錬金術師と弟子
エルフの里で珍しいキノコや薬草を入手したアレクは、素材を有効活用するために数多くの錬金レシピ知るとされる錬金術師を捜していた。
薬屋のドロシーからドォールム近郊の森に、変わり者の錬金術師がいるという情報を受けて、アレクとアマリアの2人は噂の森を探索することになった。
しかし、探索の途中で巨大なブラックボアに襲われている女性を発見する。
危なげなくブラックボアを討伐したアレク達だったが……偶然にもアレク達が助けた女性、エレナはアレク達が捜している錬金術師の弟子であった。
助けたお礼として、彼女の師匠の元まで案内してもらえることになったのが……アレクはエレナが師匠のことを話した時の暗い表情が心の中で引っかかっていた。
そんなアレクを他所に、アレクの前をエレナと共に並んで歩き、同性ということもあり親しげにエレナと話していた。
「それにしても、いくら魔物が出現しない地域だからといって女性1人で森を歩くのは危ないわよ。いつも1人で行動してるの?」
「えぇ、この辺りでは足りなくなった錬金の素材を集めてます。ここにきてから一度も、魔物に遭遇したことはなかったので完全に油断していました……以後、気をつけようと思います。けれど、私1人で素材を集めるのは仕方ないんです……師匠は高齢なので外にはあまり出られませんし」
アレクはアマリアとエレナの会話に聞き耳を立てながら情報を集めていた。
「そうなんだ〜じゃあ、色々と大変なんじゃない?身の回りの世話もエレナがしてるんでしょ?」
「そうですね、けれど学ぶ事が多い方なので苦にはなりません。けれど、最近は少し……師匠の様子が変わってきた気がするんです」
「変わってきた?って何か病を患っているとか?」
「いえ……なんと言ったらいいか……すみません助けて頂いた方に急に、こんな話を」
「構いませんよ、相談できる人が近くにいないのは辛いですからね。私で良ければ遠慮なく相談して下さい」
アマリアは修道女らしく柔和な雰囲気を作り、エレナに優しく微笑みかける。
そんなアマリアを見て、エレナも自然と笑顔を見せてくれる。
「もし違ったら、すみません。アマリアさんは格好からして修道女の方ですよね?けれど、私と出会った時には冒険者と名乗ってらっしゃいましたけど――」
「あ〜それはですね元々は修道女として教会に所属していたのですが……」
そこまで話すと何故かアマリアが、アレクの顔を見てニヤニヤと何かを企む顔を見せる。
「後ろにいるアレクが1人では寂しいので、どうしてもパーティーに入ってほしいと懇願されまして……」
「まぁ〜ではアレクさんはアマリアさんのことが……なるほど、そういうことですか」
いらぬ誤解を広めようとしているアマリアと、勝手に想像を膨らましてアレクを見つめてくるエレナに、アレクは冷静なツッコミを入れる。
「アマリア……嘘を出会ったばっかりの人に嘘を吹き込むのは感心しないな。むしろ、俺の後を追って冒険者になったのはアマリアだろ?あとエレナさん、期待してるとこ悪いけど……アマリアに対しては色々な醜態を見てるから、そんな気にはならないよ。まぁ、だけど……黙ってればアマリアも美人だとは思うけど」
アレクから貶された後に、褒められたアマリアは怒っていいのか、喜んでいいのか混乱しながら頬を赤く染めていた。
そんな話をしていると森の中に少しだけ開けた空間に家が一軒、ぽつんと建っていた。
エレナは迷うことなく家に進んで歩いていく。
アレクとアマリアも、エレナの後に続くが……急に入口の扉の前で止められる。
「ここで少々、お待ち頂けますか?師匠は気難しい人なので……2人のことを説明してきます」
「分かりました、俺達のことは気にしないで下さい。知らない者が急に尋ねてきては誰でも、戸惑いますから」
「そう言って頂けると助かります。できるだけ早く戻りますので」
そういうとエレナな家の中に入っていく。
アレクとアマリアは家の外で5分ほど待っていると、ゆっくりと扉が開きエレナが姿を見せる。
「どうぞ、中にお入り下さい。師匠がお会いになるそうです」
「それは良かった!では。中に失礼します」
木製の家に入ったアレクが1番に考えたことは、生活感がない家だということだった。
普段の生活に使っている家具や食器や食べ物や匂いなど、他人の家にお邪魔すれば自然と分かることがあるが……この家には一切の生活感がなかった。
まるで誰も生活していないような雰囲気に、アレクは違和感を覚える。
アマリアも同じことを考えたらしく、不思議な顔をしていた。
エレナは、そんな2人の様子を気にすることなく家の奥へと歩いていく。
エレナに案内されて1つの部屋の前に辿り着く。
部屋の中から発せられるヒヤッとした空気が足元に触れ、ブルブルと体に震えが走る。
エレナは何も感じる様子もなく、2人を鉄の扉の前に案内する。
「この中に私の師匠であるドミニク様が、いらっしゃいます」
そう言うと重そうな鉄の扉をエレナが開き、アレク達を部屋の中へと誘う。
部屋の中は木製の家の中とは思えないほど、薄暗く様々な薬品の匂いで満ちていた。
錬金術で薬品慣れしているアレクは何とも思わなかったが……慣れていないアマリアは鼻をつく刺激臭に顔を顰める。
失礼だとは思いながらも肘の内側に鼻をくっつけて、できるだけ呼吸しないようにしていた。
そんなアマリアを無視して、アレクはエレナの後に続く。
そして薄暗い部屋の奥に、ゆらゆらと揺れる灯が目に入る。
その灯りに照らされるように1人の男性が、錬金台に向かって作業していた。
少し離れた所から、エレナが優しく男性に声をかける。
「ドミニク様……先程お話しした冒険者の方を、お連れしました」
すると、ドミニクと呼ばれた男性は作業の手を止めアレク達の方に振り返る。
その様子は目の下に隈を作り焦点が虚ろな老人だった。
年齢は80歳くらいだろうか……白髪頭に、しわくちゃな顔でアレク達の方を見つめている。
何を話すのでもなくジッとアレク達を見つめて、微動だにしない。
気まずい空気が部屋の中に流れるが……アレク達に聞こえるか聞こえないかの声の大きさで、ドミニクが言葉を発する。
「それが世話になったようだな……感謝する」
それだけ話すとドミニクは、錬金台に向き直り作業を再開してしまう。
アレクとアマリアは顔を見合わせて、せめて自分達が来た用件だけでも伝えようとするが……エレナに止められてしまう。
「あれでも機嫌が良い方です。普段なら何も言わずに追い払われますので」
「じゃあ、今は用件を伝えることは無理そうですね……日を改めればドミニクさんと話すことは可能ですか?」
「日を改めても結果は、芳しくないと思われます。ですが……助けて頂いた件もありますので私がドミニク様に、お願いしてみようと思います」
「いいんですか?もし、それでエレナさんがドミニクさんから叱られる可能性があるから、無理して用件を伝えなくとも大丈夫ですよ?」
「少し時間を頂くことになりますが……用件を伝えるだけなら問題ないと思います」
こうして、用件を伝えるために時間を置くことになったアレク達は、エレナから許可を得て滞在用にドミニクの家の近くにアレクの家を出すことになった。
アイテムボックスから突如として現れた家に、恐らく野営をするのかと考えていたのか……エレナは唖然としていた。
そして家に興味が湧いたのか、アレク達に許可をもらって家の中を観察していった。
それから数日は、ドミニクの身の回りの世話をしているエレナと共に行動していった。
もちろん、ずっと一緒にいるわけではなく、錬金素材を集めるために外に出かける際に、だけ一緒に行動して護衛を行う。
エレナもアレク達を気遣って夕飯などを、わざわざアレク達の家まで運んでくれていた。
そんな短い時間ながらもアマリアはエレナとコミュニケーションを取り、少しずつ距離を縮めているようだった。
彼女は元々、王城の侍女として働いていたらしい……しかし、事情があり仕事を辞めることになったエレナは偶然、薬屋の前で錬金素材を抱えているドミニクを助けることになったそうだ。
それが、きっかけとなりドミニクの元で働くことになったと話していた。
彼女自身に錬金の才能があったのか、ドミニクを手伝いながらレシピを学び、ドミニクの元にあった書物で錬金素材などのことも覚えたと話していた。
そんな話をアマリアから聞いていてアレクは、自分とエレナを比べていた。
自身も師匠を持つ身として、研究者としての顔を持つ師匠の身の回りの世話をしたり、実験を手伝っていたことが思い出される。
しかし、そこに何とも言えない違和感を覚えていた。
それが何かと問われても答えられない程度の違和感であったが……アレクは答えを出せずにいた。
そんな日々も唐突に終わりを告げる。
アレク達の家に夕飯を運んできたエレナが、申し訳なさそうに用件を告げる。
「アレクさん、アマリアさん、申し訳ありません。師匠に例の件を、お願いしたのですが……レシピを教えることはできないそうです」
「そん――」
何かを言おうとしたアマリアを手で制止すると、アレクは丁寧にお礼を伝える。
「そうですか、ですが……ありがとうございました!それでは明日にでも我々は、ここを離れたいと思います」
「本当に申し訳ありません。せめて、今日の夕飯は美味しいものを食べて頂こうとご用意しましたので、召し上がって下さい」
アレク達の家を後にしたエレナを見送ると、黙っていたアマリアが文句を言う。
「なんで、私に何も言わせなかったのよ。別に厳しいことを言うつもりなんて、なかったわよ?」
「でも、何かしら言おうとしただろ?」
「そりゃ、数日も待ったからね?錬金術師にとってレシピが命の次に大事なのは分かるけど……せめて、待たせたなら直接断るべきじゃない?」
「アマリアの気持ちも分かるさ、けど……彼女の手の甲に傷があったんだ。謝る動作で、手を重ねて誤魔化してしたけど……たぶん、ドミニクさんに怒られたんじゃないかな?」
そのアレクの言葉にハッとして、アマリアがアレクの言葉の先を続ける。
「それって、アレクの用件をお願いしてケガをしたってこと?」
「たぶんね……?」
「それなら、なおさら許せないわ!そんなことでエレナさんに手を上げるなんてっ!」
「それでも、これ以上は俺達が踏み込むことじゃないよ。俺達が何かをすればエレナの立場を悪くするだけさ。アマリアにだって分かるだろ?」
「あーもう!分かるけど!納得できないわ!」
複雑な思いをしながらも、滞在する目的を失ったアレク達は収穫がないままドォールムに戻ることになった。
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後日、ドミニクさんのことを教えてもらった手前、報告しないわけにもいかないので、アレクはドロシーさんの薬屋に報告に向かうことにした。
いつも通りにカウンターで整理をしているドロシーさんは、アレクの顔を見ると大体の事情を察したようだった。
「その様子だと無駄骨だったようだね?まぁ、紹介した私が言うのも何が……仕方ないと思うよ?」
「直接、話すら聞いてもらえませんでしたよ。気難しい人だとは聞いていましたけど、想像以上でした……」
「へぇ〜ドミニクのことを調べたのかい?あの爺さんは謎が多い人で知っている者は限られているはず、なんだけどねぇ」
「調べたも何も、ドミニクさんのお弟子さんから色々と話を聞けましたよ?まぁ、聞いたのはアマリアですけど」
その話を聞いていたドロシーが難しそうな表情をしていた。
気になったアレクは、ドロシーに思い切って問いかける。
「どうしたんですか?難しそうな顔をして……何かあったんですか?」
「いや、新しく弟子なんてとってたんだね……以前に弟子を見かけたことはあったけど、あれは10年も前の話だしね。その時は、すぐに辞めちまったのか……姿を見かけなくなったんだよ」
「へぇ、前にも弟子をとってたんですねドミニクさん、意外です」
「私も珍しいと思ってね……確か名前は……イ?ウ?……ダメだ!歳のせいか思い出せないよ」
「あははっ、そんなこともありますよ!新しい弟子の方は女性でエレナさんという若い方でしたよ?」
その名前を聞いたドロシーは、目を大きく見開き固まっていた。
大きく唾を飲み、アレクに何かを確認してくる。
「今、エレナと言ったかい?本当に?」
「えぇ、栗色の長い髪をした若い女性でエレナという方でしたよ?」
「アレク……私が今、思い出した10年前にいたドミニクの名前は……同じエレナだよ」
「え?同じ?でも同じ名前の別人の可能性もあるでしょう?」
「私が覚えてる限り、その10年前のエレナも栗色の長い髪の若い女性だったんだが……そんな偶然があるもんかねぇ?」
その話を聞いたアレクは、背中を寒気が昇ってくるのを感じていた。
知ってはいけない秘密を知ってしまった気がして……ジットリと嫌な汗をかき、アレクの全身に鳥肌が立っていた。




