エルフの過去と旅立ち
エルフの里から外の世界を知るために派遣される者がキアに決まり、長老の家での会議は解散となった。
会議室に残ったのは、アレク・エドアル・キア・ベラだけとなり会議中は大人しくしていたアレクが話し始める。
「キア……本当にいいのか?暫くは、エルフの里には帰ってこられなくなると思うぞ?」
「えぇ、覚悟の上ですわ。それにエルフ族のためにだけに外の世界に行くわけでは、ありませんもの」
「ん?何がやりたいことでもえるのか?」
「私はアレクのことを知って……世界には、まだまだ強い者がいることを知りました。これからは、外の世界のことを学びながら、更に力をつけて、将来エルフの里を守ることができるようになりたいのですわ」
夢を語るキアが眩しく思え、アレクは自然と笑顔になっていた。
しかし、心中穏やかではないベラが恨み言を言ってくる。
「あ〜姉さんは外の世界で楽しく過ごすのに……私は守護の激務を1人で処理しないと、いけないんですよ?ひどくありません?」
「何言ってるんですの?今までの実力を隠していたベラの代わりに、私が肉体労働を引き受けていたんですから、これからは頑張ってもらわないと!」
「え〜姉さん、いつから気づいてたの?私が戦闘で手を抜いてること……」
「かなり前から気付いてましたわ!だって、私を援護する動きは素早く正確なのに……前衛に出ると動きが悪くなるんですもの」
「それは……緊張して――」
「ベラ……その嘘は、いくらなんでも苦しいですわよ?」
姉妹のコントを見ていたアレクが、伝心の指輪のことを思い出し、ベラに指輪を返そうとする。
指輪を外しかけたアレクだったが……途中でベラに止められる。
「あっ!アレクさん!その指輪はアレクさんに差し上げます。姉さんが里を出るなら、近くにいる人に持ってもらった方がいいですから!」
「いいのか?この指輪は大切なものなんじゃ?」
「えぇ、父と母の形見です。それでも、外に出る姉の安全を守る役に立つなら、アレクさんに渡した方がいいと思うので!」
「分かった、なら指輪は預かっておくよ。いつかエルフの里に戻って来た時には返すとする」
こうして、キアとベラは会議室を出て行った。
残されたエドアルとアレクが本題を話し始める。
「エドアルさん、捕らえたエルフ至上主義者達の処分が決まったとのことですが……どうされるのですか?」
会議が終了した時に、エドアルからエルフ至上主義者の処分について話がある、と呼び止められたアレクは最後まで会議室に残ることを決めていた。
キアとベラが会議室を出たことで、本題を切り出したのだ。
「その前に彼らが強行に及んだ動機から話しておいていいですか?」
「動機ですか……はい、お聞きします」
「エルフ至上主義者を、名乗っていた者は皆……過去の戦争の時に人族や他種族に家族を殺された者だったのです。アレクさんも100年前の戦争のことは聞いたことがあるでしょう?」
「えぇ、ですが……エルフ達が集中して攻撃されたという話は聞いたことが、ありませんね」
アレクが知っているのは、他種族同士で戦争をしていたくらいで、種族別の被害までは分かっていなかった。
「我々エルフは、人族・獣人族と戦争をしていたのですが……戦争の理由は奴隷に関することが、きっかけだったと言われています」
「奴隷ですか?」
「今では奴隷は戦争の原因になり、魔物を呼び寄せることになるために扱う国も少なくなりましたが……昔は、どの国も奴隷制を採用していたのです。そして見た目が美しいことから人族……特に貴族と呼ばれる者達は、エルフの奴隷を求めたです」
エドアルの話を軽く聞いただけでアレクは人族の、やりそうなことだと想像できた。
欲にまみれた人は、簡単に超えてはならない一線を踏み越えてしまう。
それが国で許されていることなら、その欲望は決して止まることではないだろう。
「そしてエルフ達を狩って、いらなくなれば殺したというわけですか?」
「……えぇ」
「胸糞の悪い話ですね」
「そう感じられる方が、我々と100年ぶりに交流する相手であり幸運でした」
エドアルは優しいアレクに笑いかけ、話を続ける。
「獣人族とエルフは、元々仲が悪かったので自然と戦争に発展したと言われていますね。その戦争も100年前のこと……人族も獣人族も世代が変わり、正確に当時のことを知るものは殆どいません。しかし、長命であるエルフの中には当時の記憶・恨み・憎しみを覚えている者がいます」
「それが……」
「えぇ……ケレス達、エルフ至上主義者なのです」
アレクは目を瞑り、もし自分が家族を殺されたエルフだったらと想像する。
身を焦がすような憎しみを持ちながら、延々と続く時間を過ごし、偶然でも目の前に人族が現れたら……長年溜まった負の感情を抑えることが、できるだろうか?直接は関係なくとも怒りや憎しみをぶつけてしまうのでは、ないのだろうか?答えが出ないことをアレクは考えてしまう。
そんなアレクの考えを察してエドアルが、エルフ族の長老として答えを伝えてくれる。
「私も仲間や家族を100年前に失いました……けれど、決して人族を根絶やしにしようとは思いません。何故なら私もエルフの戦士として100年前の戦争に参加し、人族を殺したからです」
「そう……だったんですか」
「えぇ、我々が失ったものがあるように、人族も同様に失ったものがあります。それを見ないフリをして一方的に憎しみを、ぶつけることを私は絶対に許しません」
エドアルの瞳には、複雑な感情が入り混じっているように思えたが……その言葉には、誠意のようなものが感じられた。
「だからこそ、私は今回の事件を起こした彼らに責任を取ってもらいます。これから彼らを禁固刑とし、変わりゆくエルフの里を見続けてもらいます。そして……エルフと人が手を取り合う関係になった時に改めて、彼らの気持ちを確認して生か死を決めたいと思います」
長命であるからこそ、自分が否定した世界を見続けることが罰となる。
そして、それでも変わることができなければ死ぬことになる。
エルフにとっては、これ以上ない処分であるとアレクは感じた。
「エドアルさんの覚悟、確かに受け取りました。人族として、この事は胸に刻みたいと思います」
「これが最初で最期の禁固刑になることを、私も心から祈っています」
こうしてエルフの里での事件は幕を閉じ、人族とエルフ族の友好を目指す、長い道のりが始まったのであった。
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エルフの里から外の世界を知るために、派遣されることになったキアは、旅の支度を2日ほどで終えるとアレク達と共に王都ドォールムに向けて旅立った。
行きは、ゆっくりと進んでいたドルミレ大森林だったが……キアの案内のお陰で、道無き道を進んで3日ほどで大森林を抜けることができた。
森を抜け平原を真っ直ぐと進んで、近くの街道を目指す。
キアには、面倒事を避けるためにアイテムボックスに収納していた、漆黒のフード付きマントを渡し、耳を隠してもらっていた。
のどかな日差しを受けながら魔物や盗賊にも遭遇せず、ドォールムへの旅は順調に思えたが……少しずつエルフであるキアに変化が訪れる。
大森林を抜けるまでは、落ち着いた様子だったキアが、急にソワソワし出したのだ。
気になったアマリアがキアに事情を聞きいたところ、当然の答えが返ってくる。
「なんだか、森が近くにないと落ち着かないものですわね……今まで森を離れたことがなかったから、気付きませんでしたわ」
「そっか〜エルフは自然の多い所を好むんだっけ?じゃあドォールムに着いたら尚更、落ち着かなくなるかもね」
「あら?ドォールムには、そんなに自然が少ないんですの?」
「あははっ!少ないと思うけど、それは着いてからの、お楽しみかな?」
「良く分かりませんわね?」
ドォールムに着いた時のキアの様子を想像してアマリアが笑っていると、訳が分からずにキアは不服そうにしていた。
1週間かけてドォールムに到着したアレク達《漆黒の魔弓》は、遠くにドォールムの外壁が確認できる距離まで来ていた。
最初は遠くに見えるドォールムの外壁を、怪訝な顔で見ていたキアだったが……正門に近付くにつれ、口を開けて高く伸びた外壁に目を奪われていた。
そんな彼女の第一声は……“人族は森のない生活で、どうやって生きているのです?”というものだった。
今回は身分証を持たないキアがいるために、アレク達は正門での入国審査を受ける列に並んでいた。
長い列に並びながら、キアは気になったことをアレクに沢山、質問していた。
「人族の国の街は、このように堅牢な外壁を築くものですの?」
「高い外壁は戦争と魔物対策のためかな……どこの国も王都くらいの街になると外壁は必須だと思うよ」
「何故、門に並んでますの?」
「これは入国審査って言って、国に問題のある人や問題ある物を持ち込ませないための確認をしてるんだ」
「フードを被った者も、兵士に言われて顔を晒してますけど……私は、大丈夫か心配ですわ。エルフが急に現れたら兵士の方も混乱するのではなくて?」
「それなら、俺達と一緒だから大丈夫!王都でなら知り合いも多いから大事には、ならないと思う」
そんなことを話していると、やがてアレク達の順番が回ってくる。
アレク達はギルドカードを見せて、何やら兵士達に耳打ちをしていた。
ジッと何人かの兵士がフードを被ったキアのことを見つめていたが……アレクが何かの書類にサインをすると入国審査をパスして正門を通らせてもらえた。
正門から少し離れたところで、キアは先程の兵士とアレクが何をしていたか聞いてみる。
「どうやって入国審査をパスしましたの?何かアレクが書類に書いていたようでしたが……」
「あぁ、さっきのは何かキアが問題を起こしたら、俺が全責任を取ります。っていう内容が書いてある書類だよ」
「ええぇぇぇ!!そんな書類を書いて大丈夫ですの?」
「キアが問題を起こさなければ、大丈夫だよ。それに冒険者ギルドでギルドカードを作って、改めて提示すれば書類は破棄してもらえるから問題なし!」
「ありがとうですわアレク……けど、これから他のエルフが入国審査を、普通に通るのは難しそうですわね」
「いや、気にしないでいい。そうだな、入国審査については今後の課題になりそうだ」
アレク達は色々なことを話しているうちに、冒険者ギルドへと到着する。
街中では目立たないようにフードを深く被っていたキアであったが……アレクが所属している場所と聞いていた冒険者ギルドに着いて、少しだけホッとする。
しかし、隣にいるアレクが何かを察して警戒しているのを見て、キアは身を固くする。
すると突然、背後にアレクに襲いかかる気配が現れ、キアを驚かせる。
(っ!!なに!敵っ!)
キアが剣を抜こうとすると、カインに抜剣を止められる。
「カイン!なにを!?」
状況を飲み込めずに慌てるキアに、カインが落ち着いた様子で事情を話してくれる。
「心配いらないよ!あれは、じゃれ合いみたいなものだからね」
「じゃれ合い?ですの?」
キアが視線をアレクに戻すと、アレクに女性が飛びかかろうとしていたが……アレクはひらりと襲撃を華麗に躱し、飛びかかった女性は潰れたカエルのように床に打ち付けられていた。
そして、呆れた様子でアレクが女性に話し掛ける。
「セシリアさん……気配を消して抱きついて来ようとするとは驚きましたよ。無駄にスキルを習得するのは、どうかと思いますけど……」
「いたたっ!久しぶりに再会した、姉の抱擁を躱すなんて酷いじゃないのアレク君!」
「久しぶりって2カ月くらいドゥールムを離れただけでしょう……大げさですね」
いつも通りの、やりとりをしている2人を見ながらカインがキアに2人の関係を説明する。
セシリアと呼ばれる女性は、王都ドゥールム
の冒険者ギルドに所属する職員で、昔からアレクの世話を焼いてくれていた姉のような存在であること。
アレクもセシリアのことを実の姉のように慕っているが……セシリアはアレクのことを溺愛するあまり会えない期間が長くなると……今のように禁断症状から、奇行に走ることがあることなどを話していった。
「セシリアさん、普段は冷静で仕事ができる人なんだけど……アレクのことになると壊れるから、注意が必要なんだよ」
「アレクの包容力の原点を垣間見た気がしますわ……苦労してますのねアレクは」
どの種族でも姉弟・姉妹で苦労することは共通なんだなぁ、と感じながらアレクとセシリアのじゃれ合いをキアが眺めていると、落ち着きを取り戻したセシリアが、こちらに歩いてくる。
「あら?そちらの女性は初めましてですよね?私はドゥールム冒険者ギルドで受付統括をしておりますセシリアと申します」
「えっ?あぁ、初めましてですわ。私はキアと申します。事情がありフードを被ったままで、失礼しますわ」
左手でフード抑えながら頭を下げるキアに、セシリアも合わせ頭を下げて挨拶する。
「これは、ご丁寧に……ゔえぇ!!」
「ゔえぇ?」
セシリアが驚愕から変な声を出していると……キアはセシリアの視点が自分の左手に集中してことに気が付いた。
そこにはアレクも装備している、伝心の指輪が輝いていた。
ガバッと勢い良く振り返ったセシリアは、後ろにいたアレクの左手を握ると、そこに装備されている指輪を確認する。
キアの指輪とアレクの指輪を、交互に確認するとブワッとセシリアの目から涙が溢れ、その場で泣き出してしまう。
状況が分からずに慌てるキアにカインが肩に手を置き、苦笑いを浮かべる。
アレクはその場で、へたり込み大泣きするセシリアを慰めながら、疲れた表情を見せる。
こうして異国でのキアの不安や緊張はセシリアの登場で吹っ飛び、良く分からないままにスタートすることになる。
アレクは、この先のことに頭を悩ませながら
、天を仰ぐのであった。




