風の精霊と火の精霊
ミカエラの火魔法とアレクの灼熱剣イグニスの連携技で、無事に魔樹を討伐できたアレク達は、風の精霊の聖域へとたどり着く。
魔樹の塞いでいた道の先に進んだアレク達を待っていたのは、見上げても上が見えないほど大きな1本の大樹だった。
風が吹くと大樹の枝や葉が、ゆらめき……太陽の光が、キラキラと眩しくアレク達を照らす。
神聖な雰囲気は、ドルミレ大森林の大樹のドームがあった場所に似ていたが……こちらは川ではなく、湧き水が大樹の根元を満たしていた。
森の中にポッカリと広い泉があり、その中央に大樹がそびえ立っている。
大樹の周りには鳥や動物達が自然と集まり、清らかな空気に守られているようだった。
100mはあるかと思われる大樹の傍に歩み寄るアレク達は、大樹の前の水面の上に1つの影を発見する。
その影から聞こえた声は、距離を感じさせないほどに、はっきりとアレクの耳に届く。
「初めましてアレク、私が風の精霊です」
それは大人の女性の姿をした“何か”だった。
エメラルドグリーンの美しく長い髪、透き通る白い肌、宝石のように翡翠に輝く瞳で、優しくアレクを見つめている。
風の精霊と名乗った彼女は、白いワンピースに若草色の羽衣を纏って、水面の上に浮いていた。
「初めまして、風の精霊様。お会いできて光栄です」
アレクは、珍しく緊張していた。
何故なら、彼女から伝わってくる存在感がアレクの理解を超えるものだったからだ。
火の精霊の時には感じなかった、大自然そのものを相手にしているような感覚に無意識に気圧されていた。
「緊張されているようですね?しかし、貴方達は聖域とエルフの子らを救ってくれた恩人……本当にありがとうございます。ですので私に遠慮せずに普段通りに振舞って下さいね」
風の精霊から優しい風が吹いたと思うと、アレクの緊張は霧散していく。
「では、お言葉に甘えて普段通りに話させてもらいます。“聖域とエルフの子らを救った恩人”と話していましたが……やはり、あの魔樹の討伐が俺達を呼んだ理由ですか?」
「えぇ、あの魔樹の影響により森は穢され、エルフにも悪影響を与える瘴気を発生させていました。私も風の力で瘴気を散らそうとしていましたが……大地が汚されてしまったことで聖域を守り、時間を稼ぐことしかできませんでした」
風の精霊は悲しそうな表情を浮かべ、遠くの大地を見つめていた。
「その件ですが……魔樹を討伐する際に大地にも炎が及び、かなりの範囲を燃やしてしまったのですが、大丈夫でしょうか?」
「それに関しては問題ありません。むしろ穢された大地が、火の精霊の炎によって浄化されたので喜ばしいくらいです。それはそうと……火の精霊が出てきませんね?何かあったのですか?」
風の精霊の言葉を受けてアレクは、胸元にかけているネックレスを取り出すと、火の精霊に呼びかける。
「火の精霊?風の精霊が呼んでるぞ?出てこいよ」
(………………いやだ)
「はっ?」
(だから、いやだと言っているのじゃ!こんな力を失った情けない姿を、風の精霊に見せられるか!?)
「んなこと言ったって、火の精霊が出てこないと話が進まないだろ?頼むよ!」
(っく!少しだけじゃからな!)
アレクに説得され、精霊石の結晶から火の精霊が現れる。
その姿は、以前に見た炎の塊ではなく……真っ赤に燃える長い髪をした子供だった。
風の精霊と同じように透き通る白い肌、ガーネットのような色の瞳、子供用の白いワンピースに炎を象った羽衣を纏って、アレクの横に“ポンッ”と音を立てて現れる。
「久しぶりじゃ!風の精霊!」
「………………」
「おい!聞いておるかのか!?」
「か、可愛いっ!」
「うるさいぞっ!!この姿には事情というものがあるのじゃ!」
アレクには母親と子供が、じゃれているようにしか見えなかったが……火の精霊が、風の精霊に自分の身に起きたことを一所懸命に、説明していた。
その間に、アレクも仲間達に説明をしようかと思い振り返ると……前回と同じようにミカエラが仲間達に事情を通訳していた。
何故か、キアとベラは暗い顔をしていたが……今は精霊との話し合いが優先なので、アレクは後で話を聞くことにした。
少し間、待っていると火の精霊の話がアレクに耳にも入り、適当に話を聞いていた。
火の精霊は、アレク達に助けられてから徐々に力を回復させているところらしい。
しっかりと力が戻れば、風の精霊のように大人の姿になれるらしいが……風の精霊から子供扱いされ、頭を撫でられている姿を見ていると、ずっとそのままの姿の方がいいんじゃないかと思えてしまう。
「――というわけで、出来るだけアレク達を助けてやってほしいのじゃ!」
「えぇ、救って頂いた恩もありますし、アレク達が力を間違いなく使える者だということも良く分かりました。私も力を授けましょう!」
どうやら、精霊の間での話し合いが終わったらしく、アレクは意識を精霊達に向ける。
「アレク……貴方を“風精霊の使徒”として認め、力を授けます。精霊石の結晶を、こちらに向けて下さい」
アレクには精霊石の結晶を、風の精霊に向かって掲げる。
すると、緑の光の流れがネックレスへと集まっていく……光の流れがやむとネックレスにはエメラルドの宝石が新たに加えられていた。
「それと、アレク……貴方は翡翠に輝く剣を使っていましたね?それを出してくれますか?」
「あっ、はい!これですか?」
アレクは風の精霊に言われる通りに、アイテムボックスからラグトゥスソードを取り出すと、剣を捧げるように両手に持って風の精霊に見せる。
すると、アレクの持っていたラグトゥスソードが光り始め……剣身に黒い刻印が刻まれる。
「これで、この剣は風の精霊の祝福を受けた剣となりました……正しいことに、その力を使ってくれることを祈っています。それと風魔法と相性の良い魔法士の少年にも力を授けますね」
そういうと、風の精霊が吐息をミカエラの方に向かって吐くと、優しい風がミカエラの元に流れていき体の中に入っていく。
するとミカエラの胸元が光り始め……胸の中心に刻印の一部が現れる。
カインやキアが、光り出したミカエラを見て騒いでいたが……それをアレクは無視して、風の精霊との話を進める。
「まだ、時間があるなら色々と風の精霊に聞きたいことがあるですが……いいですか?」
「えぇ、私に答えられることなら……」
「じゃあ、遠慮なく聞かせてもらいます。あの魔樹は、どこから来たんです?あんなものが自然に発生するとは考え難いのですが?」
アレクは、魔樹の異常性を戦った時から感じていた。
形や習性はトレントに似ているものの……強さや存在としては非なる者だった。
特に周辺の大地や精霊の聖域にまで、影響を及ぼすことができる魔物など異常以外のなにものでもない。
それに火の精霊のこともあり、何かの意図があるかもしれないとアレクは疑っていた。
「正確なことは、私にも分かりません……しかし、小鳥達が言うには75年前ほどに突然…魔樹がいた、あの広場に見たことのない魔物が現れたことがあったそうです」
「見たことのない魔物、ですか?」
「えぇ、その魔物は何をするでもなく、すぐに消えてしまったそうです。それから、暫く経った頃に、魔樹が姿を現し始めたと聞いています」
(魔物が魔物を生み出した?いや、だけど……まだ、はっきりと魔物が原因だと分かったわけじゃないしなぁ)
「そうですか、ありがとうございます。あと聞きたいことは……そうだ!何故、エルフにではなく俺達に助けを求めたんです?」
「それは……エルフ達に私の声が届かないからです。今までのように穢れから聖域を守るために力が制限されていなくとも、私の声はエルフには届きません」
「風の精霊とエルフは協力関係にあるんですよね?声が届かなくなった原因は、分かってるんですか?」
少しだけ考えると、風の精霊は答えを聞かせてくれる。
「おそらく、エルフ達の種としての衰退が原因でしょう。私達、精霊と人やエルフの間に適正があるということは火の精霊から聞いていますか?」
「はい、適正がないと力を授けたり、精霊を見たり話したりできないとも……」
「そうです!その適正は、私は人で言うところの感性だと考えています」
「感性ですか?」
「はい、感性です。私達、風の精霊であれば……森を揺らす風・街に吹き抜ける風・海から流れる風と様々な場所や受ける者によって姿や印象が違いますよね?そういった様々な風を感じることができる感性を持つ者が、私達と心を通わし適正を得るのです」
アレクは自分でも、風について考えてみる。
様々な場所や条件によって姿を変える風……優しい時もあれば、荒々しく全てを巻き込むこともある風。
そういった風を自分は感じることができているだろうか?と考え込んでしまう。
「エルフ達は閉鎖的な部分があるために、そういった感性が衰退していきているのです。
それが私達の声が届かなくなった原因でしょう」
「なるほど……自然と心を通われる力ということですか〜興味深いですね」
「詳しいことが聞きたいなら、あの魔法士の少年に聞いてみてはいかがですか?私の見立てでは、あの少年は全ての属性との適正を持っていますよ?」
「ミカエラが?全ての属性の適正を?それは、すごい!後で詳しく聞いてみます!」
色々なことを聞いていたアレクは、風の精霊が一瞬だけ暗い表情をしていたのに、気がつき声を掛ける。
「どうかしましたか?何かあるなら、お聞きしますが……?」
「これは、アレクに頼むことではないと思うのですが……もし、聞いて頂けるならお願いします。実は――」
風の精霊から内緒の要件を引き受けたアレクは、対価として風の精霊の大樹から枝を譲って貰えることになった。
2mほどの太い枝は、魔法士の杖を作るには最適であると風の精霊より聞き、ありがたく使わせてもらうことを決める。
枝を鑑定で調べたところ、凄いをこと知ってしまう。
鑑定結果:神樹の枝
効果:あらゆる武器・防具・魔道具に使用でき、絶対的な性能を得ることができる。それに加え神樹の葉は、古えから万病に効く材料として扱われている。
(凄い大樹だとは思ってたけど……よりによって神樹かよ!?それに葉とか結構、枝と一緒に貰っちゃったけど……良かったのかな?)
風の精霊の頼みを軽く、引き受けたアレクだったが……神樹の枝の価値を知ってしまったばかりに、必要以上にプレッシャーを感じることになってしまうのであった。
風の精霊との面会も終わったアレク達は、聖域を後にすることになった。
錬金用に神樹の周りの泉の湧き水を譲ってもらったり、採取しても問題ない薬草なども手に入れたアレクは、満足してエルフの里へと帰った。
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2日かけてエルフの里テーネルまで帰ってきていたアレク達は、長老の家へと赴く。
長老のエドアルと守護長のケレスに聖域への森でのトレントの戦闘や、瘴気を発生させていた原因である魔樹と戦ったことを報告する。
エドアルとケレスも、アレクの報告内容が信じられないものばかりで、何度もキアとベラの顔を見て確認を取っていた。
一通りの報告を終えたアレク達は、エドアルから感謝の言葉を伝えられ、後日改めてエルフの里を救ってもらった報酬を用意したいと言われた。
とりあえず今日のところは疲れを癒してほしいと言われてキア達の家に先に帰されることになった。
会議室には、長老のエドアル・守護長のケレス・副長のキアとベラしか残っていなかった。
重々しい空気の中でケレスが、キアとベラの2人に報告を求める。
「アレク殿達の監視として傍についていてもらったが……先程の報告に虚偽はないな?」
「はっ!アレクが報告したことに一切の噓偽りはありませんでした!」
はっきりと断言するキアが、真っ直ぐにケレスの瞳を見つめる。
「しかし、信じられない話ばかりだったな……トレントを両断する剣技に巨大な魔樹を一撃で葬る炎の大剣か……」
「はっ!ですが全ては事実です。アレクは個人でエルフの里を滅ぼす程の戦力を有しています」
今度はベラが冷静に分析した結果を、ケレスに報告する。
「ベラ、君から見てアレク殿や彼の仲間達の性格をどう見る?」
「非常に温厚で積極的に争いを起こす人物では、ないと判断しています。それに加えアレクは火精霊の使徒に続き、風精霊の使徒にも認められたようです」
「なんだとっ!?風の精霊に!」
取り乱した様子のケレスに、長老のエドアルが何かを耳打ちするとケレスは、咳払いをしてエドアルにエルフ語で通訳を行う。
話の途中で目を大きく見開き、驚いた様子を見せていたことから、風精霊の使徒についての報告を聞いたのだろうと、キアとベラにも分かった。
エドアルに通訳を終えたケレスが、キアとベラの2人に向き直ると明日、改めてアレク達を長老の家に招いて風の精霊のことについて聞きたいと伝えるように、指示を出して2人を部屋から退室させた。
会議室に残ったエドアルとケレスが静かに、エルフ語で話し始める。
「まさか、風の精霊の使徒になって、エルフの里に戻ってくるとは……信じられません」
「だが、あの2人が私達に報告したということは事実なのでしょう……長老としてアレクさん達には、しっかりと話をしなければなりません」
「この話……他の者達には?」
「今のところは内密に。これが、きっかけでアレクさん達と争うことは絶対に許されません。相手は風精霊の使徒なのですから」
聖域から戻ったアレクさん達だったが……一難去ってまた一難、新たな面倒事に巻き込まれることになっていくのであった。




