冒険者キア
暖かい日差しが青々とした草原を照らし、爽やかな風が吹き抜ける。
そんな気持ちの良い平原に金属の、ぶつかり合う甲高い音が響き渡る。
黒い軽装鎧を着た銀色の髪をした青年が、翡翠色に輝く剣を片手で構え、周囲を警戒している。
そこに上空から突如現れた人影が、勢い良く片手剣を振りおろす。
“ガンッ”と剣と剣が、ぶつかり合うとグイと銀色の髪の青年が剣を押し返し、人影は空中で無防備な姿を晒す。
それは金色の髪をした長い髪のエルフだった……勢いを殺されて浮遊した左脇下に横蹴りを受け、鈍痛を感じて彼女は草原に吹き飛ばされていく。
痛みを感じながらも立ち上がろうとするが……上手く呼吸ができずに立ち上がれない。
そんな彼女に首元にヒヤッとした金属の刃が、添えられる。
青年は冷たい瞳で彼女のことを見つめて、自身の一切の感情を見せることはない。
そしてエルフは彼の顔を見て何かを諦め、口を開く。
「私の負けですわ、降参です」
武器を捨てると両手を上げて、降参の意思を彼に示す。
すると、彼は首元に添えていた刃を引っ込め、鞘に剣をしまうと倒れている彼女に手を差し伸べる。
「大丈夫かキア?……少し強く蹴り過ぎたかもしれん。すまなかったな」
「いえ、あれくらいでないと訓練になりませんもの!気にしないで下さいアレク」
アレクは差し伸べた手を握ったキアを、軽々と引き上げ、立ち上がらせる。
徐々に呼吸を整えつつあったキアに、アレクは先程の戦闘での注意点や改善点を話していた。
「エルフの短所である腕力で、俺と勝負するのは賢明ではないだろう?折角、空中から攻撃を仕掛けられるんだから、その有利な点をもっと活かした方がいいと思うぞ?」
「ぐぬぬぅ……種族的に腕力がないことは認めますが、ここまで軽くあしらわれると傷つきますわね。けれど、私は弓と剣以外は攻撃できるような手段は持っていませんわ」
「だったら、新しく攻撃手段を覚えるしかないな〜空中からの攻撃か……やっぱり、一方的に攻撃できる方が安全だし、やられる方も嫌だよな?これは考えるのが楽しくなりそうだな!」
「アレク……悪い顔してますわよ?」
アレクとキアの2人は、訓練のためにドゥールムの正門から離れた草原を訪れていた。
以前と同じように離れた場所では、ミカエラが新たな風の魔法の特訓をしている。
本来の予定ではキアには冒険者ギルドで、働いてもらう予定だったのだが……色々なことがあり、結果としてキアはアレク達と行動を共にしていた。
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――3日前――
アレク達《漆黒の魔弓》は、キアと共にウィリデ王国 王都ドゥールムに帰還した。
アレクに会えずに禁断症状を起こしたセシリアに襲われるなどのトラブルがあったものの、日常に戻ってきたことは変わりなかった。
アレク達はセシリアの相手をしながらも、すっかり受付が板についてきた緑髪で三つ編みのミザに声をかける。
「ただいま、ミザ。悪いんだけど……バルド教官を呼んでもらってもいいかな?」
「あっ!お帰りなさいアレクさん!副ギルドマスターですね?分かりました、すぐに呼んできますので、少々お待ち下さい!」
「あぁ、それと内密な話があるからと、一緒に伝えておいてね!」
「は〜い、分かりました!」
パタパタと受付の奥に走っていたミザを見送りながら、背中に抱きついているセシリアを引き剝がし、キア以外の皆に休憩所で休んでいるように指示を出していると、受付の奥からミザが帰ってくる。
「アレクさん、副ギルドマスターが仕事が終わり次第すぐに行くので、応接室で待っていてほしい、とのことです。なので、このまま案内しますね!」
「あぁ、頼むよ。キア!俺と一緒に来てくれ!」
先頭にミザが歩き、その後にアレクとキアが続く。
ミザもフードを被ったキアのことが気になるのか……チラチラと、こちらを窺っている。
好奇心を抑えきれないミザに、キアはニコッと笑いかける。
すると顔を真っ赤に染めると、動きがぎこちなくなり転びそうになっていた。
やがて応接室に着いたアレクとキアは、テーブルを挟んで対面式になっているソファに座って、バルドを待っていた。
待っている間にミザが紅茶を淹れて、テーブルに出してくれたので、キアは珍しそうに紅茶を味わっていた。
コロコロ変わるキアの表情を観察していると、思っていたよりも早くバルドが部屋にやってくる。
「おう!アレク無事に帰ったな!元気そうで何よりだ」
「教官も、元気なようで何よりです」
軽く挨拶をするとバルドも、ソファに座り話し合いを始める。
「まず彼女のことを紹介させて下さい。彼女はキア、弓と剣を得意とする戦士です」
「キアさんか……だが、アレクが態々(わざわざ)紹介するってことは何か事情があるんだろ?」
察しのいいバルドがキアの方を見ながら、アレクの真意を理解しようとしてくる。
アレクはバルドの問いに深く頷くと、キアにフードを取るように促す。
「キア……頼む」
アレクの言葉を受けたキアは、両手でフードをめくると、その姿を露わににする。
フードの中から現れたのは、金色に輝く長い髪に、美しくエメラルドのような色をした瞳を持つ女性だった。
しかし、注目するべきなのは耳である……鋭く伸びた耳が髪の間から飛び出していた。
「っ!!エルフか!俺も実物を初めて見たぞ!!」
「えぇ、彼女は本物のエルフです。キア、自己紹介を頼む」
「はいアレク。私はエルフの里 テーネルより参りました。キア・テーネルと申します……よろしく、お願い致しますわ」
「エルフが……共通語を話した!?どうなってるんだよ本当に!!」
100年、姿を見せていなかったエルフが突然現れて混乱しているところに、更に流暢な共通語を披露したことで、バルドは完全に取り乱していた。
混乱するバルドを落ち着けるために、アレクは具体的な場所を伏せながら、エルフの里や風の精霊の聖域の話を聞かせていった。
これはバルドを信用していないのではなく、キアの希望によるものだった。
今はまだ、エルフの里などの詳細な場所などは公開せずにエルフ側が受け入れる体制が整ったら、改めて信用できる者にのみ場所を伝えたいとのことだった。
最初は取り乱してしたバルドだったが……途中からは冒険者ギルドとして聞き逃せない情報である、凶暴化したトレントや魔樹や魔物を生み出す魔物などの話を真剣に聞いていた。
それらを経て、風の精霊とエルフ達を助けることになり、逆にエルフ至上主義者らとの戦いに発展したことも隠さずに話す。
それを、きっかけにエルフ達の中で人族との関わり方やエルフ族としての在り方に変化が生まれ、外の世界を知るためにキアが派遣されてきたことを最後に説明した。
「――というわけで、キアを冒険者ギルドで働かせてほしいんです。どうでしょうか?」
最後まで話を聞いていたバルドは、頭の中で実際にエルフが働いていたら?と想定し、発生する可能性がある問題について考えていた。
人族はエルフに対して、差別的には捉えていない。
むしろ、過去の奴隷制度があった時代においての被害者であるエルフに、同情する者が多くいるほどだ。
冒険者ギルドで働いたとしても、国から何か言われることもないだろう……エルフだからと狙う者もいるかもしれないが、冒険者ギルドが後ろ盾にいる以上、態々(わざわざ)手を出してくるとも思えない。
「なぁ、アレク。確認させてほしいんだが……キアさんの具体的な目的はなんだ?」
「目的?エルフ族が外の世界を知るための情報収集じゃないのか?」
「それはエルフ族の方針だろ?彼女は自身には個人的な目的は、ないのか?」
そう言いながらバルドは、キアを見つめて優しく問いかける。
「キアさん……貴方には何かやりたいことなどは、あるのですか?」
「私は……できるなら世界の色々な所に行ってみたい。そして、それらを糧に更に強くなりたいと思っていますわ」
「なら貴方は冒険者になってみては、どうですか?」
「私が……冒険者に……?」
キアは手で口を隠して、真剣に考え込んでいた……そんなキアとアレクにバルドは話を続ける。
「あくまで、これは俺の考えだが……仮にアレクのパーティーにキアさんが加わったとしても、エルフ族の方針は守れるだろう。その他にも世界の色々な所に行くこともできるし、エルフの冒険者として有名になれば、将来エルフの印象も良くなるんじゃないか?」
「なるほど……確かにバルド教官の言うことにも一理ありますね。もちろん、冒険者になることで危険も大きくなりますけど……キア自身の希望にも沿っていて、文句のない提案だと思います。ちなみに《漆黒の魔弓》は、追加メンバーも募集してますよ?」
ちゃっかりと勧誘するアレクが、考え込んでいるキアの顔を覗き込む。
そこまで黙って話を聞いていたキアが、大きく頷くと答えを出す。
「決めましたわ!私、冒険者になります!」
「いいのかキア?そんなに簡単に決めて……よく考えてからでも――」
「もう決めたことです……それにアレクと一緒に世界を冒険するなんて、面白そうですわ!」
輝くような笑顔で笑いかけてくるキアに……アレクは、それ以上なにも言えなくなってしまう。
予定とは違ったが……新たにキアを《漆黒の魔弓》のパーティーメンバーとして加えることになったのだった。
それからはカイン達に事情を話し、了承を得ると冒険者ギルドの受付でキアの冒険者登録とパーティー登録を済ませる。
キアは持ち金がないことから、当分の間はアレクとルシアの家に泊まることになり、冒険者としてのルール・技術をアレクから学ぶことになった。
そして正確なキアの実力を知るために、特訓も兼ねてドゥールムの外でアレク・ミカエラと共に過ごしていた。
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「はぁ……はぁ……はぁ……アレク、ちょっと……休憩にしませんか?」
「なんだ、もうバテたのかキア?そんなんじゃ近接戦闘が長引いた時に命を落とすぞ?」
「そんなこと……言ったって……さすがに、この量の特訓は……つらいですわ」
地面に四つん這いになり汗を滝のように流しながらキアは、呼吸を整えていた。
アレク・ミカエラ・キアがドゥールムの外で特訓を開始してから、2週間ほどが過ぎようとしていたが……アレクとキアは、ひたすらに近接戦闘の特訓をしていた。
剣術・体術・投擲を特訓し、朝は走り込みと剣術での模擬戦を集中して行う。
昼からは身体強化の極意を解説しながら型を教え、後半は実戦形式で体に技術を覚えさせる。
最後に投擲のスキルを覚えるために、アレクが用意した柄のないナイフ型の暗器を指の間に挟み、同時に投げる練習をしていた。
特にキアが辛そうにしていたのが、体術の特訓だった……今までエルフ族の守護として必要とされてこなかった体術で、アレクにボコボコに殴られていた。
もちろん手加減は、されていたが……エルフとしての弱点がダメージを大きくする。
「アレクが必要以上に体術を教える意味が、なんとなく分かった気がしますわ」
「そう?それならキアは自分のことを理解でき始めたってことだね」
「これは私に自分の弱点を教えるための特訓なのでしょう?」
キアは特訓の中で、自分が異常に打たれ弱いことに気付いていた。
それはアレクの手加減を差し引いても、自分がダウンしている回数が多かったからだ。
今までは、エルフ同士で特訓していたから、分からなかったが……アレクの蹴り一発で動けなくなったり、拳撃一発で吹き飛んだりしていたのだ。
「そうだね、エルフは高い身体能力や他種族にはない身軽さがある。しかし、それは裏を返せば一度でも攻撃を受ければ、倒れてしまう弱点があるとも言える。トレントや魔樹との戦いを見て思ったけれど……偶然でも敵の攻撃が当たれば、キアはダウンしてしまうだろ?」
キアは自分の実戦での戦いやアレクとの特訓を思い出して、悔しそうに頷く。
「高い身体能力と身軽さで攻撃を回避できるから、打たれ弱いことをカバーできる。それ自体は悪いことじゃないけど……命の危険を減らすためにも一発ではダウンしないようにしたいと思ったんだ。それに体術を覚えれば、受身や受け流しを使ってダメージの軽減もできるしね」
「魔樹の叩き潰しを受け止めたアマリアの大盾も、体術の……身体強化の極意というものを応用した技だと聞きましたわ」
「究極系は、あんなこともできるようになるね……だけど、キアにはダメージ軽減に集中して取り組んでもらおうと思う」
不敵に笑うアレクに、キアは寒気を覚えながらも……専門的に自分に合った戦い方や新しい技を考えてくれるアレクに感謝していた。
徐々に力の欠片が増えていき……全ての欠片が揃った時には、何か大きな力になる。
特訓が終わった時には、自分は以前よりも確実に強くなっているという確信のようなものをキアは感じていた。
先程までの弱音とは裏腹に土埃を払い、立ち上がると挑戦的な笑みを浮かべ、アレクに向かって構えを取る。
それに応えるようにアレクも、構えて臨戦態勢に入る。
2人の特訓は日が暮れるまで続き、平原では2つの影が何度も重なり合っていた。




