意識改革は食事から
エルフ至上主義者のリーダーであるケレスを捕らえ、人質になっていたエドアルの救出に成功したアレク達は事後処理に追われるキアとベラを他所に、キアとベラの家の中で自由な時間を過ごしていた。
それもエルフの里でのゴタゴタで、エドアル長老を人質にとったケレス達、エルフ至上主義者らの存在が公になり、エルフ族の中で話し合いが行われているためだった。
話し合いの内容は、もちろん外の世界との付き合い方についてである。
エルフ至上主義者のような暴走する者を、再び出さないためのエルフ族として方針が、主な議題となっていた。
今まで通りに外の世界との繋がりを絶ち、エルフだけの世界で生きるべきとする保守派・アレク達と接することで外の世界に興味を持ち、積極的に外の世界と関わるべきとする改革派・どちらとも言えない中間派に分かれてエルフ達は話し合いを続けていた。
保守派には、年齢が高いエルフ達が集まり過去の人族の悪行などを例に上げ、外の世界との関わりを拒絶していた。
一方、改革派では若いエルフが過去の失敗から学び、新たな文化をエルフにも伝えていくべきだという意見が強かった。
難しい内容のために話し合いは、なかなか決着がつかずにダラダラと長引いていく。
そんなエルフ達のことなど関係なく、キアとベラの家でアレクは料理に勤しんでいた。
メインになる素材は、エルフの主食である穀物や野菜にキノコなどだったが……家の中には、美味しそうな香りが漂っている。
その香りに、つられてカインとアマリアが料理をしているアレクを覗き込んでくる。
「くんくん、なんだか美味しそうな香りがするぜ!アレク何を作ってるんだ?」
「またアレクが何か始めたのね!ちょっと、私に味見させてもいいのよ?」
お腹を空かせた子供のような2人に、アレクは味見を頼んでみる。
「あぁ、丁度できあがったところだよ!少し味見してみる?」
そう言いながら、アレクが作っていたスープを掬って皿に注ぐと、テーブルについた2人の前に持ってくる。
スープは薄茶色っぽく、キノコしか入っていないように見えるが……その沸き立つ香りは、普段のスープとは比べものにならないほどに食欲をそそる香りをしている。
カインとアマリアが唾を飲み、キュルキュルとお腹を鳴らしたと思うとスープを掬って一口飲む。
「っ!!うまい!」
「なにこれっ!本当にキノコなの!」
少しだけ感想を話すと、喋る間もなくスープを次々に口に運び、あっという間に完食してしまう。
そんな2人の様子を嬉しそうに、アレクは眺めていた。
「そんなに喜んでもらえて良かったよ!手間をかけて作った甲斐があるってもんだね」
「このスープどうやって作ったんだ?こんなに味わい深く、いい香りのスープ食べたことないぞ?」
「うんうん!私も、こんなスープ初めて!酒場の料理とは全然違って驚いたわ」
スープの味と香りを思い出しながら、幸せそうな顔でスープの感想を言い合うカイン達だったが……その作り方に関しても興味を、そそられていた。
「実は、このスープ……なにか珍しい材料を使っているわけじゃないんだ。今までと同じ材料に一手間かけて、旨味と香りをより引き立てているんだ」
アレクが事前に作っていたのは、干しキノコだった。
キアとキノコを採取した際に食用のキノコの中でも味が強いもの、香りが強いものなども一緒に教えてもらい、それを通気性の良い布を割いて作った網にいれて日差しがあたり、風通しの良い場所で半日ほど乾燥させたものと4日ほど乾燥させたものの2つを準備した。
調理しやすいように輪切りにして、干されたキノコは片方は半日ほど裏返してシワができるまでになれば完成である。
もう片方はキノコが茶色くカチカチになるまで水分を飛ばし、完成になる。
半干しキノコは、すぐに食べる用として準備して、完全な干しキノコは保存用として作っていく。
あとは半干しキノコの方は料理する前に水洗いしてあげれば、濃厚な旨味を持つ干しキノコに仕上がる。
完全な干しキノコは、ぬるま湯で20分ほど戻せば旨味と香りが引き立ったキノコが、できあがるのでスープの出汁に使うも良し!雑炊や炊き込みご飯にしても最高なものに仕上がる。
「本当にアレクは、色々と知ってるよな!今度も前世の知識か?」
「あぁ、俺の知り合いに教わったことでな……何でも知識は覚えておけば、役に立つものだよな」
(おばあちゃん……教えてくれたこと、役に立ったよ。ありがとう)
アレクが前世のことを思い出して、感傷に浸っていると……アレクの説明を聞いたカインとアマリアが、雑炊なども食べてみたいと大騒ぎしていた。
アレクの目的はカイン達に食べさせることではなかったので、結局は我慢してもらうことになったのだが……。
そして、ここからアレクのエルフ意識改革作戦が始まろうとしていた。
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長老の家では、結論が出ない会議が延々と続いていた。
保守派も改革派も、お互いに自分達の意見を曲げようとせずに生産的な意見交換すら、ままならない状況に皆が疲弊していた。
そんな中、煮詰まった空気を変えようと長老であるエドアルがエルフ語の通訳ができるエルフを通して、皆に休憩を提案する。
「皆さん、ここで1度休憩にしましょう。さすがに会議が続けば疲れてしまいますからね」
そういうと、控えていたベラに声を掛けて昼食の手配を頼む。
エドアルから指示を受けたベラは、キアを連れて会議室を後にする。
暫くすると、どこからか食欲を誘う良い香りが漂ってくる。
嗅覚にも優れるエルフ達は、その香りにがキノコによるものだと、すぐに看破するが……自分達の知っているキノコとは段違いに芳醇な香りに唾を飲む。
そんな一同に、エドアルは長老側で用意した軽食を皆に振る舞うことを伝える。
「皆さん、今日は私の方で軽食を用意しましたので、どうぞお召し上がり下さい」
エドアルの言葉を受けて、会議室の扉が開くと……そこには鍋を持ったアレクが現れる。
予想外の人物が会議室に現れたことで、動揺するエルフ一同であったが……彼らの視線はアレクではなく、芳醇な香りの元である、鍋へと向けられていた。
煮詰まった会議に空腹による不快感、そのタイミングでの未知の香りの食事に皆、心を奪われていた。
アレクは、会議室にいたエルフ達を見渡すと“ニカッ”と笑い、アレクの後ろにいたキアとベラが素早く動き出し、空の皿を配膳し始める。
「今日の料理はBランク冒険者チーム 《漆黒の魔弓》のアレクさんが作ってくださいました。どうぞ、皆さんお召し上がり下さい」
エドアルの言葉を受けて、アレクは一礼すると配膳された皿に鍋からスープを掬い、各自の目の前でスープを注いでいく。
皿から立ち昇る香りに何人かのエルフがヨダレをこぼしそうになり、慌ててヨダレを啜っていた。
全員の皿にスープが注がれるが……誰もスープに手をつけようとしない。
いや、スープに手をつけたいのだが手をつけられずにいた。
保守派・改革派・中間派など関係なく人族が作ったスープというだけで、簡単に口できない様子であった。
そんな中で、最初に動き出したのは長老であるエドアルだった。
木のスプーンで薄茶色のスープを掬うと、迷うことなく口に入れる。
スープを口に入れた瞬間、カッ!とエドアルの見開かれる。
全員が“毒かっ!”と警戒するが、エドアルの第一声は、その場にいた者達の予想を裏切るものだった。
「うっ……うまい!!こんなスープ、今までに食べたことありませんよアレクさん!」
「ありがとうございますエドアル様、こちらはキノコだけで作ったスープでございます。味付けに塩を少々使っておりますが……それ以外はエルフの里で採れる素材で作りました」
エドアルとアレクの言葉を受けて、今まで我慢していたエルフ達が次々とスープに手をつけ始める。
最初に躊躇していたのが嘘のように、皆が夢中でスープを口に運んでいた。
そこには派閥や年代など関係なく食事を楽しむエルフ達の姿があり、誰もがスープのお代わりを求めるほどであった。
やがて、お腹も膨れ食事に満足したエルフ達に向けてエドアルが、語りかける。
「皆さん、満足して頂けたようですね。こうして皆さんに、アレクさんの料理を食べてもらったのは実際に“外の世界と繋がった際の変化”を感じてもらうためです」
会議室に集まったエルフ達は、真剣にエドアルの話に耳を傾けていた。
「アレクの料理に皆さんが、すぐに手をつけられなかったように、我々には他種族に対して恐れがあります。それは過去にあった出来事が原因になってます……前回の戦争のことを知っている世代には、それが顕著でしょう」
保守派である、年老いたエルフ達が感慨深そうに昔を思い出しながら頷く。
「しかし、それだけが外の世界の全てでは、ありません……今我々が体験したように普段、食している素材でも“外の世界の知識”があれば、より優れた料理へと昇華させることができます。これは食だけなく様々なことに対しても言えることでしょう」
今度は、改革派の若いエルフ達が目を輝かせ、外の世界に思いを馳せながら頷く。
「しかし、“外の世界の知識”を得るということに歯止めがきかなくなれば、既存のエルフの文化を破壊することになるかもしれない……それは良いことなのか悪いことなのか判断することは非常に難しいことです」
最後に中間派のエルフが、深く頷く。
全員が頷いたところでエドアルは、一呼吸置くと皆に向けて結論を伝える。
「なら、全ての意見を纏めて試してみませんか?エルフの文化を守りながら、外の世界の知識や技術を取り入れる相談をし皆で、それを判断するのです」
会議に参加していたエルフ達が、エドアルの言葉に驚き、他の派閥のエルフと顔を見合わせる。
「まずは外の世界に触れるエルフを派遣し、外の世界ことを知ってもらいます。その報告を元にエルフの文化に取り入れるべきものなのかを案件別に話し合います。話し合った結果に対して多数決を取り、方針を決めるのです」
今までの会議の中で、最も現実的で建設的な提案にエルフ達が全員が真剣に頷く。
「派遣先ですが……風精霊の使徒であるアレクさんが所属している冒険者ギルドを考えています。アレクさんからも了承を頂けたので、派遣する者が決まれば早々に人族の街に向かうことになります」
そこまでエドアルが話していると、アレクが人族視点でエルフ達に話し始める。
「今、紹介して頂いた風精霊の使徒のアレクです。人族の国、ウィリデ王国 王都ドォールムで冒険者をしています」
軽く自己紹介をしながらアレクは胸元から精霊石の結晶のネックレスを取り出して、皆に見せる。
全員がエメラルドに宿る風の力を感じると、視線をアレクに戻す。
「派遣するエルフの方には、私と一緒に王都ドォールムへと向かってもらいます。そこで冒険者ギルドで働いてもらいながら、人族のことを知るのがエルフ族の方々の目的を果たすなら都合が良いと考えています。もちろん、エルフだということで危険に晒されること可能性もあります。私も全力で協力させて頂きますが……そういった危険もあることは理解して下さい」
エルフ達の間に不安が広がっていくのを感じながら、アレクの言葉の続きをエドアルが話す。
「エルフとって“外の世界”に、どんな危険があるかを知るのも重要なことになります。良いことも悪いことも全てが報告の対象になると考えて下さい。それらを踏まえた上で、外の世界に派遣を希望する者は、いますか?」
会議室に集まったエルフ達の顔を見回しながら、エドアルが静かに告げる。
先程までエドアルのことを見つめていたエルフ達は皆、俯き目を合わそうとはしない。
“誰かを派遣することには賛成だが……自分が行くのは不安があるので困る”そんな表情がエルフ達からは読み取れるようだった。
エドアルが、ため息をつき次の会議までに希望者がいないか各自の派閥で確認するように伝えようとした時、1人が声を上げる。
「外の世界に派遣されることを希望しますわ!」
その声の主は、凛とした姿で手を上げたキアだった。
その表情に迷いはなく、声からは決意を感じさせる力があった。
ベラは、やっぱりそうきたかぁ〜という表情をしてキアを見つめていた。
「キアですか……確かに貴方なら武術に長けていて、ある程度の危険なら問題ないでしょう。しかし、ケレスが抜けた後の守護長はキアに任せようと考えていたのですが……」
「エドアル様、守護長に相応しいのはベラの方です。私は兵としては、それなりに優秀だと思いますが……守護を指揮するならベラの方が、上手く皆を動かすことができます。それに、本人は隠していますが……弓と魔法の腕は私に負けない実力を持っています」
ベラが、キアの後半の言葉に“ギョ”としていたのをアレクは見逃さなかった。
そして内心はアレクも、キアの発言に驚いていた。
今日の作戦では、あくまでエルフに外の世界を知ってもらう、きっかけになればと考えて仕掛けたものだったからだ。
まさか派遣される者がいるとは思わなかったし、それにキアが立候補するとも想定していなかった。
(俺が意見することじゃないから、何とも言えないけど……キアがドォールムに来るのか……大丈夫かな)
キアが冒険者ギルドで大人しくしている想像ができずに、アレクは“大変なことになりませんように”と静かに神様に祈るのであった。




