瘴気の正体
風の精霊の聖域へと続く森で、行く手を阻むトレントを討伐することになったアレク達は、初戦は苦戦したものの大きく消耗することなく道を進んでいた。
案内役として同行しているキアとベラは、できるだけ戦闘には加わらないという話だったが……アレク達の戦いに刺激され、キアは我慢ができなくなり途中から参加すると言いだした。
キアが得意とする弓での攻撃はトレントに対して、有効な攻撃手段となりえなかったため、アレクがウルティム製の小盾を用意して囮役として動いてもらうことになった。
盾を装備することを最初は嫌がっていたキアだったが、ウルティム製の小盾を実際に使っていると……その軽さと防御力に驚き、その後は喜びながら装備していた。
トレント討伐は、前衛は相変わらずアレク・カインが担当していたが……カインは炎槍“銀翼”に装備を変え、瞬槍を連続で使用すればトレントを倒すことができることが分かったので、2人でトレントを狩っていった。
キアは、盾を装備して【風の障壁】+【風の束縛】のスキルを発動し、トレントの枝によるムチの嵐を掻い潜っていた。
その光景は、風でヒラヒラと舞い踊る花弁のように美しく、戦闘ということを忘れさせそうになる。
実際、力を温存していたアマリア・ベラ・ミカエラは戦闘を見守りながら3人は、キアの回避術に魅せられていた。
戦闘自体は次第に安定したものになっていき、キアがトレントの攻撃を引きつけ、アレクとカインがトドメを確実に刺していった。
「ふぅ〜これで13体目のトレント討伐ですわね!だいぶ、トレントの攻撃速度にも慣れてきましたし楽勝ですわ」
「あぁ、だいぶ楽に討伐できるようになってきたな!キアのお陰で、俺とカインが安心して攻撃できて本当に助かるよ!」
「ふふふっ、エルフの回避能力を持ってすれば余裕ですからね。それにしても、アレクから貸してもらった小盾……すごい性能ですわ。羽のように軽く、金属よりも硬い盾なんて初めて見ました」
「そうだろうな、その盾を用意できるのは今のところは俺だけだろうから……」
アレクとキアがウルティム製の盾について話していると、トレントの回収をカインがアレクに頼んでくる。
「お〜いアレク!こっちのトレントの回収を頼む!」
「おー、今行くよ!」
キアとの話を切り上げて、カインの方に向かうとアレクの後ろを、小カモの行進のようにピッタリとキアがついてくる。
アレクは気にすることなく、トレントの残骸をアイテムボックスに収納していく。
そんなアレク達が見慣れた光景でも、キアは興奮した様子で収納を観察している。
「本当にアレクは、面白いですわ!私達の知らないスキルや技術を持っていますし、それに人族とは思えない戦闘力を持っていますし……」
「前半は、ともかく……後半の内容は、あまり褒められてる気がしないんだが?」
「あら?間違いなく褒めてますわ!アレクのことを知れば知るほど、興味が湧いてきますもの」
「そんな……新種の生物を見つけた!みたいな反応されてもなぁ」
トレントの回収を済ませて、また前進を開始したアレク達は周囲を警戒しながらも、雑談続けていた。
「そういうば、エルフと風の精霊はどんな関係にあるんだ?俺みたいに風精霊の使徒になっているのか?」
キアとベラの両方に聞くと、ベラが普段の様子でエルフと精霊について教えてくれた。
「エルフは昔から風の精霊と協力関係にあったとされているんですよ〜。エルフは風の精霊の聖域を守り、風の精霊は風の恩恵をエルフに与えてくる。しかし、風精霊の使徒というわけではないと、そういう風に聞いています」
「相互に補完する関係か……でも、風精霊の使徒ではないねぇ?エルフは他に信仰している神や精霊がいるのか?」
「いえ、エルフに信仰している神や他の精霊はいませんよ〜昔には風精霊の使徒に任命されたエルフもいた聞いたことがありますが……ここ500年ほどは使徒になった者はいません」
ベラと風の精霊の話をしていると、ふっと最初に出会った時に、風の精霊の名前を出した時にケレスが怒っていたことを思い出し、ついでにそれを聞いてみる。
「そういえば、初めて俺達と出会った際に、風の精霊の名前を出したらケレスさんが怒ってたのはなんで?」
ベラは、アレクの疑問に苦笑いしながら答えてくれる。
「それは我々と協力関係にある風の精霊が、エルフよりも人族を頼ったというのが、気に入らなかったからだと思います。結局のところ、アレクさん達が火精霊の使徒だったので大事になりませんでしたが……もし、アレクさん達が風精霊の使徒だったら、エルフのいざこざに巻き込まれてしまっていたかもしれませんね!」
「笑顔で、さらっと怖いこと言うなよ!」
ベラとアレクの会話に、キアが補足情報を教えてくれる。
「ちなみに、エルフの里を守る結界も風の精霊の力を借りていますわ。魔法陣などはエルフの力作ですけれどね!」
「姉さん……さすがに重要情報を外部に漏らすのはマズイと思うんですけど……」
「あら、アレク達は知ったところで何かをしでかすような者ではないでしょう?それにその気なら、わざわざトレントの討伐なんて面倒事に協力したりする意味がありませんわ」
「それはそうですけど〜あまり外で軽々と口にしないで下さいね?」
キアはアレク達のことを信頼しながらも、物事の本質を捉えた発言をするために、妹であるベラも注意しずらそうにしていた。
色々な雑談していたアレク達だったが……ある地点を過ぎた辺りから、会話がなくなり静かに進み出す。
皆、口には出さなかったが薄紫の瘴気が、空気に混じり始めてきたのだ。
アレク達は、事前に用意していたバンダナを鼻と口を覆うように身につける。
やがて、アレク達の前に広がる光景は異様なものだった。
森の中に突如現れた広い空間……そこには草木が一切なく、地面は紫色に汚染されていた。
空気中にも薄紫の瘴気が漂っており、先に進むにつれ瘴気が濃くなっているようにも感じる。
「皆、臨戦態勢に入れ!広場の奥に巨大な魔物の反応がある!」
アレクの言葉を聞いたパーティーメンバーとキアとベラが武器を構え、ゆっくりと前進を続ける。
アレクがキアに合図を出して、魔法を発動してもらう。
「【風の障壁】」
アレク達の周りから、緩やかな風によって瘴気がなくなっていく。
そして、最奥まで辿り着いたアレク達の前に現れたのは、禍々しい形をした巨大な大樹だった。
トレントのように枯れ木ではあったが……全長が20m以上あり、幹の部分には大きな口のような部分が存在している。
ギザギザに割れた口からは、紫色の瘴気が吐き出されていた。
まだ、こちらに気づいていないのか……襲ってくるような動きは見受けなれない。
アレクは手で仲間に合図を出すと行動を開始する。
アレク・カイン・キアが前進を開始し、大樹の傍に武器を構えながら近づいていく。
アレクが、【鑑定】の有効範囲まで接近すると、迷う事なくスキルを発動する。
「【鑑定】……」
鑑定結果:魔樹
効果:あらゆるエネルギーを吸収し、成長し続ける大樹の魔物。相手を弱体化させる瘴気を発生させる。
(間違いない……こいつが全ての元凶だ!)
瘴気の原因を突き止めたアレク達は、本来の依頼内容であるトレント討伐と瘴気の調査を終えたと判断して、一時撤退を選択する。
その場を離れようとする一行だったが……そう簡単に逃がしてもらえるはずもなく、広場を覆っていた枯れ木が、まるで何かの意思よって動かされているようにアレク達の退路を塞ぐ。
「やっぱり、逃がしてくれるわけないかぁ〜こうなったら戦うしかないよな?よし!みんな行くぞっ!!」
「「了解っ!」」
退路を断たれたことで覚悟を決めたアレク達は、魔樹討伐を開始する。
アレク達が魔樹に向かって構えを取ると、地面が揺れ始める。
“ゴゴゴゴォォォ”という地鳴りと共に地面が割れ、巨大な根っこが触手のように飛び出してくる。
「デカすぎるだろ……」
そう呟いたカインの言葉に、全員が頷き魔樹を見上げる。
「けど、こいつを倒さないことには帰してもらえそうもないぜ……だったら、やるしかないだろ?」
ラグトゥスソードを構えながら、挑戦的な目線を仲間達に向けるアレクが、そこにいた。
アレクの態度に、無意識に後ずさっていた足を皆が止める。
「まったく……うちのリーダーは、人使いが荒いぜ!あんな化物と戦えって?でも、生き残るためには、それしかなさそうだな!」
炎槍を肩に乗せ、やれやれという態度でカインが一歩前に出る。
「本当にアレクと一緒にいると冒険には事欠かないわね!いつ間にか私も慣れたけど!」
メイスと大盾を握り直しながら、前に出てきたアマリアが構えを取る。
「ぼ、僕は温存してた分も頑張りますよ!アレクさんとの特訓の成果を見せる時です!」
ミカエラも力強く一歩を踏み出すと、魔樹に怯えることなく魔力を滾らせる。
アレク達《漆黒の魔弓》が、キアとベラを守るように陣形を組むが……ここで黙っているキアとベラでは、なかった。
「エルフの戦士を甘く見てもらっては困ります!これは私達の里を守る戦い……アレク達だけに任せるわけには、いきませんわ!」
笑顔が引きつっているキアが、アレクから借りた盾と剣を握り締め、アレクの隣に立つ。
「姉さんが逃げないのに私が逃げるわけにはいなかいよね〜正直、凄く帰りたいわ〜」
諦め半分の表情で、弓を構えるベラ。
全員が戦うことを覚悟し、ここに魔樹との戦いの火蓋が切って落とされた。
===============================
風の精霊の聖域を塞ぎ、瘴気を発生させていた魔樹に退路を断たれ、アレク達は決死の覚悟で戦いに突入する。
前衛はアレク・カイン・キアの3人が担当し魔樹へと駈け出す。
後衛のミカエラ・ベラと2人を守るアマリアが3人の背中を見つめていた。
ミカエラが牽制のために魔法を発動する。
「【氷の槍】×6」
ミカエラの魔法が、駆けるアレク達の頭上を追い越し、魔樹へと飛んでいく。
魔樹の根っこが、洪水のように押し寄せていたところに魔法が直撃すると……少しだけ魔樹の動きが鈍くなる。
その隙を見逃さずにアレク達は一斉に攻撃を仕掛ける。
まず最初に動いたのはキアだった……エルフ特有の身軽さを発揮して、魔樹の枝の叩きつけを高く飛び上がって回避すると、そのまま枝を駆け上がっていく。
キアの動きに釣られ、魔樹の他の枝がムチのように攻撃を仕掛けるが……キアを捉えきれずに自らの攻撃でダメージを受けていた。
キアは常に動きながら片手剣を引きずるように木に這わせ、囮としての役割を果たしていた。
魔樹上部の攻撃をキアが引き受けてくれた、お陰で楽に根元に辿り着けたアレクとカインは、魔樹の幹に攻撃を仕掛ける。
ミカエラの魔法で動きが鈍くなった根っこの部分を、アレクが全力の“一閃”で薙ぎ払う。
凍った木片が砕け散ると、その無防備になった幹にカインが全力の攻撃を放つ。
真っ赤に燃える炎槍がカインの爆発的な加速のエネルギーと、槍を突き出す速度を受けて白く輝いていく。
カインの通り名の由来になった必殺の一撃!“瞬槍”が紅の牙のように魔樹に襲いかかる。
紅の牙が魔樹の幹に突き刺さると、魔樹が耳をつんざくような悲鳴を上げる。
“ギイイィィィィ!!”と悲鳴を上げながら激しく枝を振り回し暴れまわる。
上部にいる方が危険だと判断したキアが、ヒラヒラと枝を躱しながら地面に降りてくる。
同じように暴れまわる根っこから距離を置き、少しだけ魔樹から離れたアレク達に合流すると盾を構える。
「アレク!次は――」
キアが次の指示をアレクに受けようと、声をかけると同時に魔樹が動き出した。
魔樹は大きく空気を吸い込むと、濃い瘴気を一気に口からアレク達に吹き付けてきた。
すぐに魔樹の行動を察したアレクが、キアに指示を出す。
「キアっ!!障壁を!!」
アレクの言葉を受けたキアは、迷うことなく魔法を発動する。
「【風の障壁】!」
視界が奪われた中で、素早く魔法を発動することができたが……魔法が完全に発動する僅かな間に、魔樹の枝の一本が偶然にキアに当たった。
エルフは身軽さが仇となり、キアは空中高く打ち上げられる。
「ぐはっ!!」
完全に魔法が発動していなかったとはいえ、風の障壁で魔樹の攻撃の威力は半減していたが……エルフの打たれ弱いという弱点が、状況を悪化させる。
(……まずい、体勢を……立て直さないと!)
腹部に受けた痛みから、意識を失いそうになるが……キアは必死に意識を繋ぎ止める。
しかし、魔樹は空中に打ち上げられたキアを見逃さずはずもなく、枝をしならせ集中攻撃を仕掛けてくる。
それは死神の鎌ように、キアの命を刈り取りに迫ってくる。
(こんなところで……死ねないでしょ!!)
「【風の束縛】!」
凄まじい速度で迫り来る枝を、空を舞う蝶のように華麗に回避していくキア。
次々に枝を避けられた魔樹は一斉に枝を、天高く持ち上げると、扇を叩きつけるように振り下ろす。
キアは急いで攻撃範囲から脱出しようとするが……瘴気を少しだけ吸ってしまったからか、足に力が入らずに脱出に失敗する。
広範囲に及ぶ攻撃を躱し切れずに直撃は回避したものの、キアは風圧によって地面に叩きつけられる。
「っ!!」
衝撃によって声が出せなくなり、地面にうつ伏せに倒れているとベラの叫ぶ声が聞こえた。
「姉さん!!よけてえぇぇぇぇ!!!」
なんとか顔を上げたキアの頭上には、重たく太い根っこが凄まじい速度で、キアを押し潰そうと無慈悲に迫っていた。




