カインとキアの模擬戦
薄暗い部屋の中でランプの火が揺れる……その光に照らされるように何か粉末や色とりどりの薬品が、机の上に広げられてることが分かる。
部屋には様々な匂いが混じり合い、かなりの刺激臭を放っている。
その中で1人の男がゴソゴソと動き、震える手で試験管に入った紫色の液体と緑色の液体をコップほどの大きなのビーカーに注ぎ込む。
シュワシュワと炭酸のようにビーカーの底から気泡が発生し、徐々に液体の色がピンク色に変化していく。
その様子を満足そうに眺めていた男はビーカーに手を伸ばそうとするが……ピタッと彼の手が止まる。
その瞬間、ビーカーの液体がピンク色から一気に黒く変色し始める。
「ちっ!失敗か!」
変化を確認した男はビーカーを掴むと急に走り出し、バァン!と勢い良く窓を開くと……外に向かってビーカーを投げ捨てる。
放物線を描きながら投げ捨てられたビーカーは、パリンッ!と草むらの方でガラスが割れる音がすると同時に強烈な光を発する。
男は窓の影に身を隠し、がっかりしたように呟いた。
「また……失敗か……くそっ!」
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アレク達がドォールムに帰還してから、半年が過ぎようとしていた。
特に問題が起こることもなく、新たな仲間としてキアを加えることになったアレク達は、実力を伸ばす特訓とキア・ミカエラの冒険者ランクを上げることを主な目的として動いていた。
特訓は各自で行っていたが、最近では相手を日替わりで変えながら模擬戦をしていた。
その中でも戦い方が1番変化していたのが、新規加入のキアだった。
以前のように猪突猛進な戦い方ではなく、できるだけ敵から距離を取り、近付かない戦闘スタイルを学んだ彼女は遠・中距離のスペシャリストに成長しつつあった。
そんなキアは特訓の成果を見せるべく、昼間の草原でカインと対峙していた。
ミカエラが3mほど距離を置いたキアとカインの間に立ち、模擬戦開始の合図を出す。
「では、始めっ!!」
ミカエラの開始の合図を受けて最初に仕掛けたのは、カインだった。
【身体強化】からの流れるような動作で、炎槍“銀翼”を構えると一気に距離をつめ、姿勢を低くして突進力の乗った突きを放ってくる。
しかし、“ガキン!”と何かにぶつかる音と共にカインの鋭い突きは、キアに直撃する前に見えない壁によって逸らされる。
予想以上の攻撃速度に驚くキアであったが……模擬戦開始の直後にスキル【風の障壁】を発動していたお陰で、ダメージを回避することができていた。
そして、攻撃を回避したキアは驚異的な跳躍力で空中に飛び上がる。
【風の束縛】を発動させたキアは、空中に足場を作ると器用に足場を飛び移りながら高速移動を始める。
それは以前、アレクと模擬戦を行った頃よりも速度が上がっており、キアの動きを目で追うのは困難を極めた。
(ちっ!やはり、空中に上がられると戦い辛い!だが……攻略法は既にアレクが発見済みだぜキア!)
遠・中距離の攻撃手段がないカインであったが……キアの必勝パターンは、以前のアレクとキアの模擬戦で見せてもらっていた。
空中を含む全方位の撹乱で相手の隙を窺い、完全な死角である真上からの本命の攻撃。
それがキアの戦術であると分かっていれば、アレクがしたように逆にキアの攻撃時にカウンターを合わせれば済む話である。
周囲を警戒しながらも頭上に注意を払っておけば、キアの一撃をもらうことはないとカインは予想する。
思考を戦闘に集中して防御の構えを見せていたカインの頭上に、予想通りに1つの影が飛び込んでくる。
「同じ手は食わないぜキア!」
攻撃を読んでいたカインは、太陽で視界を奪われながらも真上に槍の石突でキアにケガをさせない程度の突きを放つ。
“ガスッ”何かが折れる手応えを感じて、カインは慌てて槍を引っ込める。
その直後、バラバラになった木片がカインの頭上から降り注ぐ。
「なっ!?」
カインは驚きながらも槍を回転させ、木片を弾き飛ばしていく。
それと同時に“スッ”と肌が刃物で切りつけられる痛みを感じて、カインは思わず動きが止める。
痛みを感じた腿あたりに視線を落とすと確かに3つの切り傷が水平に並んでいた。
(頭上に気を取れて、攻撃を察することができなかった!いや、意識を上に誘導されたのか……)
半年前から成長しているキアの戦い方に、感心しながらも自らの慢心にカインは喝を入れる。
(俺はバカかっ!アレクと一緒に特訓していたキアが何も策を考えていないわけないだろーが!)
先程までの模擬戦の空気を切り替え、カインの周りの空気が張り詰めたものに変わっていく。
カインの目つきも鋭いものに変わっていき、キアの気配を探っていく。
すると、先程とは違い何かがカイン目掛けて飛んできているのを察知する。
「はっ!!」
槍で飛来物を薙ぎ払うカインだったが……直後に信じられないものを目にする。
槍で薙ぎ払ったものは変哲もない小石だったのだ……そして同じ軌道に時間差で、白銀に光るナイフ型の暗記が迫ってきていた。
4本の綺麗に並んだナイフがカインの腹部に、刺さろうとしている。
「くそっ!が!」
槍の薙ぎ払いの直後で動きの制限されていたカインは、腹を必死に捩ってナイフを回避しようとするが……2本ほどが腹部に突き刺さる。
インナーにチェインシャツを着込んでいても、鋭く小さいナイフの刃は肌に届き、カインに痛みを与える。
そして、その隙を見逃すはずもなく背後からキアが空中から一気に距離を詰めてくる。
しかし、そこは接近戦の達人であるカイン……キアの気配を察知すると銀翼を手放し、魔法袋から直槍“銀羽”を取り出しながら振り返り反撃の突きを放つ。
カインが振り返りながら放った突きは“ガキン!”と、またしても【風の障壁】に阻まれる。
しかし、カインも咄嗟に先程の攻防を思い出し、弾かれる前提で手加減した突きを放っていた。
そのおかげで大きく隙を作ることなく、次の突きを放つことができた。
奇しくも、このカインの攻撃が【風の障壁】の連続使用不可という弱点を突くことになる。
カインの2撃目はバリアに弾かれることなく、キアの喉元に迫る。
その時、勝ちを確信したカインが槍を寸止めしようとすると……キアと眼が合う。
その眼には怯えや諦めの色はなく、むしろ勝負を決する戦士の眼をしていた。
一瞬の間に考えを改めたカインは槍を寸止めすることなく、振り抜く。
そしてカインの直感は当たり、カインの2撃目はキアに直撃する前にグイッと何かに押し上げられキアの頭上ギリギリを過ぎ去っていく。
キアの美しい金髪が一部、槍に擦りパラパラと宙に舞う。
槍を躱されたカインの視界に入ったのは、2本の短剣を逆手に構え、手をクロスするようにして槍をガードしていたキアの姿だった。
そして、ガードした槍と短剣の部分を起点として、キアの鋭い回し蹴りが腹部に衝撃を与える。
キアの体重が極端に軽いことから、蹴り自体の威力は大したことがなかったが……先程カインの腹部に突き刺ささったナイフを押し込むように蹴られたために、カインは苦痛の表情を浮かべる。
カインもキアから距離を置くために前蹴りを放つが……カインの前蹴りが直撃するタイミングに合わせて後ろに飛んだことにより、蹴りの威力を殺し、吹き飛んだ後でもキアが体勢を崩すことはなかった。
「痛っ!!やってくれるぜキア……」
カインは腹部に突き刺さったナイフを抜いて捨てると、腰に付いた魔法袋からポーションを取り出して傷口に振りかける。
傷口は、みるみる癒えていったが……何故がキアはカインに仕掛けることなくジッとカインを観察していた。
「俺の傷が癒えるまで待ってくれるとは、ずいぶん優しいんだなキア?」
「いいえ、これも作戦のうちですので、お気になさらずに」
「作戦のうちね……でも、さっさと空中に逃げた方が正解だったと思うけどな?」
そう言うと完全に回復したカインは、足に力を集中して爆発的にスピードアップさせる。
必殺技である“瞬槍”を放つ準備を終えたカインは、何も言うことなく地面を砕き一瞬でキアとの間合いを詰める。
「ここだっ!!」
渾身の一撃を放ったカインの耳に、キアの放った言葉が届く。
「えぇ、ここまでですわ」
キアの言葉を聞いた瞬間、カインは自分の体に力が入らないことに気がつく。
自分の突進スピードも合わさり、体を制御できなくなったカインは、生い茂る草原に吹き飛んでいった。
「うああぁぁぁぁぁ」
勢いがつき過ぎたためにカインは10mほど、地面を転がっていく。
キアが急いで後を追うと目を回したカインが、草原に大の字に倒れていた。
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カインが目を覚ますと、視界にキアとミカエラの顔が飛び込んでくる。
どうやら、自分は草原に仰向けに倒れ込んでいると理解したようで立ち上がろうとするが……上手く体に力が入らずに動けない。
何とか体を動かそうとしていると、キアがポーチから試験管に入った薄青い液体を取り出していた。
「うっ……あっ……」
言葉を発しようとするが……上手く呂律が回らずに喋れない。
その間にミカエラがカインの上半身を起こしてくれる。
「カインさん、今から麻痺解除の薬を飲ませますので残さずに飲んで下さいね?」
「カイン、行きますわよ?さぁ口を開けて」
そう言うとキアがカインの顎をクイッと上げて口を開けさせると、口に液体を流し込んでくる。
なんとか喉を動かして液体を飲み込み、少しの間だけミカエラの膝枕で休ませてもらう。
薬が効いてきたのか徐々に指先・手首・腕と動かせるようになり10分ほどで体に少しだけ痺れを残すくらいにカインは回復した。
「ふぅ〜、酷い目に遭ったぜ!普通、麻痺毒なんて使うか?」
「文句ならアレクに言って下さい!カインはキアに対して油断してると思うから、これでも食らわしてやれ!と言われてますわ」
「ちっ!油断してたのは事実だから言い返せない……けど、納得いかねー!!」
そんな2人に審判をしていたミカエラが、感想を話す。
「で、でも2人とも凄かったです!特にキアさんの動きは以前見た時よりも洗練されてて、驚きました!」
興奮した様子で話してくれるミカエラに、キアは照れくさそうにしながら長い耳をピクピクと動かしていた。
「あぁ、正直なところ半年でキアの動きが、あそこまで良くなるとは思ってなかったぜ?相当特訓したんだろ?」
そう問いかけたカインだったが……キアは特訓のことを思い出しているのか、遠い目をしていた。
「えぇ……アレクにギリギリまで追い詰められましたわ……」
「た、大変だったみたいですね……」
「でも、お陰で自分の体のことや向いている戦術なんかも学べたから良かったですわ」
そう言いながら、キアは柄のない小さなナイフを足に取り付けてある小さなポーチから取り出して2人に見せる。
「これはアレクに用意してもらったウルティム製の暗器というものですわ……これに麻痺毒を塗ってカインに投擲していたのです」
「これが俺の足に切り傷を作った正体か、でも良くこんな物を移動しながら投擲できるな!」
「えぇ、この技術を習得するのに2カ月かかりましたわ。けれど、相手に擦り傷をつければ、時間が過ぎれば麻痺毒が効いてきますから……対人戦では有利に立ち回れますわ」
そこまで話しているとカインが腑に落ちない表情をして、キアに問いかけてくる。
「じゃあ、腹部への攻撃……必要なかったんじゃないか?」
「えっと……あれは、初めて人に麻痺毒を使ったので、どれくらいの時間で効果が出るのか分からなくて……追加してみましたわ!」
えへへっ!と笑いながら誤魔化すキアに、納得できないものを感じながらも、カインは攻撃手段以外の部分も評価していた。
「あと、あれには驚いたよ!双剣の扱いもだけど……1番は俺の蹴りの威力を見事に殺して見せただろ!ありゃ、どんな技なんだ?」
「あぁ!あれはスウェーバックと言って、相手の攻撃を誘って上半身を後方に逸らすことで防御する技術ですわ。正確にはスウェーバックを応用した防御技術らしいですけど……詳しくはアレクに聞いてくれると助かりますわ」
その後も、キアの動きや戦術について話し合っていた3人だったが……カインがアレク達の所在について2人に尋ねる。
「そういうばアレクとアマリアは今日は、どこに行ってるんだっけ?」
「あ、あの〜アレクさんとお姉ちゃんなら、薬屋のドロシーさんに頼まれて出掛けてます」
「確か、ドォールムの外に住んでる変わり者の錬金術師の方を尋ねるとかなんとか」
「へぇ〜変わり者の錬金術師ね〜」
アレクと変わり者の錬金術師の組み合わせに不穏なものを感じながらも、カインは青空を仰いで自分が心配しても仕方ないと考えるのを諦める。
そんなカインの予想を裏切らずにアレクは、新たな出会いを果たそうとしていた。




