残酷な正体
最初に訪れてから数日後、アレクとアマリアは再びドォールム近郊にある、森の中のドミニクの家を訪れていた。
決して大きくはない木製の家の扉をアマリアがノックする。
“コンコン”と扉をノックするが、すぐに反応は返ってこない。
それでも諦めずに何度もアマリアはノックを続ける。
すると奥から人の気配が近付いてくるのを察知して、アマリアは扉越しに声をかける。
「エレナ?いる?この間、お世話になったアマリアだけど!」
その声を聞いて、ゆっくりと扉が開く……そして中から栗色の髪を押さえながらエレナが顔を出す。
「どうしたのですか?アマリアさん、それにアレクさんも……もしかして。また――」
そこまでエレナが言いかけると急いでアマリアが、その先の言葉を否定する。
「いいえ!違うの!今回は友達として、あなたに会いにきたの!この間は、ゆっくりと話もできなかったでしょ?お仕事が忙しいのは分かってるけど……お茶するくらいの時間ならあるでしょ?」
「そう……だったんですね。今ちょっど仕事が一段落したところなので大丈夫ですよ。どうぞ、おあがり下さい」
エレナが家の中にアマリア達を招き入れようとするが……それをアマリアは制止する。
「お茶に、お誘いしたのは私だもの。準備は私がするわよ!ね?アレク」
「まぁ、それが筋だよな?」
アレクはアマリアに答えると、前回家を出したところに同じようにアイテムボックスから家を取り出して設置する。
アマリアに手を引かれ、アレク達の家に招待されたエレナはアレクと共にテーブルにつく。
ソワソワしているエレナにアレクは、イタズラっぽく話し始める。
「今回は珍しくアマリアが自分で、お茶を入れると言い出してね〜いつもなら、料理全般は俺の仕事なんだけど……今日はエレナにカッコいいところを見せたいみたいでね」
「まぁ、でも私に本当のことを教えてはアマリアさんが怒るのでは?」
「いいんだよ〜隠し事したって。いずれはバレるんだからさ!」
そんなアレク達の元に紅茶セットを用意したアマリアが現れる。
アレクのことを軽く見つめると、笑顔でアレクの足を踏む。
「っ!痛い!」
「全部聞こえてるよ?アレクは少し本音を隠した方がいいと思うなぁ〜」
「あっ!聞こえてた?ゴメンね〜?」
「あとで覚えときなさいよ?」
アレクとアマリアの普段のやりとりを見て、エレナは笑みを浮かべる。
笑ったエレナを見たアマリアは言い争うのを、やめてテーブルにお茶を並べていく。
3人分のお茶が用意できたところで、アマリアも席に着き、3人で話し始める。
それは前回に話すことができなかったアレク達の冒険の話やアマリアの出身やアレクの子供時代のことに及んだ。
その話を目を輝かせながら聞いていたエレナに、アマリアが質問する。
「エレナは子供の頃は、どんな子だったの?」
「私ですか?私は……そうですね、活発な子だったと思いますよ?よく母には元気すぎて落ち着きを持つように怒られた記憶があります」
「へぇ〜そうなんだ!今、家族の人はドォールムにいるの?たまには顔を見せてあげないと心配するんじゃない?」
何気ないアマリアの問いかけに、エレナな表情を曇らせる。
そして何を吹っ切ったように話を続ける。
「私の両親は既に亡くなっているので心配ないと思います……それに妹も……」
「そう……だったんだ……ゴメンね、辛いことを思い出させてしまって」
「いいえ、もう人に話せるくらいには前のことですから」
しんみりとした空気を変えようとアレクが、エレナに話題を振る。
「エレナは王城にいたんだろ?その話でも聞かせてくれよ。普段、絶対に聞けないことだから興味あるんだよな〜」
「ええ、構いませんよ。けれど、私にお話できるのは侍女としての話くらいですけど……」
遠慮がちに話すエレナを見つめながら、アレクとアマリアは楽しい時間を過ごした。
そんな時間も、あっという間に過ぎ……徐々に日も落ちようとしていた。
それに気付いたエレナは慌てた様子で、席を立とうする。
「いけません!そろそろ、夕飯の準備をしないとっ!2人と話すのが楽しくて時間を忘れてしまいました」
「いいえ、こちらこそ遅くまでゴメンなさい。あっ、あと1つだけ聞きたいことがあったんだけど……いいかな?」
「えぇ、どうぞ」
「薬屋のドロシーさんが、最近はエレナの姿を見てないって言ったんだけど……最後に薬屋に行ったのは、いつか覚えてる?」
「最後に薬屋に行ったのは……すみません……正確には覚えてません」
困惑した表情のエレナにアマリアは、一呼吸おくと本題を話し始める。
「じゃあ、私から答えるけど……ドロシーさんが言うには、エレナが最後に薬屋を訪れたのは10年前だそうよ?」
「…………えっ?」
その瞬間……部屋の空気が停止する。
アレクもアマリアもエレナも誰も動かずに、ジッとお互いの出方を窺っていた。
固まったままのエレナにアレクが次の質問を投げかける。
「さっき、エレナが王城の話をしてくれたが……ここ5年ほどでエレナという侍女は、存在していない。これは冒険者ギルドに情報屋がいて確認してもらったから間違いない」
「そんな!確かに私は王城で侍女をしていました!嘘なんてついてません!」
「そうエレナの話は、どれも実際に経験した者でないと話せないことばかりだった」
「だったら――!」
「けれど、話として矛盾することもある……さっきエレナは小さな姫様の話をしていたが……その姫様の年齢は、いくつだった?」
しばしの沈黙の後に、エレナは自らの疑いを晴らすように、はっきりと答える。
「姫様は6歳でした」
そのエレナの答えを聞いたのアマリアは、少しだけ俯いた。
そんなアマリアに代わり、アレクが事実をエレナに伝える。
「今、王城にいる姫様は16歳だよ……それ以外の姫様も存在していないんだ。君の記憶は10年のズレがあるんだよ」
「…………嘘?なんですよね?私をからかおうとしてるんですよね?」
「別にからっていないし、嘘もついていない……ただ本当のことが知りたいだけだよ」
「本当って……」
「もう、手の傷も治ってるよな?」
アレクの目線の先には、カップを握るエレナの手があり、数日前までは手の甲にあった傷が綺麗になくなっていた。
「……何を言ってるの?分からない……ワカラナイ」
アレクの言葉の意味を理解できず、エレナが混乱し始める。
そんな重い空気の部屋の扉が、ゆっくりと開いていく。
それは3人以外の人物が外から部屋に入ってくることを意味していた。
そこに立っていたのは、ドミニクだった。
「師匠っ!そう!師匠なら私のことを信じてくれるでしょう?ねえ、師匠?」
席から立ち上がりドミニクへと、詰め寄ろうとするエレナだったが……すぐに動きが止まる。
なぜなら、ドミニクの後ろには見知らぬ人が立っていたからだ。
ドミニクは老人で背が丸まっているために身長は大きくない。
そのドミニクよりも大きな身長の赤い髪をした美形が、そこには立っていた。
「アレク……連れてきたけど……これで合ってたのか?」
「あぁ、間違いない……ありがとうなカイン」
アレクから指示を受けたカインは、ゆっくりと首元を掴んでいた手を床に置きドミニクを床に下ろす。
力なく床に横たわるドミニクは、目を開けたままだった。
そんなドミニクにエレナが急いで駆け寄っていく。
「師匠っ!あなた師匠に何をしたの!?」
エレナはドミニクに駆け寄ると、ドミニクの体を抱き上げ庇うようにカインを睨みつける。
そんなエレナにカインは、申し訳なさそうに答える。
「俺は何もしていないよ。ただ、その人形を部屋から持ってきただけだ……」
「はっ?人形?」
そう言いながらエレナは、抱き上げたドミニクを見つめる。
それは明るいところで見なければ分からないほど、精巧な人形だった。
目に力はなく、温かみも鼓動もない人形……それがドミニクの正体だった。
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「違う……違う……これは師匠じゃないの……だって、こんなのおかしいわ……私は師匠に毎日ご飯を作って……あれ?私……師匠がご飯を食べてるとこ……見たことない?」
エレナは必死にドミニクとの生活を思い出そうとする。
普段の食事、掃除や洗濯、ドミニクとの会話を振り返るが……そこには会話がなかった。
ただドミニクは、そこにいるだけ……エレナに話しかけることもなければ、食事も食べることもない。
服を着替えなれば、ベッドに向かうことない。
その事実に気付いた瞬間、エレナの視界がグニャリと歪む。
真っ赤な世界が広がり、何もかもが気持ち悪く思える。
胸の中にモワモワとした不気味な感覚が湧き上がり、エレナの感情を支配していく。
(あっ……これは夢なんだ……きっとアマリアさん達と話してる間に、寝てしまった私が見ている夢……だから、こんなに気持ち悪いんだ……早く起きないと、師匠に怒られちゃう)
目を覚まそうとエレナは、意識を覚醒させる。
全身に意識を集中して動くように命じる。
すると、まるでいくつも手があるような感覚に襲われる。
自由に動く手を使って、必死に周りにあるものを掴もうともがく。
しかし、掴むどころか次第に手の感覚は消えていき元の2本の手の感覚だけが残った。
(ダメだ……全然、目が覚めない……どうやったら目が覚めるのかな?)
そんなことを考えていると、声が聞こえてくる。
そして、その聞き覚えのある声がエレナの意識を刺激する。
「―――、目を――して!」
(この声は、アマリアさんだよね?私を起こそうとしてくれてるのかな?)
その時、残った腕に激痛が走る……その痛みでエレナは悲鳴を上げる。
しかし、悲鳴を上げたのはエレナではなかった。
エレナではない別のエレナが、悲鳴を上げていた。
「エレ―、目を覚ま――!」
(あぁ、やっぱりアマリアさんが私の目を覚まそうとしてくれてる。声のする方に行けば、アマリアがいるのかな?)
思うように動かない体を引きずりながら、アマリアの声がする方へ進んでいく。
次第にアマリアの声が、はっきりと聞こえるようになりエレナも声に答えようとする。
(アマリアさん!私は、ここにいるよ!!)
けれど、エレナの声はアマリアには届かない。
何度も何度も答えようとして、答えられずにエレナが諦めようとした時……不意に誰かに抱きしめられた感覚に包まれる。
その時、耳元でアマリアの声が聞こえたような気がしてエレナは全身の力を抜いて、全てをアマリアに委ねた。
暖かさに包まれたエレナは、目覚めようとする意識の中で確かにアマリアの声を聞いた。
「お帰りなさい……エレナ」
それがエレナが薄れゆく意識の中で、最後に聞いた言葉だった。
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人形を抱き上げたエレナは、暫く人形を見つめていると突然、外に向かって駆け出しカインを突き飛ばして外に向かっていった。
急いでエレナの後を追うアレク達だったが……外を確認すると全員が動きを止める。
そこには夕焼けに照らされながら蠢く塊がいる。
瞳を真っ赤に染め上げたエレナが、黒い触手を背中から何本も生やし人形を引き裂いていた。
“ギアァァァガアァァァァ!!”と理性を失った獣のように雄叫びを上げて、手当たり次第に黒い触手を暴れさせ周辺のものを破壊していた。
家の外に出たアレクは、邪魔になる家を手早くアイテムボックスに収納すると、仲間と共にエレナに向かい合う。
アレクの周りには、森の中から様子を窺っていたミカエラとキアも合流し、《漆黒の魔弓》が全員揃っていた。
全員が戦闘態勢に入り、完全武装で目の前のエレナに対峙する。
アレクも疾風剣ラグトゥスを構えて、戦闘態勢に入る。
そんなアレクにカインが指示を求める。
「アレク!あれは討伐するしかないと思うんだが、どうだ!?」
「あぁ、こうなってしまっては……仕方ないか……皆!あれを討伐――」
アレクが討伐を決定しようとすると、横からアマリアが割り込んでくる。
「待って!!まだ諦めるには早いでしょ!せめて、私にエレナを鎮める時間をちょうだい!」
「そんなことができるか!?アマリア?」
一刻を争う状況を理解しながらも、それでも厳しい道を選んだアマリアをアレクは見つめる。
「彼女は自分を見失っているだけで……邪悪なものには見えなかった……だから、それに賭けたいの!」
客観的に見てもエレナが正気に戻る確率は低い……けれど、アマリアは覚悟を決めた瞳をしていた。
「……できるだけのことはする。けど、命の危険を感じたら迷わず討伐するからな?」
「分かってる、その時は私が……トドメを刺すから……」
結論が出るとアレクは大声で、方針を仲間に伝える。
「エレナを無力化する!!致命傷を避け、相手の戦力を削ることに集中しろ!」
「「了解っ!!」」
エレナの本体は力なく、うな垂れ両手をブラブラと振りながらアレク達に近付いてくる。
「チガウ!チガウ!!ワタシィィァァ!!」
突然、暴れ回っていた黒い触手が槍のようにアレク達に向かって突っ込んでくる。
すると待ち構えていたアマリアが、大盾を突き出すと皆の前にでる。
ドドドドッ!!!と何本もの触手が大盾に衝撃と共にぶつかり弾かれる。
しかし、黒い触手は盾にぶつかった程度では止まらずに、次は大盾に絡み付こうとしてくる。
前衛のアレク・カインは剣と槍で大盾に絡み付こうとしてくる黒い触手を次々に斬り飛ばしていった。
斬り飛ばされた触手はビクンビクンと暫く痙攣していたが……動きが止めると煙を上げながら地面に溶けていく。
「ハヤグゥゥゥゥゥイガナィィドォォ!!」
触手を斬り飛ばされてもダメージを感じていないのか、エレナの歩みは止まることはない。
徐々に縮まる距離を何とかしようとミカエラが後方から魔法を放つ。
「【氷の槍】×4!!」
エレナに直撃させずに足元に放たれた魔法は、エレナの足元一帯を氷漬けにして足止めに成功する。
一瞬だけ動きが止まった隙にアマリアが、エレナに大声で呼びかける。
「エレナ!目を覚ましてぇ!!あなたは……まだ、そこにいるんでしょ!!!」
今まで俯いていたエレナだったが、アマリアの呼びかけに反応しガバッと顔を上げる……首を傾げながら焦点がアマリアに集中していく。
「アマ……リア……たす……け……エアノンムカワヘナヌヤァァぁぁぁ!!!!!」
一瞬だけ人らしい表情を見せたエレナだったが……次の瞬間には両手で顔を覆い、更なる狂乱へと身を委ねていった。




