとは、比べものにならないスピードで移動してくるエレナにアレク達は身を固くする。
そんなアレク達の後方からヒュン!ヒュン!ヒュン!と立て続けに風切り音が、追い越していく。
ドッドッドッ!とリズム良くエレナの本体……足・膝・腿に矢が突き刺さっていく。
足に矢を受けたエレナは煩わしそうに触手を器用に使って、矢を抜いていく。
「今のうちに距離をとって、くださいですわ!」
キアの声に反応したアレク達は、一旦エレナから距離をとり態勢を立て直す。
「ミカ!キア!助かったぜ!」
「あ、足止めできて良かったです!」
「これくらい、大したことありませんわ」
キアは返事をしながらも弓を引き、矢を放ち続ける。
カインがミカエラとキアに、お礼を言っているとアマリアが次の指示をアレクに求めてくる。
「次は、どうするのアレク?」
「どうやらエレナ本体へのダメージは、通るみたいだな……それなら腕を落とすか?」
「それではエレナが死んでしまうんじゃ……」
「いや、エレナには多少の再生能力がある。アレを見てみろ」
アレクの視線の先にアマリアも視線を向けると、先程キアの矢によってダメージを受けていた傷が、ゆっくりと癒えつつあった。
あの再生能力なら腕を落としても、くっつけることは可能だろう
そう判断したアレクは、全員に指示を出す。
「俺とカインでエレナの腕を落とす!アマリアは俺達のガード!ミカとキアはエレナの足止めに集中していくれ!ただし、間違って俺達を巻き込むなよ?」
「よし!いつでも行けるぜ!」
「必ずと守り切って、エレナの目を覚まさせるわ!」
「か、風魔法で援護します!」
「エルフの弓使いを、舐めないでくださる?仲間に当てる、なんてありえませんわ!」
全員の覚悟が決まったところで、アレク・カイン・アマリアが発狂するエレナに突撃していく。
アレクとカインは両サイドから縮地で移動しエレナを撹乱しながら距離を詰めていくが……鉤爪を振り回すエレナに不用意に近付けずにいた。
しかし、攻めあぐねるアレク達を追い越して、白金の輝きと青い髪が前に出る。
2人を守る心強い盾が“ガキン!”と鉤爪をパリィし、アレクとカインが接近できるように隙を作る。
「なにビビってるのよ!守ってあげるから、さっさと仕事をしなさい!」
挑戦的なアマリアの発言に、アレクとカインは顔を見合わせて言葉を返す。
「はっ!誰がビビってるって?そいつは勘違いってやつだぜ!!」
「あぁ、俺達の連携を見せつけてやるさ!いくぞ!カイン!!」
アマリアに乗せられたアレクとカインが、迷うことなく鉤爪の嵐の中に飛び込んでいく。
アレクが疾風剣ラグトゥスに魔力を注ぎ、風の斬撃を連続で鉤爪に放つ。
鉤爪に風の斬撃が当たると……鉤爪はアレクとカインに届く前に弾かれ、エレナは大きく体勢を崩そうとしていた。
しかし、本来なら体勢を崩すはずのエレナが不自然に体勢を整え反撃を仕掛けてくる。
その正体にカインは、すぐに気が付いた。
先程まで攻撃の手段として使っていた背中から生えた触手を後ろで支えとしていたのだ。
カインを包み込むようにエレナの両手の鉤爪が急速に迫ってくる。
カインは鉤爪の間に槍を横に構えると、つっかえ棒の要領で鉤爪の接近を動きを止めて、槍を軸に回転するように、エレナの顎を狙って蹴り上げる。
蹴りをまともに受けて、よろめくエレナに腕を切り落とすべくアレク達は勝負をかける。
そんなアレクとカインの頭上には復活した黒い触手が迫っていた。
しかし、速度を上げて迫り来る触手は2人に届くことはない。
突風が吹き抜けたと思うと、触手が一気に斬り飛ばされる。
「【風の刃】!!」
「【風の道】!!」
ミカエラとキアの連携技により、本来なら真っ直ぐにしか飛ばすことのできない【風の刃】を【風の道】で誘導し、アレク達を避け大きく回り込ませて、触手を根本から斬り飛ばしていた。
鉤爪を操る手と触手を封じられ無防備になったエレナ本体に、アレクとカインが渾身の一撃を同時に放つ。
「【風の斬撃】!!」
「【瞬槍】!!」
技をエレナとのすれ違いざまに放ったアレクとカイン。
エレナの背後に剣と槍を振り下ろした2人の姿が佇んでいた。
肘から下を切り落とされたエレナは、腕から血が噴き出しながら絶叫する。
「ギアアァァァァァァァ!!!」
辺り一帯に血の匂いが充満していくが……そんなことに構うことなく、アマリアは盾を捨ててエレナに駆け寄る。
触手を切れ腕を落とされ、うつ伏せに倒れるエレナに、すぐに止血の処置を施す。
しかし、エレナは正気を取り戻すことなく、暴れ続ける。
暴れるエレナを鎮めようとアマリアは、エレナを抱き上げると彼女を抱き締める。
「お願いっ!!エレナ!目を覚まして!!」
抵抗するエレナはアマリアの肩に思い切り、噛み付く……アマリアは肩から出血し衣服が濡れ、アマリアの服が血に染まっていく。
周囲でアマリアを見守っていたアレク達は、命の危険を感じ武器を構える。
しかし、アマリアは片手を突き出し……それを制止する。
「っ!!私は……大丈夫だからっ!」
痛みを感じながらも、笑顔を作りアレク達に向けてくる。
すぐにエレナに向き直ったアマリアは、治癒魔法を発動してエレナと共に優しい光に包まれる。
「もう、大丈夫だから……誰も貴方を傷つけないから……安心して休んで……ね?」
幼い子をあやすように慈愛に満ちた表情と声でエレナに語りかける。
激しく暴れていたエレナが、光に包まれながら次第に大人しくなっていく。
「あま……り……あ」
真っ赤に染まった瞳に光が映り、徐々に焦点がアマリアに合っていく。
アマリアの慈愛に満ちた表情を見て安心したのか、体の力が抜けエレナは暖かな揺籠に安らかに身を委ねる。
眠るように動かなくなったエレナに、アマリアは優しく告げる。
「お帰りなさい……エレナ」
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エレナは柔らかく暖かいベッドの上で、目が覚める。
見慣れた天井に自分のベッド、見慣れた朝の光景に何故か懐かしさを感じる。
そんなエレナであったが……普段とは違うことをすぐに察する。
それは、長い間忘れていた人の温もり……自分が横になっているベッドに、自分とは別のぬくもりを感じる。
視線をぬくもりの元に向けると、そこにはベッドに上半身を預けるようにアマリアが突っ伏して寝ていた。
幸せそうな寝顔に何故か胸の奥が暖かい気持ちで満たされていく。
エレナは恐る恐る……アマリアの頬に触れる。
柔らかく温かい人肌に触れ、これが夢ではないことを実感する。
その時、暖かな雫がエレナの頬を濡らした。
「えっ?あれ?」
自分でも知らぬうちに気持ちが溢れ、スゥーーと真っ直ぐな涙が流れていく。
エレナは寝ているアマリアを起こさないように声を殺して泣いた……しかし、流れる涙には負の感情はなく、清々しいものであった。
泣いているとアマリアが起き、目を擦りながらエレナを見つめてくる。
笑顔で涙を流しているエレナを見ると、優しく微笑み……黙ってエレナを抱き寄せた。
そんなアマリアの行動にエレナは、何も隠すことなく泣いた……まるで生まれたての赤子のように、あるがままに泣き続けた。
やがてエレナが落ち着きを取り戻すと、部屋前に気配を感じて視線を扉に向ける。
タイミングを計っていたように扉が、ゆっくりと開かれアレクが顔を覗かせる。
「よう、おはよう。気分は、どうかな?」
「えぇ、とても清々しい気持ちです」
頬に残った涙の跡を拭うと、笑顔でエレナは問いに答える。
「そうか、なら食事にするか?」
「いいえ、食事は不要です……全てを思い出しましたから」
「全てを……ね、だったら話は早い。エレナの口から説明してもらえるか?」
「はい、全てをお話しします」
こうして話し合うことになったエレナとアレク達は、ドミニクの家のリビングに集合する。
そこにはカイン・ミカエラ・キアが待っており、その姿にエレナは驚いていた。
暴走した前後の記憶に欠損が見られたことから、カイン達の自己紹介とエレナが暴走した時のことをアレクは説明していく。
エレナは何か思い当たることがあるのか、真剣に説明に耳を傾けていた。
エレナはアレクの話が終わると、皆に頭を下げ謝罪する。
「皆様、ご迷惑をお掛けし本当に申し訳ございませんでした。そして、ありがとうございました……私は皆さんに殺されても仕方のないことをしてしまいました。ですから、皆さんに私の知る全てをお話してから、私の処遇を決めて頂きたいと思います」
そう言うとエレナは自らのことを話し始める。
「結論からお話しすると……私はホムンクルスです」
「……ホムンクルス、まさか……本当なのか?」
アレク以外の者は、ホムンクルスという言葉に聞き覚えがなく、顔を見合わせていた。
そんな皆の様子にエレナは、静かに説明を開始する。
「アレクさんはご存知のようですが……ホムンクルスは錬金術により創造された生命のことです」
「創造された生命……」
キアが驚愕して、エレナを見つめていた。
「正確に言うと、半ホムンクルスというのが私の正体になるとドミニク様が仰っていました」
それからエレナは覚えている限り、昔の話を喋りだした。
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あるところにドォールムに住む一家がいた……その一家は、貧しいながらも幸せに暮らしていた。
真面目に薬屋の雇われ店主として働く父、裁縫所で働く母、王城で侍女として働く姉、小さく幼い妹との4人で一生懸命に生きていた。
「私ね〜大っきくなったら、お姉ちゃんと一緒にお城で働く!あと〜お姫様も見てみたいなぁ〜」
「そっか〜、お姉ちゃんも一緒に働けるを楽しみにしてるからね」
「姉妹で王城勤めか〜そうなったら父さんも鼻が高いよ」
「気が早いわね、あなた。まだまだ先のことでしょうに」
そんな話をする日常に溢れた、幸せな家庭だったことを覚えている。
しかし、残酷な運命が一家を襲う……小さく幼い妹が不治の病に侵されたのだ。
一家は必死に治療法を探した……新しい薬を買うために家の色々な物を売り払い、父と母は身を粉にして働きながら妹を救おうとした。
姉は王城に住み込みで働いていたために妹の傍には、いられなかったが……生活費の殆どを妹のために仕送りしていた。
そんな一家の努力も虚しく、妹の病気は悪化する一方であった。
そして事態は最悪な方向に、進んでいくことになる。
いつも通りに仕送りを渡す日になっても、父も母も約束の場所に現れなかったのだ。
姉は嫌な予感を覚え、姉は家に急いだ。
懐かしさの残る家に着き、扉を開けた姉の目の前に広がる光景は、家族の日常だった。
妹が寝ているベッドに寄り添うように、父と母が眠っていたのだ。
「父さん?母さん?そんなことで休んでたら体調を崩すよ?ねぇ……2人とも――」
姉が父と母の肩に触れるが、2人の体は冷たくなり力なく床に倒れた。
詳しい事情が分かったのは半年以上過ぎてからだった……父と母の手紙が半年してから姉の元に届いたのだ。
その手紙には両親の苦悩と私に向けての言葉が綴られていた。
病の進行が進み毎日、激痛が体を蝕むことに耐えられなくなり妹は死を望んだ。
父と母は苦悩末、毒薬を用意し妹と共に心中することを選んだのだ。
私には“苦労をかけた、せめてお前だけは幸せに暮らしてほしい”と手紙には書かれていた。
私は愛する家族を失い絶望した……何もかもが無価値に思え、生きる気力さえ湧かなくなってしまう。
王城を去り、家族の記憶がある家に何をするでもなく生活していた時、ある男が家を訪ねてきた。
それがエレナとドミニクの最初の出会いだった。
男性は60歳ほどに見え、白髪が所々にある普通のおじさんだった。
そんな彼がエレナに、目の覚める一言を告げる。
「私はドミニク、ドォールムで錬金術を使い毒薬を作っている者だ。そして、君の妹と両親の命を奪った毒薬を作ったのも私だ……」
「……っ!」
その時、エレナは初めて人を殴った。
何故、そんな酷いことを私に言うのか?何故、彼はここを訪れたのか?様々な考えが頭をよぎったが……気付いた時にはドミニクを殴っていた。
口から血を流したドミニクが、彼を殴り疲れて動けなくなったエレナに、ゆっくりと話し始める。
ドミニクは本来、魔物退治の道具として毒薬の生成と販売を行っていた。
しかし、それは表の顔で……悪事を行う者を影で暗殺する者にも毒薬を売っていた。
そんな彼の店で、1人の男性が毒薬を買っていった。
本来なら顔見知りにしか毒薬は売っていなかったが……店番の新入りが間違えて毒薬を売ってしまったそうだ。
あとから買った者を必死に調べたところ、この家に辿り着いたとドミニクは話す。
そこまでの話を聞いてエレナは彼を責める気を失っていた。
(彼が救いようのない悪党や、どうしようもない犯罪者なら憎みようもあったのに……)
彼こそが憎しみをぶつける相手だと思ったが……彼も、また被害者なのだ。
やり場のない感情が、涙となって溢れ出しエレナの手を濡らした。
そんなエレナに、ドミニクは予想もしなかった話を切り出す。
「あなたの妹さんの病気は、次第に体が衰退していく病気だった聞いている。もし、良かったから私と一緒に妹さんの病気を研究してみないか?つまり、私の弟子になってみないか?」
「弟子?私が?でも、今更そんなことしても……妹も両親も帰ってこない……無駄なことですよ」
無気力に答えるエレナに、ドミニクは力強く答える。
「確かに君の妹や両親は帰って来ない……けれど、決して無駄なんかではない!この先も同じ病気に苦しむ人達を救うことが、できるかもしれないのだから」
「同じ病気の人達を……救う?」
「そうだ!その手伝いをしてくれないか?」
エレナは何故、自分に良くしてくれるのか?本当に毒薬を売ってしまったというだけで、そこまでする理由になるのか?分からないことだらけであったが……自分の中で、すでに答えは出ていると感じた。
「分かりました……あなたの弟子になります!そして病気を研究します」
「では、これから宜しく頼む。エレナ」
「はい、ドミニク様」
こうして2人の運命の歯車は回りだし、そして……狂っていく。




